海の民の乙女 ─王妃になりそこなった少女─

時野みゆ

第8話 夕食の席

「待たせてごめんなさい。決して夕食の時間を忘れていたわけじゃないの。本当よ。ただ、ちょうど船に帰ろうとした時に、がらの悪い連中にからまれていた青年がいてね、放っておけなかったの」
 羅紗(らしゃ)水軍の旗艦の食堂。祖父と父を前にして梨華はしおらしく釈明した。証人として兄が一緒にいてくれてよかったと思う(自分ひとりではあまり信用がない)
「で、そなたが、そのガラの悪い連中をこらしめたと?」
 愉快そうにたずねてくるのは祖父の勇仁(ゆうじん)である。
「もっちろん。相手はたった四人だもん、楽勝よ。兄さまも加勢してくれたし」
「僕はただ、相手の足を引っかけたくらいだけどね」
「梨華の武勇伝がまたひとつ増えたというわけじゃな」
 祖父は豪快に笑ったが、隣の席で父の勇駿(ゆうしゅん)は、
「梨華が強いのはよくわかっているけど、あまり無茶はしないでおくれ」
 と娘を気遣う。
「だーいじょうぶだってば」
 自信満々に答える娘に、父は思わず嘆息して、
「あまり強すぎると、嫁のもらい手があるか心配になってくるよ……」
 梨華は唇をとがらせて、
「別にお嫁になんていかなくてもいいわ。あたしはいずれ母さまの跡を継いで水軍の長になるんだし」
「なに、心配は無用じゃよ」
 祖父は微笑すると父と母の二人に視線を向ける。
「阿梨とて滅法(めっぽう)強かったが、こうしてちゃんと嫁にいっておる」
 祖父の台詞に一同の注目を浴びてしまった母は、ごほん、と咳払いひとつ。
「と、とにかく食事にしよう。皆、お腹が空いただろう」
 本来なら時間通りに夕食を始めるはずだったのだが、梨奈が自分ひとりでも兄と姉の帰りを待つと言う。
 可愛い梨奈が待つというのに祖父と父は先に食事を始めるなどあり得ない。母も自分ひとりだけ先に食事しても味気ないことを承知している。
 そんなこんなで家族全員で梨華と勇利の帰りを待つことになったのだ。
 要するに、冷静な母を除き、この末っ子は家族中から溺愛されているのである。

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