ついのすみか

ノベルバユーザー607660

新年度

 3月は移動の月だ。新人も来る。今月はいろいろなユニットを回り、4月に正式な配属先が決まる。
 先日は男性が、昨日は女性が来た。O君のように育つといいが。O君は異動になる。4年目に入る。同じ階なので顔は合わすだろうが、少し淋しい。

 O君は、母ひとり子ひとり。母親思いの真面目な青年だ。弁当持参。ママが作ってくれるのかな? 果物のタッパーまで。ちゃんと自分で洗っている。
 心配なのはゲームで夜更かしをして遅刻すること。
 もう、そういうことはやめないとね。私は言ったよね。入れ替わりが激しいから、すぐに主になるよって。頑張って、資格も取って勉強しなさい。あとは……彼女ができたら……

 同じようにピュアな、他のユニットの男性が……彼女ができたら遅刻ばかり。リーダーが怒っていた。朝の早い仕事だ。彼女と遊んでいたら差し障る。わかっていても、仕事と彼女、うまくやれればいいけれど。

 私の息子も、かつてそんなことがあった。まだ自宅通勤していた頃。帰ってきてもビールは飲まない。どうしたのかしら? と思ったら、仕事が終わった彼女を迎えに行った。釣りに行くための大きなワゴン車で、彼女の自転車を乗せ家まで送る。若い彼女は夜、飲みにも行きたい。息子は朝が早いから付き合えない。
 それが原因で別れた、という。若い娘にはつまらない男だったのだろう。

 ゲーム、女……心配してしまう。息子よりずっと若いO君を。

 私も4月から仕事を減らすことにした。元々は週3日の3時間勤務だった。あまりの大変さに介護をやることになってしまったが、もう歳だ。腰も痛めた。もう、いいだろう? 年金もいただけるし。

 しかし、パートも増えて楽なはず。なのになぜ日曜日なのに入浴介助が入っているの? 基本、日曜日は入浴はナシ。パートも休みが多いし。
 なのになぜ、日曜日は3時間しかいない私に、風呂に入れさせるの?

 配膳、片付け、洗い物。足浴4人に入浴ひとり。バイタル測って服の用意して、入れたあとは風呂掃除にパットや服の片付け。iPadに記録。自分の着替えもある。
 今日入れたマンサクさんは、浴槽から出るときに、私も入って後ろから支えなければならない。以前、斜めの体制で腰を痛めたから。おかげでズボンはビッショリ。

 今日の早番は男性のリーダー。来るのが遅い。配膳はパートに任せパソコン見ていた。O君は、来るの早いよ。遅刻しない日は。そして、入浴する方の服も用意しておく。バイタルも測っておいてくれる。手際がいいのだ。あの子は。
 私だって手際がいい。なんとしても3時間で終えるのだ。なんたって、家にはじいさんが待っているのだ。ああいうのを濡れ落ち葉というのか?

 桜咲いたら新年度。梅は咲いても春なき私。
……イチイさんがどんどん暗くなっていく。リビングに出てこない。部屋で食事をする。施設の食事はまずいと言って残す。手をつけない時もある。買っておいた、バナナやアンパン、大きなゼリー、食事が偏る。リハビリも体調が悪いからと、やっていない。以前はひとりで廊下に出て体操したり歩いていたのに。
 本来、明るくて動くことが好きだった方だ。車も運転していたという。
 先日も入浴なのにもたもたしていた。いつもそうなのだが、私は12時には帰るのだ。何度も部屋に足を運ぶ。バイタルを測る。半分も食べていない食事を下げる。食べないから出ない。トイレに篭る。おなかが痛いと訴える。動かないで座りっぱなし。ほとんどの者がそうだ。時間がくれば食べる。食べさせられる。おやつまで。そして、座り続ける。出るものも出ない。

 10時半過ぎた。何度もお伺いに行くので、コデマリさんが「大変ね」と聞こえるように言う。毎度のことだ。この時間に入ってくれなければイチイさんの入浴は午後に回す。いっそ、そうしてくれればいいのに、ギリギリで「入らなくちゃね……」と用意をしている。部屋には荷物が多い。
 動いている私には暑すぎるエアコンの温度。新聞が散らかっている。元々勉強家なのだ。呆けないためのクイズやパズルの本がたくさんある。ビデオも自分で録画して観ている。新聞も取って読んでいるのだが……自分で考えて片しているのだそう。職員はもう放っておく。家族が持ってきた花がいつまでも置いてあるから臭気が。
 電気ポットは使わせられなくなった。火傷されたら大変だ。

 また膝に皮向けが。湯をかけると痛がった。少しぶつけただけで皮膚が薄いのか傷が多い。アザが多い。年中ナース処置だ。ろくなナースがいないと文句を言う。膀胱炎を放って置かれたことを根に持っている。
 新しいナースが入った。男性だ。若くはない。イチイさんに話したら、絶対いやだという。入浴も男性は拒否。リフト浴になったら、あんな、魚みたいに網で釣り上げられるなら、シャワーだけでいい。
 話題を変えた。戦争の話。福島に疎開していたという。父のタバコの配給に並んだ。子供の頃は不自由したけれど……そのあとは裕福だったらしい。買い物はデパート。住まいは都会だった。いい物を着ていいものを食べた。いい時代を生きた。まさかこんな所に……でも娘には言えない。

 マンサクさんはしょっちゅう娘に電話をする。娘さんは仕事をしているだろうに、折り返しかかってくる。
「頭がおかしくなりそうなんだよ」
と、娘に文句を言っている。言われたって困るだろうに。

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