ラノベ作家になりたい彼と、させたい彼女
2話 ラブコメを創作する
その人のことをよく知り、理解している人のことを知己という。文字通り、己を知る人。
互いによく知り、理解し合っている関係を四字熟語で知己朋友と表現する。語源は中国の歴史書『史記』の列伝の1つ『刺客列伝』。
知己は、旧知の仲である幼馴染等を表現する際に用いる。しかし、一方的な状態を指す言葉。片想いやファン、ストーカーさえも、推しの知己となり得る。
1ヶ月前、夏休みが明けてすぐのこと。
40日振りに再会するクラスメイト。大きな変化を捕捉すると、想像を掻き立てられ、あれこれと考えたくなるもの。知己であれば尚更。
小学生の頃からサッカー一筋の勇舞が小説を書いていて、いつも校庭で小説を読み耽っている琴音が、教室でそれを読んでいる。
幾重にも重なり、深みを増した異様な光景が、安寧を崩す。
勇舞の知己は、疑問を抱く。
何故、勇舞が興味を持っているものがサッカーではなくスポーツでもない、小説なのか――と。
鍵となるのは勇舞の幼馴染、琴音の存在。
放課後、 校庭の隅で琴音が小説を読み耽る光景は、今や多くの生徒にとって当たり前の日常となっている。常識と言っても過言ではない程に、誰でも知っている事実。とはいえ琴音の風貌に特徴があるわけでも、特別なことをしているわけでもない。けれど入学以来ずっと同じ場所で同じ行為を続けているものだから、無意識に記憶に刷り込まれる。
勇舞の変化を一見すると、小説好きの琴音が、勇舞に興味を持たせるため誘導したと推察出来る。
しかし、事実は小説よりも奇なり。
琴音の知己は、感じる。
琴音は、読書好きの文学少女とは毛色が違う――と。
琴音が小説を読むのは、勇舞の部活動が終わるまでの限られた時間のみ。琴音の目が届く範囲に、必ず勇舞が居る。その場を離れる際、2人は必ず並んで歩いている。
琴音は、勇舞を待っている間、暇を潰す手段として読書をしているだけであることが見て取れる。
では何故――発端は4ヶ月前の6月。
勇舞は1ヶ月後に、高校最後の大会となるインターハイを控えていた。琴音の日課は、校庭の隅で勇舞の部活動が終わるのを待つこと。
「琴音ぇ! もう少しで……」
勇舞の声。
現実は小説のように、理路整然と物事を進めてはくれない。無秩序に一瞬だけ姿を現す断片的な情報を見逃せば、知らぬことは知らぬまま、理不尽に進行し続ける。
見えない部分を見抜く力、洞察力を養わなければ取り残される。変化を見付けるために観察し、規則性や法則を捉えるために考察する。その適用先を見付けるために推察する。それら全てを満足に行えて初めて洞察出来る。
現実では、機を逸すればやり直しはきかない。
琴音は小説を読むのを止め、声がした方向へ視線を遣る。いつもと変わらぬやり取り。
違うのは、視線の先に、サッカー部員が引き寄せられるように集まっていくこと。
少しして、その場所からぐったりと横たわっている人が運び出される。
近付いてくる救急車のサイレン。
琴音に部員が駆け寄り『勇舞が大変』とだけ告げる。
具体的な情報は無い。けれど大勢が慌てふためく様子から、非常事態であることは感じ取れる。
直後、琴音が目の当たりにしたのは、勇舞がストレッチャーに乗せられ、救急車に運び込まれる光景。
『女に現を抜かしてるからだ』
人集りの喧騒を抜け、琴音の耳に響く。女とは、琴音のこと。
言葉は無形の武器にもなり得る。
質量は無くとも、心に刺さり、抉り、掻き乱す。
琴音は、原因が自分にあると自認した途端、頭が真っ白になる。不安や恐怖、様々な感情が入り混じり、所謂パニック発作に見舞われる。
琴音が我に返った場所は、救急車の中。思い出せるのは、誰かから同乗するよう促されたことだけ。誰が促したのかすら、わからない。
はっきりしているのは、琴音が元凶であるということ。恐怖、不安、後悔、罪悪感、孤独――あらゆる負の感情が増幅され、琴音の心を蝕む。
病院に到着。勇舞だけが奥へ運ばれ、検査が始まる。
医師からの説明によると、勇舞は足首を骨折しているそう。痛みが残ったり、変形性関節症へと移行する可能性があると聞かされた。そして、歩けるようになるのは早くても3から4週間先になる――と。
勇舞は俯き、声を殺して涙を流す。高校最後の大会には出られない。応援にすら行けないと宣告を受けたのだ。悔しくて泣いていることは、見ればわかる。
琴音は、勇舞の一番の知己であると自負していた。今までなら、自然と勇舞が望むことを出来ていた。
でも、今はもう何もわからない。
頬が痺れ、ふわふわする感覚。身体に力を入れられない。まさに脱力状態。
「私の所為で……」
溢すと同時に、琴音の心は瓦解する。
勇舞の夢を奪った罪悪感に押し潰され、動くことさえも憚られる精神状態に陥る。
琴音は、その後のことを一切覚えていない。気付いたら1人で自分の部屋に居て、登校したときに初めて数日経過していることを知った。
* * *
受傷から1カ月経った7月下旬。
勇舞は人伝に、インターハイは初戦敗退だったと伝えられた。
勇舞は事故以来、部活に顔を出していない。高校最後の大会に一切関与することなく、有終の美とは程遠いサッカー人生の最期を迎えたのだ。
時を同じくして、琴音が小説を読むことはなくなった。そして、ある1人の小説家がひっそりと筆を折った。
放課後になると、逃げるようにそそくさと教室を出るようになった勇舞。
琴音は、なんとかして元気付けようと試みる。
「ふふぅん♪ いつまで落ち込んでんだよぉ。松葉杖を使わないと歩けない勇舞になら、すぐ追いつけるんだから!」
琴音は勇舞の左側の脇に頭を突っ込み、松葉杖を取り上げる。
「松葉杖返せよ。危ないだろ!」
不快感を露わにする勇舞 。
琴音は気にも留めず、犬のようにクンクンと勇舞のにおいを嗅いだ後、小悪魔のような微笑を向ける。
「いやだぁ。1人にしておくと危険そうなにおいがするから、くっ付いていてあげるぅ」
この光景を側から見れば、いちゃついているカップル。琴音は勇舞のために、ラブコメを創作することにした。
この時のやり取りを記したものが、先程勇舞に見せられたノートの文章である。
互いによく知り、理解し合っている関係を四字熟語で知己朋友と表現する。語源は中国の歴史書『史記』の列伝の1つ『刺客列伝』。
知己は、旧知の仲である幼馴染等を表現する際に用いる。しかし、一方的な状態を指す言葉。片想いやファン、ストーカーさえも、推しの知己となり得る。
1ヶ月前、夏休みが明けてすぐのこと。
40日振りに再会するクラスメイト。大きな変化を捕捉すると、想像を掻き立てられ、あれこれと考えたくなるもの。知己であれば尚更。
小学生の頃からサッカー一筋の勇舞が小説を書いていて、いつも校庭で小説を読み耽っている琴音が、教室でそれを読んでいる。
幾重にも重なり、深みを増した異様な光景が、安寧を崩す。
勇舞の知己は、疑問を抱く。
何故、勇舞が興味を持っているものがサッカーではなくスポーツでもない、小説なのか――と。
鍵となるのは勇舞の幼馴染、琴音の存在。
放課後、 校庭の隅で琴音が小説を読み耽る光景は、今や多くの生徒にとって当たり前の日常となっている。常識と言っても過言ではない程に、誰でも知っている事実。とはいえ琴音の風貌に特徴があるわけでも、特別なことをしているわけでもない。けれど入学以来ずっと同じ場所で同じ行為を続けているものだから、無意識に記憶に刷り込まれる。
勇舞の変化を一見すると、小説好きの琴音が、勇舞に興味を持たせるため誘導したと推察出来る。
しかし、事実は小説よりも奇なり。
琴音の知己は、感じる。
琴音は、読書好きの文学少女とは毛色が違う――と。
琴音が小説を読むのは、勇舞の部活動が終わるまでの限られた時間のみ。琴音の目が届く範囲に、必ず勇舞が居る。その場を離れる際、2人は必ず並んで歩いている。
琴音は、勇舞を待っている間、暇を潰す手段として読書をしているだけであることが見て取れる。
では何故――発端は4ヶ月前の6月。
勇舞は1ヶ月後に、高校最後の大会となるインターハイを控えていた。琴音の日課は、校庭の隅で勇舞の部活動が終わるのを待つこと。
「琴音ぇ! もう少しで……」
勇舞の声。
現実は小説のように、理路整然と物事を進めてはくれない。無秩序に一瞬だけ姿を現す断片的な情報を見逃せば、知らぬことは知らぬまま、理不尽に進行し続ける。
見えない部分を見抜く力、洞察力を養わなければ取り残される。変化を見付けるために観察し、規則性や法則を捉えるために考察する。その適用先を見付けるために推察する。それら全てを満足に行えて初めて洞察出来る。
現実では、機を逸すればやり直しはきかない。
琴音は小説を読むのを止め、声がした方向へ視線を遣る。いつもと変わらぬやり取り。
違うのは、視線の先に、サッカー部員が引き寄せられるように集まっていくこと。
少しして、その場所からぐったりと横たわっている人が運び出される。
近付いてくる救急車のサイレン。
琴音に部員が駆け寄り『勇舞が大変』とだけ告げる。
具体的な情報は無い。けれど大勢が慌てふためく様子から、非常事態であることは感じ取れる。
直後、琴音が目の当たりにしたのは、勇舞がストレッチャーに乗せられ、救急車に運び込まれる光景。
『女に現を抜かしてるからだ』
人集りの喧騒を抜け、琴音の耳に響く。女とは、琴音のこと。
言葉は無形の武器にもなり得る。
質量は無くとも、心に刺さり、抉り、掻き乱す。
琴音は、原因が自分にあると自認した途端、頭が真っ白になる。不安や恐怖、様々な感情が入り混じり、所謂パニック発作に見舞われる。
琴音が我に返った場所は、救急車の中。思い出せるのは、誰かから同乗するよう促されたことだけ。誰が促したのかすら、わからない。
はっきりしているのは、琴音が元凶であるということ。恐怖、不安、後悔、罪悪感、孤独――あらゆる負の感情が増幅され、琴音の心を蝕む。
病院に到着。勇舞だけが奥へ運ばれ、検査が始まる。
医師からの説明によると、勇舞は足首を骨折しているそう。痛みが残ったり、変形性関節症へと移行する可能性があると聞かされた。そして、歩けるようになるのは早くても3から4週間先になる――と。
勇舞は俯き、声を殺して涙を流す。高校最後の大会には出られない。応援にすら行けないと宣告を受けたのだ。悔しくて泣いていることは、見ればわかる。
琴音は、勇舞の一番の知己であると自負していた。今までなら、自然と勇舞が望むことを出来ていた。
でも、今はもう何もわからない。
頬が痺れ、ふわふわする感覚。身体に力を入れられない。まさに脱力状態。
「私の所為で……」
溢すと同時に、琴音の心は瓦解する。
勇舞の夢を奪った罪悪感に押し潰され、動くことさえも憚られる精神状態に陥る。
琴音は、その後のことを一切覚えていない。気付いたら1人で自分の部屋に居て、登校したときに初めて数日経過していることを知った。
* * *
受傷から1カ月経った7月下旬。
勇舞は人伝に、インターハイは初戦敗退だったと伝えられた。
勇舞は事故以来、部活に顔を出していない。高校最後の大会に一切関与することなく、有終の美とは程遠いサッカー人生の最期を迎えたのだ。
時を同じくして、琴音が小説を読むことはなくなった。そして、ある1人の小説家がひっそりと筆を折った。
放課後になると、逃げるようにそそくさと教室を出るようになった勇舞。
琴音は、なんとかして元気付けようと試みる。
「ふふぅん♪ いつまで落ち込んでんだよぉ。松葉杖を使わないと歩けない勇舞になら、すぐ追いつけるんだから!」
琴音は勇舞の左側の脇に頭を突っ込み、松葉杖を取り上げる。
「松葉杖返せよ。危ないだろ!」
不快感を露わにする勇舞 。
琴音は気にも留めず、犬のようにクンクンと勇舞のにおいを嗅いだ後、小悪魔のような微笑を向ける。
「いやだぁ。1人にしておくと危険そうなにおいがするから、くっ付いていてあげるぅ」
この光景を側から見れば、いちゃついているカップル。琴音は勇舞のために、ラブコメを創作することにした。
この時のやり取りを記したものが、先程勇舞に見せられたノートの文章である。
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