日だまりの幸せりぼん

旭山リサ

日だまりの幸せりぼん

 水越病院には、お日様のにおいのするお医者さまがいる。

 春は桜の下、夏は大きな木の下、秋は紅葉もみじの下、冬は南向きの窓で、ぬくぬく日向ぼっこ。まるで森のくまさんみたいに。

   葉っぱに変わった桜の下、先生は今日もすやすや夢の中。起こさないようにそっとそっと前を通ろうとしたら、先生の目がゆっくりとひらいた。

「やぁ、いらっしゃい。小日向こひなたさん」

 先生は大きなあくびとせのびをした。

「起こしちゃってごめんなさい、アレン先生」
「いいんですよ。そろそろ仕事に戻らないといけませんし。ちょうどいい時間のシエスタでした」
「シエスタってなんですか?」
「外国語でお昼寝のことです」

 先生はまるで外国人がいこくじんみたいだ。アレンという名前をはじめて聞いた時にも思った。先生の首には【水越みずごし 安漣あれん】と難しい漢字の名札がかかっている。

「お母さんのお見舞いですね? 今日は……何の御本ごほんですか?」

 近くの図書館でかりてきたばかりの絵本を先生に見せる。

「もりのこ、くまのこ、げんきのこ」
「かわいい絵本ですね。お母さん、きっと喜びます」
「はい、きっと。お母さんは、絵本が大好きなんです」

 お母さんが入院したはじめのころは、好きなおかしやのみものを持っていった。けれどもある日、お母さんを看てくれるお医者さまが「きみのお母さんは、好きなお菓子や飲み物をがまんしなくちゃいけないんだ」と教えてくれた。

「あのね、お母さん。ほかに、なにか欲しいものがある?」

 ある日、わたしはたずねた。お母さんの役に立ちたかったのだ。

「お母さんは、絵本が好きよ。りぼん、読んでくれないかな」
「うん、読む!」

 昔、お母さんがわたしに読み聞かせてくれたみたいに、絵本を朗読した。するとお母さんはとってもよろこんでくれた。

「りぼんの声を聞くと、とっても元気がでるわ」

 本当にお母さんは元気になっているみたいだった。家にあった本だけじゃ足りなくなったので、図書館でかりるようになった。

「ねぇ、アレン先生。お母さん、よくなると思う?」
「絶対よくなります。小日向こひなたさんがそばにいますから」
「そっかぁ。そうかなぁ。じゃあ、わたしもがんばる。あのね、わたしお母さんが良くなったら、いっぱいやりたいことがあるの」
「どんなことですか?」
「絵本に出てきたような、ヨーロッパのおしろや、きれいなお花畑や、地球に穴があいたみたいな大きな滝つぼを見に行くの。月の光でかかる夜の虹があるんだって」
「すばらしい思い出になるでしょうね」
「うん。そんなうつくしいものを目の前で見たら、お母さん……もう病気なんてしないと思うの」

 お母さんは、いつも病院の窓から外をながめるばかり。だからわたしに本を読んで欲しいとお願いしたんだ、きっと。

小日向こひなたさんの夢は叶います」
「本当?」
「絶対です。そうだ、ここで待っていてください。良いものを持ってきます」
「良いもの? なんだろう」

 葉桜のベンチで先生の帰りを待った。夏が少しずつ近付いている。緑がキラキラして見えるし、空が絵の具で描いたみたいに真っ青だ。

「日向ぼっこって、気持ちいいなぁ」

 わたしは先生みたいに目を閉じて、空へ顔を向けた。お日様の光をうんと感じられる。目を閉じると、見えないものに色がついているようだ。お日様は白と黄色、風は薄い青色。絵本はきっと、作家さんが目を閉じた時に見えた世界なのかもしれない。世界がこんなに見えない色であふれていたなんて、知らなかった。学校の先生は教えてくれない。

小日向こひなたさん、おまたせしました」

 目をあけると、お日様を背にしてアレン先生が立っていた。先生は絵本を二つ重ねたくらいの厚い本を持っている。写真集のようだ。

「君はこういうお城は好きですか?」
「とってもきれい! シンデレラが住んでいたみたい」

 アレン先生は写真の右下を指差した。お城の名前と国が書いてある。

「ドイツのノ……ノイ……シュヴァン、シュタ……イン? 不思議な名前」
「魔法の呪文みたいですよね。この本には世界のいろんな場所の写真が載っています。お母さんと行きたい場所を探してみてください。小日向さんに差し上げます」
「ありがとう、先生。お母さん、きっとよろこぶわ」

わたしはすぐに病室へ向かった。お母さんとわたしは御本を開いて、行きたい場所をたくさん見つけた。ロンドン、ローマ、パリ。世界にはこんなに美しい場所があふれていたなんて。

「この御本ごほんはね、アレン先生がくださったのよ」
「ああ、あの小児科の。りぼんのことをとても褒めていたわよ」
「アレン先生が?」
「うん。とっても良い子だって」
「そ、そうかなぁ」

 窓から庭をうかがうと、庭のベンチにアレン先生の姿はもう無かった。お仕事に戻ったみたい。

「アレン先生は、お日様の香りがする先生なの」
「りぼんとよく似ているわ」
「わたしと先生が……にている?」
「りぼんがいるとね、そこだけお日様がさしているみたいなの。とってもあたたかいのよ」

 小日向こひなたというわたしの苗字は、小さな日だまりだとお母さんは教えてくれた。

「お母さん、わたしこれからもいっぱい御本ごほんを読むね」
「ありがとう、りぼん」

 お母さんは温かい手でわたしの頭をなでてくれた。目を閉じると日向ぼっこをしているみたい。世界で一番お気に入りの日だまりはお母さんの隣だ。早くよくなってね、お母さん。

 おわり

コメント

  • 旭山リサ

    ★清水レモン様★ 私も葉桜の季節が好きです。一年の内で、春から初夏にかけての季節の変化は、花も空も水も、目に触れるあらゆるものが輝いていますよね。傘についた雨粒一つも宝石に見えます。だからこの季節にはできるだけ「きっとよくなる」とか前向きな言葉を口にするようにしています。とはいえやはり落ち込むこともあるのですが、本作を読んで「しあわせ」と仰ってくださった清水さんのお言葉が尊くて、心の内側から喜びがあふれております。おかげさまです、ありがとうございます。

    1
  • 旭山リサ

    ★ noname様 ★ 嬉しいお言葉をいただきながら、長らく気付くことが出来ずに申し訳ございません。とってもあたたかなご感想、誠にありがとうございます。読者様の心に花が咲いてほのかに香るような、優しい物語を書きたいと思って筆を執ったので、本当に嬉しいです。

    0
  • 清水レモン

    葉桜の季節の暖かさが感じられました!
    夏が近づいてきて「きらきらしている」のが「もっとキラキラしてくる」予感がみちあふれています。
    「きっとよくなる」につながって優しい気持ちになれて、いまとてもしあわせです。

    1
  • noname

    ほんわかすてきな物語ですね。
    陽だまりのポカポカした感じが好きです。りぼんちゃんのおかあさんの病気が治りますようにという願いも溢れていて、読んでいて一緒にポカポカした気分になりました。
    素敵な物語を読ませて頂きました。ありがとうございます。

    1
コメントを書く

「文学」の人気作品

書籍化作品