海の民の乙女 ─王妃になりそこなった少女─

時野みゆ

第10話 ずっと一緒に

「……姉さまは素敵ね」
 子猫のように姉に身を寄せながら、梨奈はぽつりとつぶやいた。
「綺麗で、強くて。母さまによく似てる。梨奈とは全然違う」
 確かに姉は母と同じく、すこぶる頑丈……いや、壮健である。
「時々思うの。梨奈はみんなに心配かけるばかりで何も役に立たなくて……このまま船に乗っていていいのかな、って」
 思いがけない妹の発言に、梨華は眼を見開き、真っ向から否定した。
「何言ってるの! 梨奈はいるだけでいいのよ」
 妹は気づいていないのだ。その屈託のない笑顔が、どれほど船の人々にとって癒しとなっているか。家族だけではない、梨奈は水軍の皆に愛されているのだ。
「それに梨奈は頭が良くて語学もできるじゃない。将来は立派な通訳になれるわ。あたしが保証してあげる」
 そう語る姉は昔から学問はからきし苦手である。
「でも武術も全然できないし……」
 祖父の勇仁は最初、梨奈にも兄や姉のように武術を教えようとした。梨華のような強者(つわもの)までとはいかずとも、護身程度はできるようにと考えたのだ。
 だが、子供用の木刀を持たされた梨奈はおろおろするばかりで、涙ぐんでしまう有様。孫娘の姿があまりに不憫で、初日にして祖父は末っ子を鍛えるのを断念せざるを得なかった。
「人には向き不向きってものがあるわ。武術なんてできなくてもいいのよ。梨奈はあたしが守ってあげるから」
 本当に? と梨奈は姉を見上げる。
「もちろんよ。あたしはいずれは母さまの跡を継いで水軍の長になる。梨奈も年頃になったら水軍の誰かをお婿さんにすれば、一緒にいられるわ」
「ずうっと一緒?」
 ええ、と力強く答える姉に、梨奈は抱きついてくる。
「姉さま、大好き!」
 妹の身体のぬくもりが伝わってくる。何ものにも代えがたい、愛しい存在。
「姉さまも、梨奈が大好きよ」
 海と船と家族。それが梨華の世界。最も大切なもの。
 長い航海と大立ち回りの疲れが出たのか、眠気が襲ってくる。
 妹の背中に腕を回し、小さなあくびをひとつすると、梨華は眠りの中に落ちていった。

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