寵姫は正妃の庇護を求む

香久乃このみ

祝宴

 テンセイに手を引かれ、私は宴会の部屋へと到着した。
(おぉう。豪華絢爛……!)
 クロスのかかった長テーブルには、食材をふんだんに使った色とりどりの料理が所狭しと並んでいる。フルーツの盛り合わせは艶やかで、ワインも赤と白の二色が用意されていた。
(液晶越しに見た背景画像とは、やっぱり違うなぁ)
 ひしめく来客をぐるりと見回せば、よく知る二人の姿もあった。
(攻略キャラ発見!)
 濃紺の髪で目つきの鋭い青年が、チヨミの義理の弟のツンデレ騎士タイサイ・アルボル。
 そして若草色のロングヘアで眠たげな顔つきの青年が、国内随一の魔力を誇る魔導士のユーヅツ・アモルだ。
(テンセイ含むメイン攻略キャラ三人組は、やっぱり作画がいいなぁ)
 ゲームで見た光景の中に自分がいることに興奮しているうち、私の手を引くテンセイが足を止めた。

「ヒナツ王、ソウビ殿をお連れしました」
(おっと、そうだった)
 テンセイが私をここへ連れて来た理由を思い出す。
「おぉ、ソウビ殿! 今宵も見目麗しい!」
 上座に座るヒナツはすこぶるご機嫌だった。かなり酒も回っているのだろう。喉の奥まで見えるほど相好を崩したその顔は、かなり赤い。まるで子どもが母親を求めるように、彼は私に向かって大きく両手を広げた。
「月ですらソウビ殿の前ではその輝きが褪せてしまうなぁ!」
「あっ、はい」
 大仰に私を褒めるヒナツに、私はあえて素っ気なく返す。当然だ。彼の手を取れば、破滅待ったなしなのだから。そう、たとえ牢へ救出に来てくれたあの瞬間、かっこよく見えていたとしても。
「では、自分はこれで」
 手を包んでいたぬくもりが、あっけなく去り行く。
(えっ? テンセイ行っちゃうの!?)
 まだ手を繋いでいたい、テンセイの側にいたい。つい後を追おうとした私の足を、ヒナツのデリカシーのない声がその場に繋いだ。
「さぁ、ソウビ殿。一番良い席を貴女のために用意した、さぁ、こちらへ!」
(……良い席って、ヒナツの隣かい)
 心の内でぼやきつつ、仕方なく私はいざなわれた場所へ腰を下ろす。
(テンセイと一緒がいいなぁ)
 ちらちらと、テンセイの去った方向を見ていた時だった。
「ソウビ姫」
 聞き覚えのある、優しくも凛とした声が耳に届いた。
(あぁ、チヨミ来たぁあ!)
 この時点で、友だち以上の親しみを感じる。
 なにせ、チヨミはプレイアブルキャラ、つまり元は私の分身だった人物だ。
 チヨミは一瞬ちらりとヒナツに視線をやり、すぐに私に耳打ちした。
「ソウビ姫、もしここがお気に召さなければ、別に席を用意しますよ? ご希望はございますか?」
 この場面、チヨミは前王の娘であるソウビに気を使う。いきなり隣に侍らせようとしたヒナツとは違って。
(で、ソウビはこう返す、と)
 私は記憶にある台詞を口にする。
「姫はおやめください。私はもう王の娘ではありません。王の妃チヨミ様、どうぞ私のことはソウビと」
「なら、お互いに敬語はよさない? 私のことはチヨミと呼んで、ソウビ」
「えぇ、チヨミ」
 取り澄ました顔でやり取りしつつ、心の中で私はかなり興奮していた。
(友情イベント~っ!)
 乙女ゲーの主人公と言えば、プレイヤーの分身でありながら、プレイヤーの親友のような存在だ。そんな相手が目の前にいるのだから、心が浮き立つのも仕方ない。
(あぁ、これが生のチヨミ。派手じゃないけどやっぱり可愛い! 爪の先まできれい!)
 それになにより、この夢の中での私の幸せは、彼女にかかっているのだ。
(チヨミと親交を深めねば!)
「おお、お前たち二人の仲が良くて何よりだ! 今後も上手くやっていけそうだな!」
 手を取り合う私たちの間に、ヒナツが割り込んできた。
(うわー、うーわー! ヒナツのこの顔!)
 ヒナツはやたら嬉し気に、目尻を下げている。
(こっちはクリア済みのプレイヤーぞ? お前が今考えてることなんて、お見通しだからな!
 この時ヒナツはすでに、ソウビを愛妾にする気満々なのだ。そして正妃のチヨミと仲良くやっていけそうな様子に、ご満悦というわけなのである。
(まぁ、現時点でヒナツはソウビのこと『前王とのつながりをアピールする存在』としか思ってないわけだけど)
 私は心の中で、ヒナツに向かって舌を出す。
(チヨミとは仲良くするけど、お前と仲良くすると破滅するから嫌だ、このどすけべ王!)
 私の感情に気づくことなく、ヒナツは上機嫌で盃を空ける。
「ところでソウビ殿、妹君はもうお休みか?」
「えぇ」
「何か不便はないか?」
(テンセイと過ごす時間が欲しいです)
 口から漏れそうになった本音をぐっと飲みこみ、私は静かに返す。
「……別に」
その時、チヨミがそっと私の側から離れようとした。
(あ、チヨミどっか行っちゃう!? やだ、こいつと2人にしないで!!)
 私は慌てて、チヨミのドレスの裾を掴んだ。
「チヨミ! この城のバラ園は私のお気に入りなの。今から一緒に見に行かない?」
「え……」
 チヨミは明らかに困惑していた。何かを気にするように、背後にチラチラ視線を泳がせる。
(ん? 何かまずかったかな?)
 そこへヒナツが意気揚々と立ち上がる。
「バラ園か、それはいい! きっとソウビ殿を一層美しく彩ってくれるだろう! ささ、参ろうか!」
「ごめんなさい。私、今、チヨミと話してるので」
「……」
 私の言葉に、ヒナツが笑顔のまま固まる。
「ソウビ、あの、私は少し用事があるから、バラ園へはヒナツと……」
「わ、このフルーツ美味しい! ねぇチヨミ、あなたも食べてみて。はい、食べさせてあげる」
「あ、ありがとう、ソウビ。でも、今はお腹いっぱいで……」
「ははは、ならば俺がいただこう!」
 覇気を取り戻したヒナツが私の前に回り込み、大きく口を開ける」
「さぁ、ソウビ殿! あ~ん……」
「召し上がりたいなら、そちらにフォークがありますよ?」
「……」
 宴席が静まり返った。
(あ、やっべ)

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