海の民の乙女 ─王妃になりそこなった少女─

時野みゆ

第39話 探し人

 話は昨夜にさかのぼる。
 阿梨の知略と気概で軍隊は追い返したものの、リシャールは依然、お尋ね者のままだ。この状況を打開せねばならない。
「とにかく、あなたの嫌疑を晴らさなきゃいけないのよね」
 リシャールを囲んで水軍ファミリーが集まった応接室、口火を切ったのは梨華だった。
 ええ、とうなずき、唇を噛むリシャールに、
「そなたの話では、事件のあった夜に一緒にいたジュリオという人物が、鍵を握っているようだが……」
 阿梨の言葉に彼の肩がぴくりと動く。
「その通りです。でもわたしにはわからない。クリスティナ王妃によれば、ジュリオはその夜わたしと一緒にいなかったと言う。王妃の言葉が本当なら、なぜ彼はそのような偽証をしたのか……」
 子供の頃からの友達だった。宮廷育ちのリシャールにとっては唯一の親友といっていい。そのジュリオがなぜ……。
「王妃が本当のことを言っていない可能性もあるな」と、勇利。
「ジュリオは真実を述べたとしても、王妃がねじ曲げたということじゃな」
 勇仁の台詞に、うつむいていたリシャールは顔を上げる。一縷《いちる》の望みをこめて。
 未だ真相は闇の中だ。モーリス医師を殺めたのは誰なのか。なぜ自分に嫌疑がかけられたのか。そしてジュリオに何があったのか。
「つまり、そのジュリオって人に直接会って、真偽を確かめるのが一番ね」
「しかし会うためには彼の居場所を探さなければ。ジュリオはどこにいるのか……もしかしたら王宮に捕らわれているかもしれない」
「王宮となると、手が出せないわねえ。他に心当たりは?」
「彼の家。あと確か、街から少し離れたところに別荘があります」
 逃亡を図った可能性は? とたずねる勇駿に、リシャールはかぶりを振った。
「彼には病気の妹がいます。妹を置いて自分だけ逃亡するなど考えられません」
 明るい栗色の髪と瞳の愛らしい少女で、名をエレナといった。仲の良い兄妹で、昔はよく三人で遊んだものだ。
 話をまとめるべく、梨華がぱん、と手を打つ。
「何はともあれ、まずはジュリオを探さなきゃ。さっそく明日にでも出かけましょ。王宮以外のところにいてくれるといいんだけど」
「だが梨華、どうやって怪しまれずに外に出る? この船には王宮の軍が眼を光らせているはずだぞ」
 渋面をしてたずねる父に、梨華は片眼をつむってみせた。
「まかせて。あたしにいい考えがあるわ」

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