ラノベ作家になりたい彼と、させたい彼女

はゆ

10話 何でも話させることが正解ではない

 しばらく走行し、駐車した場所は病院。
 女児について、けいがミラに説明した際『入院してるお母さんに』と言った。その言葉を根拠に勇舞ゆうまは、この病院に女児の母親が入院していると確信する。

 病棟のエレベータに乗る。
 けいが押した行き先ボタンは4階。案内板によると、そこは小児科の入院病棟。

 勇舞ゆうまは違和感をいだく。
 入院してるのは、お母さんではないのか――と。

 勇舞ゆうまは、隣にチラリと視線をる。 琴音ことねも同様の違和感をいだいていると思ったからだ。

 予想に反し、琴音ことねは無表情で床の一点を見つめている。

 琴音ことねがよく口にする言葉がある。
『目は口ほどに物を言う』
 そして『下を見る仕草は、警戒や恐怖心の表れ』とも言っていた。

 今の琴音ことねの仕草は、違和感をいだいているというよりは、思い詰めているような印象を受ける。

 勇舞ゆうまが考えているうちに、エレベータの扉が開く。
 廊下を進む。けいは通り掛かった医師の一人に手を振り、近寄る。
安漣あれん、今どこに居る?」

 勇舞ゆうまは疑問をいだく。
 会いにきた女児の名は、〝りぼんちゃん〟ではないのか? 苗字が〝安漣あれん〟である可能性もあるから、黙って様子を見ることにする。

「談話室で本を読んでるよ」
 答えた医師の名札に目を勇舞ゆうま。名札に記されている文字は〝小児科医 水越みずこし安漣あれん〟。彼の名が安漣あれん
 けいは、探している女児の名前を伝えたのではなかった。

 けい安漣あれんの間で交わされたやり取りはこれが全て。

 安漣あれんと別れ、廊下を直進する。
 談話室と記されたプレートが右手側に見える。そこまで歩いていくと、窓越しに部屋の中が見えるようになっていた。

 窓越しに談話室内を覗く。
 女児が1人で絵本を読んでいる。
 けいは、扉をノックし、窓越しに女児へ手を振る。

 女児は本を仕舞い、けいに駆け寄る。
 けいが扉をけ、3人で談話室に入る。
「あっ、お兄ちゃん……と、知らない人」

 けいは屈み、女児と視線を合わせる。
「喋る女の子の友達だよ」

 眼前の女児が、りぼんちゃんだ。

「るるちゃんの?」

 りぼんちゃんの発言を聞き、勇舞ゆうまの脳内で『喋る女の子』とAIエーアイるるが紐付ひもづいた。

「そう。今日から一人お友達が増えてたでしょ。その男の子を連れてきた」

 となると『その男の子』とは、
勇舞ゆうまくん」

 名前を呼ばれ、それが自分のことであると認識した勇舞ゆうまは、反射的に対話に加わる。
「るるちゃんの友達の、勇舞ゆうまだよ」

 りぼんちゃんの表情が、ぱぁっと明るくなる。
「本当だぁ」

「りぼんちゃんとお友達になりたいって言ってたから、連れてきたんだ」

 それを否定する程、勇舞ゆうまは野暮ではない。にっこりとした表情で、けいとりぼんちゃんのやり取りに耳を傾ける。

「私も、たくさんお喋り出来るようになれるの?」

「なっ……」
 勇舞ゆうまは言葉を発しようとした瞬間、強い力で後方へ引きずり込まれる。

 そんなことを出来る人間は、1人しか居ない。
 文句を言ってやろうと振り返った勇舞ゆうまに、汚物でも見るかのような冷え切った眼差しを向ける琴音ことね

 勇舞ゆうまは知っている。
 この態度は、最大級の憤怒ふんぬの表れ。相手を人間とすら思っていないときに示す態度。

「お話しして、りぼんちゃんの声を貯めていくと、代わりに喋ってくれるようになるって教えてもらったよ」

「調子いいときに貯めるね」

 りぼんちゃんの言い回しに違和感を覚えた勇舞ゆうまは、口をキュッとつぐむ。漠然と、会話に加わるべきではないと直感した。

「無理せず、少しずつ貯めていけば大丈夫だからね」

「うん」

「そのことを、早くりぼんちゃんに伝えたくて来たんだ。またお喋りしようね」

「うん」

 けいは、それ以上話すことなく、りぼんちゃんに手を振り、別れを告げる。

 勇舞ゆうまにも、りぼんちゃんが『うん』と応えるだけで精一杯な状態に至ったと察することは出来た。けいならい、手を振り談話室を後にする。

 勇舞ゆうまは今の短いやり取りから、りぼんちゃんにとって、お喋り出来ることはとても重要であり大変なことなのだと、身にしみて感じた。
 無鉄砲な勇舞ゆうまでさえ、りぼんちゃんのことを、興味本位で無責任に尋ねることは憚られた。

 何でも話させることが正解ではないと、ミラから学んだばかり。けいは、必要があれば話す。話そうとしたのを、ミラが止めたから言わなかっただけだ。

 けいが詳細を話さないということは、そういうことなのだ。

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コメント

  • ぽんちゃま

    なにげにありそうで見たことなかった設定で面白そう!

    0
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