海の民の乙女 ─王妃になりそこなった少女─
第53話 自らの道
母は、父さまには内緒だぞ、と念を押してから耳打ちした。
「昔、倭国との戦の時だ。初めて共に生きてみたいと思う相手に出会った。異国の者で、太陽のような笑顔をして、武力とは違う『力』を持っていた」
「その人とはどうなったの?」
「彼には待つ者がいたから、故国へ帰っていった。かの人は海の民にはなり得なかった。父さまへの気持ちに気づいたのは、その後しばらくしてからだ」
「……知らなかった」
「今まで誰にも話したことはないからな。梨華が初めてだ」
阿梨は眼を細め、面はゆい思いで梨華を見た。いつの間にか成長した娘とこんな話ができるようになっていたのだ。
あとは黙って水平線を眺める二人に、ぱたぱたと足音がして屈託のない声がかかる。
「母さま、姉さま、お茶の仕度ができたわ。父さまたちが待ってる」
二人は振り返り、呼びにきた梨奈に笑いかける。
「ありがと、梨奈。今、行くわ」
梨奈と手をつなぎ、梨華は船室へと向かう。扉を開けて船内に入る前、最後にもう一度、ガンディアの方向に眼をやる。
すでに王宮も港も見えない。緑に彩られた陸地がかすかに望めるだけである。
「姉さま、どうかしたの?」
足を止めた姉を梨奈が不思議そうに仰ぎ見る。
「ううん、何でもないわ。さ、行きましょ」
梨華はしゃんと背筋を伸ばし、妹と共に通路を歩いていく。
何かを選ぶということは、別の何かを手放すということ。
後悔はしない。自らが決めた道だ。
蒼天の下、梨華たちを乗せた船の行く先には、遥かに広がる群青の海。
次の航海は、もう始まっている。
「昔、倭国との戦の時だ。初めて共に生きてみたいと思う相手に出会った。異国の者で、太陽のような笑顔をして、武力とは違う『力』を持っていた」
「その人とはどうなったの?」
「彼には待つ者がいたから、故国へ帰っていった。かの人は海の民にはなり得なかった。父さまへの気持ちに気づいたのは、その後しばらくしてからだ」
「……知らなかった」
「今まで誰にも話したことはないからな。梨華が初めてだ」
阿梨は眼を細め、面はゆい思いで梨華を見た。いつの間にか成長した娘とこんな話ができるようになっていたのだ。
あとは黙って水平線を眺める二人に、ぱたぱたと足音がして屈託のない声がかかる。
「母さま、姉さま、お茶の仕度ができたわ。父さまたちが待ってる」
二人は振り返り、呼びにきた梨奈に笑いかける。
「ありがと、梨奈。今、行くわ」
梨奈と手をつなぎ、梨華は船室へと向かう。扉を開けて船内に入る前、最後にもう一度、ガンディアの方向に眼をやる。
すでに王宮も港も見えない。緑に彩られた陸地がかすかに望めるだけである。
「姉さま、どうかしたの?」
足を止めた姉を梨奈が不思議そうに仰ぎ見る。
「ううん、何でもないわ。さ、行きましょ」
梨華はしゃんと背筋を伸ばし、妹と共に通路を歩いていく。
何かを選ぶということは、別の何かを手放すということ。
後悔はしない。自らが決めた道だ。
蒼天の下、梨華たちを乗せた船の行く先には、遥かに広がる群青の海。
次の航海は、もう始まっている。
「歴史」の人気作品
書籍化作品
-
-
381
-
-
157
-
-
34
-
-
124
-
-
140
-
-
59
-
-
755
-
-
75
-
-
141
コメント