海の民の乙女 ─王妃になりそこなった少女─

時野みゆ

第49話 別れ

 国王の葬儀が終わり、明日は戴冠式という夜、リシャールはこっそり王宮を抜け出し、羅紗水軍の船にいた。
 水軍は明朝、コンテッサを出港する。次にガンディア王国を訪れるのはいつになるだろうか。
「お別れですね、梨華」
 甲板に立つ二人を海風が吹き過ぎる。例によって物陰から祖父と父と兄がのぞいているのだが、この際、気にしないでおく。
「あなたをさらってはいけないでしょうね」
 寂し気に笑うリシャールに、梨華は静かに、けれど揺るがぬ想いをこめてうなずく。
「あ、これ……」
 思い出したようにつぶやくと、梨華は上着の内側から胸に下げていた指輪を取り出した。後ろ手で鎖の留め金を外し、リシャールの手に渡す。
「あなたに返さなくちゃ。お母さまの形見なんでしょ?」
「できればずっとあなたに持っていて欲しかったのですが……」
「その指輪はあなたのお妃となる女性のものよ。あたしが持っているわけにはいかないわ」
「梨華……」
 顔が触れそうなほど間近でリシャールを見上げ、梨華は彼の首に両腕を回し、そっと唇にキスした(祖父と父と兄の、しっぽを踏まれた猫のような悲鳴は完全無視)
「あなたが好きよ、リシャール」
 腕っぷしはからきしだけど、まっすぐで、優しくて。
「でも、あたしは宮廷では暮らせない。海を離れては生きられない。あなたのお妃にはなれない」
「わかっています、梨華」
 リシャールは再び、寂しさを滲ませて淡く笑った。
「共にいてよくわかりました。あなたがどれほど海と船と家族を愛しているか」
 もしも海から引き離して宮廷に閉じ込めてしまったら、この少女は輝きを失ってしまうだろう。

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