追放騎士のダンジョン探索記

ibis

27話

「──はっはぁッ! こっちかぁッ!」

 ──全神経を集中させろ。相手は『銅級ブロンズ』の『探索者』だ。
 持てる力の全てをぶつけろ。じゃなきゃコイツには勝てない。
 相手を誘え、誘導しろ。
 殺気をばら撒け。相手の注意を拡散させろ。
 姿を消しているケインに対し、ソフィアは殺気を頼りに迎撃している。ならば、殺気のオンオフを切り替えろ。相手を錯乱させて、混乱させろ。
 相手の攻撃に当たるな。大剣の一撃によって飛び散る土片にも当たるな。
 当たれば『幻魔法』は強制的に解除されてしまう。攻撃にも、それによって発生した土片にも絶対に触れるな。

「──しぃッッ!!」
「うおっ、と──ここかッッ!!」

 片手剣による一閃が躱され、対するソフィアはケインの放つ殺気を頼りにして大剣を振り下ろす。
 大剣による両断を避け、飛び散る土くれを躱しながら、姿を隠すケインはシャルロットへと視線を向けた。
 ──ケインの指示通り、シャルロットは《女戦士の園アマゾネス》を攻撃している。もう半分以上は倒しているだろう。百を超える『探索者』を相手に。本当にデタラメな奴だ。
 片手剣を握り直し、今度はアクセルの方を向く。
 ──リンゼが倒れている。地面に座り込むアクセルは、ただ真っ直ぐに戦いを見ている。
 アイツ、『銅級ブロンズ』を倒したのかよ。この短時間で。ははっ、アイツもシャルロットに負けず劣らずデタラメだな。
 本当に──本当に……俺は、弱いなぁ。

「はああッッ!!」
「こっちぃッッ!!」

 何度目かもわからない片手剣と大剣の衝突。これまで通り片手剣が大剣に弾かれる。手首が痺れる。片手剣は壊れていない。剣身は刃こぼれ一つしていない。この片手剣、よほど腕のいい鍛治師が打ったのだろう。まだまだ使えそうだ。
 ──弱い……こんなにいい武器を使っているのに、姿を隠しているのに、『帝国』で騎士としての訓練を受けていたのに。
 俺は、どうしようもなく弱い。弱くて弱くて、『探索者』なのに『地界の迷宮ダンジョン』を怖がっている。モンスターが怖い。俺が培ってきた対人の戦い方が通用しないのが怖い。他の『探索者』が怖い。何故死も恐れずに『地界の迷宮ダンジョン』の下へ下へと潜っていけるのかがわからなくて怖い。俺の使う魔法が怖い。いつの日か俺の魔法が通じないモンスターが出てくるかもと思うと怖い。
 俺は、弱くて怖がりだ。シャルロットも、エクスカリオンさんも、なんで俺なんかを気にかけるのかわからない。わからないから、怖い。
 ああ、そうだ。この感覚、前にもどこかで──

『──お前らッ、退けッ!』

 加速する剣劇。ケインの片手剣とソフィアの大剣が、火花を上げて交差を続ける。
 そんな中──脳裏に浮かぶのは、いつかの記憶。
 『地界の迷宮ダンジョン』の低階層。普通ならばあり得ない、下から上へと登って来た魔獣。それと対峙する、一人の少年と三人の少女。
 少女たちに撤退を指示する少年は、だが手や足、声すらも震えていた。

『──ケイン、さん……し、かし……』
『いいから退けってッ! コボルトが魔獣化してるッ、見りゃわかんだろッ?!』

 恐怖に震える少女たち以上に、少年は大きく震えていた。
 ──怖い。勝てない。何もできない。殺される。逃げたい。今すぐに。
 だが──退けない。
 少年の背後には、自分よりも幼い少女たちがいる。師匠の教えを至上としている少年は、少女たちを置いて逃げられなかった。
 それ故に──少年は、覚悟を決めた。
 逃げ出せない恐怖を前に、戦う事を決意した。守らなければならない者たちを背後に、魔獣に立ち向かう事を決心した。
 ──に気づいたのは、その時だった。

 ──恐怖と闘争に支配される脳裏に、新たな感覚が追加される。知らないはずの感覚なのに、自分はすでにそれを知っている。使い方がわかる。扱い方が理解できる。どういう効果なのか本能が伝えてくる。
 すなわち──新たに使用可能な魔法の発現。

 ──新たな魔法が発現する条件は、術者の心に強い感情が宿る事。その時の感情によって、発現する魔法は姿を変える。
 ケインの使用できる『土魔法』の『アースド・ウォール』や『アースド・ホール』、『幻魔法』の全ては、ケインが『帝国』を追放された後、命を狙ってきた刺客を前にして発現した。
 ──死にたくない、というケインの強い渇望によって。

 魔獣と対峙するケインは──魔獣を倒すという強い闘争心と、少女たちを絶対に死守するという感情を宿し、戦うための拳と兵隊──『アースド・ナックル』と『アースド・ドール』という魔法を発現させた。
 そう──今のケインは、あの時と同じ感覚だ。

「──ッッ!!」

 涙を流す銅竜人の少女。絶対に救わなければならない。
 大剣を担ぐ『鬼族オーガ』の女。絶対に倒さなければならない。
 女の子が泣くなら、助けないと。その前に『鬼族オーガ』が立ちはだかるなら、それを排除しないと。
 ──退けない。退いたらあの少女を助けられない。負けられない。負けたらあの少女を救えない。
 弱いままじゃ嫌だ。助けられるだけの『探索者』は嫌だ。使えない『二種魔法師デュアル・ウィザード』は嫌だ。
 ──強くなりたい。守りたい。
 あの子を救ってやれるような強さが、目の前の敵を倒せるような強さが──ッッ!!

「……ぁ──」

 片手剣が弾かれた。手首が痛む。だが、それよりも痛みを──否、尋常ならざる熱を放つ場所がある。
 ──カッと、頭が熱くなる。頭の中で、知らない単語が浮かび上がる。知らないはずの単語なのに、それが何かわかる。わかってしまう。
 ああ──この感覚だ。
 ソフィアが振り下ろす大剣。反射的に避ける。大剣の一撃によって生じた土の破片が、ケインの頬を掠める。『幻魔法』が解除された。
 姿を現したケインに、ソフィアは大剣を握り直して笑みを深め──ケインの表情に気づき、固まった。
 ──笑みだ。ケインの顔に、笑みが浮かんでいる。
 先ほどまでのヘラヘラとした笑みとは違う──まるで、感情を隠し切れずに漏らしてしまったかのような薄い笑みだ。

「……ふはっ……」

 ガクンッと、ケインが地面に両膝を付け、ゆっくりとした動きで両手を地面に下ろした。
 いつかシャルロットに見せた、東端の国『ジパング』より伝わる土下座と呼ばれる体勢のようにも見えた。
 ──違うと、ソフィアは断言して駆け出した。
 こんな場面で命乞いをするような男ではない。急に体の力が抜けたという様子でもない。であれば、あれは攻撃の体勢。
 駆けるソフィアがケインに大剣を振り下ろそうとするが──それよりも、ケインの方が早い。
 ──口が開く。声が漏れる。呟きとも言える小さな言の葉は、だが初めてなのに使い慣れたかのような感覚がある。
 謳うように紡がれた短く端的な詠唱は──この場の全てを塗り替えた。

「──『マザー・ボイス』……」

 ──足元が揺れた。
 ケインの詠唱に呼応するかのように、地面が振動うぶごえを上げる。
 ケインの魔力に反応するかのように、大地が隆起たいどうを始める。
 何かが起きる前に叩かなければ──そう思い振り下ろされた大剣は、だがケインの前に現れたの体によって受け止められた。
 続いて迫る、狼の群れ。
 素早く距離を詰めて噛み付かんと顎門を開く狼の群れを前に、ソフィアはから大剣を引き抜いて勢い良く振り回した。
 【豪腕】を以て振るわれた大剣は暴風を生み、暴風は斬撃となって狼の群れを斬り飛ばした。
 だが──はソフィアの斬撃を喰らっても、表面を多少斬り込まれた程度でビクともしていない。
 そうしている間にも、足元の振動うぶごえ隆起たいどうは絶え間なく続いており──

「……なん、だい……こりゃ……」

 ──ケインの目の前に、片膝を突く騎士がいた。ケインの傍らに、咆哮を上げる狼の群れがいた。ケインの上空に、翼を広げる怪鳥の大群がいた。ケインの背後に、無数の巨拳が生えていた。
 それらは全て──土で作られている。
 何が起きたのかわからない。だが、誰が起こしたのかはわかる。
 目の前で四肢を地面に付ける男──ケインだ。

「……ふ、はっ──はっはははははははッッ!! あーなんだよこりゃッ?! わけわかんねぇぞッははははははははははッッ!!」

 頭を抱えて笑うケイン。その笑い声は、どこか狂っているようにも聞こえた。
 ケインの顔が苦しそうに歪んでいる。呼吸も荒々しい。顔色は青いを通り越して真っ白になっている。誰がどう見ても、魔力不足だとわかる。
 疲労で座り込んでいるアクセルや痛みで動けないリンゼだけでなく、シャルロットや《女戦士の園アマゾネス》の『探索者』たちも動きを止め、戦いの行く末を見守っていた。
 この場にいる全員が直感していた。ケインが使用した新たな魔法は、長時間発動し続ける事ができない。この次の瞬間に倒れてもおかしくない。
 土の化物たちの攻撃を避け続ければ、すぐにケインは魔力枯渇となり意識を失うだろう。
 それが一番効率がいい。戦いを見ていたシャルロットやアクセルも、自分ならば時間稼ぎをして相手が魔力不足になるのを待つと思った。
 だが──ソフィアは口の端を吊り上げ、大剣をケインに向けた。
 ──そう。
 すなわち。
 真っ向から受けて立つ、という態度ことばだった。

「……くはッ、バカだなお前。逃げてりゃ俺は魔力不足で倒れるのに」
「何言ってんだい。オスのアンタが全身全霊で戦おうとしてんだ、メスのアタシはそれを受け止めて──今まで通り、受け止め切って、アンタを襲ってやるからねぇ」
「イカれてんな、お前」
「アンタも大概だと思うけどねぇ」
「……いい奴だな、お前──いや、もう今のあんたを、お前って呼ぶのはよくないか。ソフィア・オルヴェルグ、前言を撤回する。あんたは敬語を使うに値しない奴だが、あんたの人格は認めるぜ──俺の全力を受け止めてみやがれ」
「急に名前で呼んでどうしたいだい? アタシに抱かれたくなったのかい? いいよ、アンタならいつでも受けて立って──」
「やれ」

 ケインの号令を合図に、まずは狼の群れがソフィアに駆け出す。
 翼を打って大空へと舞い上がる怪鳥の大群は、勢いを付けてソフィアに鉤爪を突き出した。
 背後にあった巨拳は、グンッと伸びてソフィアに拳撃を叩き込まんと加速して。
 片膝を突いていた騎士は、地面から大剣を抜いて立ち上がり。
 ケインの人生六度目の──全力の戦いが幕を開けた。

─────────────────────

「──そこをどきなさい、クラヴィ・マスカレード。我々は『探索者組合ギルド』の探索者依頼クエストを受けてここにいます。あなたの行為は、『探索者組合ギルド』を敵に回す行為だと進言しておきます。邪魔をするのならば、あなたから先に排除します」

 ──ケインたち三人と《女戦士の園アマゾネス》の戦いが始まって、数分後。
 戦いの様子を見ていた少女は、大切な存在であるケインを援護せんと、二人の妹を連れて援護に入らんとした──瞬間に、目の前の男が邪魔から邪魔をされていた。

「ンー……俺は別に、邪魔をする気なんてないヨ。ただ、エクスカリオンが意識している『探索者』がどんな奴か見に来ただけサ」

 顔面の半分を白いピエロの仮面で覆い隠す金髪金瞳の『高位森精族ハイエルフ』は、少女たちの敵意を受けても愉快そうな態度を──少女たち三人の動きを止める動きを、変えない。
 そんな『高位森精族ハイエルフ』を見て、少女は両足に付けているレッグホルスターから垂れる三つの指輪に人差し指と中指、そして薬指を通した。
 そのまま勢いよく指を引き抜き──『地界の迷宮ダンジョン』の三十階層以降で出現するモンスター、メタルフロッグの皮膚繊維で編まれた糸と指輪に繋がれた短剣が、合計六本現れる。
 一本を人差し指と中指の間、一本を中指と薬指の間、一本を薬指と小指の間に挟み込み──両手合わせて六本の短剣を握り、少女が前に出た。

「なんのつもりかナ? ユキ・ウサミ?」
「先ほど言った通りです。アメは引き続き感知を、ハレはいつでもケインお兄さんのサポートに入れるように構えてください」
「う、うん……!」
「わかった!」

 二人の妹に指示を出し、ユキ・ウサミと呼ばれた少女は身を低くして構える。
 そんなユキと対峙する男──名を、クラヴィ・マスカレードという。《道化師の戯れトリック・クラウン》という『探索者』パーティーのリーダーだ。
 実力は自分よりも遥かに格上。だがそれでも身構えるユキの姿に、クラヴィは顔面の半分を笑みの形に変えた。

「ま、そんなに警戒しないでヨ。俺は別に、あの『探索者』に危害を加えるつもりはないからサ」
「ならば、今すぐにそこをどく事をお勧めします。私たちは、ケインお兄さんの──もとい、『探索者組合ギルド』の探索者依頼クエストでこの場にいるのですから」
「いやー、俺個人としては気になっているんだよネ。エクスカリオンが気になっている、あの『探索者』がサ」
「……それとこれとは、話は別です。もう一度しか言わないですよ──そこをどきなさい、クラヴィ・マスカレード。どかなければ我々《紅の白兎ラビット》は、あなたを敵として判断します」

 合計六本の短剣を握り締めるユキが、背嚢の肩ベルトを握り込むアメが、大剣を握り直すハレが。
 ──目の前の『銀級シルバー』を、敵として判断する。
 軟弱な兎人種とは思えない赤い瞳いあつを前に、クラヴィは肩を竦めてやれやれと首を振った。

「君たち、『探索者組合ギルド』の探索者依頼クエストじゃなくて指名依頼ミッションでこの場にいるでショ?」
「……………」
「図星だネ。俺としても、君たちへの指名依頼ミッションはどうにもキナ臭いと思ってたんだよネ。わざわざ『銅級ブロンズ』のいるパーティーを使って、《女戦士の園アマゾネス》の動向を探って欲しいなんテ。ま、その理由はエクスカリオンが気になっている『探索者』が解消してくれたけド」

 自分から一切視線を外さない視線を前に、だがクラヴィは臆した様子もなく続ける。

「なるほどネー……《女戦士の園アマゾネス》のリーダーが、不法に奴隷を仕入れている組織と繋がっていたんだネ。『探索者組合ギルド』もそれとなく気づいてみたいだシ……」
「……あなたは、何が目的なんですか」
「ンー? さっきも言った通り、エクスカリオンが気になっている『探索者』を見たかっただけサ。それ以外の理由はないヨ。だけどマァ……もっと知りたいと思っていた情報を、あの『探索者』が教えてくれたからネ」
「総員、戦闘準備を」
「待った待っタ。言ったでしょ、邪魔するつもりはないっテ。俺は大人しく引き下がるヨ。あとは君たちの好きなようにしたらいいサ」

 ヒラヒラと手を振った立ち去ろうとするクラヴィの言葉に、だが嘘はないと判断して戦うケインへと目を向ける。
 ──ケインの視線の先にいるのは、幼い銅竜人の『竜人族ドラゴニュート』。であれば、ケインが戦う理由は、女だからとか子どもだからとかだ。
 だが、直後に展開された大規模な『土魔法』に、三人は驚愕する事になる。

「うっ、うぇぇぇぇ?!」
「ケイン兄ちゃん、すごいねー!」
「……新たな魔法の発現……確かに、今のケインお兄さんの状況であればあり得なくはない話ですが……」

 六本の短剣をレッグホルスターに収め、ユキはその場に座り込んだ。

「アメ、ハレ。戦闘体勢を解いてケインお兄さんの勇姿を見届けましょう──あれは、ほどに素晴らしい強さがあります」
「え、ええぇ……万年発情期の姉さんが、ケイン兄さんが戦っているのに傍観……?」
「どうしたのユキ姉?! 変なの食べた?!」
「怒りますよ」

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