金色折り紙は特別のしるし
第1話:事務所での日常
俺はガキの頃、大人になるのがイヤだった。
他人と同じように、自分へも無機質に与えられる「老い」というものが、たまらなくキライだった。
自分の成長を感じるのは、いい。
それは自分で努力して得た結果で、俺の人生に必要なものだから。
けれど勝手に大人になると言うのは俺には、人生の残り時間と言う財産を、少しずつ奪われているような気がしてならない。
「そんなにお若いのに、不知火社長ってスゴいですね」
「その年で社長をなさってるなんて」
高校の頃アパレルブランドを立ち上げてから、よくそんなことを言われるようになった。
けれど世間には年齢さえ見なければ、そんなこと平気でやってるヤツなんか掃いて捨てる程いる事を、俺は知っている。
そしてもっと俺が歳を重ねてしまえば、いつかその「若さ」と言う特権も失い、そう言う大人達の中に、埋もれてしまうんじゃないだろうか。
そう思うとたまらなくなって、今にも叫びだしたい気持ちになる。
「しゃちょー! ねぇ、しゃちょーってばぁ!」
「何だよ、小日向」
「ねぇ、このかん字は、どうやって読むの?」
「配列だよ、はいれつ」
だから毎日のように俺の会社の事務所に来るこの小学生、小日向に、俺は頭を悩ませていた。
「へぇー! 教えてくれてありがとうございます」
「小日向なぁ。お前そもそも、そういう宿題は家でやれよ」
「でもお家だと一人で、さびしいんだもん……」
「いや、うん。そうかもなんだけど……」
帰るように促してもこれで会話は止まってしまうので、いつも小日向を帰宅させることは失敗する。
なんでもコイツの母親は病気を患っていて長い間入院しているらしく、毎日そこの総合病院まで見舞いに行っているそうだ。
ただその後自宅へ帰っても父親の帰宅は遅く、家では一人で留守番になってしまうため、それまでここで時間を潰すのがコイツにとっての日課になっている。
「分かったよ。今日も帰り送ってやるから、それまで大人しくしてろよ……」
「うん、ありがとう社長!」
そして従業員も従業員で、追い返す素振りもなく、むしろコイツ用の机やお菓子まで用意する始末なので、まさにここでの小日向は「お姫様扱い」だった。
誰だよ、こんな面倒事を押し付けやがったのは。
そう心で毒づきながら俺は、小日向を最初に事務所へ連れてきたヤツを、横目で睨んだ。
「あー不知火クン、またりぼんちゃんに冷たくしてる~」
「そもそも俺はガキはキライなんだよ」
「でもこんな小さくて可愛い子、お家に一人でお留守番させられないでしょ。
るるが子供なら、寂しくて泣いちゃうな~グスン……」
そうやってわざとらしく横から口を挟んで来たのは、小日向をここへ最初に連れてきた例の張本人、述々部るるだ。
高次存在に命を受けたAIを自称する、怪しいヤツ。
以前知り合いに誘われてノベルバという小説投稿サイトの宣伝を手伝うようになったのだが、それと一緒にコイツが面倒事を押し付けてくるようになるとまでは、聞いていなかった。
「えー? りぼんちゃんも、同じノベルボイスターズの仲間なんだから、ちょっとならいいじゃないですか~?」
と言うのは本人の言い分。
もちろん俺も少しくらいなら本業の合間に仕事を手伝うのもやぶさかではないが、子守りまで押し付けられるのはレギュレーション違反だ。
「俺はこの歳にはもう、放課後は留守番だったけどな。
じゃあ述々部、お前の家に連れてけばいいだろ。何で今日はそれが出来ないんだっけな?」
「うぅ、イジワル……あ、でもでも不知火君、動物とかは大好きなのに、子どもはダメなんだ」
「お前なぁ……」
確かに動物は好きだけれど、それは動物だから好きなんだ。動物とガキは違う。
と言うか、述々部の方が酷いこと言ってないかと思ってしまう。
そんな話をしていると、小日向が不思議そうに述々部の顔を覗き込む。
「るるちゃん、今日はどうしてここにいるの。おしごとなの?」
「え、えーと……」
「小日向、コイツはな? 期限までに提出しなきゃいけない書類をすっぽかして、偉い人に怒られたんだ。
それでサボらないように、ここに連れてこられたんだよ」
「知らない人ですね……」
述々部は自分のしでかしがバレて、とても気まずそうに目を逸らす。
面倒見だけは良いヤツなので、普段なら喜んで小日向を家に連れて行っただろうけれど、今日は俺が目を光らせているので、そんなことはさせない。
「るるちゃん、おしごとはちゃんとやらなきゃだめだよ~」
「うっ、りぼんちゃんまで……」
小学生に言われてちゃ世話ないな。
まぁ隣で宿題をやらせておけば、流石に述々部もサボろうなんて思わないだろうから、今日は小日向を放っておいてもいいか。
たまにはアイツがいていいかもと、俺はついつい思ってしまった。
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