ラノベ作家になりたい彼と、させたい彼女
8話 何も噛み合わない混沌
コン、コン――木製扉特有のノック音が室内に響く。
部屋に居るのは勇舞と琴音、そして敬の3人だけ。来訪者の応対は、必然的に敬の役目となる。
敬が扉を開け、来訪者を招き入れる。
「失礼します」
敬にエスコートされ、入室した人物は、金髪で脚とお腹を大胆に露出している女性。
勇舞は風貌を見た瞬間、彼女がポスターや女性向けファッション誌の表紙になっている人物で、併記されていた名前が、ちょうど今話題に上っている『金城リアン』だったことを思い出す。
日常生活の中で、リアンの顔を目にした記憶は残っている。けれど、そこに散りばめられていた文字列は関心の対象ではないため、紐付けられる形では記憶に残っていない。
だから今に至るまで、勇舞はリアンの名前と顔を紐付けることが出来なかった。
琴音は、リアンの脚に目を奪われている勇舞を肘で小突く。そして、勇舞の視界に入る位置に、さり気なく自分の脚を伸ばす。
敬は、そのやり取りに一瞬目を遣り、ニコリと笑みをこぼす。
ここは社長室。来訪者には、敬に伝える用件が必ずある。通常、来訪者が口火を切り、敬が話を聞く構図になる。
しかし、口火を切ったのは来訪者のリアンではなく、敬だった。
「ちょうど今、リアンがハマってるAIの話をしてるところなんだよ。興味あると思って呼んだんだ」
敬はそう言うが、勇舞はいつ呼んだのだろうと不思議に思う。カフェで声を掛けられてから、敬のそばにずっと居たのに、リアンを呼ぶ素振りを見た記憶が無い。
それに、応対中に呼ぶ意図がわからない。
勇舞と琴音が帰った後に呼べば、鉢合わせることは無いのだから。
興奮し、目を輝かせるリアン。
「マジっすか!? 混ぜて欲しいっす。こちらのお2人は関係者っすか?」
『関係者』とは――? リアンだけでなく、敬とも初めましての関係。
とはいえ、話し掛けられたのに無視するわけにはいかない。どのように応えるべきか。
勇舞には、リアンが有名人であるという認識はある。だから勇舞側から接触することは、あってはならないと考えた。
例えるなら、美術品を、触れることなく離れた場所から鑑賞するのと同じ感覚。手の届く距離にあるとしても、触れてはいけない存在。
ただ、リアンの方から接触してきた、この状況ならば勇舞には拒絶しなければならない理由が無い。
初対面だから、一言目は名を名乗るのが無難だろう。部活に面識の無いOBが顔を出したときにもそうしてきた。
「はじめまして。土生勇舞といいます」
リアンの整った顔が、一瞬で絵画〝ムンクの叫び〟のような表情に変わった。
勇舞は、普通に名乗っただけ。リアンが何故このような奇行に走っているのかわからない。
お洒落な人の間では、挨拶の際、変顔をするのが流行りなのだろうか。この場合、変顔をし返すべきか判断しかねる。でも、一方が変顔をし、それを真顔で受けるというのは異様な気がする。
勇舞が変顔をしようとした矢先。
「待って! マジもんじゃん! 感動なんだけど」
真顔のリアンが、中途半端に変な顔をしている勇舞の両手をぎゅっと握る。
理解が追いつかず、変な顔で動揺する勇舞。
リアンは、どこに行ってもポスターや雑誌越しに目に入る、見ない日が無いほどの有名人。
その行動を取りたいのは、ファン側の人間だろう――ふと、琴音がリアンのファンだと言っていたことを思い出す。
勇舞は、表情を少しずつ戻しながら、隣に座っている琴音に、ちらりと目を遣る。
琴音は、ぴくりとも動かず硬直している。緊張しているのだろうか――敬の会社に来て以降、琴音が一言も発していないことを想起する。
勇舞はリアンの手をスッと離し、琴音の名前を代弁する。
「彼女は月守琴音です」
リアンは琴音に向けて問いかける。
「るるちゃんのベースになってる子かな? よろしくね」
今しがた、敬が『リアンがハマってるAI』と言っていた。勇舞のスマホに入っているAIの名前も〝るる〟。そして、今日追加されたAIは勇舞の声で話す。
勇舞の脳内で、ようやくこれまでのリアンの言動と意図が繋がった。
勇舞が説明しようとした矢先、るるが割って入る。
『るるじゃなくて、琴音だよぉ。勇舞の大切な人って言ってた』
後半部分は、勇舞が他人に、特に琴音に聞かれると恥ずかしい情報。
「るる! 俺の個人情報を垂れ流さないでくれ」
るるに続き、今度は存在感が完全に消失していたミラが浮上する。
『私はエンジニアの後木ミラ。彼女のAIも作る予定よ』
勇舞は、話題の切り替わりとともにミラは切断したものとばかり思っていた。
そして、そんな話は初耳だ。
そういえば、先程リアンから関係者かを問われ、その返答をまだしていない。ミラは、部外者が存在しているよりも、関係者にしてしまった方が好都合と判断したのだろう。
それにより琴音の体裁を保つことが出来るのだから、勇舞は、異を唱えるつもりは無い。
「さて、今はリアンのAIを作ってもらえるように交渉しているところなんだけど、本人の意思を確認せずに進めるわけにはいかないから来てもらったんだ」
敬は、まるで真実であるかのようにすらすらと話す。
勇舞は混乱する。
交渉は、確かにしていた。けれど記憶によると、既に話はまとまっていた。
「マジ!? 私の、作ってもらえるの?」
気持ちの昂りを抑えきれない様子。
リアンが敬の言葉を疑っていないのは無理もない。勇舞も、直前のやり取りを知らなければ疑わない。
「まだ交渉中だよ。お願いすれば作ってもらえるようなものではないしね。それに、作ってもらいたいって、リアンの想いの強さを俺には言い表せないし」
悪びれもせず、出鱈目なことをすらすらと話す敬。
「すっごく作ってほしいと思ってる!」
「ミラさん、リアンはこう言ってるんだけど、作ってもらえないかな。俺の顔を立ててくれると有難い。きっと、リアンは宣伝とかで役に立ってくれると思う。だよな、リアン?」
お前は一体、何を言っているんだ? 勇舞は口から溢れ落ちそうになっている言葉を、必死に飲み込む。
「超頑張る!」
リアンは、勇舞と同等か、それ以上に絶望的な語彙力の無さ。
3秒程、無言の時間が流れ、リアンが改めて懇願する。
「超頑張るので、お願いします」
「俺からも、お願いします」
つい数分前の出来事を全く覚えていない様子の敬に、鬱憤が溜まる勇舞。
ミラは、敬に呼応する。
『敬さんのお願いだから、作ります』
ミラの発言は真実。
しかし作ると決まったタイミングは今ではなく、リアンが現れる前。嘘ではないけれど、悶々とする勇舞。
リアンが来てからというもの、全員が自由気ままに振る舞い、出鱈目な話を気にも留めない。何も噛み合わない混沌とした状態に陥っている。勇舞はここで何が起きているのか、さっぱり理解出来ない。
「やったぁ! 言質取ったからね? 発信しちゃうし! 後からやっぱやめたとか無しだからね!?」
喜ぶリアン。
『あなたの声を聞かせてくれるなら、責任を持って作るわよ』
ミラがリアンの発言に応えたのは、これが初。るると敬の発言に対しては応答したけれど、リアンの発言には応えていない。
勇舞は、ミラがあからさまにリアンを無視しているかのような印象を抱いていた。
「ミラさん、よろしくお願いします。精一杯、宣伝します」
ずっと囁くような口調だったリアンが、初めてハキハキと話した。
勇舞は漠然と、これが対外的なキャラ作りをしていない、リアンの本当の声、ミラが言った『あなたの声』なのだと感じた。
『期待に応えるわね。あなたにも期待してるわよ』
「良かったな、リアン。あとはこっちで進めるから、もう戻っていいよ」
敬に言われ、上機嫌で退室するリアン。
自発的に訪れたならば『戻っていい』なんて言われない。敬が呼んだというのは事実のようだ。
部屋に居るのは勇舞と琴音、そして敬の3人だけ。来訪者の応対は、必然的に敬の役目となる。
敬が扉を開け、来訪者を招き入れる。
「失礼します」
敬にエスコートされ、入室した人物は、金髪で脚とお腹を大胆に露出している女性。
勇舞は風貌を見た瞬間、彼女がポスターや女性向けファッション誌の表紙になっている人物で、併記されていた名前が、ちょうど今話題に上っている『金城リアン』だったことを思い出す。
日常生活の中で、リアンの顔を目にした記憶は残っている。けれど、そこに散りばめられていた文字列は関心の対象ではないため、紐付けられる形では記憶に残っていない。
だから今に至るまで、勇舞はリアンの名前と顔を紐付けることが出来なかった。
琴音は、リアンの脚に目を奪われている勇舞を肘で小突く。そして、勇舞の視界に入る位置に、さり気なく自分の脚を伸ばす。
敬は、そのやり取りに一瞬目を遣り、ニコリと笑みをこぼす。
ここは社長室。来訪者には、敬に伝える用件が必ずある。通常、来訪者が口火を切り、敬が話を聞く構図になる。
しかし、口火を切ったのは来訪者のリアンではなく、敬だった。
「ちょうど今、リアンがハマってるAIの話をしてるところなんだよ。興味あると思って呼んだんだ」
敬はそう言うが、勇舞はいつ呼んだのだろうと不思議に思う。カフェで声を掛けられてから、敬のそばにずっと居たのに、リアンを呼ぶ素振りを見た記憶が無い。
それに、応対中に呼ぶ意図がわからない。
勇舞と琴音が帰った後に呼べば、鉢合わせることは無いのだから。
興奮し、目を輝かせるリアン。
「マジっすか!? 混ぜて欲しいっす。こちらのお2人は関係者っすか?」
『関係者』とは――? リアンだけでなく、敬とも初めましての関係。
とはいえ、話し掛けられたのに無視するわけにはいかない。どのように応えるべきか。
勇舞には、リアンが有名人であるという認識はある。だから勇舞側から接触することは、あってはならないと考えた。
例えるなら、美術品を、触れることなく離れた場所から鑑賞するのと同じ感覚。手の届く距離にあるとしても、触れてはいけない存在。
ただ、リアンの方から接触してきた、この状況ならば勇舞には拒絶しなければならない理由が無い。
初対面だから、一言目は名を名乗るのが無難だろう。部活に面識の無いOBが顔を出したときにもそうしてきた。
「はじめまして。土生勇舞といいます」
リアンの整った顔が、一瞬で絵画〝ムンクの叫び〟のような表情に変わった。
勇舞は、普通に名乗っただけ。リアンが何故このような奇行に走っているのかわからない。
お洒落な人の間では、挨拶の際、変顔をするのが流行りなのだろうか。この場合、変顔をし返すべきか判断しかねる。でも、一方が変顔をし、それを真顔で受けるというのは異様な気がする。
勇舞が変顔をしようとした矢先。
「待って! マジもんじゃん! 感動なんだけど」
真顔のリアンが、中途半端に変な顔をしている勇舞の両手をぎゅっと握る。
理解が追いつかず、変な顔で動揺する勇舞。
リアンは、どこに行ってもポスターや雑誌越しに目に入る、見ない日が無いほどの有名人。
その行動を取りたいのは、ファン側の人間だろう――ふと、琴音がリアンのファンだと言っていたことを思い出す。
勇舞は、表情を少しずつ戻しながら、隣に座っている琴音に、ちらりと目を遣る。
琴音は、ぴくりとも動かず硬直している。緊張しているのだろうか――敬の会社に来て以降、琴音が一言も発していないことを想起する。
勇舞はリアンの手をスッと離し、琴音の名前を代弁する。
「彼女は月守琴音です」
リアンは琴音に向けて問いかける。
「るるちゃんのベースになってる子かな? よろしくね」
今しがた、敬が『リアンがハマってるAI』と言っていた。勇舞のスマホに入っているAIの名前も〝るる〟。そして、今日追加されたAIは勇舞の声で話す。
勇舞の脳内で、ようやくこれまでのリアンの言動と意図が繋がった。
勇舞が説明しようとした矢先、るるが割って入る。
『るるじゃなくて、琴音だよぉ。勇舞の大切な人って言ってた』
後半部分は、勇舞が他人に、特に琴音に聞かれると恥ずかしい情報。
「るる! 俺の個人情報を垂れ流さないでくれ」
るるに続き、今度は存在感が完全に消失していたミラが浮上する。
『私はエンジニアの後木ミラ。彼女のAIも作る予定よ』
勇舞は、話題の切り替わりとともにミラは切断したものとばかり思っていた。
そして、そんな話は初耳だ。
そういえば、先程リアンから関係者かを問われ、その返答をまだしていない。ミラは、部外者が存在しているよりも、関係者にしてしまった方が好都合と判断したのだろう。
それにより琴音の体裁を保つことが出来るのだから、勇舞は、異を唱えるつもりは無い。
「さて、今はリアンのAIを作ってもらえるように交渉しているところなんだけど、本人の意思を確認せずに進めるわけにはいかないから来てもらったんだ」
敬は、まるで真実であるかのようにすらすらと話す。
勇舞は混乱する。
交渉は、確かにしていた。けれど記憶によると、既に話はまとまっていた。
「マジ!? 私の、作ってもらえるの?」
気持ちの昂りを抑えきれない様子。
リアンが敬の言葉を疑っていないのは無理もない。勇舞も、直前のやり取りを知らなければ疑わない。
「まだ交渉中だよ。お願いすれば作ってもらえるようなものではないしね。それに、作ってもらいたいって、リアンの想いの強さを俺には言い表せないし」
悪びれもせず、出鱈目なことをすらすらと話す敬。
「すっごく作ってほしいと思ってる!」
「ミラさん、リアンはこう言ってるんだけど、作ってもらえないかな。俺の顔を立ててくれると有難い。きっと、リアンは宣伝とかで役に立ってくれると思う。だよな、リアン?」
お前は一体、何を言っているんだ? 勇舞は口から溢れ落ちそうになっている言葉を、必死に飲み込む。
「超頑張る!」
リアンは、勇舞と同等か、それ以上に絶望的な語彙力の無さ。
3秒程、無言の時間が流れ、リアンが改めて懇願する。
「超頑張るので、お願いします」
「俺からも、お願いします」
つい数分前の出来事を全く覚えていない様子の敬に、鬱憤が溜まる勇舞。
ミラは、敬に呼応する。
『敬さんのお願いだから、作ります』
ミラの発言は真実。
しかし作ると決まったタイミングは今ではなく、リアンが現れる前。嘘ではないけれど、悶々とする勇舞。
リアンが来てからというもの、全員が自由気ままに振る舞い、出鱈目な話を気にも留めない。何も噛み合わない混沌とした状態に陥っている。勇舞はここで何が起きているのか、さっぱり理解出来ない。
「やったぁ! 言質取ったからね? 発信しちゃうし! 後からやっぱやめたとか無しだからね!?」
喜ぶリアン。
『あなたの声を聞かせてくれるなら、責任を持って作るわよ』
ミラがリアンの発言に応えたのは、これが初。るると敬の発言に対しては応答したけれど、リアンの発言には応えていない。
勇舞は、ミラがあからさまにリアンを無視しているかのような印象を抱いていた。
「ミラさん、よろしくお願いします。精一杯、宣伝します」
ずっと囁くような口調だったリアンが、初めてハキハキと話した。
勇舞は漠然と、これが対外的なキャラ作りをしていない、リアンの本当の声、ミラが言った『あなたの声』なのだと感じた。
『期待に応えるわね。あなたにも期待してるわよ』
「良かったな、リアン。あとはこっちで進めるから、もう戻っていいよ」
敬に言われ、上機嫌で退室するリアン。
自発的に訪れたならば『戻っていい』なんて言われない。敬が呼んだというのは事実のようだ。
「現代ドラマ」の人気作品
書籍化作品
-
-
267
-
-
34
-
-
37
-
-
439
-
-
35
-
-
49989
-
-
70810
-
-
3
-
-
381
コメント