恋愛マッチングアプリ『Optiple(オプティプル)』

結城 刹那

3話

 一週間の時が過ぎた。
 俺とアヤサさんとの距離は確かに近づいていった。会社終わりには毎度の如くメッセージでやりとりを行った。今日あった出来事、最近ハマっていること、撮影やスケッチしに行きたい場所などいろいろなことだ。

 相性バッチリの俺たちは毎日楽しい話に花を咲かせていた。
 そして、金曜日の夜。アヤサさんからとあるメッセージが飛んできた。

『孝也さん、今週の土日って予定あったりしますか。行きたい場所があるのですが、一緒にどうかと思いまして』

 メッセージを読んだ俺は胸が跳ね上がった。少し考えた後に承諾の返信をした。
 予定が決まったところで緊張のためか頭がモヤモヤするのを感じた。既婚者の先輩は別として、女性とのデートは俺にとって初めてのことだった。

 そして、迎えた当日。
 下手に派手ではなく、清潔感のある無難な服を着用し、大人らしく手持ちバッグで着飾る。待ち合わせ時間に遅れることのないよう、早めに家を出た。特に運転見合わせなど遅れるような出来事は起きなかったため、20分前に集合場所へと辿り着いていた。

「それにしても、まさか待ち合わせ場所がここだとはな……」

 大きく空を見上げながら俺は天に向けて高く聳え立つ建物に目を向けた。
 東京スカイツリー 。日本で一番高い建造物だ。その高さは驚異の634メートル。これは世界でも有数の高層建築物だ。

 遠くから見ても際立って見える東京スカイツリーだが、間近で見た時の迫力は計り知れない。遠く彼方に見える天辺に思わず、手を伸ばしたくなる。俺は気持ちを押さえつけるように唾を飲むと、首に吊るしたカメラを両手で掲げ、シャッターを切る。

 アヤサさんが行きたい場所というのはここ『東京スカイツリー』だった。
 ここには一度も来たことがなかった。中学の頃、沙恵と一緒に行こうと言ったこの場所。
 初めてのスカイツリーは彼女と一緒に訪れたいと思っていた。だからアヤサさんの誘いにほんの少しだけ躊躇する自分がいた。

 だが、すぐに承諾することに決めたのは、過去の自分と決別しようと思ったからだ。
 あれから十数年経っているのだ。いい加減もう諦めをつけよう。先輩も言っていたじゃないか。現実をしっかり見ろって。

 夢の中で見た光景が脳裏によぎる。それを振り払うように首を左右にふった。

「孝也くん?」

 すると、後ろから俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。俺は思わず、吐息を漏らした。あの頃と変わっていない聴きなれた声。忘れるはずもない明るく澄んだ声に惹かれるように後ろを振り向いた。

 流れる風によって靡く茶色の髪。まん丸とした目にキラキラひかる瞳。下唇にあるホクロは大人の色っぽさを引き立たせていた。白のTシャツに短パンとラフな格好をした陽気な少女がそこにはいた。

「沙恵……」
「久しぶり。そして、はじめまして。アヤサです」

 沙恵はハニカムとスマホを俺に向ける。そこにはOptipleのアヤサのプロフィールが映されていた。
 えっ……一体どういうことだ……

「サプライズ大成功だね! いやはや、孝也くんは中学から変わってないね。背だけ伸びたって感じ」

 理解の追いつかない俺を放っておいて沙恵は俺の顔を近くで覗きながら、手で身長差を測る。彼女から漂う香水の甘い香りがとても心地よかった。

「沙恵でいいんだよな?」
「うん。中学時代の親友を忘れてしまったのか?」
「忘れるわけないけど……でも、アヤサって」
「マッチングアプリはマッチングするまでは偽名を使うものだよ。私の場合は、沙恵の字を反対にして恵沙(アヤサ)って名前にしてるのさ」

 あやさは偽名だったのか。確かに名前を除いてみれば沙恵の趣味とアヤサさんの趣味は酷似しているものがあった。チャームポイントである下唇の下のホクロが隠されているとわからないものだな。いや、そういうわけでもないのかもしれない。

「沙恵、美人になったな」

 以前よりも身長が伸びたのか、すらっとした体つきに高身長が相まってまるでモデルのような華奢な体型となっている。また、中学の頃にはしていなかった化粧も彼女の可愛さを一層際立たせていた。

 俺の言葉に反応した沙恵は頬を赤く染める。茶色の髪を指でくるくるすると不意に訝しげな表情を俺に向けた。

「それって、中学の頃は美人じゃなかったってこと?」
「いや、そういうわけで言ったんじゃ。もっと美人になったってこと」
「ふふっ。冗談だよ。ありがとう、孝也くんにそう言ってもらえて嬉しい」

 余計なことを言ってしまったと慌てふためいていると沙恵は息を漏らし笑顔を見せる。

「それにしても、孝也くんは良いカメラを持っているね」

 沙恵の視線は俺を離れ、手に持っているカメラへと向けられる。

「ああ。大学時代にバイトで頑張って稼いで買ったお気に入りなんだ」
「まさか孝也くんが写真で風景を撮るのが趣味になっているなんて思わなかったな」
「沙恵に触発されたんだよ。沙恵の絵が見れなかったからその分を綺麗な写真で楽しんでいたんだ」

「そうだったんだ。そんなに私の絵に惚れてたんだね」
「ああ。だから沙恵がまだ風景画を描いてくれているのがとても嬉しいんだ」
「私のアイデンティティだからね。一時は商売のために風景画を捨ててたんだけど、やっぱり風景を描いている時が一番楽しいんだよね。だから、趣味でやることに決めたんだ。休日は主に何処かへ行って風景を描くようにしているの。今日も同じくね」

「今日も同じってことはスカイツリーの展望から見える景色を描くのか」
「正解。だから孝也くんにカメラを持ってきてもらったんだ。たくさん撮ったら私の家でお気に入りの一枚を模写しようと思う」
「なるほど。それでカメラを持ってきてって言ったんだね」
「うん。スカイツリーから見える景色を描くこと約束していたでしょ」
「覚えてたのか?」
「もちろん。私、まだ一度もスカイツリーに行ってなかったから、今日がすごく楽しみだったんだ。早く行こっ!」

 沙恵はそういうと俺の手首を持ってスカイツリーの方へと走っていく。俺は片手でカメラを持った後、俺を掴んだ彼女の手を掴み返した。

 再会を果たした俺たちは約束の場所である『東京スカイツリー』へと行くことができた。
 二人とも初めてのスカイツリーということは、沙恵も少なからず俺との約束を意識していたのだろうか。そうであると嬉しいな。

 Optipleで見つけた相性最良の女性は、中学の時の想い人だった。今思えば、当たり前なのかもしれない。俺は彼女に触発されて色々なことに取り組んだのだから。
 運命の相手というのは、もしかすると幼い頃から近くにいる存在なのかもしれない。

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