自然派ママの異世界事件簿

地野千塩

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 にがり原液入りルイボスティーのせいか、「異世界ドキドキワクワクカフェ」を私のSNSで宣伝したせいか、息子は口を聞いてくれなくなった。かなり不機嫌で私に目すら合わせない。

 そんな息子と顔を合わせるのも辛い。

 翌日、仕事が終わった後家に帰る気分になれず、行きつけのオーガニックカフェで時間を潰していた。

「柊さんは、本当に息子さんが好きなのねぇ」
オーガニックカフェの店員である類子さんはため息をつきながら私に話を聞いてくれた。
幸い、他の客もいない。強い雨が降り、雷でも落ちそうだからだろうか。

 類子さんは25歳というが、やっぱり仕事柄食に気をつけているらしく、若々しく見えた。

「そんな柊さんに米粉パンケーキだよ。サービスして一枚多いから」

 店長がやってきて私の前に米粉パンケーキをおく。
「わー、ありがとうございます!店長」

 米粉パンケーキはお布団のようにフカフカで、メープルシロップをまといキラキラと濡れていた。

 思わずツバを飲み込む。メープルシロップも米粉もオーガニックだ。砂糖は使っていないという。精製された白い砂糖は血糖値を急激にあげ、あまり健康に良くない。

 砂糖を使っていないので生地自体はそんなに甘く無いが、メープルシロップのおかげで優しい甘みが口いっぱい広がる。

 息子の事などすっかり忘れてしまいそうになるぐらい幸せな味だ。

「ところで柊さんは、息子さんと何で揉めたん?」

 店長も私や類子さんのそばに座り、詳細を聞きたがった。

 店長も30代の男性だが黒髪は生き生きとしげり、年齢より若く見える。
私は息子が書いているネット小説の事などを説明した。

「どんな小説なんですかね?」

 類子さんは興味ありようだった。

「食生活が乏しい異世界に行って、カフェを開くヒロインの話みたい。ヒロインはチヤホヤ逆ハーレムになるのよ」
「なんじゃそりゃ。ネット小説っぽいね」

 店長はそういい、息子の書いたネット小説を読んでいた。類子さんも好奇心にまけ、店長と同じようにスマートフォンで読み始めていた。
読み終えた二人に私は笑顔を向ける。

「どう?面白かったでしょう」

 類子さんと店長は顔を見合わせて苦笑した。

「食生活がひどい異世界っていうけど、俺らにとっては天国じゃん?」

店長は深くうなづいて言った。

「たぶん、添加物や農薬もないし、描写を見る限り空気も綺麗ね。これは、ヒロインがカフェをやる事で病人増えるんじゃない?現代日本の油と砂糖たっぷりのパフェやケーキを売るなんて……」

 二人とも息子の小説には好意的ではなくガッカリしてしった。

 ただ、私自身も似たような感想を持ったのは事実だった。作中にでてくる固くて岩のようなパンも日本の菓子パンに比べたら絶対に健康によいし、野菜も無農薬で美味しそう。むしろ素材の良さを活かして天然塩とオリーブオイルでもつけて食べればご馳走ではないかと思ってしまった。

 しかし、そんな事を言って息子の夢を潰すには良くない。主人公の若菜は可愛くていい子だし、逆ハーレム化している恋愛模様も気になる。 

「ところで柊さん。こんな所で油売っていて良いのかい?」

 店長は窓の外を見る。窓の外は雨が少し上がっていたちはいえ、まだまだ雲は黒くて天候は悪そうだった。

「そうだよ、柊さん。さ、米粉パンケーキ食べたら息子さんのいるお家に帰らなきゃ」

 類子さんにもそう言われて、居心地の良いカフェに長居が出来なくなってしまった。

 それにこのカフェの近所にある農家からトマトやほうれん草、味噌やにがり、塩や納豆をわけてもらったのを忘れていた。保冷バックに入れているとはいえ、あまり長くいると痛んでしまう。ちなみに味噌や納豆は農家のご主人が趣味で作っている手作りのものだ。無農薬、無添加で絶対美味しいに違いない。SNS上でやり取りするうちにオーガニック栽培の農家とも仲良くなり、こうやって食べ物を分けて貰う事も多かった。

「そうね。帰るわ。ご馳走さまでした」

 私は笑顔でそう言いながら代金を払う

「また、来てね」
「ええ、類子さん」
「息子さんにもよろしくな」
「ええ、店長。パンケーキ美味しかったわ。また来るわね」

 店長と類子さんに見送られてカフェを後にした。

 雨は上がっていたが、雲は相変わらず黒かった。今にも雨がぶり返しそうだった。

「嫌な天気ね」

 空を見ているだけで不安になりそうで、足早に田舎の市道を歩く。市道は人影がなく、しんと静まり返っていた。

 そういえば息子が書いた練った小説「異世界ドキドキワクワクカフェ」のヒロインは、こんな市道でトボトボと歩いている時、突然とトラックに引かれて異世界に転生しちゃうんだった。

 まさか、そんな事はあり得ない。

 私は輪廻転生は信じていないし、「死後さばきにあう」という教えを信じている。その方が日々神様の恵みを感謝できるし、命も大事にできる。罪深い人間に何回も何回も生まれ変わるなんて冗談じゃない。

 そんな事を考えている時だった。突然目の前にトラックが突進してきた。

「危ない!」

 叫んだ時には遅かった。

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