追放騎士のダンジョン探索記
25話
──何なのだ、コイツは。
幾度となく振り抜く大剣が、だが一発も当たらないという事実を目の前に、『銅級』のソフィア・オルヴェルグは焦燥感に駆り立てられる。
──何で、一発も当たらない。
目の前にいるのは、ただの『人類族』だ。鬼族とは違い、ただひたすらに軟弱で脆弱で、そのひ弱さ故に加虐性を人一倍持つソフィアが取って食うに値する可愛く弱々しい種族だ。
なのに──なのに!
何故、『鬼族』である自分の攻撃が避けられている?! 何故、相手は無傷なんだ?! 何故、『人類族』と『鬼族』という圧倒的種族差を前に平然と笑っている?! 何故、何故何故何故何故──?!
「──不思議そうだな」
男の足下にある短剣──自分と同じシャルロットが狩ったであろう《女戦士の園》の『探索者』の短剣を、男は器用に足先だけで跳ね上げる。
空中でクルクルと回転する短剣に、男は腰を捻って蹴りを放った。それも、しっかりと柄部分を蹴って。
回転しながら迫る短剣を大剣で弾き返し、ソフィアは眼前の男にノコギリのような大剣を振り下ろす。
『鬼族』である自分の腕力を以て放たれた一撃は、地面を割って砂埃を巻き起こし──視界を覆う砂埃が晴れた時、男はヘラヘラと笑って立っていた。
そう──振り下ろされた大剣を避け、その横に立ちながら。
「──アンタ、本当に何者だい?」
近づくな──本能が鳴らす警鐘に従い、ソフィアは男から距離を取って大剣の切っ先を向ける。
それに対する男の反応は、ずっと変わらなかった。
「俺はケイン、ただの『探索者』だ……って、何回やれば満足するんだ、このやり取り?」
「嘘を言うんじゃないよ。普通の『探索者』が、アタシの一撃を前に無傷でいられるはずがない。それも、こう何回もね。何者なんだい、アンタ」
「……ま、生まれがちょっと特殊でね。対人の戦闘方法は一通り頭に入ってるんだ。お前の攻撃を避け続けられている理由は、それだけさ」
──何度も聞いた、男の言葉。
だが、それは嘘ではないとソフィア自身が断言する。
男の動き。間違いなく、こういう相手にはこういうように動け──という家庭の教育方針が見受けられる。
二手二足。その形の相手を想定に徹底的にまで育て上げた、家庭の姿が見える。
「そういうお前は、出し惜しみでもしてんのか? あんたの攻撃は、風圧ですら武器になる──って聞いてたんだけどな?」
「弱者を前に、本気を出せってのは酷な話だろうさ。アタシは狩人だからねぇ、獲物相手に必死になるのは、アタシの美学に反するのさ」
そうか──と、ケインは返事をし、シャルロットの攻撃の余波で動けなくなっている《女戦士の園》の手から、一振りの剣を奪い取る。
迷いなく長剣を正面に構えるケインは、目の前に立つ圧倒的なまでの強者を相手に笑みを浮かべた。
「ま、好きにすればいいさ。弱者の力を侮って、無様に返り打ちに遭っちまえ」
「言うねぇ『人類族』」
──この男、剣を握るのが初めてではない。むしろ、洗練されている。ソフィアは確信した。
正面に構えられた剣は、すぐに反撃に動けるように固定されている。真っ直ぐにこちらを見据える青い瞳は、ソフィアを震えさせるほどの鋭さを持っている。その目が、その切っ先が、ソフィアの生存本能にうるさいほどの警鐘を鳴らし続けている。
──落ち着け。相手は『人類族』。こちらの一撃が当たれば勝てる。
そう、一撃さえ当てればいいのだ。
「──ふッッ!!」
一跳びで距離を潰し、大剣を振り下ろす。
──それよりも早く、ケインは半歩だけ横にズレ、体を斜めにして構えていた。
振り下ろされる大剣はケインの真横を斬り裂き、地面に叩き付けられる。
「チッ──!」
「ふ、うッ──!」
長剣を握る手に力を込め、横一線に振り抜く。
力任せに大剣を引き戻し、迫る長剣を弾き返した。
手首を襲う衝撃に、ケインは思わず長剣を離してしまう。
続けて振り下ろされる大剣を、ケインは素早く後ろに飛んで回避。
苛立った様子で大剣を肩に担ぎ上げるソフィアを見ながら、ケインは深く息を吐いた。
──痛ぇ?!
手首痛い?! どんな腕力してんだよ?! ただ剣を弾かれただけでこれとか、あの大剣の一撃食らったら俺死ぬじゃねぇか?!
「くそっ……」
ズキズキと痛みを主張する手首を、拳を握って誤魔化す。
──わかっている。ああ、わかっているさ。
『人類族』と『鬼族』では、身体能力に雲泥の差が存在する。どれだけ努力したとしても、決して覆る事のない種族としての差だ。
ケインもそれを理解している。目の前の女性に対し、ケインはあまりにも無力な存在だ。
──故に、ケインは力で戦わない。己の武器は理解している。『土魔法』と『幻魔法』、【敏感肌】というクソッタレな【異能力】。
そして──『帝国』にいた頃に父親から徹底的なまでに鍛え上げられた、対人戦のやり方。
モンスター相手には全く通用しない対人戦の力は、ソフィアという階級持ちには通用する。故に、ケインはソフィアと戦えている。
逆にソフィアは、『銅級』という階級相応の実力を持っているが、それは戦う相手がモンスターである事が前提だ。人間を相手にする評価ではない。
そう──目の前の相手がソフィアだからこそ、ケインは階級持ちを相手にできているのだ。
「……………」
倒れ伏す《女戦士の園》の手から長槍を剥ぎ取り、ケインはソフィアから視線を逸らした。
──こちらを涙の浮かんだ目で見つめてくる、銅竜人の少女。
《女戦士の園》の『探索者』に抱えられている少女は、ケインの視線に気づいて唇を震わせた。
──助けて。
遠く離れているため、少女の声は聞こえない。だが、口の動きで何を言っているのかわかってしまった。
ああ……女の子が泣いている。女の子が助けを求めている。
視線をソフィアに戻し、痛む手首で長槍を強く握り込む。
『──女と子どもは守ってやれ。女は全員、子どもは……そうだな、自分よりも年下の奴は、全員だ。どれだけムカつくクソガキでも、どれだけ嫌いなクソガキでもな』
脳裏に蘇る、憧れの人の教え。
──守らないと。
あの子を、守らないと。あの子を、救わないと。
ケインの全身が熱に支配される。心臓が痛いほどに強く跳ねる。長槍を握る力が強くなる。目の前の敵を殲滅せよと本能が雄叫びを上げる。
長槍を構えるケインの雰囲気に、ソフィアはどこか感心したように目を細めた。
「──へーぇ?」
「あ?」
「アンタ、いい目をするじゃないか。面白いねぇ──弱者なんて言って悪かったね。こっからは本気で戦らせてもらうよ」
ソフィアの顔付きが変わる。
先ほどまでの苛立ちを滲ませる表情ではなく、目の前の敵を倒さんとする『探索者』の顔だ。
──ソフィアが本気になった。
だが、ケインだって本気だ。ここからはもう手段は選ばない。
持てる力全てで──銅級に勝つ。
「【豪腕】ッッ!!」
持っていた大剣を振り上げ、無造作に振り下ろす。
──ゴオッ! と、大剣を振り下ろした際に生じた風圧が斬撃となり、ケインに迫る。
素早く地面を転がって斬撃を躱し、ソフィアとの距離を詰めて長槍を突き出した。
「ああッッ!!
「ふんッッ!!」
──【豪腕】。己の腕力を強化するという単純な【異能力】。
出力は人によって異なる。出力が低い【豪腕】を授かった者は、他人よりも多少腕力が強くなる程度にしか強化されない。出力が高い【豪腕】を授かった者は、腕を振るうだけで建物を吹き飛ばすほどの腕力を得る事ができる。
目の前のソフィアは、かなり高出力の【豪腕】を使う事ができる。『鬼族』という種族の性質と合わさって、大剣を振るう風圧で擬似的に斬撃を発生させるほどの腕力だ。
強い──本気のソフィアは、シャルロットにも劣らないほどに。
──だが。
「おッ──らぁッッ!!」
「ははッ! いいねぇアンタッ! 軟弱で脆弱な『人類族』のクセにッ、最っ高にビリビリ来るオスじゃないかッ!」
手に持つ長槍の先端がへし折れる。舌打ちを漏らし、ソフィアから距離を取る。
当然追いかけて来るソフィア。倒れる《女戦士の園》の近くに落ちていた二本の短刀を拾う。
体を反転させ、ソフィアに斬りかかった。
──速い。『鬼族』という種族と【豪腕】という【異能力】の影響で、大剣を振るう速度は尋常じゃない。『帝国』で鍛え上げられた対人戦術と武器の扱い、そして経験による先読みがなければ、避ける事すらできないだろう。
だが──
「アンタッ、色んな武器がつかえるんだねぇッ! 器用な『人類族』がいたもんだッ!」
「ぅうるッせぇッッ!!」
短刀二本を連続で閃かせる。大剣一本で弾かれる──寸前に、自分から両手の短刀を手放す。大剣に飛ばされていく短刀。空いた手を硬く握り締め、ソフィアの腹部に叩き込んだ。硬い。腹筋に鉄板でも入ってんのか?
お返しと言わんばかりに、ソフィアが前蹴りを放つ。間一髪で避ける。伸びた右足を掴み、引っ張る。ビクともしない。少しは体勢が崩れるかと思ったが、『鬼族』の筋力を侮っていたようだ。
だが──ッ!
「ッ!」
大剣を振り上げるソフィア。慌ててソフィアの足から手を離して地面を転がった。大剣が地面を斬り裂く。なりふり構わず、近くにあった武器を拾う。思わず舌打ち。使い慣れていない鉄棍棒だ。ソフィアに向かってぶん投げる。続けて武器を拾う。手に馴染むしっくりとした感覚。片手剣だ。
鉄棍棒を当然のように弾き返すソフィアが、大剣を肩に担ぎ上げて突っ込んでくる。
──強い。ソフィアは強い。ケインがいつ肉塊になってもおかしくない。
だが──シャルロットはもっと速い、もっと強い。
振り下ろされる大剣も、迫る蹴りも、突っ込んでくる勢いも──
「シャルロットよりッ、遅い──ッ!」
着ていた黒いローブをソフィアに投げ付け、ダンッと力強く地面を踏み込む。
「『アースド・ナックル』ッッ!!」
ボゴッと地面が盛り上がり、ソフィアの真横に土の拳が現れる。
ソフィアならば簡単に壊せるだろう魔法は──だがソフィアの体を打ち抜いた。
体をよろめかせるソフィアの顔面に、黒色のローブが直撃する。
視界が塞がれるソフィア──この機を逃さない。
「『イリュージョン』ッッ!!」
ソフィアがローブを払い除けた時──そこに、ケインの姿はなかった。
──ケインはずっと魔法を使っていなかった。武器を使って戦っていた。故にソフィアは、ケインは『近接戦者』の『探索者』だと思い込んでいた。魔法を使うなど思ってもいなかった。
故に『土魔法』が直撃してしまった。『鬼族』のソフィアは少し体勢を崩してしまった。だからローブで視界を覆われてしまった。『幻魔法』で姿を消すまでの時間ができてしまった。
敵の姿を見失ったソフィアは、どこか納得したように笑みを浮かべた。
「……『土魔法』と『幻魔法』を使う奇妙な『探索者』……どこかで聞いた事があったが、アンタの事だったんだねぇ」
「俺の事、知ってたのか。ま、シャルロットも変な『探索者』がいるって知ってたみたいだし……俺ってそこそこ有名なのか?」
「面白いねぇ──続けようじゃないか」
「上等だ」
幾度となく振り抜く大剣が、だが一発も当たらないという事実を目の前に、『銅級』のソフィア・オルヴェルグは焦燥感に駆り立てられる。
──何で、一発も当たらない。
目の前にいるのは、ただの『人類族』だ。鬼族とは違い、ただひたすらに軟弱で脆弱で、そのひ弱さ故に加虐性を人一倍持つソフィアが取って食うに値する可愛く弱々しい種族だ。
なのに──なのに!
何故、『鬼族』である自分の攻撃が避けられている?! 何故、相手は無傷なんだ?! 何故、『人類族』と『鬼族』という圧倒的種族差を前に平然と笑っている?! 何故、何故何故何故何故──?!
「──不思議そうだな」
男の足下にある短剣──自分と同じシャルロットが狩ったであろう《女戦士の園》の『探索者』の短剣を、男は器用に足先だけで跳ね上げる。
空中でクルクルと回転する短剣に、男は腰を捻って蹴りを放った。それも、しっかりと柄部分を蹴って。
回転しながら迫る短剣を大剣で弾き返し、ソフィアは眼前の男にノコギリのような大剣を振り下ろす。
『鬼族』である自分の腕力を以て放たれた一撃は、地面を割って砂埃を巻き起こし──視界を覆う砂埃が晴れた時、男はヘラヘラと笑って立っていた。
そう──振り下ろされた大剣を避け、その横に立ちながら。
「──アンタ、本当に何者だい?」
近づくな──本能が鳴らす警鐘に従い、ソフィアは男から距離を取って大剣の切っ先を向ける。
それに対する男の反応は、ずっと変わらなかった。
「俺はケイン、ただの『探索者』だ……って、何回やれば満足するんだ、このやり取り?」
「嘘を言うんじゃないよ。普通の『探索者』が、アタシの一撃を前に無傷でいられるはずがない。それも、こう何回もね。何者なんだい、アンタ」
「……ま、生まれがちょっと特殊でね。対人の戦闘方法は一通り頭に入ってるんだ。お前の攻撃を避け続けられている理由は、それだけさ」
──何度も聞いた、男の言葉。
だが、それは嘘ではないとソフィア自身が断言する。
男の動き。間違いなく、こういう相手にはこういうように動け──という家庭の教育方針が見受けられる。
二手二足。その形の相手を想定に徹底的にまで育て上げた、家庭の姿が見える。
「そういうお前は、出し惜しみでもしてんのか? あんたの攻撃は、風圧ですら武器になる──って聞いてたんだけどな?」
「弱者を前に、本気を出せってのは酷な話だろうさ。アタシは狩人だからねぇ、獲物相手に必死になるのは、アタシの美学に反するのさ」
そうか──と、ケインは返事をし、シャルロットの攻撃の余波で動けなくなっている《女戦士の園》の手から、一振りの剣を奪い取る。
迷いなく長剣を正面に構えるケインは、目の前に立つ圧倒的なまでの強者を相手に笑みを浮かべた。
「ま、好きにすればいいさ。弱者の力を侮って、無様に返り打ちに遭っちまえ」
「言うねぇ『人類族』」
──この男、剣を握るのが初めてではない。むしろ、洗練されている。ソフィアは確信した。
正面に構えられた剣は、すぐに反撃に動けるように固定されている。真っ直ぐにこちらを見据える青い瞳は、ソフィアを震えさせるほどの鋭さを持っている。その目が、その切っ先が、ソフィアの生存本能にうるさいほどの警鐘を鳴らし続けている。
──落ち着け。相手は『人類族』。こちらの一撃が当たれば勝てる。
そう、一撃さえ当てればいいのだ。
「──ふッッ!!」
一跳びで距離を潰し、大剣を振り下ろす。
──それよりも早く、ケインは半歩だけ横にズレ、体を斜めにして構えていた。
振り下ろされる大剣はケインの真横を斬り裂き、地面に叩き付けられる。
「チッ──!」
「ふ、うッ──!」
長剣を握る手に力を込め、横一線に振り抜く。
力任せに大剣を引き戻し、迫る長剣を弾き返した。
手首を襲う衝撃に、ケインは思わず長剣を離してしまう。
続けて振り下ろされる大剣を、ケインは素早く後ろに飛んで回避。
苛立った様子で大剣を肩に担ぎ上げるソフィアを見ながら、ケインは深く息を吐いた。
──痛ぇ?!
手首痛い?! どんな腕力してんだよ?! ただ剣を弾かれただけでこれとか、あの大剣の一撃食らったら俺死ぬじゃねぇか?!
「くそっ……」
ズキズキと痛みを主張する手首を、拳を握って誤魔化す。
──わかっている。ああ、わかっているさ。
『人類族』と『鬼族』では、身体能力に雲泥の差が存在する。どれだけ努力したとしても、決して覆る事のない種族としての差だ。
ケインもそれを理解している。目の前の女性に対し、ケインはあまりにも無力な存在だ。
──故に、ケインは力で戦わない。己の武器は理解している。『土魔法』と『幻魔法』、【敏感肌】というクソッタレな【異能力】。
そして──『帝国』にいた頃に父親から徹底的なまでに鍛え上げられた、対人戦のやり方。
モンスター相手には全く通用しない対人戦の力は、ソフィアという階級持ちには通用する。故に、ケインはソフィアと戦えている。
逆にソフィアは、『銅級』という階級相応の実力を持っているが、それは戦う相手がモンスターである事が前提だ。人間を相手にする評価ではない。
そう──目の前の相手がソフィアだからこそ、ケインは階級持ちを相手にできているのだ。
「……………」
倒れ伏す《女戦士の園》の手から長槍を剥ぎ取り、ケインはソフィアから視線を逸らした。
──こちらを涙の浮かんだ目で見つめてくる、銅竜人の少女。
《女戦士の園》の『探索者』に抱えられている少女は、ケインの視線に気づいて唇を震わせた。
──助けて。
遠く離れているため、少女の声は聞こえない。だが、口の動きで何を言っているのかわかってしまった。
ああ……女の子が泣いている。女の子が助けを求めている。
視線をソフィアに戻し、痛む手首で長槍を強く握り込む。
『──女と子どもは守ってやれ。女は全員、子どもは……そうだな、自分よりも年下の奴は、全員だ。どれだけムカつくクソガキでも、どれだけ嫌いなクソガキでもな』
脳裏に蘇る、憧れの人の教え。
──守らないと。
あの子を、守らないと。あの子を、救わないと。
ケインの全身が熱に支配される。心臓が痛いほどに強く跳ねる。長槍を握る力が強くなる。目の前の敵を殲滅せよと本能が雄叫びを上げる。
長槍を構えるケインの雰囲気に、ソフィアはどこか感心したように目を細めた。
「──へーぇ?」
「あ?」
「アンタ、いい目をするじゃないか。面白いねぇ──弱者なんて言って悪かったね。こっからは本気で戦らせてもらうよ」
ソフィアの顔付きが変わる。
先ほどまでの苛立ちを滲ませる表情ではなく、目の前の敵を倒さんとする『探索者』の顔だ。
──ソフィアが本気になった。
だが、ケインだって本気だ。ここからはもう手段は選ばない。
持てる力全てで──銅級に勝つ。
「【豪腕】ッッ!!」
持っていた大剣を振り上げ、無造作に振り下ろす。
──ゴオッ! と、大剣を振り下ろした際に生じた風圧が斬撃となり、ケインに迫る。
素早く地面を転がって斬撃を躱し、ソフィアとの距離を詰めて長槍を突き出した。
「ああッッ!!
「ふんッッ!!」
──【豪腕】。己の腕力を強化するという単純な【異能力】。
出力は人によって異なる。出力が低い【豪腕】を授かった者は、他人よりも多少腕力が強くなる程度にしか強化されない。出力が高い【豪腕】を授かった者は、腕を振るうだけで建物を吹き飛ばすほどの腕力を得る事ができる。
目の前のソフィアは、かなり高出力の【豪腕】を使う事ができる。『鬼族』という種族の性質と合わさって、大剣を振るう風圧で擬似的に斬撃を発生させるほどの腕力だ。
強い──本気のソフィアは、シャルロットにも劣らないほどに。
──だが。
「おッ──らぁッッ!!」
「ははッ! いいねぇアンタッ! 軟弱で脆弱な『人類族』のクセにッ、最っ高にビリビリ来るオスじゃないかッ!」
手に持つ長槍の先端がへし折れる。舌打ちを漏らし、ソフィアから距離を取る。
当然追いかけて来るソフィア。倒れる《女戦士の園》の近くに落ちていた二本の短刀を拾う。
体を反転させ、ソフィアに斬りかかった。
──速い。『鬼族』という種族と【豪腕】という【異能力】の影響で、大剣を振るう速度は尋常じゃない。『帝国』で鍛え上げられた対人戦術と武器の扱い、そして経験による先読みがなければ、避ける事すらできないだろう。
だが──
「アンタッ、色んな武器がつかえるんだねぇッ! 器用な『人類族』がいたもんだッ!」
「ぅうるッせぇッッ!!」
短刀二本を連続で閃かせる。大剣一本で弾かれる──寸前に、自分から両手の短刀を手放す。大剣に飛ばされていく短刀。空いた手を硬く握り締め、ソフィアの腹部に叩き込んだ。硬い。腹筋に鉄板でも入ってんのか?
お返しと言わんばかりに、ソフィアが前蹴りを放つ。間一髪で避ける。伸びた右足を掴み、引っ張る。ビクともしない。少しは体勢が崩れるかと思ったが、『鬼族』の筋力を侮っていたようだ。
だが──ッ!
「ッ!」
大剣を振り上げるソフィア。慌ててソフィアの足から手を離して地面を転がった。大剣が地面を斬り裂く。なりふり構わず、近くにあった武器を拾う。思わず舌打ち。使い慣れていない鉄棍棒だ。ソフィアに向かってぶん投げる。続けて武器を拾う。手に馴染むしっくりとした感覚。片手剣だ。
鉄棍棒を当然のように弾き返すソフィアが、大剣を肩に担ぎ上げて突っ込んでくる。
──強い。ソフィアは強い。ケインがいつ肉塊になってもおかしくない。
だが──シャルロットはもっと速い、もっと強い。
振り下ろされる大剣も、迫る蹴りも、突っ込んでくる勢いも──
「シャルロットよりッ、遅い──ッ!」
着ていた黒いローブをソフィアに投げ付け、ダンッと力強く地面を踏み込む。
「『アースド・ナックル』ッッ!!」
ボゴッと地面が盛り上がり、ソフィアの真横に土の拳が現れる。
ソフィアならば簡単に壊せるだろう魔法は──だがソフィアの体を打ち抜いた。
体をよろめかせるソフィアの顔面に、黒色のローブが直撃する。
視界が塞がれるソフィア──この機を逃さない。
「『イリュージョン』ッッ!!」
ソフィアがローブを払い除けた時──そこに、ケインの姿はなかった。
──ケインはずっと魔法を使っていなかった。武器を使って戦っていた。故にソフィアは、ケインは『近接戦者』の『探索者』だと思い込んでいた。魔法を使うなど思ってもいなかった。
故に『土魔法』が直撃してしまった。『鬼族』のソフィアは少し体勢を崩してしまった。だからローブで視界を覆われてしまった。『幻魔法』で姿を消すまでの時間ができてしまった。
敵の姿を見失ったソフィアは、どこか納得したように笑みを浮かべた。
「……『土魔法』と『幻魔法』を使う奇妙な『探索者』……どこかで聞いた事があったが、アンタの事だったんだねぇ」
「俺の事、知ってたのか。ま、シャルロットも変な『探索者』がいるって知ってたみたいだし……俺ってそこそこ有名なのか?」
「面白いねぇ──続けようじゃないか」
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