追放騎士のダンジョン探索記
26話
「うわ──?!」
「──ぐぅ、ぁ……ッ?!」
──これで半分。
乱れた金髪をかき上げ、シャルロットは細剣の切っ先を近くにいた《女戦士の園》に向ける。
すっかり怯えてしまったのだろう。誰もシャルロットに攻撃を仕掛けようとしない。
と言っても、別に殺したり斬ったりはしていない。『風魔法』を纏った拳や蹴りで、《女戦士の園》の『探索者』を無力化しているだけだ。
「アクセルは……」
くるりと辺りを見回し──赤髪を振り乱しながら『銅級』と戦っている上裸の少年を見つける。
炎を噴出し、鉄拳を振り回してリンゼと渡り合っている。
リンゼは強い。彼女と手合わせをした事があるシャルロットは、それを知っている。
シャルロットと同じく【瞬歩】を使い、『炎魔法』と『氷魔法』を操るリンゼは、間違いなく強い。
だが──相手がアクセルでは、相性が悪い。
リンゼは人と戦う事に慣れていない。『地界の迷宮』でモンスターを相手にする『探索者』だ。それは当然だろう。
対するアクセルは、混血者という生まれで、『獣人族』を至上主義とする『獣国』においては、本人の喧嘩っ早い性格も相まって、喧嘩ばかりをしていた。それ故、人との戦い方を熟知している。
「……まあ、時間の問題ね」
このまま戦い続ければ、アクセルが勝つだろう。
そんな事を思いながら、今度はソフィアへと視線を向けた。
──先ほどまでソフィアと戦っていたケイン。今はその姿を消している。
《女戦士の園》を倒しながらケインの戦いを見ていたシャルロットは、正直に言うのならば、意味がわからないと思った。
ケインはソフィアの大剣を避け続けている。様々な武器を当然のように使いこなしている。いつもの『土魔法』も『幻魔法』も無しに。魔剣すら今は持っていないのに。
──徹底的なまでの対人戦特化。
多彩な武器を使って、自分よりも遥かに格上の強者を相手に、だが技と戦術を以て対抗している。
「……『地界の迷宮』攻略では全く役に立たない、人との戦闘方法…」
ケインは自分の事を弱いと言う。事実、彼の使う魔法は強力ではない。シャルロットの【瞬歩】やアクセルの【硬質化】のように、戦闘で活かせる【異能力】を持っていない。正直、ケインはモンスター相手にシャルロットやアクセルほどに強いとは言えない。
そう──ケインは『地界の迷宮』でのモンスターとの戦闘を、好んでいない。
その理由が今はっきりとわかった。彼は人との戦い方が身に染み付いているため、モンスターとの戦い方がわからないのだろう。それこそ、何年も『地界の迷宮』に潜っても、拭い切れないほどに染み付いてしまっている。
だが、何故ケインが人に対してここまで強いのか──その理由はすぐにわかった。
「『帝国 アグナス』のヴァルハード家……」
ヴァルハード家。それは『帝国 アグナス』の王である皇帝に仕える騎士の家系。そして、ケインが隠している家名。
そこに12歳になるまでいたというケイン。騎士としての戦い方を教えられていても、不思議な話ではない。
だが、何年経っても拭い切れないほど体に人との戦い方が染み付いているなんて──ケインは一体、どんな訓練を受けていたのだろうか。
「……この騒動が終わったら、問い正してやらないとね」
言いながら、シャルロットは自分を取り囲む《女戦士の園》に視線を戻す。
ケインは言っていた。ソフィアを殴らないと気が済まないと。アクセルもまた、やられっぱなしじゃ終われないだろというケインの問いに、アクセルは闘争心を剥き出しにして返事をしていた。
ならば、そこにシャルロットが入るのはヤボというものだろう。
もっとも、ケインはソフィアの腹部を殴っていたため、気が済まないと言っていた目的は果たしているようなものだが。
「男って、本当に変なプライドがあるんだから……」
ケインに言われた通り、シャルロットは《女戦士の園》の『探索者』に襲い掛かった。
─────────────────────
──このままじゃ、時間がかかる。
体の至る所を斬り裂かれているアクセルは、自分よりも酷い状態のリンゼを見て、拳を握り締める。
──勝てる。間違いなく、このまま戦えば勝てる。だが、それだと時間がかかる。ケインの加勢に行けない。
ならば──否。だからこそ、アクセルはやらなくてはならない。
あのケインに憧れとも言える感情を覚えたアクセルは、だからこそやらなければならない。
自分の身を犠牲にしてでも、この場を切り抜ける──そんなケインに見惚れたアクセルは、その覚悟を拳に炎として宿した。
「──『バースト』ォ」
──ボウンッッ!!
凍結したアクセルの拳が爆発。
ギリギリで【瞬歩】を発動して爆発を避けたリンゼは、爆炎で氷を無理矢理溶かしたアクセルを見て、怪訝そうに目を細めた。
──腰巻きとして身に付けている上衣が焼けている。それに、アクセルの表情はどこか苦しそうだ。
「……ふーん……なんでそうなってるのかな?」
「あァ?」
「自分の魔法で苦しむなんて、初心者じゃないとやらないよ? 急に魔法を暴発させるなんて……急になに? ウチの油断を誘いたいのかなー?」
「……好きに言ってろォ。『バースト』ォ」
グンッと距離を詰めるリンゼに対し、アクセルが拳撃を放った。
直後──ボウンッッ!! と、再び爆発。
【瞬歩】で避けたリンゼは、やはりと確信した。
──この子、一定以上に強い炎を使うと、扱い切れなくて自滅するんだ。
だったら話は早い。食らえば間違いなく大ダメージだろうが、当たらなければいい話だ。
攻撃を避け続けるだけで、アクセルは己の炎に焼かれて自滅する──ならば、リンゼが攻撃を仕掛ける必要はない。それとなく攻撃を仕掛けるフリをしていれば、アクセルはカウンターを狙って炎を暴発させる。
何故、自分から攻撃を仕掛けないのか不思議だが──自滅するのに変わりはない。
「──ふっ!」
「『バースト』ォッ!」
迫るリンゼに、アクセルは鉄拳を振り抜いて炎を爆発させる。
凄まじい爆発がアクセルの姿を覆い隠し──距離を取ったリンゼが勝利を確信して笑みを漏らすの同時、さらに暴発。
──ボウンッッ!! ボウンッッ!! ボウンッッ!! ボゴォンッッ!! ボゴォンッッ!! ボゴォンッッ!!
否、様子が変だ。あの爆発の元は、拳ではない。
一体どこが爆発している? そもそも、何故暴発を繰り返している?
「──考えてたンだァ。魔獣に勝てなかった日から、どうやったらオレでも魔獣に攻撃を通せるかなァ」
──肘からだ。炎が暴発している場所は、肘だ。
その場に片足立ちになり、肘から炎を暴発させ続けるアクセルは、コマのように高速回転をしていた。
それに、魔法を詠唱なしで──否、『バースト』を発動し続けて、詠唱する事を省略しているのだ。
「簡単な話だァ。オレの出せる最大の火力で加速して、最大の火力でぶン殴る──相手が避けられねェ速さで、相手が耐えきれねェ炎でなァ」
──まずい。
ここまで勢いを付けさせてしまった。攻撃が来ると察知して【瞬歩】で避けても間に合わない。【瞬歩】を使おうとした段階で、リンゼはすでに攻撃されてしまっているだろう。
逃げようとしても、そこを狙われる。不用意に近づいても、そこを殴られる。避けようとしても、その前に攻撃が来る。
絶対不可避の攻撃が来る事を予知しているリンゼは、だがその場から動けなかった。
「自分がケガしねェ範囲での火力を見極める──どうにも難しかったが、わかっちまえば大した事はねェ。つっても、やっぱ火力の調整とかオレにァ向いてねェわなァ。適当な火力をぶっ放す方が気楽でいいやァ」
「……さっき、自分の魔法で焦げてたのは……自分がケガをしない範囲が、どれくらいの火力かを知るため……?」
「あァそれと、シャルロットにチラッと聞いたンだけどよォ。【瞬歩】って思ったよりも使いにくいらしいなァ? 熟練者になったら十メートルの距離を瞬間移動できるって聞いたが、初心者じゃそもそも使いこなせねェンだったかァ? だから【瞬歩】の使い手は、基本的に一メートルか二メートルしか瞬間移動できねェ……テメェもそうだろォ? だからわざわざ【瞬歩】を使う前に、オレと距離を縮めてから使ってたンだよなァ?」
──凄まじい熱波が吹き荒れる。
アクセルが回転しながら放つ熱気と風圧に、リンゼは手の中の短剣をカタッと震わせた。
「お前がオレに連続で攻撃してりゃァ、こうして勢いを付ける事もできなかったけどよォ。どうせ自滅するとでも思って余裕ぶっこいてたンだろォ?」
「っ……」
「覚悟しろよハレンチ女ァ──オレも今までやった事のねェ殴り方だからよォ、どうなるかわかンねェぞォ?」
──ボゥンンッッ!! 一際大きい爆発音。来る。そう思った時には、腹部に拳がねじ込まれていた。
回転の勢いを推進力へ。いっそ鮮やかとも言える速度の利用。
文字通り、光速で放たれた拳を防御する事なく喰らったリンゼは──勢いよく吹き飛ばされ、砂埃を上げながら地面を転がった。
「げぅッ、ぁ……?!」
「ぐッ、づゥ……! 脱臼したかァ……?」
──何が起きたのかわからない。腹部が訴える全身を貫く熱い痛みが、少年に殴られたという事実を伝えてくる。
だが、動けない。こんなに痛覚を刺激する拳は知らない。今までこの痛みは味わった事がない。立てない。全身の感覚が痛覚をどうにかしなければと全神経が働いている。足の筋肉すら動かせないほどに。
「……よォハレンチ女ァ。立てそうかァ?」
「あ……は、は……無理、だね……こんなの、初めて……」
「はン。ならそこで黙って見てなァ。お前らが誰の怒りを刺激したのかをよォ」
脱臼した肩をはめ直し、アクセルはリンゼよりも強いもう一人の『銅級』と戦う男へと視線を向ける。
──男の姿は見えない。おそらく、得意としている『幻魔法』で姿を消しているのだろう。
「……ま、ケインなら大丈夫かァ」
リンゼの隣に座り込み、大きくため息を吐いた。
──あの男なら、大丈夫だ。それこそ、魔獣化トレントの群れを滅ぼした時のように必殺の手段があるだろう。
全身から力を抜き、地面に大の字の形で寝転がる。
──オレは目的達成はやった。なら、後はお前だ。
その場で手を組んで頭の後ろに乗せ、アクセルは心地の良い疲労感に体を預けた。
「──ぐぅ、ぁ……ッ?!」
──これで半分。
乱れた金髪をかき上げ、シャルロットは細剣の切っ先を近くにいた《女戦士の園》に向ける。
すっかり怯えてしまったのだろう。誰もシャルロットに攻撃を仕掛けようとしない。
と言っても、別に殺したり斬ったりはしていない。『風魔法』を纏った拳や蹴りで、《女戦士の園》の『探索者』を無力化しているだけだ。
「アクセルは……」
くるりと辺りを見回し──赤髪を振り乱しながら『銅級』と戦っている上裸の少年を見つける。
炎を噴出し、鉄拳を振り回してリンゼと渡り合っている。
リンゼは強い。彼女と手合わせをした事があるシャルロットは、それを知っている。
シャルロットと同じく【瞬歩】を使い、『炎魔法』と『氷魔法』を操るリンゼは、間違いなく強い。
だが──相手がアクセルでは、相性が悪い。
リンゼは人と戦う事に慣れていない。『地界の迷宮』でモンスターを相手にする『探索者』だ。それは当然だろう。
対するアクセルは、混血者という生まれで、『獣人族』を至上主義とする『獣国』においては、本人の喧嘩っ早い性格も相まって、喧嘩ばかりをしていた。それ故、人との戦い方を熟知している。
「……まあ、時間の問題ね」
このまま戦い続ければ、アクセルが勝つだろう。
そんな事を思いながら、今度はソフィアへと視線を向けた。
──先ほどまでソフィアと戦っていたケイン。今はその姿を消している。
《女戦士の園》を倒しながらケインの戦いを見ていたシャルロットは、正直に言うのならば、意味がわからないと思った。
ケインはソフィアの大剣を避け続けている。様々な武器を当然のように使いこなしている。いつもの『土魔法』も『幻魔法』も無しに。魔剣すら今は持っていないのに。
──徹底的なまでの対人戦特化。
多彩な武器を使って、自分よりも遥かに格上の強者を相手に、だが技と戦術を以て対抗している。
「……『地界の迷宮』攻略では全く役に立たない、人との戦闘方法…」
ケインは自分の事を弱いと言う。事実、彼の使う魔法は強力ではない。シャルロットの【瞬歩】やアクセルの【硬質化】のように、戦闘で活かせる【異能力】を持っていない。正直、ケインはモンスター相手にシャルロットやアクセルほどに強いとは言えない。
そう──ケインは『地界の迷宮』でのモンスターとの戦闘を、好んでいない。
その理由が今はっきりとわかった。彼は人との戦い方が身に染み付いているため、モンスターとの戦い方がわからないのだろう。それこそ、何年も『地界の迷宮』に潜っても、拭い切れないほどに染み付いてしまっている。
だが、何故ケインが人に対してここまで強いのか──その理由はすぐにわかった。
「『帝国 アグナス』のヴァルハード家……」
ヴァルハード家。それは『帝国 アグナス』の王である皇帝に仕える騎士の家系。そして、ケインが隠している家名。
そこに12歳になるまでいたというケイン。騎士としての戦い方を教えられていても、不思議な話ではない。
だが、何年経っても拭い切れないほど体に人との戦い方が染み付いているなんて──ケインは一体、どんな訓練を受けていたのだろうか。
「……この騒動が終わったら、問い正してやらないとね」
言いながら、シャルロットは自分を取り囲む《女戦士の園》に視線を戻す。
ケインは言っていた。ソフィアを殴らないと気が済まないと。アクセルもまた、やられっぱなしじゃ終われないだろというケインの問いに、アクセルは闘争心を剥き出しにして返事をしていた。
ならば、そこにシャルロットが入るのはヤボというものだろう。
もっとも、ケインはソフィアの腹部を殴っていたため、気が済まないと言っていた目的は果たしているようなものだが。
「男って、本当に変なプライドがあるんだから……」
ケインに言われた通り、シャルロットは《女戦士の園》の『探索者』に襲い掛かった。
─────────────────────
──このままじゃ、時間がかかる。
体の至る所を斬り裂かれているアクセルは、自分よりも酷い状態のリンゼを見て、拳を握り締める。
──勝てる。間違いなく、このまま戦えば勝てる。だが、それだと時間がかかる。ケインの加勢に行けない。
ならば──否。だからこそ、アクセルはやらなくてはならない。
あのケインに憧れとも言える感情を覚えたアクセルは、だからこそやらなければならない。
自分の身を犠牲にしてでも、この場を切り抜ける──そんなケインに見惚れたアクセルは、その覚悟を拳に炎として宿した。
「──『バースト』ォ」
──ボウンッッ!!
凍結したアクセルの拳が爆発。
ギリギリで【瞬歩】を発動して爆発を避けたリンゼは、爆炎で氷を無理矢理溶かしたアクセルを見て、怪訝そうに目を細めた。
──腰巻きとして身に付けている上衣が焼けている。それに、アクセルの表情はどこか苦しそうだ。
「……ふーん……なんでそうなってるのかな?」
「あァ?」
「自分の魔法で苦しむなんて、初心者じゃないとやらないよ? 急に魔法を暴発させるなんて……急になに? ウチの油断を誘いたいのかなー?」
「……好きに言ってろォ。『バースト』ォ」
グンッと距離を詰めるリンゼに対し、アクセルが拳撃を放った。
直後──ボウンッッ!! と、再び爆発。
【瞬歩】で避けたリンゼは、やはりと確信した。
──この子、一定以上に強い炎を使うと、扱い切れなくて自滅するんだ。
だったら話は早い。食らえば間違いなく大ダメージだろうが、当たらなければいい話だ。
攻撃を避け続けるだけで、アクセルは己の炎に焼かれて自滅する──ならば、リンゼが攻撃を仕掛ける必要はない。それとなく攻撃を仕掛けるフリをしていれば、アクセルはカウンターを狙って炎を暴発させる。
何故、自分から攻撃を仕掛けないのか不思議だが──自滅するのに変わりはない。
「──ふっ!」
「『バースト』ォッ!」
迫るリンゼに、アクセルは鉄拳を振り抜いて炎を爆発させる。
凄まじい爆発がアクセルの姿を覆い隠し──距離を取ったリンゼが勝利を確信して笑みを漏らすの同時、さらに暴発。
──ボウンッッ!! ボウンッッ!! ボウンッッ!! ボゴォンッッ!! ボゴォンッッ!! ボゴォンッッ!!
否、様子が変だ。あの爆発の元は、拳ではない。
一体どこが爆発している? そもそも、何故暴発を繰り返している?
「──考えてたンだァ。魔獣に勝てなかった日から、どうやったらオレでも魔獣に攻撃を通せるかなァ」
──肘からだ。炎が暴発している場所は、肘だ。
その場に片足立ちになり、肘から炎を暴発させ続けるアクセルは、コマのように高速回転をしていた。
それに、魔法を詠唱なしで──否、『バースト』を発動し続けて、詠唱する事を省略しているのだ。
「簡単な話だァ。オレの出せる最大の火力で加速して、最大の火力でぶン殴る──相手が避けられねェ速さで、相手が耐えきれねェ炎でなァ」
──まずい。
ここまで勢いを付けさせてしまった。攻撃が来ると察知して【瞬歩】で避けても間に合わない。【瞬歩】を使おうとした段階で、リンゼはすでに攻撃されてしまっているだろう。
逃げようとしても、そこを狙われる。不用意に近づいても、そこを殴られる。避けようとしても、その前に攻撃が来る。
絶対不可避の攻撃が来る事を予知しているリンゼは、だがその場から動けなかった。
「自分がケガしねェ範囲での火力を見極める──どうにも難しかったが、わかっちまえば大した事はねェ。つっても、やっぱ火力の調整とかオレにァ向いてねェわなァ。適当な火力をぶっ放す方が気楽でいいやァ」
「……さっき、自分の魔法で焦げてたのは……自分がケガをしない範囲が、どれくらいの火力かを知るため……?」
「あァそれと、シャルロットにチラッと聞いたンだけどよォ。【瞬歩】って思ったよりも使いにくいらしいなァ? 熟練者になったら十メートルの距離を瞬間移動できるって聞いたが、初心者じゃそもそも使いこなせねェンだったかァ? だから【瞬歩】の使い手は、基本的に一メートルか二メートルしか瞬間移動できねェ……テメェもそうだろォ? だからわざわざ【瞬歩】を使う前に、オレと距離を縮めてから使ってたンだよなァ?」
──凄まじい熱波が吹き荒れる。
アクセルが回転しながら放つ熱気と風圧に、リンゼは手の中の短剣をカタッと震わせた。
「お前がオレに連続で攻撃してりゃァ、こうして勢いを付ける事もできなかったけどよォ。どうせ自滅するとでも思って余裕ぶっこいてたンだろォ?」
「っ……」
「覚悟しろよハレンチ女ァ──オレも今までやった事のねェ殴り方だからよォ、どうなるかわかンねェぞォ?」
──ボゥンンッッ!! 一際大きい爆発音。来る。そう思った時には、腹部に拳がねじ込まれていた。
回転の勢いを推進力へ。いっそ鮮やかとも言える速度の利用。
文字通り、光速で放たれた拳を防御する事なく喰らったリンゼは──勢いよく吹き飛ばされ、砂埃を上げながら地面を転がった。
「げぅッ、ぁ……?!」
「ぐッ、づゥ……! 脱臼したかァ……?」
──何が起きたのかわからない。腹部が訴える全身を貫く熱い痛みが、少年に殴られたという事実を伝えてくる。
だが、動けない。こんなに痛覚を刺激する拳は知らない。今までこの痛みは味わった事がない。立てない。全身の感覚が痛覚をどうにかしなければと全神経が働いている。足の筋肉すら動かせないほどに。
「……よォハレンチ女ァ。立てそうかァ?」
「あ……は、は……無理、だね……こんなの、初めて……」
「はン。ならそこで黙って見てなァ。お前らが誰の怒りを刺激したのかをよォ」
脱臼した肩をはめ直し、アクセルはリンゼよりも強いもう一人の『銅級』と戦う男へと視線を向ける。
──男の姿は見えない。おそらく、得意としている『幻魔法』で姿を消しているのだろう。
「……ま、ケインなら大丈夫かァ」
リンゼの隣に座り込み、大きくため息を吐いた。
──あの男なら、大丈夫だ。それこそ、魔獣化トレントの群れを滅ぼした時のように必殺の手段があるだろう。
全身から力を抜き、地面に大の字の形で寝転がる。
──オレは目的達成はやった。なら、後はお前だ。
その場で手を組んで頭の後ろに乗せ、アクセルは心地の良い疲労感に体を預けた。
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