３

　机の上に置かれた物を、ジークが確認をしに行った。
　彼はそれを手に取ると、じっと見つめて首を傾げる。それから、ライラを振り返って声をかけてきた。
　
「なあ、これってお前がアヤにやったハンカチじゃないのか？」

　ライラは訝し気な顔をしているジークに手招きされて、彼の元へ歩み寄った。
　ジークからハンカチを受け取ったライラは、自分の目を疑った。つい冷静でいられなくなってしまい、トゥールを激しく怒鳴りつけた。　
　
「──ちょっと！　どうしてこれを今まで黙って持っていたのよ　」

　ライラがいきなり怒声を上げたので、ルーディとエリクも二人も慌ててこちらに駆け寄ってくる。

「……っ自分の娘がいなくなったのよ。いじけていないで、もっとしっかりしなさいよ！」

「あ、いやだって。お前がアヤにくれたものだとは知らなかったし……」

「そういうことじゃないでしょ！　これをちゃんと見たの？」

　ハンカチにはライラがアヤに渡した時にはなかった赤い染みができていた。
　まさか血かと不審に思ったライラがハンカチを広げると、そこには赤色で文字が書かれていたのだ。

『一人で来い』

　このメッセージが自分に向けられたものだとライラにはすぐ分かった。
　同じようなことが以前にもあったからだ。
　ライラは湧き上がってくる感情が制御できなくて、トゥールをさらに怒鳴りつける。

「他に何か落ちていなかった？　気が付いたことはない　︎　うだうだしていないでちゃんと話しなさいよ！」

　ライラはぼんやりとしているトゥールに腹立たしくなって、胸ぐらを掴むと無理やり立ちあがらせた。すると、彼はゆっくりと店のカウンターに視線を向ける。

「……そういえば、あれがそばに落ちていた。危ないと思って拾っておいたが、関係あるのか？」

　カウンターに置かれているものを見て、ライラは全身から血の気が引いた。
　怒りでどうにかなりそうだったのに、気持ちが急速にスッと冷めていく。
　ライラは掴んでいたトゥールの胸元から手を離した。ふらふらとカウンターに近づいて置かれていたナイフを手に取る。

「……これは額に突き刺さったまま持ち去られてしまったものでは？」

　エリクはナイフがライラの物だとすぐに気が付いたらしい。
　あんな一瞬の出来事だったというのに彼はいい目をしている。そんなことを頭の片隅で考えながら、ライラは自分の胸に手を置いた。
　心を落ち着かせようと努めながら精霊を呼び出そうとする。

「──っ早く、見つけに行かないといけないのにっ……」

　いつもなら簡単に呼び出せる精霊が姿を見せない。
　ライラは動揺して身体が震えてしまう。

「集中しないと……。お願いだから力を貸して」

　早くアヤを見つけに行かなくてはいけないとわかっているのに、焦ってうまく感情が制御できない。
　そのうちに呼吸が乱れて息苦しくなってきた。

「っはあ、はあ……ううぅ」

　うまく息ができない。
　精霊を呼び出すどころか、頭がぼんやりとしてきて何も考えられなくなりそうだ。

　目の前が霞む。
　意識が遠のいてきた。

「──失礼いたします」

　冷たいエリクの声がした。そのすぐ後に、頬に鋭い痛みが走る。