海の民の乙女 ─王妃になりそこなった少女─

時野みゆ

第2話 兄の予感

 声のする方を見れば、身なりのよい金髪の青年が四人ほどの水夫に囲まれている。
「ですから、わたしは貴方にぶつかってなどおりません」
「おいおい、そんな言い草はないだろう。こいつはあんたとぶつかって肩を痛めちまったんだぜ。ちっとは誠意を示してくれよ」
「わたしにどうしろと言うのですか」
「なあに、少々の治療費を払ってもらえれば丸く収まるさ」
「あいにくと金子は所持しておりません」
「何だと !?」
 いかにもお忍びで街に出てきた貴族のお坊ちゃんあたりがカモにされている図だ。
 気色ばむ男たちに取り囲まれたまま、品のいい青年は困惑するばかり。港を歩く人々は皆、巻き添えをくわないよう避けて通っている。
「あらら、からまれちゃって可哀想ねー」
 どこか楽し気な声でつぶやく梨華に、兄はとてつもなく嫌な予感がした。こういう場合、妹は必ずといっていいほど厄介ごとに首を突っ込みたがる。
「ほら、いいから早く船に戻ろ……」
 が、妹をうながし、手を取ろうとした時には、すでに遅かった。
「ちょっと、あんたたち、弱いものいじめなんて男らしくないわよ!」
 止める間もあらばこそ、梨華はつかつかと男たちに歩み寄り、毅然(きぜん)と言い放った。
 男たちは一瞬きょとんとして、腰に両手を当てて自分たちを見上げる少女を眺めた。
「何だ、おまえ」
「何でもいいでしょ。大勢でひとりに因縁つけるなんて卑怯だって言ったのよ」
 たったひとりで飛び込んできた、自分たちよりはるかに小柄な少女に、男たちは薄笑いを浮かべる。
「お嬢ちゃん、度胸は認めてあげるが、無謀なことをしちゃいけないなあ。おじさんたちがいくら優しくても限度ってものがあるんだよ」
「はん、その優しいおじさんたちが、世間知らずのお坊ちゃん相手にゆすりたかりをしているわけね」

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