海の民の乙女 ─王妃になりそこなった少女─

時野みゆ

第51話 王冠の重み

 翌日、新国王の戴冠式に、コンテッサの街は朝から華やかな雰囲気に包まれていた。
 羅紗水軍の船団は予定通り出港し、海上で祝砲を撃った。梨華がリシャールにした約束だ。
 その光景を王冠をかぶり、緋色のマントをまとったリシャールは王宮のバルコニーから見つめていた。白い帆船の群れが真っ青な海に浮かび、鮮やかなコントラストをなしている。
「兄上」
 振り向くと、背後にアレンが立っていた。
「この度は国王就任お喜び申し上げます」
 ありがとう、とリシャールは微笑してみせた。
「しかし、国王といってもわたしはまだ未熟者だ。そなたにもぜひ力を貸して欲しい」
 はい、とアレンは力強く兄の言葉を受け止める。
 少しの沈黙の後、リシャールは逡巡しながら弟に問いかけた。
「……わたしを恨んでいるかい?」
 実母クリスティナは宮廷を追放された。わだかまりが全くないといえば嘘になるだろう。
 が、アレンは即座に首を振った。
「母のしたことは大きな過ちです。一国の王妃として許される行為ではありません。知っていたなら何としても止めたでしょう」
 一言でも打ち明けてくれれば、このような結末は防げたのに。
 兄を押しのけて王座に就くよりも、母がそばにいて笑いかけてくれる……そんな日々の方がはるかに幸せだったのに。
「むしろ兄上の寛大な処遇に感謝しています」
 殺人の濡れ衣を着せ、王位継承者を陥れようとしたのだ。死罪になってもおかしくはない。
「そう言ってもらえると、わたしも気持ちが楽になるが……」
 ただひとりの弟に、リシャールはほっとしたような表情を向ける。
 弟の誠実な人柄はよく知っている。この不幸な事件を乗り越え、きっと手をたずさえていけるだろう。
 頭上の王冠の重みがずっしりと感じられ、これからうんと勉強せねば、とリシャールは覚悟した。
 この国をよりよく治めるために。いつか再会した時、立派な国王として梨華に認めてもらえるように。

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