ついのすみか

ノベルバユーザー607660

昨今の状況 2

 週に1度だけ夜も働きに行く。パートのいない曜日の夕食どき。これが毎週いくたびに凄まじくなっていく。
 2ユニットの配膳片付け、見守り……大変かどうかは両ユニットとも、たったひとりの方の行動で決まる。
 どんなにわめこうが、文句を言おうが罵声を浴びせようが、動かないでくれれば構わない。問題は椅子から立ち上がり転んでしまうことだ。

 オリーブさんの椅子の背にセンサーが付けられた。椅子から立ち上がると鳴る。この間の夜はよく鳴っていた。
 食事のあと、職員は順次部屋に連れて帰る。ひとりの職員が10人を。
 その合間にオリーブさんは歩き出す。どのくらい歩けば転ぶのか、確かめた事はない。
 職員はすっ飛んでくる。少し歩かせて疲れさせる。オリーブさんが入居してから、夜は殺気だっている。
 オリーブさんのせいで、コデマリさんとマンサクさんの薬が遅くなり、部屋に帰れない。
 パートの私は服薬させることはできない。文句を言うのは、このふたり。ふたりの席は隣りどおしだ。仲間がいるから強気だ。大声で文句を言う。ネチネチと言う。
「しょうがないね。ああはなりたくないね」
パートの私は、
「うるさいっ!」
と怒鳴りたくなる。
 かっとしやすい人なら……気がついた時には遅かったりして……

 職員は仕事を終えたらぐったりしてしまうのではないのか? 気力を使い果たしてしまいそう。 
 以前いた50を過ぎた女性職員は体力の限界を感じて辞めた。家に帰るとソファーからベットまでも行けなくなる…… 夜勤明けに自転車で居眠りして転んだ人もいた。

 コデマリさんの入浴が最後になった。きちんと説明した。順番に皆が1番風呂に入れるようにしますね……
 大人の対応。
「入れてくださるなら、3番でも4番でも結構です」
 3番風呂は特に気をつけて湯垢をすくった。コデマリさんは途中何度か浴槽を見た。熱めの上がり湯を丹念にかけ、ことなきを得た。
 次も3番目だった。バイタルを測りにいった時は、
「入れてくださるのなら3番でも……」
などと言っていたのに、いざ、迎えに行くとリビングで待ち構えていた。プンプン怒っていたらしい。予定の時間より早いはずだ。なのに、
「もう入れていただかなくて結構っ!」
怒りまくっていた。
 こちらは平謝り。入っていただかなくて結構っ! 言い返してやりたいが。
 風呂場へ行く間、廊下でわめいていた。
「もう、ずっと3番目なんですねっ!」
そうしてやりたいけどね。ああ、血圧上がってるわ。
 この方は血圧が高いので何度も測り直す。今朝は寝ながら測ったので1度で済んだけど。大丈夫なのか? 湯船に入れて? 
 風呂場で私が係の時に、最悪の場面には出くわしたくない。

 コデマリさんは以前、髪をカットするので入浴が2番目になったときに、
「まだなの?」
と風呂場まで車椅子で自走してきて、大声で叫んだ。そんなに待てないものなのか? 

 90歳過ぎるまでこうして生きてきたのだろうか? 認知はない。記憶力はよすぎるくらい。我儘で自分勝手な人ほど長生きするようだ。
 控えめで奥ゆかしい、職員にも好かれていた者ほど早く逝ってしまう。

 かたくななイチイさんはハンバーガーが好物だ。家族から差し入れがあったそうで夕飯は食べられなくなった。
 以前差し入れがあった時もポテトをグリルで温め気を使っていた。オーブントースターがないのだ。
 しかし、80歳すぎてハンバーガーにポテトなんて。私はすぐ胃もたれが……明け方胃薬のお世話になるが。
 今夜もイチイさんは部屋に閉じこもったきりだ。スポーツが好きな方だからオリンピックを楽しんでいればいいが。

 先日は月1度の体重測定の日だった。先月腰を痛め、入浴介助を外してもらったら、体重測定の係になっていた。重い、車椅子ごと計れる体重計を下の階から運んでくる。
 腰が最高に痛い時だった。車が付いているとはいえ慣れない体重計を運びセットし、20人の体重を計る。
 車椅子ごと乗せるのが、慣れない腰の悪いばあさんには辛かった。なぜ、イメージしてくれないの? これならまだ入浴介助のほうがマシ……
 大体、腰を悪くしたのは足浴の時の中腰の姿勢。8人も続けて足を洗う。なのに足浴介助はしっかり私の担当のままだ。中腰の姿勢が悪いとわからないのだろうか?

 そしてひと月たち、腰痛はだいぶ良くなった。その日は、またまた体重測定の係の日。気が重く出勤し朝エレベーターに乗った。
 すると、途中でO君が乗ってきた。なんと、体重計を運んできた。早番の彼が就業25分も前に働いていた。予定表には体重測定担当は、私になっている。先月とは大違いだ。

 さわやかなO君。時たま、早番の時に遅刻をやらかすが……
 私の担当なのに、時間前からさっさと入居者を連れてきて体重を計った。私はほとんど記録するだけ……なんて、いい子なのだろう!
 隣のユニットの二十歳の女性もどんどん計ってくれた。この女性はもうすぐ丸1年になる。体育系の短大を出て地方からのひとり暮らし。4年間は家賃8万円の補助が出る。なにかあれば駆けつけられる2キロ以内の場所だが。
 それほどの補助があり、なおかつコロナ禍。それでも人は来ない。彼女はたくましく育ってくれた。ネコヤナギさんに言い返している。入ってきたときは失礼だが、絶対男性だと思った。O君より背が高く、ショートカット。体脂肪ひと桁? と思うくらい細かった。しかし、体力は並ではない。トライアスロンの選手だったという彼女は12時間連続勤務にも、疲れを見せない。配膳は両手にトレイを持ち軽々と運ぶ。

 慣れるとかわいい人だ。銀座の美容院でカットしてきた、と喜んでいた。そういえばマスクを外した顔を見たことがない。計算が苦手なようだった。あとから車椅子の重さを引くのだが、手こずっていた。

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