追放騎士のダンジョン探索記
29話
──『竜人族』の銅竜人と、ソフィアを連れて行った『探索者組合』の反応は、ケインとしては事務的な手続きだな、と思った。
話を簡単にまとめるとするならば。
──今回の騒動は、『探索者組合』の奴隷制度の不足を咎める所。
これから『探索者組合』の中に、奴隷審査を違法に無視させた輩がいないかを精査する。今回の件は、全て『探索者組合』の落ち度である。
それはそれとして、他国の違法な奴隷商と関係を持っている《女戦士の園》には、然るべき処分がある。
しかし、《女戦士の園》のリーダーであるソフィア・オルヴェルグも、相手が違法な奴隷商と知らなかった様子。また、銅竜人を攫ったのは奴隷商の独断であり、高貴な身分の者を騙して連れて来ていたのも奴隷商。それに、ソフィア・オルヴェルグは『銅級』の『探索者』である。この場で失うには惜しい。
よって、ソフィア・オルヴェルグとリンゼ・アーヴァにはしばらくの間、『大規模攻略』への強制参加、及び他の階級持ちとの『地界の迷宮』攻略を命ずる。他の《女戦士の園》は、一ヶ月の間『地界の迷宮』に潜る事を禁ずる。
『竜人族』の銅竜人については、『竜妖国家』に帰すか、この都市で生活するか……判断は、奴隷である銅竜人の少女と、その持ち主であるケインに任せる。
この場はこれまで。ソフィアや《女戦士の園》に対する正式な処分については、日を追って伝える。
──と、こんな感じの内容だ。
「さてと……それじゃ」
──『探索者組合』の近くにある、ひっそりと営業している酒場。ケインとシャルロットの行き付けとなっている癒しの場所だ。
その酒場には、ケインとシャルロットという成人の他に──未成年である二人の少年少女の姿があった。
「──乾杯」
「乾杯」
「ンァ、乾杯」
「え、えっと……か、乾杯……?」
ケインの音頭に従い、三人が持っていた飲み物を口に付ける。ケインもまた、ジョッキに注がれた酒を一気に飲み干した。
近くにいた店員へ酒のおかわりを注文し、マッチに火を付けて煙草を口元へと運ぶ。
「すぅ──はぁぁ……」
「ケイン、一本貰ってもいいかしら?」
「お前いい加減、煙草くらい自分で買えよ」
「ごめんなさいね──すうっ……ふぅ……」
ケインが煙草に火を点けるのと同時、シャルロットがケインの煙草を手に取った。
すっかり慣れてしまった様子で煙草に火を点け、シャルロットの口から白色の煙が吐き出される。
「で、えっと……リリアナ、だったよな?」
「は、はい! リリアナ・カッパーズと言います! これまで『地界の迷宮』に潜った事がないので、色々とご迷惑をおかけしますが、どうぞよろしくお願いします!」
──ケインが買った銅竜人の少女、名前はリリアナ・カッパーズと言うらしい。
『探索者組合』から、自分がどうするか判断は任せると言われたリリアナは──さらに判断を、奴隷としての自分の買い主であるケインに委ねると言ってきた。
思わずその場で、ケインは尋ねた。『竜妖国家』に戻りたくはないのか? と。
対するリリアナは──暗い微笑を浮かべて、孤児である私には、あの国に居場所はありませんから、と答えた。
ソフィアからはリリアナへの所有権は無くなっている。リリアナは『竜妖国家』に戻る事を希望する事ができるが、それでもケインに判断を委ねると言った。奴隷を買った主人に委ねる、と。
さすがのケインでも、ここまでの情報があればわかる。
──奴隷になる前も、リリアナは孤独という地獄を味わっていたのだ、と。
そしてそれと同時、ケインという新たな居場所に、リリアナは縋るような期待をしていた。銅色の目を見ればわかる。それはもう、痛いほどに。
自分を助けてくれた人と共にいたい──と。
そして、ケインは言った。俺は『地界の迷宮』での副産物で生計を立てている。俺に付いてくるよりも、『竜妖国家』に帰った方が間違いなく安全だぞ? と。
それでも──リリアナは、首を振った。
──あの国に、私の居場所なんてありませんから。
そう──リリアナは、自分の母国に居場所がないと言った。
その言葉に──母国に居場所がないケインは、産まれの故郷である『帝国』に居場所がないケインは、リリアナに酷く同情してしまった。
ケインは再三、リリアナに忠告した。俺と一緒に来るという事は、死ぬ可能性がある。それでもいいのか? と。
それに対するリリアナの返事は──買い主であるケインに委ねる、というものであった。
結果、ケインはリリアナを引き取ると言ってしまい──この場にリリアナがいる、というわけだ。
そして、仲間を大事にしている──というより、仲間と酒を飲む事が好きなシャルロットが、アクセルとリリアナがパーティーに加入した祝いとして、歓迎を祝う場を設けようと言い出した。
それにより、成人二人、未成年二人という、なんとも歪な酒盛りが開催されたのだ。
「んなら、改めて自己紹介だな。俺はケインだ。これからリリアナには、俺と一緒に『荷物持者』を頼む事になると思う。つっても、俺を主人として付いて来ると言った以上、泣き言は許さないからな。俺の気に触るような事を言ったら、俺の独断で『竜妖国家』に送り返す。いいな?」
「は、はい! な、泣き言は言いません!」
「もうケイン。この子が『地界の迷宮』に潜るのが心配だからって、そんな言い方はよくないわよ? シャルロット・アルルヴィーゼよ。このパーティーでは『近接戦者』を任せられているわ。これからよろしくね、リリアナ」
「はい!」
「……アクセル・イグナイトだァ。オレァ──オレァ……なァケイン、オレってこのパーティーじゃどの立ち位置になるンだァ?」
「『近接戦者』だろ、どう考えても」
「だ、そうだァ。よろしくなァ」
「よろしくお願いします!」
聞いた話だと、リリアナは魔法が使えないらしい。それに【異能力】も持っていない。さらに言えば、『地界の迷宮』の存在しない『竜妖国家』で育っているときた。
間違いなく、リリアナはケインよりも戦えない。人類族よりも優秀な『竜人族』という種族ではあるが、戦闘の経験が全くない。
それでも、リリアナはケインに付いて行くと言った。ケインとしては、リリアナの意思を尊重したい。ならば、リリアナの覚悟を受け入れるしかない。
「それで……なんだっけ? 氷の息吹を吐けるんだったか?」
「は、はい! えっと、魔法とか【異能力】は使えないんですけどっ、『竜人族』の特性で息吹が使えましてっ、私は氷の息吹が使えるんです! 少しでもケイン様のお役に立てるように頑張ります!」
「ケイン様はやめろ。普通にケインでいい」
「し、しかし! ケイン様は私の買い主でっ、私はケイン様の奴隷でっ、失礼のないようにするのは当然で!」
「奴隷云々の話は気にすんなって。ほら、そこに年下なのに敬語も使わない失礼の象徴みたいな奴がいるだろ」
「オイ、そりゃオレの事かァ?」
ちなみに、今のリリアナはボロボロの服ではなく、どこにでもいるような探索着を着ている。服の費用は『探索者組合』が出してくれた。
──ケインがリリアナを購入した際に支払った百五十万ゼル。これも『探索者組合』が補充してくれると言ってくれた。
ケインは要らないと言ったのだが、『探索者組合』としては、《女戦士の園》の違法な奴隷の仕入れを見抜けなかった事を黙っていてくれ、という口止めの理由があるらしい。
「それにしても、あなたたちが『銅級』に勝ったのは驚いたわ」
「ンァ。ま、リンゼの奴は人との戦い方がわかってねェみてェだったからなァ。喧嘩慣れしてるオレが勝てたってだけだァ」
「ソフィアも同じだな。俺が対人戦闘に慣れてるから、なんとか攻撃を避けれたし……まあ、勝てたのは新しい魔法のおかげだけど」
「そうそれよ。ケイン、あなた──」
「『帝国』で徹底的に対人の戦闘方法を叩き込まれただけだ。別に俺は強くない。モンスター相手じゃ通用しない戦法だしな」
すっかり短くなった煙草を消し、酒を一気に飲み干す。
店員の女性に注文しながら、ケインは新しい煙草に火を点けた。
「でも、『帝国』にいたのは12歳まででしょう? 『帝国』を離れて十年近く経つのに、それでも体が覚えているなんて……どんな訓練をしていたの?」
「……まあ、なんていうか……俺の兄妹──あ、俺四人兄妹でな。上に兄が二人と、下に妹が一人いて……兄妹はみんな、産まれた時からヴァルハード家で受け継がれる【異能力】を持っててな。そんな兄妹に比べて俺は、ずっと【異能力】が発現しなかったから……まあ、なんだ。簡単に言うなら、いつまでも【異能力】を発現させない俺に父上が怒って、起きてから寝るまでずっと訓練してたってわけ。物心付いた頃には、剣を握ってたし。だから、体から対人の戦闘方法が抜けないんだ」
「それは……ごめんなさい、嫌な事を聞いて」
「気にすんな。ま、こうして役に立つ機会があったんだし、あの訓練も無駄じゃなかったってわけだ」
白い煙を吐き出し、ケインが苦笑を浮かべる。
「それより、だ。これからリリアナも一緒に『地界の迷宮』に行く以上、シャルロットとアクセルには負担を掛けると思う。リリアナは戦えないし、俺もモンスターと戦うのは苦手だからな」
「す、すいません……」
「ああいや、別にリリアナが悪いってわけじゃなくて。単純に向き不向きの話だ。リリアナにはこれから、重たい荷物をたくさん持ってもらう事になるからな。『荷物持者』として頑張ってもらうぞ」
「はい!」
「んで、シャルロットとアクセルは、これからはリリアナを守る事に専念してほしい。頼めるか?」
「それは問題ないけれど……」
「ケインの事ァ守らなくていいってのかァ?」
「まあな。そろそろお前らに頼るのも卒業しないと。それに、新しい魔法を使えるようになったからな。これからは多少は戦えると思うぞ?」
──確かに。
ケインが新たに修得した魔法──『マザー・ボイス』は、それこそ『銅級』を倒すほどの力を持っている。だとすれば、ケインを守る事は意識しなくていいだろう。
「ねぇケイン」
「ん?」
「ずっと聴きたかったのだけど、ユキ・ウサミとはどこで知り合ったの?」
「お前……」
「別にロリコン呼ばわりするつもりはないわよ。単純に気になっただけ」
「……アイツらが『探索者』になったばっかりの頃に、俺が一緒に探索してたってだけだ。特に深い理由があるわけじゃない」
「戦い方を教えた、ってわけではないの?」
「まあ、多少は……つっても、『帝国』で覚えた武器の振り方を教えたくらいだ。アイツらは自分たちで努力して強くなった。特にユキは、『探索者』になって五年で『銅級』になるくらいにな。別に俺が特別何かをしたってわけじゃない」
酒を飲み、煙草を口に咥える。
「そう……」
「なんか気になるのか?」
「いえ、大した事ではないのだけど……前に『大規模攻略』に行った時、ユキ・ウサミもいたのよ。その時の戦い方が、ソフィアと戦っていたケインに似ていたから」
「アイツ……まだ俺の真似してんのか」
「……ケイン」
「なんだ?」
「その……私にも、戦い方を教えてもらえないかしら?」
「は?」
予想外の申し出に、ケインは間抜けな声を漏らしてしまう。
「戦い方、って……俺の?」
「えぇ」
「対人の戦い方を?」
「そうよ」
「……なんで?」
「ダメかしら?」
「いや……別にダメってわけじゃ──?」
チラッと、隣に座るシャルロットの顔を確認する。
顔が真っ赤だ。酔っ払っているのが一目でわかる。今の言葉も、酔った拍子に出た戯言だと──そう、思いたかった。
──シャルロットの碧眼に、黒く邪悪な感情が宿っている。
その目は、知っている。ケインが『帝国』を追放された後、家族に抱いていた感情と同じだからだ。
すなわち──復讐の感情。
誰に向けてかもわからない復讐の念。ともすれば、ケインが家族に抱いていた復讐の感情よりも、シャルロットの目に宿る復讐は深く色濃い。
「お前……」
「どうかしたかしら?」
「いや……なんでも、ない」
思わずシャルロットから目を逸らし、誤魔化すように酒を呷る。
この後、日を跨ぐまで酒盛りは続いたが──終始、ケインの頭から疑念が消える事はなかった。
話を簡単にまとめるとするならば。
──今回の騒動は、『探索者組合』の奴隷制度の不足を咎める所。
これから『探索者組合』の中に、奴隷審査を違法に無視させた輩がいないかを精査する。今回の件は、全て『探索者組合』の落ち度である。
それはそれとして、他国の違法な奴隷商と関係を持っている《女戦士の園》には、然るべき処分がある。
しかし、《女戦士の園》のリーダーであるソフィア・オルヴェルグも、相手が違法な奴隷商と知らなかった様子。また、銅竜人を攫ったのは奴隷商の独断であり、高貴な身分の者を騙して連れて来ていたのも奴隷商。それに、ソフィア・オルヴェルグは『銅級』の『探索者』である。この場で失うには惜しい。
よって、ソフィア・オルヴェルグとリンゼ・アーヴァにはしばらくの間、『大規模攻略』への強制参加、及び他の階級持ちとの『地界の迷宮』攻略を命ずる。他の《女戦士の園》は、一ヶ月の間『地界の迷宮』に潜る事を禁ずる。
『竜人族』の銅竜人については、『竜妖国家』に帰すか、この都市で生活するか……判断は、奴隷である銅竜人の少女と、その持ち主であるケインに任せる。
この場はこれまで。ソフィアや《女戦士の園》に対する正式な処分については、日を追って伝える。
──と、こんな感じの内容だ。
「さてと……それじゃ」
──『探索者組合』の近くにある、ひっそりと営業している酒場。ケインとシャルロットの行き付けとなっている癒しの場所だ。
その酒場には、ケインとシャルロットという成人の他に──未成年である二人の少年少女の姿があった。
「──乾杯」
「乾杯」
「ンァ、乾杯」
「え、えっと……か、乾杯……?」
ケインの音頭に従い、三人が持っていた飲み物を口に付ける。ケインもまた、ジョッキに注がれた酒を一気に飲み干した。
近くにいた店員へ酒のおかわりを注文し、マッチに火を付けて煙草を口元へと運ぶ。
「すぅ──はぁぁ……」
「ケイン、一本貰ってもいいかしら?」
「お前いい加減、煙草くらい自分で買えよ」
「ごめんなさいね──すうっ……ふぅ……」
ケインが煙草に火を点けるのと同時、シャルロットがケインの煙草を手に取った。
すっかり慣れてしまった様子で煙草に火を点け、シャルロットの口から白色の煙が吐き出される。
「で、えっと……リリアナ、だったよな?」
「は、はい! リリアナ・カッパーズと言います! これまで『地界の迷宮』に潜った事がないので、色々とご迷惑をおかけしますが、どうぞよろしくお願いします!」
──ケインが買った銅竜人の少女、名前はリリアナ・カッパーズと言うらしい。
『探索者組合』から、自分がどうするか判断は任せると言われたリリアナは──さらに判断を、奴隷としての自分の買い主であるケインに委ねると言ってきた。
思わずその場で、ケインは尋ねた。『竜妖国家』に戻りたくはないのか? と。
対するリリアナは──暗い微笑を浮かべて、孤児である私には、あの国に居場所はありませんから、と答えた。
ソフィアからはリリアナへの所有権は無くなっている。リリアナは『竜妖国家』に戻る事を希望する事ができるが、それでもケインに判断を委ねると言った。奴隷を買った主人に委ねる、と。
さすがのケインでも、ここまでの情報があればわかる。
──奴隷になる前も、リリアナは孤独という地獄を味わっていたのだ、と。
そしてそれと同時、ケインという新たな居場所に、リリアナは縋るような期待をしていた。銅色の目を見ればわかる。それはもう、痛いほどに。
自分を助けてくれた人と共にいたい──と。
そして、ケインは言った。俺は『地界の迷宮』での副産物で生計を立てている。俺に付いてくるよりも、『竜妖国家』に帰った方が間違いなく安全だぞ? と。
それでも──リリアナは、首を振った。
──あの国に、私の居場所なんてありませんから。
そう──リリアナは、自分の母国に居場所がないと言った。
その言葉に──母国に居場所がないケインは、産まれの故郷である『帝国』に居場所がないケインは、リリアナに酷く同情してしまった。
ケインは再三、リリアナに忠告した。俺と一緒に来るという事は、死ぬ可能性がある。それでもいいのか? と。
それに対するリリアナの返事は──買い主であるケインに委ねる、というものであった。
結果、ケインはリリアナを引き取ると言ってしまい──この場にリリアナがいる、というわけだ。
そして、仲間を大事にしている──というより、仲間と酒を飲む事が好きなシャルロットが、アクセルとリリアナがパーティーに加入した祝いとして、歓迎を祝う場を設けようと言い出した。
それにより、成人二人、未成年二人という、なんとも歪な酒盛りが開催されたのだ。
「んなら、改めて自己紹介だな。俺はケインだ。これからリリアナには、俺と一緒に『荷物持者』を頼む事になると思う。つっても、俺を主人として付いて来ると言った以上、泣き言は許さないからな。俺の気に触るような事を言ったら、俺の独断で『竜妖国家』に送り返す。いいな?」
「は、はい! な、泣き言は言いません!」
「もうケイン。この子が『地界の迷宮』に潜るのが心配だからって、そんな言い方はよくないわよ? シャルロット・アルルヴィーゼよ。このパーティーでは『近接戦者』を任せられているわ。これからよろしくね、リリアナ」
「はい!」
「……アクセル・イグナイトだァ。オレァ──オレァ……なァケイン、オレってこのパーティーじゃどの立ち位置になるンだァ?」
「『近接戦者』だろ、どう考えても」
「だ、そうだァ。よろしくなァ」
「よろしくお願いします!」
聞いた話だと、リリアナは魔法が使えないらしい。それに【異能力】も持っていない。さらに言えば、『地界の迷宮』の存在しない『竜妖国家』で育っているときた。
間違いなく、リリアナはケインよりも戦えない。人類族よりも優秀な『竜人族』という種族ではあるが、戦闘の経験が全くない。
それでも、リリアナはケインに付いて行くと言った。ケインとしては、リリアナの意思を尊重したい。ならば、リリアナの覚悟を受け入れるしかない。
「それで……なんだっけ? 氷の息吹を吐けるんだったか?」
「は、はい! えっと、魔法とか【異能力】は使えないんですけどっ、『竜人族』の特性で息吹が使えましてっ、私は氷の息吹が使えるんです! 少しでもケイン様のお役に立てるように頑張ります!」
「ケイン様はやめろ。普通にケインでいい」
「し、しかし! ケイン様は私の買い主でっ、私はケイン様の奴隷でっ、失礼のないようにするのは当然で!」
「奴隷云々の話は気にすんなって。ほら、そこに年下なのに敬語も使わない失礼の象徴みたいな奴がいるだろ」
「オイ、そりゃオレの事かァ?」
ちなみに、今のリリアナはボロボロの服ではなく、どこにでもいるような探索着を着ている。服の費用は『探索者組合』が出してくれた。
──ケインがリリアナを購入した際に支払った百五十万ゼル。これも『探索者組合』が補充してくれると言ってくれた。
ケインは要らないと言ったのだが、『探索者組合』としては、《女戦士の園》の違法な奴隷の仕入れを見抜けなかった事を黙っていてくれ、という口止めの理由があるらしい。
「それにしても、あなたたちが『銅級』に勝ったのは驚いたわ」
「ンァ。ま、リンゼの奴は人との戦い方がわかってねェみてェだったからなァ。喧嘩慣れしてるオレが勝てたってだけだァ」
「ソフィアも同じだな。俺が対人戦闘に慣れてるから、なんとか攻撃を避けれたし……まあ、勝てたのは新しい魔法のおかげだけど」
「そうそれよ。ケイン、あなた──」
「『帝国』で徹底的に対人の戦闘方法を叩き込まれただけだ。別に俺は強くない。モンスター相手じゃ通用しない戦法だしな」
すっかり短くなった煙草を消し、酒を一気に飲み干す。
店員の女性に注文しながら、ケインは新しい煙草に火を点けた。
「でも、『帝国』にいたのは12歳まででしょう? 『帝国』を離れて十年近く経つのに、それでも体が覚えているなんて……どんな訓練をしていたの?」
「……まあ、なんていうか……俺の兄妹──あ、俺四人兄妹でな。上に兄が二人と、下に妹が一人いて……兄妹はみんな、産まれた時からヴァルハード家で受け継がれる【異能力】を持っててな。そんな兄妹に比べて俺は、ずっと【異能力】が発現しなかったから……まあ、なんだ。簡単に言うなら、いつまでも【異能力】を発現させない俺に父上が怒って、起きてから寝るまでずっと訓練してたってわけ。物心付いた頃には、剣を握ってたし。だから、体から対人の戦闘方法が抜けないんだ」
「それは……ごめんなさい、嫌な事を聞いて」
「気にすんな。ま、こうして役に立つ機会があったんだし、あの訓練も無駄じゃなかったってわけだ」
白い煙を吐き出し、ケインが苦笑を浮かべる。
「それより、だ。これからリリアナも一緒に『地界の迷宮』に行く以上、シャルロットとアクセルには負担を掛けると思う。リリアナは戦えないし、俺もモンスターと戦うのは苦手だからな」
「す、すいません……」
「ああいや、別にリリアナが悪いってわけじゃなくて。単純に向き不向きの話だ。リリアナにはこれから、重たい荷物をたくさん持ってもらう事になるからな。『荷物持者』として頑張ってもらうぞ」
「はい!」
「んで、シャルロットとアクセルは、これからはリリアナを守る事に専念してほしい。頼めるか?」
「それは問題ないけれど……」
「ケインの事ァ守らなくていいってのかァ?」
「まあな。そろそろお前らに頼るのも卒業しないと。それに、新しい魔法を使えるようになったからな。これからは多少は戦えると思うぞ?」
──確かに。
ケインが新たに修得した魔法──『マザー・ボイス』は、それこそ『銅級』を倒すほどの力を持っている。だとすれば、ケインを守る事は意識しなくていいだろう。
「ねぇケイン」
「ん?」
「ずっと聴きたかったのだけど、ユキ・ウサミとはどこで知り合ったの?」
「お前……」
「別にロリコン呼ばわりするつもりはないわよ。単純に気になっただけ」
「……アイツらが『探索者』になったばっかりの頃に、俺が一緒に探索してたってだけだ。特に深い理由があるわけじゃない」
「戦い方を教えた、ってわけではないの?」
「まあ、多少は……つっても、『帝国』で覚えた武器の振り方を教えたくらいだ。アイツらは自分たちで努力して強くなった。特にユキは、『探索者』になって五年で『銅級』になるくらいにな。別に俺が特別何かをしたってわけじゃない」
酒を飲み、煙草を口に咥える。
「そう……」
「なんか気になるのか?」
「いえ、大した事ではないのだけど……前に『大規模攻略』に行った時、ユキ・ウサミもいたのよ。その時の戦い方が、ソフィアと戦っていたケインに似ていたから」
「アイツ……まだ俺の真似してんのか」
「……ケイン」
「なんだ?」
「その……私にも、戦い方を教えてもらえないかしら?」
「は?」
予想外の申し出に、ケインは間抜けな声を漏らしてしまう。
「戦い方、って……俺の?」
「えぇ」
「対人の戦い方を?」
「そうよ」
「……なんで?」
「ダメかしら?」
「いや……別にダメってわけじゃ──?」
チラッと、隣に座るシャルロットの顔を確認する。
顔が真っ赤だ。酔っ払っているのが一目でわかる。今の言葉も、酔った拍子に出た戯言だと──そう、思いたかった。
──シャルロットの碧眼に、黒く邪悪な感情が宿っている。
その目は、知っている。ケインが『帝国』を追放された後、家族に抱いていた感情と同じだからだ。
すなわち──復讐の感情。
誰に向けてかもわからない復讐の念。ともすれば、ケインが家族に抱いていた復讐の感情よりも、シャルロットの目に宿る復讐は深く色濃い。
「お前……」
「どうかしたかしら?」
「いや……なんでも、ない」
思わずシャルロットから目を逸らし、誤魔化すように酒を呷る。
この後、日を跨ぐまで酒盛りは続いたが──終始、ケインの頭から疑念が消える事はなかった。
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