離婚したので冒険者に復帰しようと思います。

黒蜜きな粉

 乾いた音が店内に響く。
 ライラはすぐに叩かれたのだと気が付いた。
 じんじんと痛む頬をおさえて顔を上げると、エリクと視線があった。
 
「落ち着きましたか?」

「…………ひどいわ。いくら正気に戻すためだからって、いきなり叩くことはないじゃない」

「だから、先にお声がけをしましたよ?」

 困ったように笑うエリクを見て、ライラはため息をついた。
 叩かれたところがほんのりと熱を持っているような気がする。絶対に赤く腫れてしまうだろう。
 しかし、ここまでされなければすぐに落ち着きを取り戻せなかっただろうと思うと、これ以上は抗議ができなかった。

「ご無理をなさることはありません。捜索は私が行いますので、ライラ殿は休んでいてください」

 沈痛な面持ちで言われて、エリクがどうしてライラが取り乱したのか、その理由を知っているのだとわかった。
 監視するように命令されていたのだから、事前情報として耳に入っていたのかもしれない。

 事情を知っている者がいる。そう考えると少しだけ心が軽くなったような気がした。
 この苦しみの意味を理解してくれる。それならば、これからライラが何をしても多少は目をつぶってくれるかもしれないと思った。

「そういうわけにはいかないわ。あなただってここに書かれた言葉は私宛てだと思うでしょ?」

 ライラはハンカチを広げてカウンターの上に置いた。エリクは苦々しい表情を浮かべると、黙って頷いた。
 すると、ルーディがライラとエリクの間に流れる不穏な空気を察してか、不安そうな顔をして尋ねてくる。
 
「どうしてこれがアンタ宛てになるんだい?」

「……以前にも、同じことがあったから……」

 ライラがそう答えると、ルーディの表情が険しいものになる。
 
「──同じことって何さ。どういうことだい?」

「……子供がね、いなくなったの。残されていたのは私が刺繍を入れた服だったのだけど、書かれている言葉は同じよ」
 
 ライラはカウンターに置いたハンカチの刺繍をそっと撫でた。
 懐かしい記憶が蘇ってくる。
 刺繍のやり方は結婚してから覚えた。あまり器用ではないから、何度も針で指を怪我してしまった。どれだけ失敗をしても、諦めずに続けた。
 その頃の気持ちを思い出して、ライラは胸が張り裂けようになる。

「こんな偶然が起きるとは思えないから、私をおびき出すためにわざとやったのだと思う」

「……同じことが起きたと言うなら、前にいなくなった子はどうなったんだい?」

 聞かれるとは思ったが、すぐに返事ができなかった。
 ライラは胸に手を置いて深呼吸する。

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