離婚したので冒険者に復帰しようと思います。
ランクアップ 1
「Bランク、おっめでとうございまーす!」
明るい受付嬢の声が、冒険者組合のロビーに響き渡る。
その声でロビーにいた冒険者たちの視線を集めてしまい、ライラは居心地が悪くなってくる。
あの年齢で今さらBランクか、という嘲笑まじりの囁きが聞こえてくるのだ。
Bランクは真面目に依頼をこなしてさえいれば誰でもなれる。
Cランクが新米、初心者ならば、Bランクはただそこから抜け出した証明にしかならない。
ライラはついさきほどBランクへのランクアップ試験を終えたばかりだった。
「……あ、ありがとう。あなたもお元気そうで何よりね」
ライラはなんとか笑顔を作って受付嬢に礼を言った。
受付嬢に悪気はないのだろうから、素直に言葉を受け取らなければ彼女に対して失礼だろう。
「ま、ライラさんなら当然といえば当然ですよねえ。うんうん、私は最初からわかっていましたよ!」
「……そうねえ。正直Bランクへの試験より、冒険者登録試験の方がよっほど厳しかったと思うわ」
「あははー。それはライラさんだけですってえ」
げらげらと笑う受付嬢に肩を叩かれて、ライラは痛みに耐えながら笑顔を浮かべ続ける。
あなただって私が初めてここに来たときは疑っていたわよね、という言葉をライラは飲み込んだ。
そんな組合ロビーのカウンターへ、大きな声を上げながら一人の人物が駆け寄ってきた。
「姉さーん! Bランクおめでとうございまー……っぶへえ!」
ハチの気配を感じて、ライラはその場からすっと一歩横にずれた。
彼はライラが元いた場所に突っ込んで、カウンターの角で腹を強打した。
「ねえ、ハチ君。私がそこにそのままいても、その勢いで突っ込んできていたわけ? ねえ、どうなのかしら」
ライラはハチの額を指でつつきながら詰め寄った。
「ね、姉さんならきっと受け止めてくれると信じて。つかハチじゃないっす。――い、痛い痛い。痛いですってえ!」
へらへら笑っているハチを、受付嬢は引きつった顔をして見つめている。
そこへ、ファルが慌てて駆け寄ってきた。彼女はカウンターに上半身を預けたままのハチの背中を優しく撫でる。
「ライラさん、もうその辺で……。ハチさんのおでこ赤くなっていますから」
「わあ、ファルちゃんは相変わらず優しいなあ。ねえファルちゃん今度さ、俺と一緒に……っぶへええ!?」
ハチが上半身を起こしてファルの手を掴んで話しかけると、イルシアがやってきて彼を蹴り飛ばした。
「──ってめえ、なにやってやがる!」
イルシアの緋色の目がゆらゆらと揺れている。
これは相当ぶちぎれているなとライラは肩をすくめた。
イルシアに吹っ飛ばされたハチは、ロビーの床に四つん這いになりながら背後を振りかえった。
「イルシア君は本当に過激だよね。もう少し落ち着いた男にならなきゃ」
「うるっせえぞ。てめえにだけは言われたくねえんだよ」
「ひどいなあ、イルシア君ってばこわい! つか痛いよ? 足をどかしてくれないかなあ」
「うるせえ! てめえにはこんなのただのご褒美だろうが!」
イルシアはハチの背中を足蹴にして冷たく見下ろしている。
ライラはイルシアとハチのやりとりを呆れながら眺めていた。
「はいはーい。そこまでにしようか?」
大騒ぎのロビーにマスターの声が響いた。
彼の顔は笑っているが、額には青筋が立っている。それを見て、ロビーにいた誰もが黙りこんだ。
「ライラさんはどうして止めないのですか。イルシア君が本気で怒ったら組合が灰になってしまうでしょう?」
「あら、マスターの気配がしたからここはお任せしようと思いましたのよ。私がでしゃばる場面でもないかと思いまして……」
おほほと笑いながら答えるライラに、マスターは涼しい顔をしてふふふと笑う。
「おやおや。せっかくお祝いの言葉でもかけようと思ってやってきましたが、気持ちが萎えましたねえ。では、お仕事のお話でもしましょうか?」
「まあ、せっかくいらっしゃったのです。まずはねぎらいの言葉をかけてはくださらないのですか? ランクアップ試験が終わったばかりなのに仕事の話なんて無粋じゃありませんか」
しんと静まりかえるロビーに、ライラとマスターの乾いた笑い声が響く。
「俺が組合を灰にするより、凍りつくのが先じゃないか?」
イルシアがぼやくと、ファルをはじめ周囲の者が勢いよく頷いていた。
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