追放騎士のダンジョン探索記
30話
──『地界の迷宮』の十六階層。
『濃霧地帯』特有の濃い霧の中を、ケインたちは歩いていた。
「──おっ、魔石見っけ」
「け、ケイン様、その……普通の石と魔石の違いが、よくわからないのですが……」
「ん? あー……まあ、普通の石よりキラキラしてるのが魔石だ。それっぽいのがあったら、俺に持って来てくれ。魔石かどうか確かめるから」
「は、はい!」
拾った魔石を背嚢に入れ、ケインはシャルロットとアクセルに目を向けた。
──緑色の肌に、頭から生えた短い一本角。ゴブリンの上位個体、ホブゴブリンだ。
そんなホブゴブリンの死体──合計、七つ。
ホブゴブリンの群れを瞬く間に蹂躙したシャルロットとアクセルは、返り血を拭いながらケインの方を振り返った。
「──終わったわよ」
「さすがだな。そんじゃ先に──?!」
「あうっ?!」
言葉を止め、ケインがリリアナの頭を力任せに押さえ付けた。
直後──ブオンッ! と、何かがケインとリリアナの頭上を走り抜けた。
「チッ……出やがったな、クソモンスターが」
「キキキッ──」
──全身真っ白の体。足は存在しておらず、ふよふよと空中を漂っている。その手には白色の大鎌が握られており、間違いなく即死するような殺傷能力を持っている事がわかる。
攻撃が外れた事に苛立っているのか、ソイツは黒く濁った単眼をギラギラと輝かせ──消えた。
「ミストリッパー……!」
「あァ? ……なンだ、コイツゥ。気配がねェ……?」
「幽霊みたいなものだと思え。気を付けろよ、濃霧に紛れていきなり背後に現れるからな」
「け、ケイン様……」
「大丈夫だ。リリアナは動くなよ」
シャルロットとアクセルが素早くリリアナの近くに立ち、細剣と鉄拳を構える。
リリアナの前後を挟み、ミストリッパーを警戒する二人。
それを確認し、ケインは一歩前に出た。
「んじゃ──俺もやるか」
ニイッとケインが笑い──地面に四肢を付ける。
不可視の相手ならば、当たるまで攻撃を続ければいい。
そう──圧倒的質量を以て。
「──『マザー・ボイス』ッ!」
ケインの詠唱に従い、『地界の迷宮』の地面が──
……………………
……?
「……あれ? ──って危ねぇえええええッッ?!」
──何も起きなかった。
四肢を地面に付けている無防備な獲物を前に、ミストリッパーが大鎌を振り抜いた。
【敏感肌】の影響で、自分の真上にミストリッパーが現れた事を察知したケイン。無様に地面を転がりながら、情けない声を上げて回避する。
「嘘だろなんで?! 何も?! 何も起きないんだけど?!」
「落ち着けよォケイン」
「落ち着いてられるかよ?! なんでだ?!」
「ん──伏せなさい」
再びケインの背後に、ミストリッパーが現れる。
それと同時、シャルロットの指示に従ってケインが体を伏せ──ゴウッ! と風を斬りながら大鎌が振るわれた。
そして──シャルロットの細剣が放たれる。
切っ先がミストリッパーの頭部を穿ち抜き、そのまま真横へと振り抜いた。
ミストリッパーの頭部が半分ほど斬り裂かれ、紫色の体液が飛び散る。
「……なあ」
「何かしら?」
「体液でめっちゃ濡れたんだが」
「仕方ないじゃない。背後に現れる習性を持つミストリッパーを討伐するには、味方を囮にした方が手っ取り早いのよ。立てるかしら?」
「立てるわ。つーか囮だったのかよ俺」
全身ミストリッパーの体液で紫色に染まったケインが、シャルロットの手を取って立ち上がった。
「……………」
「魔法、発動しなかったわね」
「そうなんだよな……『アースド・ウォール』」
手のひらを開閉しながら、ケインが使い慣れた魔法を詠唱する。
『地界の迷宮』の地面が盛り上がり──ケインの目の前に、高さ二メートルほどの土壁が現れた。
魔法は問題なく発動できる。この十六階層に来るまでも、『土魔法』と『幻魔法』は問題なく使えた。
なのに──
「『マザー・ボイス』──」
──これだけは、何も起こらない。
何故だ? 『地界の迷宮』の土だから発動しないのか? いや、他の『土魔法』は問題なく発動している。だとすれば、何か発動条件がある? 例えば、地上じゃないと使用できないとか、地上の土じゃないといけないとか──
「……せっかく、戦える魔法が使えるようになったと思ったんだけどなぁ……」
「そこまで気を落とさなくてもいいでしょうに。今まで通り、私がモンスターを討伐して、ケインが引き際を見極める。あなたが戦えるようになったら、私がお役御免になってしまうわ」
「モンスターの相手は任せとけってェ。そン代わり、魔獣が出た時ァ頼むぜェ?」
「また魔剣を使えって事かよ……いや、シャルロットとアクセルがどうにもできない魔獣が相手なら、魔剣は使うけどさ……」
新たな魔法は使えない。間違いなく、何らかの発動条件がある。
ならば──結局は、いつも通りの探索となる。
戦う事はシャルロットとアクセルに任せ、ケインはリリアナと共に副産物の回収。
モンスターを相手に戦えるような力が手に入ったと思ったが、使えないならば仕方がない。切り替えないと。
「ケイン様、これは魔石ですか?」
「ん? あー、ただの石だな。あと、いい加減ケイン様って呼ぶのやめろ」
「い、嫌です!」
「なんでそこまで頑なに拒否するんだよ……」
ケインが探索を再開するのを見て、三人も後に続く。
──今のところは問題ない。シャルロットとアクセルがモンスターを討伐し、ケインとリリアナが副産物を回収する。
だが──もしも魔獣と遭遇したら、間違いなくシャルロットとアクセル頼みだ。
もしも魔獣が竜ならば、ケインも戦えるが……それ以外だと、ケインは無力だ。“魔剣 レーヴァテイン”を使うという手段もあるが、あれを使うとケインが死にかける。できるなら使いたくない。死ぬとなったら迷いなく使うが。
その時──リリアナがいるとなると、間違いなく足手纏いだ。
となれば、リリアナの事はアクセルに任せて、シャルロットに魔獣の相手を頼む事になる。
「アクセル」
「ンァ?」
「リリアナの事、頼めるか?」
「あァ? ……何が言いてェのかわかンねェが、ケインとリリアナの事ァオレが守ってやるよォ」
「頼むぞ。ってか……俺が言うまでもないか」
「そりゃどういう意味だァ?」
アクセルの肩に手を回し、ケインが楽し気な笑みを浮かべる。
「お前、あの時ずっとリリアナの事見てたじゃねぇか。結局どうなんだ? 惚れてんのか? 一目惚れか?」
「違ェっつったよなァ?! テメェコラぶン殴るぞォ?!」
「照れんなって! で、どうなんだ?」
「どうもこうもねェってのォ! テメェマジでぶン殴られてェのかァ?!」
「ははは! いやーアクセルは面白いな」
「テメェッ……! あンまり言ってっと、テメェがリリアナと同棲してるロリコンだって周りに言いふらすぞォ?!」
「お前っ、それは言わない約束だって言っただろうが! つーか、リリアナが折れないからやむなく──」
──ゾクッと、ケインとアクセルの背筋に悪寒が走る。
振り返ると──リリアナが、顔を真っ赤にして俯いていた。違う。悪寒の発生源はリリアナじゃない。
リリアナと並んで歩くシャルロット──その碧眼が、ケインを真っ直ぐに見据えていた。
「……今の、どういう事?」
「いやだから! 俺は別々の部屋でいいって言ったんだよ! そしたらリリアナがっ、少しでも節約するために一人部屋二つじゃなくて、二人部屋にしましょうって言って! だからやむを得ずニ人部屋になったってだけで──」
「私はっ、その……ケイン様になら、性奴隷として奉仕する事も……」
「この幼女性愛者ッ……!」
「だから違うって! お前コラリリアナッ! 性奴隷だの奉仕するだのは言うなって忠告したよなぁ?! お前そろそろ叩くぞ?!」
「い、いきなりそういうプレイですか……? しかし、ケイン様が望まれるのであれば、その……ケイン様の望むままに、この体を蹂躙していただければ……」
「幼女性愛者がッ……! 今ここで殺されても文句言えないわよね……!」
「お前も叩くぞ?!」
声を荒らげるケインと、細剣の柄に手をかけるシャルロット。
そんな二人と、もじもじと体をくねらせるリリアナを見て、アクセルは思わず頭に手を当てた。
──どうやら、リリアナはケインに惚れているそうだ。
まあ、それも無理はない。というか、もしも自分がリリアナの立場だったら間違いなくケインに惚れている。
奴隷商に連れ去られ、娼婦として生きるとしか思っていなかった自分に、販売所で助けると言ってくれた。さらには《女戦士の園》に攫われた後も、ケインは相手のリーダーを倒して助けてくれた。
チョロい、と言われればそれまでだが──それでも、ケインは『銅級』を相手にリリアナを助け出した。
大声で弁明するケインを見て、本当にこのケインがあの時カッコよかった青年と同一人物なのか、とは思うが。
「ユキ・ウサミだけじゃなく、リリアナにまで手を出すなんて……あなた、どういうつもりなのかしらッ……!」
「どうもこうもないけど?! つーかユキには手ぇ出してねぇって言ってんだろうが! 俺があんな子どもに欲情するような変態だとでも思ってんのか?!」
「ユキ・ウサミは可愛いでしょうッ……! ユキ・ウサミに迫られたあなたが、流されるままにあの子と──このッ、幼女性愛者がッ……!」
「俺ってそんなに流されやすい奴だと思われてんの?! なんで俺がユキと──つーか! 俺が誰とそういう行為をしようが、お前に怒られる筋合いはないだろ?!」
「うっ──そ、それは……そうかも、だけど……」
目を背け、シャルロットが細剣の柄から手を下ろす。
だが、次の瞬間には細剣を抜き放ち、その切っ先をケインに向けた。
「未成年に手を出した! それがあなたが斬られる罪よ!」
「だぁかぁらぁああああッッ!! 手ぇ出してねぇっつってんだろ説明しただろうがッ! お前ッ、マジでいい加減にしねぇとレーヴァテインで焼き払うぞ?!」
「そンな理由で魔剣使うのかよォ……」
ため息混じりのアクセルの言葉は、ヒートアップしてしまっている二人には届かない。
「いい度胸ね! 魔剣を使うまで必死になるって事は、真実だと言っているようなもの! 覚悟はできているわよね私はできているわ!」
「上等だこの女! 人間のお前が『帝国』出身の俺に勝てるとでも思ってんのか?! 俺は『銅級』のソフィアに勝った男だぞ?!」
「今のあなたは、ソフィア・オルヴェルグに勝った時の魔法は使えないでしょう!」
「うるせぇよバーカ! あんなのなくたってお前くらい楽勝だっての!」
「け、ケイン様……私では、欲情できませんか……? ──う、うぅ……」
「未成年だからな! お前は未成年だからなぁ?! 別にリリアナに女性としての魅力がないとかそういうわけじゃないからな?! 俺は子どもは守るべき対象だって思ってるだけで──あーもう泣くなって! お前は可愛いから安心しろリリアナ! 間違いなく可愛い! 可愛いぞリリアナ!」
どうやらケインは、未成年の女の子には甘いようだ。
ここまで来る道中でも、わざわざ魔石かどうかを判断したり、ミストリッパーに襲われた時には真っ先にリリアナを助けるくらいに。
ケインの言葉に、リリアナはさらに顔面を真っ赤に染めた。
「で、では……私を、性欲の捌け口に──」
「それはしねぇって言ったよなぁ?!」
「……私では、だめですか……?」
「小さな子を泣かせるなんて……! あなた、とてつもない性癖の幼女性愛者みたいね……!」
「よし、もうわかった。お前と話すのは疲れた──焼き尽くせ、“魔剣 レーヴァテイン”」
ケインが左腰に下げている剣を抜き──剣身が朝焼け色の光に包まれた魔剣が現れる。
近くにいる者全てを焼き殺さんと放たれる熱に、アクセルの額から汗が流れ落ちた。
「ケイン様……それは──」
「昨日、宿屋で話した俺の魔剣だ。下がってろ、リリアナ。コイツとは一回腹を割って話さなきゃいけないみたいだ」
「オイ待てってケイン! シャルロットも落ち着けェ! ケインがその気なら、今日の探索はなかっただろォ?! ほら、ケインがリリアナと一日中──ってなァ?!」
「……それは……」
シャルロットが逡巡するのを見て、アクセルは続ける。
「ケインもその辺にしとけってェ! お前がもしこの場で魔剣とか使っても、オレァ『地界の迷宮』の外まで運ンだりしねェぞォ?!」
「チッ……」
「リリアナはもう黙ってろォ! いや頼むから黙っててくれお願いしますゥ!」
「え、え?」
「まァとりあえずよォ! お前ら今すぐ武器を収めろォ! シャルロッ──お前武器収めろつってンだろうがァ!」
何故かこのパーティーの中でツッコミ役になってしまっているアクセルの怒号に、シャルロットは細剣を収めた。
そして──ケインの放った一言に、三人が表情を引き締める。
「十七階層への階段だな……行くぞ」
先ほどまでの腑抜けた雰囲気はどこへやら。
『探索者』の表情になったシャルロット。獰猛に笑うアクセル。背嚢の肩ベルトを握り締めるリリアナ。
三人の反応を見て、ケインは十七階層への階段を降り始めた。
『濃霧地帯』特有の濃い霧の中を、ケインたちは歩いていた。
「──おっ、魔石見っけ」
「け、ケイン様、その……普通の石と魔石の違いが、よくわからないのですが……」
「ん? あー……まあ、普通の石よりキラキラしてるのが魔石だ。それっぽいのがあったら、俺に持って来てくれ。魔石かどうか確かめるから」
「は、はい!」
拾った魔石を背嚢に入れ、ケインはシャルロットとアクセルに目を向けた。
──緑色の肌に、頭から生えた短い一本角。ゴブリンの上位個体、ホブゴブリンだ。
そんなホブゴブリンの死体──合計、七つ。
ホブゴブリンの群れを瞬く間に蹂躙したシャルロットとアクセルは、返り血を拭いながらケインの方を振り返った。
「──終わったわよ」
「さすがだな。そんじゃ先に──?!」
「あうっ?!」
言葉を止め、ケインがリリアナの頭を力任せに押さえ付けた。
直後──ブオンッ! と、何かがケインとリリアナの頭上を走り抜けた。
「チッ……出やがったな、クソモンスターが」
「キキキッ──」
──全身真っ白の体。足は存在しておらず、ふよふよと空中を漂っている。その手には白色の大鎌が握られており、間違いなく即死するような殺傷能力を持っている事がわかる。
攻撃が外れた事に苛立っているのか、ソイツは黒く濁った単眼をギラギラと輝かせ──消えた。
「ミストリッパー……!」
「あァ? ……なンだ、コイツゥ。気配がねェ……?」
「幽霊みたいなものだと思え。気を付けろよ、濃霧に紛れていきなり背後に現れるからな」
「け、ケイン様……」
「大丈夫だ。リリアナは動くなよ」
シャルロットとアクセルが素早くリリアナの近くに立ち、細剣と鉄拳を構える。
リリアナの前後を挟み、ミストリッパーを警戒する二人。
それを確認し、ケインは一歩前に出た。
「んじゃ──俺もやるか」
ニイッとケインが笑い──地面に四肢を付ける。
不可視の相手ならば、当たるまで攻撃を続ければいい。
そう──圧倒的質量を以て。
「──『マザー・ボイス』ッ!」
ケインの詠唱に従い、『地界の迷宮』の地面が──
……………………
……?
「……あれ? ──って危ねぇえええええッッ?!」
──何も起きなかった。
四肢を地面に付けている無防備な獲物を前に、ミストリッパーが大鎌を振り抜いた。
【敏感肌】の影響で、自分の真上にミストリッパーが現れた事を察知したケイン。無様に地面を転がりながら、情けない声を上げて回避する。
「嘘だろなんで?! 何も?! 何も起きないんだけど?!」
「落ち着けよォケイン」
「落ち着いてられるかよ?! なんでだ?!」
「ん──伏せなさい」
再びケインの背後に、ミストリッパーが現れる。
それと同時、シャルロットの指示に従ってケインが体を伏せ──ゴウッ! と風を斬りながら大鎌が振るわれた。
そして──シャルロットの細剣が放たれる。
切っ先がミストリッパーの頭部を穿ち抜き、そのまま真横へと振り抜いた。
ミストリッパーの頭部が半分ほど斬り裂かれ、紫色の体液が飛び散る。
「……なあ」
「何かしら?」
「体液でめっちゃ濡れたんだが」
「仕方ないじゃない。背後に現れる習性を持つミストリッパーを討伐するには、味方を囮にした方が手っ取り早いのよ。立てるかしら?」
「立てるわ。つーか囮だったのかよ俺」
全身ミストリッパーの体液で紫色に染まったケインが、シャルロットの手を取って立ち上がった。
「……………」
「魔法、発動しなかったわね」
「そうなんだよな……『アースド・ウォール』」
手のひらを開閉しながら、ケインが使い慣れた魔法を詠唱する。
『地界の迷宮』の地面が盛り上がり──ケインの目の前に、高さ二メートルほどの土壁が現れた。
魔法は問題なく発動できる。この十六階層に来るまでも、『土魔法』と『幻魔法』は問題なく使えた。
なのに──
「『マザー・ボイス』──」
──これだけは、何も起こらない。
何故だ? 『地界の迷宮』の土だから発動しないのか? いや、他の『土魔法』は問題なく発動している。だとすれば、何か発動条件がある? 例えば、地上じゃないと使用できないとか、地上の土じゃないといけないとか──
「……せっかく、戦える魔法が使えるようになったと思ったんだけどなぁ……」
「そこまで気を落とさなくてもいいでしょうに。今まで通り、私がモンスターを討伐して、ケインが引き際を見極める。あなたが戦えるようになったら、私がお役御免になってしまうわ」
「モンスターの相手は任せとけってェ。そン代わり、魔獣が出た時ァ頼むぜェ?」
「また魔剣を使えって事かよ……いや、シャルロットとアクセルがどうにもできない魔獣が相手なら、魔剣は使うけどさ……」
新たな魔法は使えない。間違いなく、何らかの発動条件がある。
ならば──結局は、いつも通りの探索となる。
戦う事はシャルロットとアクセルに任せ、ケインはリリアナと共に副産物の回収。
モンスターを相手に戦えるような力が手に入ったと思ったが、使えないならば仕方がない。切り替えないと。
「ケイン様、これは魔石ですか?」
「ん? あー、ただの石だな。あと、いい加減ケイン様って呼ぶのやめろ」
「い、嫌です!」
「なんでそこまで頑なに拒否するんだよ……」
ケインが探索を再開するのを見て、三人も後に続く。
──今のところは問題ない。シャルロットとアクセルがモンスターを討伐し、ケインとリリアナが副産物を回収する。
だが──もしも魔獣と遭遇したら、間違いなくシャルロットとアクセル頼みだ。
もしも魔獣が竜ならば、ケインも戦えるが……それ以外だと、ケインは無力だ。“魔剣 レーヴァテイン”を使うという手段もあるが、あれを使うとケインが死にかける。できるなら使いたくない。死ぬとなったら迷いなく使うが。
その時──リリアナがいるとなると、間違いなく足手纏いだ。
となれば、リリアナの事はアクセルに任せて、シャルロットに魔獣の相手を頼む事になる。
「アクセル」
「ンァ?」
「リリアナの事、頼めるか?」
「あァ? ……何が言いてェのかわかンねェが、ケインとリリアナの事ァオレが守ってやるよォ」
「頼むぞ。ってか……俺が言うまでもないか」
「そりゃどういう意味だァ?」
アクセルの肩に手を回し、ケインが楽し気な笑みを浮かべる。
「お前、あの時ずっとリリアナの事見てたじゃねぇか。結局どうなんだ? 惚れてんのか? 一目惚れか?」
「違ェっつったよなァ?! テメェコラぶン殴るぞォ?!」
「照れんなって! で、どうなんだ?」
「どうもこうもねェってのォ! テメェマジでぶン殴られてェのかァ?!」
「ははは! いやーアクセルは面白いな」
「テメェッ……! あンまり言ってっと、テメェがリリアナと同棲してるロリコンだって周りに言いふらすぞォ?!」
「お前っ、それは言わない約束だって言っただろうが! つーか、リリアナが折れないからやむなく──」
──ゾクッと、ケインとアクセルの背筋に悪寒が走る。
振り返ると──リリアナが、顔を真っ赤にして俯いていた。違う。悪寒の発生源はリリアナじゃない。
リリアナと並んで歩くシャルロット──その碧眼が、ケインを真っ直ぐに見据えていた。
「……今の、どういう事?」
「いやだから! 俺は別々の部屋でいいって言ったんだよ! そしたらリリアナがっ、少しでも節約するために一人部屋二つじゃなくて、二人部屋にしましょうって言って! だからやむを得ずニ人部屋になったってだけで──」
「私はっ、その……ケイン様になら、性奴隷として奉仕する事も……」
「この幼女性愛者ッ……!」
「だから違うって! お前コラリリアナッ! 性奴隷だの奉仕するだのは言うなって忠告したよなぁ?! お前そろそろ叩くぞ?!」
「い、いきなりそういうプレイですか……? しかし、ケイン様が望まれるのであれば、その……ケイン様の望むままに、この体を蹂躙していただければ……」
「幼女性愛者がッ……! 今ここで殺されても文句言えないわよね……!」
「お前も叩くぞ?!」
声を荒らげるケインと、細剣の柄に手をかけるシャルロット。
そんな二人と、もじもじと体をくねらせるリリアナを見て、アクセルは思わず頭に手を当てた。
──どうやら、リリアナはケインに惚れているそうだ。
まあ、それも無理はない。というか、もしも自分がリリアナの立場だったら間違いなくケインに惚れている。
奴隷商に連れ去られ、娼婦として生きるとしか思っていなかった自分に、販売所で助けると言ってくれた。さらには《女戦士の園》に攫われた後も、ケインは相手のリーダーを倒して助けてくれた。
チョロい、と言われればそれまでだが──それでも、ケインは『銅級』を相手にリリアナを助け出した。
大声で弁明するケインを見て、本当にこのケインがあの時カッコよかった青年と同一人物なのか、とは思うが。
「ユキ・ウサミだけじゃなく、リリアナにまで手を出すなんて……あなた、どういうつもりなのかしらッ……!」
「どうもこうもないけど?! つーかユキには手ぇ出してねぇって言ってんだろうが! 俺があんな子どもに欲情するような変態だとでも思ってんのか?!」
「ユキ・ウサミは可愛いでしょうッ……! ユキ・ウサミに迫られたあなたが、流されるままにあの子と──このッ、幼女性愛者がッ……!」
「俺ってそんなに流されやすい奴だと思われてんの?! なんで俺がユキと──つーか! 俺が誰とそういう行為をしようが、お前に怒られる筋合いはないだろ?!」
「うっ──そ、それは……そうかも、だけど……」
目を背け、シャルロットが細剣の柄から手を下ろす。
だが、次の瞬間には細剣を抜き放ち、その切っ先をケインに向けた。
「未成年に手を出した! それがあなたが斬られる罪よ!」
「だぁかぁらぁああああッッ!! 手ぇ出してねぇっつってんだろ説明しただろうがッ! お前ッ、マジでいい加減にしねぇとレーヴァテインで焼き払うぞ?!」
「そンな理由で魔剣使うのかよォ……」
ため息混じりのアクセルの言葉は、ヒートアップしてしまっている二人には届かない。
「いい度胸ね! 魔剣を使うまで必死になるって事は、真実だと言っているようなもの! 覚悟はできているわよね私はできているわ!」
「上等だこの女! 人間のお前が『帝国』出身の俺に勝てるとでも思ってんのか?! 俺は『銅級』のソフィアに勝った男だぞ?!」
「今のあなたは、ソフィア・オルヴェルグに勝った時の魔法は使えないでしょう!」
「うるせぇよバーカ! あんなのなくたってお前くらい楽勝だっての!」
「け、ケイン様……私では、欲情できませんか……? ──う、うぅ……」
「未成年だからな! お前は未成年だからなぁ?! 別にリリアナに女性としての魅力がないとかそういうわけじゃないからな?! 俺は子どもは守るべき対象だって思ってるだけで──あーもう泣くなって! お前は可愛いから安心しろリリアナ! 間違いなく可愛い! 可愛いぞリリアナ!」
どうやらケインは、未成年の女の子には甘いようだ。
ここまで来る道中でも、わざわざ魔石かどうかを判断したり、ミストリッパーに襲われた時には真っ先にリリアナを助けるくらいに。
ケインの言葉に、リリアナはさらに顔面を真っ赤に染めた。
「で、では……私を、性欲の捌け口に──」
「それはしねぇって言ったよなぁ?!」
「……私では、だめですか……?」
「小さな子を泣かせるなんて……! あなた、とてつもない性癖の幼女性愛者みたいね……!」
「よし、もうわかった。お前と話すのは疲れた──焼き尽くせ、“魔剣 レーヴァテイン”」
ケインが左腰に下げている剣を抜き──剣身が朝焼け色の光に包まれた魔剣が現れる。
近くにいる者全てを焼き殺さんと放たれる熱に、アクセルの額から汗が流れ落ちた。
「ケイン様……それは──」
「昨日、宿屋で話した俺の魔剣だ。下がってろ、リリアナ。コイツとは一回腹を割って話さなきゃいけないみたいだ」
「オイ待てってケイン! シャルロットも落ち着けェ! ケインがその気なら、今日の探索はなかっただろォ?! ほら、ケインがリリアナと一日中──ってなァ?!」
「……それは……」
シャルロットが逡巡するのを見て、アクセルは続ける。
「ケインもその辺にしとけってェ! お前がもしこの場で魔剣とか使っても、オレァ『地界の迷宮』の外まで運ンだりしねェぞォ?!」
「チッ……」
「リリアナはもう黙ってろォ! いや頼むから黙っててくれお願いしますゥ!」
「え、え?」
「まァとりあえずよォ! お前ら今すぐ武器を収めろォ! シャルロッ──お前武器収めろつってンだろうがァ!」
何故かこのパーティーの中でツッコミ役になってしまっているアクセルの怒号に、シャルロットは細剣を収めた。
そして──ケインの放った一言に、三人が表情を引き締める。
「十七階層への階段だな……行くぞ」
先ほどまでの腑抜けた雰囲気はどこへやら。
『探索者』の表情になったシャルロット。獰猛に笑うアクセル。背嚢の肩ベルトを握り締めるリリアナ。
三人の反応を見て、ケインは十七階層への階段を降り始めた。
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