海の民の乙女 ─王妃になりそこなった少女─
第一章 海と船と家族 第1話 異国のそぞろ歩き
西の大陸・ガンディア王国の港町、コンテッサ。
交易の荷を積んだ羅紗(らしゃ)水軍の船が入港した日の夕暮れ。梨華(りか)は兄の勇利(ゆうり)と共に、異国の港をそぞろ歩いていた。
涼やかな潮風が頬を吹き過ぎていく。久しぶりの陸地は石畳を踏む感触も心地よく、気持ちを弾ませてくれる。
梨華は十八歳。雅ざかりの乙女だが、格好は兄と同じ立襟の上着と動きやすい脚衣(きゃくい)と、どう見ても男装である。兄は藍色だが、梨華は鮮やかな真紅と色だけが違っている。
長い黒髪を両側で結び、そこにつけられた服と同じ色のリボンだけが、唯一、女の子らしいお洒落といえる。
絶え間なく商人や船乗りたちが行き交い、彼らを目当てにした店が並び、港は活気にあふれている。
喧騒の中で、兄の勇利は鼻歌まじりに歩く妹に声をかけた。すっきりした短髪の、理知的で穏やかそうな少年だ。
「梨華、そろそろ帰ろうよ」
「ええっ、もう? 不粋ねえ、兄さまって。こんなに気持ちいい夕暮れなのに」
兄妹といっても双子だし、勝気な妹の前には兄の権威はないにも等しい。
「でも夕食までに帰らないと梨奈(りな)が心配するよ」
梨奈は九つ下の妹で、家族から溺愛されている末っ子である。
梨華はううっと口の中で唸った。その名を出されると弱い。
可愛い梨奈を心配させるのは本意ではない。しぶしぶ船に引き返そうとした時、何やら言い争うような声が耳に飛び込んできた。
交易の荷を積んだ羅紗(らしゃ)水軍の船が入港した日の夕暮れ。梨華(りか)は兄の勇利(ゆうり)と共に、異国の港をそぞろ歩いていた。
涼やかな潮風が頬を吹き過ぎていく。久しぶりの陸地は石畳を踏む感触も心地よく、気持ちを弾ませてくれる。
梨華は十八歳。雅ざかりの乙女だが、格好は兄と同じ立襟の上着と動きやすい脚衣(きゃくい)と、どう見ても男装である。兄は藍色だが、梨華は鮮やかな真紅と色だけが違っている。
長い黒髪を両側で結び、そこにつけられた服と同じ色のリボンだけが、唯一、女の子らしいお洒落といえる。
絶え間なく商人や船乗りたちが行き交い、彼らを目当てにした店が並び、港は活気にあふれている。
喧騒の中で、兄の勇利は鼻歌まじりに歩く妹に声をかけた。すっきりした短髪の、理知的で穏やかそうな少年だ。
「梨華、そろそろ帰ろうよ」
「ええっ、もう? 不粋ねえ、兄さまって。こんなに気持ちいい夕暮れなのに」
兄妹といっても双子だし、勝気な妹の前には兄の権威はないにも等しい。
「でも夕食までに帰らないと梨奈(りな)が心配するよ」
梨奈は九つ下の妹で、家族から溺愛されている末っ子である。
梨華はううっと口の中で唸った。その名を出されると弱い。
可愛い梨奈を心配させるのは本意ではない。しぶしぶ船に引き返そうとした時、何やら言い争うような声が耳に飛び込んできた。
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