海の民の乙女 ─王妃になりそこなった少女─

時野みゆ

第44話 先手必勝

 ジュリオは本当にここにいるのだろうか。
 間取りを思い出しながら、応接間まで進んだ時だ。運悪く梨華とリシャールは先ほど中に入っていった衛兵と遭遇してしまった。
 武装しているとはいえ、相手はたった二人だ。
 先手必勝! これもまた梨華のモットーである。
 まずひとり、驚いた相手が体勢を整える前に、梨華の回し蹴りが炸裂する。
「どおりゃああ !!」
 強烈な蹴りをくらった兵士はそのまま背後の壁に叩きつけられ、気絶してしまう。
 あとひとり、抜かれた剣をかわし、こちらにも勢いよく蹴りをくらわせる。
 梨華の完勝である。日頃の鍛錬は役に立つものだ。
 その鮮やかな戦いぶりにほけっと見とれていたリシャールの手を取り、
「急いで! ジュリオはどこにいると思う !?」
 梨華に腕を引っ張られながら、リシャールはめまぐるしく頭を働かせた。もし彼がこの別荘にいるとしたら、一番可能性が高いのは、窓から海の見えるエレナの部屋だ。
 二人がエレナの部屋の前まで来た時、扉は細く開いていた。
「ジュリオ、いるのか?」
 声をかけてリシャールが取っ手を引くと、中にはベッドに眠っている少女と、かたわらの椅子に腰かけた栗色の髪と瞳の青年がいた。
「……リシャール?」
 青年は瞠目《どうもく》して女装したままのリシャールを見つめている。
 そこでようやく自分の格好を思い出したリシャールは、あわてて帽子と鬘《かつら》を取り、ドレスを脱いだ。もちろん下には襟飾りのある白のシャツとズボンを着用している。
 ジュリオはしばし唖然としていたが、やがてゆっくりと唇に微笑を浮かべた。
「やあ、来たね。待っていたよ。登場の仕方にはいささか驚いたけれど」
 それから隣の梨華に視線を移し、
「彼女かい? 君が恋した異国の娘は」
 黒い髪と瞳の、薔薇色の頬をした生命力あふれる少女。
 そして比べるようにベッドの妹に眼をやる。線の細い可憐な少女……エレナは青ざめてはいるが穏やかな表情で横たわっている。

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