海の民の乙女 ─王妃になりそこなった少女─

時野みゆ

第28話 困惑

 非常事態だと理解した父と兄が両側から肩を貸してくれる。応接間に連れていくと、リシャールは長椅子に倒れるように座り込んだ。
 祖父が急ぎ取ってきてくれた救急箱を開け、梨華は手際よく頬の傷の手当てをすませていった。傷そのものは浅いようだ。
「王子さま……どうぞ」
 梨奈が差し出すコップの水を礼を言って受け取り、一気に飲み干す。
 彼の様子が落ち着くのを待って、梨華は先程と同じ質問をした。
「何があったの、リシャール?」
 彼は梨華にまなざしを向けると、ぽつりと答えた。
「自分でもよくわからないんだ……」
「え?」
 梨華は困惑して彼の姿を凝視する。
 リシャールは眼を閉じ、両手で顔を覆った。彼自身、ひどく混乱して動揺しているようだ。
 と、それまで静観していた母が、こつこつと歩み寄り、彼の目線の高さに合わせて片膝をついた。
「リシャール」
 凛とした声に呼ばれ、リシャールは顔を覆っていた手を外す。
「落ち着いて……ゆっくりでよい。最初から思い出して話してみよ。そもそもの始まりは何だ?」
 母の冷静な声に導かれるように、リシャールは考え考えしながら、唇を動かした。
「昨夜のことです。わたしは王宮を抜け出して、友達と一緒に街の酒場で飲んでいました。相手はジュリオといって、子供の頃からの友人です。梨華とのことを打ち明けて相談にのってもらっていました」
「ちょっと、相談って何の相談よ?」
「話をそらさないで、梨華」
 母に制止され、梨華は不満げに口をつぐむ。

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