離婚したので冒険者に復帰しようと思います。

黒蜜きな粉




 ──翌日。

「なにか言いたいことがあるなら、はっきりと言ってくださるかしら?」

「……あ、えっと。と、とてもよくお似合いです」

「嘘をつかないでちょうだい。本当にそう思っているなら、そんなに動揺していないでしょ」

「す、すみません。あまりにいつもと雰囲気が違うので驚いてしまっただけでして。本当に素敵だと思います!」

 ライラがエリクとの待ち合わせ場所にやってきたのは、約束の時間ちょうどだった。
 待ち合わせ場所は、街の中央にある噴水広場だ。そこは街の中心部とあって賑わっている。
 ライラがエリクを探して辺りを見渡していると、人混みの中から彼が姿を現して駆け寄ってきたのだった。

「嘘くさいわね。どうせファルちゃんになにか聞いていたんじゃないの? こそこそ二人で話をしていたじゃないの」

「さすがに服装までは……。どこへ行くつもりなのかとか、そんなことを一方的に聞かれただけですので」

 駆け寄ってきたエリクは、ライラの格好を見て目を丸くして固まってしまった。
 エリクが気まずそうにライラから視線を逸らして額に汗を流しはじめたので、ライラは彼に話しかける口調がつい強めになってしまう。

「ファルちゃんたら、どうしても今日あなたと会うことをしてもデートってことにしたいみたいでね。これでも抵抗したのだけど、押し切られちゃって……」

 ライラの服装はいつもの冒険者装備とは異なる。
 流行を取り入れた女性らしい服装で、とても冒険者には見えない。髪型を整えられ、化粧までばっちり施されてしまった。誰がどう見ても、気合いを入れてめかしこんだ格好をしている。エリクとの待ち合わせ前にファルに呼び出されて、強引に着替えさせられてしまったのだ。

「デートだなんて……。そんなに愉快な話をするつもりはないのですが」

「わかっているわよ。あなたも私も、ファルちゃんが張り切っているから強く言えなかっただけでしょ」

 ライラが頭を抱えて盛大にため息をつくと、エリクは苦笑する。

「とりあえずここは人が多いので移動しましょう。今日は天気が良いので街中を散策するには丁度いい陽気ですから」

 エリクはそう言ってライラの腰に手を回してきた。
 ぐいと力強く引き寄せられて、ライラはそのまま歩き出す。

「こんな風にエスコートされたんじゃデートっぽくなるじゃない」

「その方が都合がよいのでは?」

 エリクがちらりと背後を見るように視線で促してきた。

「……あー、やっぱり気が付いていたのね」

「さすがにあそこまで露骨に見られていれば……」

 ライラはエリクと合流したあたりから、誰かに見張られているような気がしていた。

 ライラには誰かに監視されることに心当たりがある。
 エリクを巻き込むのは申し訳ないと思って黙っていたが、さすがに軍人である彼がこの気配に気が付かないわけがなかった。

「あなたには誰かに尾行される心当たりはあるのかしら?」

「……ない、とは言えませんね」

「軍人さんだものね。じゃあ、お互い様ってことね」

 ライラとエリクが並んで歩いていると、一定の距離を保って誰かがあとをつけてくる。
 尾行されていることはあきらかだ。

 ライラはハチが警告してきた例の冒険者連中だと思った。
 しかし、ライラが監視されていることに気が付いたのはエリクと合流したときだ。完全にライラが標的だとは判断できない。
 ライラとエリク、尾行者の目的はどちらなのか判断するためには、少し様子を見た方がよいだろう。

「こんな格好をさせられたときはどうしようかと思ったけど、かえってよかったかもしれないわ」

 ライラはそう言ってエリクにぴったりと身を寄せた。穏やかに笑って彼を見上げる。
 ひとまずはデートをしているふりをして、尾行者を油断させようと思った。

「あなたには悪いけど、話はこの問題が片付いてからね。しばらく付き合ってもらうわよ」

「構いません。私もそのつもりでしたから」

 エリクが事務的に返事をする。
 さきほどまでの狼狽えていた雰囲気はどこにもない。
 彼はライラと視線を合わせてにこりと微笑んだ。
 
「ライラ殿はまだこの街には詳しくないでしょうから、ここは私にお任せいただいてもよろしいでしょうか?」

「そう、じゃあお任せするわ」

 互いに微笑んで見つめ合っているが、意識は尾行者に向けられていた。


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