海の民の乙女 ─王妃になりそこなった少女─

時野みゆ

第19話 共に海を

 母はふうっとため息をついて、
「まさか勇駿があんな頑固親父になろうとは。さすが血は争えないな」
「どういう意味?」
「おじいさまも昔、あんな風だった。結婚の意向を打ち明けた時は、猛反対されたものだ」
 梨華は眼をぱちくりさせた。初めて聞く話だ。
「どうしておじいさまは反対したの?」
「おじいさまは律義な人だからね、わたしが王族だったから、身分が違う! の一点張りで、説得には苦労した」
 梨華は信じられないという風に母を見た。厳しいけれど、自分たちをこよなく可愛がってくれる祖父だ。
「結婚してもしばらくはブツブツ文句を言っていた。ところがある日を境にがらりと変貌した。どんな時だったと思う?」
 首をひねる梨華に母は柔らかな口調で、
「梨華と勇利が生まれた時だよ」
 おそるおそる初孫を腕に抱いた瞬間、勇仁の鬼瓦のような表情はあえなく崩れ去り、後は知っての通りである。
「ねえ、母さま」
「うん?」
「父さまは母さまに何て言って結婚を申し込んだの?」
 冷たい夜風が吹きすぎたせいか、母がけほっとむせた。
「またえらく昔の話を持ち出したな」
「で、何て?」
 興味深々で追及してくる梨華に、
「えーと、どう言ったかな。確か共に海を往《ゆ》きたいとか何とか……」
 本当は一字一句覚えている。今も色あせることなく大切に胸の奥にしまってある。
 ──俺が想っているのは、ただひとり、あなたです。俺は長《おさ》と共に海を往きたいのです。今までそうしてきたように、これからも、ずっと。
「遠い昔のことだ。結婚して、勇利と梨華が生まれ、梨奈が生まれ……もう二十年近く前になるかな」
 幸せだった? とたずねようとして、やめにした。いちいち言葉にしなくても母の姿を見ていればわかる。
 いきいきと船上を動き回って水軍を指揮し、かたわらにはいつも父がいる。
 自分はどんな相手と結ばれるのだろう。
 あれこれ条件をつける気はないが、やっぱり共に海を往ける相手がいい。
 いや、そうでなくては困る。母の跡を継いで、いずれは水軍の長になる予定なのだから。
 突然、降ってわいた求婚話に、海の民の乙女の心は大いにかき乱されていた。

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