追放騎士のダンジョン探索記
24話
──戦いが始まった『第九区画』の《女戦士の園》の生活拠点前。
とある二人以外の《女戦士の園》は、階級持ちのシャルロットが相手をしている。
己の敵へと視線を向け、アクセルは両手に【硬質化】を発動させた。
「……よォ、また会ったなハレンチ女ァ」
「ハレンチ女ってひどくない? っていうか、みんな同じような格好なんですけどー!」
コキコキと首の骨を鳴らしながら、アクセルがリンゼへと歩み寄る。
対するリンゼも、緋色と蒼色の短剣を握り、アクセルへと近づいていく。
お互いに手の届く距離となり、両者は己の武器を振り抜いた。
「──チッ!」
「くっ──」
硬質化した鉄拳と、緋色の短剣がぶつかり合う。
単純な腕力ならばアクセルの方が上だ。リンゼは短剣を弾かれて体勢を崩した。
相手の見せた隙に、アクセルは反射的に拳を振るおうとして──止める。
体勢を崩していたはずのリンゼは、だが簡単に立て直し、茶色の瞳を不思議そうに見開いた。
「……へー? ふーん?」
「あァ?」
「昨日のキミなら、喜んで飛び付いてた隙だと思ったんだけどなー。もー、読み違いとかヘコむじゃーん」
「はン。昨日のオレより今日のオレは強ェ。昨日の戦法は今日のオレには通用しねェって事だァ」
「よくわかんないけど──シャルロットがいるのにウチ手加減とかできないから。殺す気で行くよ?」
「上等だテメェ……!」
ふらり、とリンゼが体を揺らし──その姿が消えた。
直後、アクセルの目の前に現れる。
ギリギリで反応し、突き出される緋色の短剣を弾き返した。続いて迫る蒼色の短剣による袈裟斬りを、大きく上体を逸らして回避する。
勢いを殺さずそのまま宙返りし、足を振り抜いた。
──サマーソルトキック。
視界外からリンゼの下顎を狙う一撃は、だが寸前で避けられてしまう。
くるくると曲芸のような動きで体勢を立て直し、アクセルは舌打ちを漏らした。
「テメェ……今のァ【瞬歩】って奴だなァ?」
「せーいかーい。よく知ってるねー?」
「あァ、シャルロットが使ってるからなァ」
「なるほどねー……じゃ、これはどうかな? ──『エンチャント・ブリザード』」
短剣を構え直すリンゼが、呟くように詠唱し──リンゼの持つ蒼色の短剣から凄まじい冷気が放たれ始め、剣身が薄い氷で覆われる。
『氷魔法』──だが、魔法としての相性ならばアクセルの方が有利だ。
あんな薄い氷なんて、『バースト』の余波でも溶かせる──
「それと──『エンチャント・バーニング』」
──ボウッ! と、リンゼの持つ緋色の短剣が炎に包まれた。
『炎魔法』──『森精族』との混血者であるリンゼは、『二種魔法師』だったようだ。
予想外の魔法を前に、だがアクセルは不思議そうに眉を寄せた。
──『炎魔法』なんて使ったら、『氷魔法』が溶けてしまうだろうに。
アクセルの予想通り、蒼色の短剣を覆う薄い氷が溶け──ない。
「魔法の相性なら有利だー、って思ったかな? ざーんねん──ウチ、こう見えても『銅級』だからさ。そんなヤワな魔法じゃないんだな、これが」
──そうだ。
目の前にいるのは、シャルロットと同じ『銅級』の階級を与えられた『探索者』。
『探索者』としては、自分よりも遥か高みにいる存在なのだ。
故に──アクセルは、大きく息を吐いて全身から力を抜く。
──『探索者』としては自分よりも上。それは重々承知している。
だが──それは、モンスターを相手に戦う『探索者』としてだ。人間を相手に戦う事は無視した話だ。
「……どーしたの? 急にヤる気なくしちゃった?」
「あァいやァ……そういうワケじゃねェ……ちっと、気持ちを入れ替えてたトコだァ」
グッと、固く拳を握り締める。目の前の女性を射殺さんほどに鋭く視線を向ける。
先ほどまでの獰猛な雰囲気を消したアクセルは、静かに拳を眼前に持ち上げた。
「オレは『探索者』になったからなァ、『獣国』での戦り方はしねェようにって思ってたが──やめだァ。相手は『銅級』サマだからなァ。もう出し惜しみはしねェ、ぶっ潰してやるよォ」
「なに? 手を抜いてたって言いたいの?」
「違ェ。あの銅竜人を救うだの《女戦士の園》を敵に回すだの、まどろっこしいのはもうやめだァ──こっからは喧嘩だァ。大義名分も正義も関係ねェ。テメェとオレ、一対一の喧嘩だァ」
──アクセルの雰囲気が変わった。
先ほどまでの獣のような獰猛な気配が消え──ただ純粋に強さを求める武人のような覇気を放ち始める。
拳を【硬質化】で硬め直すアクセルを前に、リンゼは口を閉じて身を低くして構えた。
──先に攻撃を仕掛けたのは、リンゼだった。
一歩、二歩、三歩アクセルへと歩み寄り──【瞬歩】で距離をゼロにして、炎の短剣を振り下ろした。
──ジリリッと、アクセルの髪が焼ける音。
素早く身を屈め、リンゼの一撃を躱したアクセルは、真下から勢いを付けてアッパーを放った。
──ガキィンッッ!! と、氷の短剣が横から閃き、アクセルの拳の軌道が変えられる。
リンゼの顔面の真横を打ち抜いた拳は──肘付近まで、冷たく凍結していた。
なるほど。『氷魔法』で覆われた短剣に触れると、凍らされるのか。
「うざってェなァ! 『バースト』ォッ!」
右拳から炎を噴出し、纏わり付く氷を無理矢理蒸発させる。
上着が前腕付近まで燃えて散ったが、仕方がない。凍って壊死するよりはマシだ。
「どんどん行くよ──『アイス・ジャベリン』!」
「邪魔くせェなァ『バースト』ォッ!」
虚空に青白い魔法陣が浮かび上がり──魔法陣から、氷で作られた槍が放たれる。
対するアクセルは、炎を噴出しながら拳を振り抜く。
氷の槍は瞬く間に溶け消え──炎を突っ切って、リンゼが鋭く踏み込んだ。
「ああッ!」
「うるァッ!」
瞬時に拳を硬質化させ、迫る短剣を弾こうと──して、氷の短剣という事に気づき、拳を引っ込めて体で回避する。
地面を転がるアクセルは、使い慣れた短い魔法を詠唱した。
「『バースト』ッッ!!」
爪先から炎を噴出し、凄まじい勢いの後ろ回し蹴りが放たれる。
リンゼの顔面を狙う踵は──だが【瞬歩】によって躱され、アクセルは苛立ったように履いていた靴を脱ぎ捨てた。
「え?」
そのまま靴下を脱ぎ捨て、履いていたズボンを地面に投げ置く。
来ていた上着を腰巻きのようにして巻き付け、シャツを脱いで上裸に裸足の姿となった。
「えっ、え? 何? 急に服なんて脱いで──もしかして、ウチに抱かれる気になったの?!」
「いや違ェ──」
「やーんもうだいたーん! こんなに人目があるのに、こんなに情熱的に迫って来てくれるなんて! で、でも……ウチ、恥ずかしいけど……い・い・よ?」
「うるせェ頭かち割るぞハレンチ女ァ?! オレが魔法を使うと服とか靴とかが燃えるから脱いだだけだってのォ!」
アクセルが後ろ回し蹴りを放った時、爪先から炎が噴出したため、靴の先が焼けてしまったのだ。先ほど氷の槍を溶かした時も、アクセルの身につけている上位の右腕部分が前腕付近まで焼けて散ってしまった。
そう──アクセルの魔法は、着ている服を燃やしてしまうのだ。故に、アクセルは服を脱いだ。服を着たまま戦いを続ければ、戦いが終わった後に着る服が無くなるからだ。
「えーつまんなーい……こんなに情熱的に迫って来たのは、キミが初めてなのになー」
「迫ってねェよぶン殴るぞテメェ?!」
「もーう──なら、続けるね」
「かかって来いや『バースト』ォッ!」
【瞬歩】で距離を詰めてくる相手に、アクセルは炎を噴出する鉄拳を以て対抗する。
炎の短剣は弾く。氷の短剣は避ける。それらに紛れて放たれる蹴撃は鉄拳を振るって跳ね返す、それが無理なら体を使って躱す。
なるほど、強い。さすがは『銅級』。多数のモンスターに襲われた時のために、いくつもの迎撃方法を身に付けているのだろう。事実、新たな攻撃手段が次々にアクセルを襲って来る。
だが──
「オレァモンスターじゃねェからなァ!」
迫る蹴りを掴む。力任せにぶん投げた。リンゼを地面へと叩き付ける。リンゼの顔が苦痛に歪んだ。
──やはり。今の一撃を、リンゼは【瞬歩】で避けなかった。否、避けられなかったという表現の方が正しいだろう。
【瞬歩】という【異能力】は、足の裏が何かに触れていないと発動ができない。事実、今アクセルはリンゼの足首を掴んでいた。投げられるリンゼは、足が地面等に付いていなかった。だから逃げられなかった。
『──私の【瞬歩】は、思っているほど便利な【異能力】じゃないのよ』
慌てた様子でアクセルから距離を取るリンゼを見ながら、魔獣化トレントとの戦闘で動けなくなったケインを背負う自分にシャルロットは続ける。
『そもそも、これは足の裏が何かに触れていないと発動ができないのよ。地面と認識した物体を蹴って、何よりも速く移動する【異能力】だから。それに、最大でも十メートルしか瞬間移動ができない。と言っても、過去最高に【瞬歩】を極めた熟練者が十メートルしか距離を縮められなかったというだけで、実際にはもっと距離を伸ばせる可能性はあるのだけど……私はね、自惚れじゃないけどそれなりに【瞬歩】を極めていると思うわ。それでも八メートルしか瞬間移動できない。この【異能力】を使える人は基本的に一メートルか二メートルしか瞬間移動ができないと思っていいわ。だから、あまり私に期待しないでね?』
迫るモンスターを細剣一本で蹴散らすシャルロットの姿に、アクセルは感銘を受けた。
それと同時に、己の無力さを呪った。
──『人類族』。それは他のどの種族にも劣る種族。軟弱で脆弱で、ともすれば種族間での戦争が起きた時には真っ先に死ぬと思われている種族。
その『人類族』の女性が、自分よりも強かった。
自称戦えない『人類族』が、たったの一撃で魔獣化したトレントの群れを殲滅した。
──強くなりたい。
アクセルは、ただひたすらにそう思った。
強くなって、魔獣を倒したい。もっと強くなって、自称戦えない『人類族』の男性を守りたい。さらに強くなって、金髪碧眼の『人類族』の女性の隣に並び立ちたい。
だから──その強さを、間近で見たい。
それだけだった。
アクセル・イグナイトがケインと共に行動をしている理由は、それが理由であった。
「……………」
「う、ぐっ……やるねー……!」
短剣を構え直すリンゼには目もくれず、アクセルは一人の男へ視線を向けた。
──おそらくリンゼもよりも強いであろう『銅級』の『探索者』。それを相手に、無傷で立ち回る『人類族』の男性。
──自分は、何をしてる?
男性が戦っている『銅級』の『探索者』よりも弱いであろう相手に、こんなにも手こずって。自分のワガママに付き合ってくれる『人類族』の男性が、敵のリーダーと一人で戦っておきながら無傷で。
ああ──自分は一体、何をしているんだ。
「──ッ!」
唇を噛み締める。自分は迷惑ばかり掛けていると再認識する。
すうっと大きく息を吸い込み、深く吐き出す。拳を固めて、目の前のタイマン相手を真っ直ぐに見据える。
──強くなりたい。強くならなければならない。強く在らないと『人類族』の二人と共に行動する事すら自分は許せない。
「──悪ィけどなァ」
「ん?」
「もう時間を掛けるつもりはねェ──オレの持てる力で、テメェをぶっ飛ばしてやるよォ」
拳を握り固めるアクセルは、『銅級』の少女へと歩み寄った。
とある二人以外の《女戦士の園》は、階級持ちのシャルロットが相手をしている。
己の敵へと視線を向け、アクセルは両手に【硬質化】を発動させた。
「……よォ、また会ったなハレンチ女ァ」
「ハレンチ女ってひどくない? っていうか、みんな同じような格好なんですけどー!」
コキコキと首の骨を鳴らしながら、アクセルがリンゼへと歩み寄る。
対するリンゼも、緋色と蒼色の短剣を握り、アクセルへと近づいていく。
お互いに手の届く距離となり、両者は己の武器を振り抜いた。
「──チッ!」
「くっ──」
硬質化した鉄拳と、緋色の短剣がぶつかり合う。
単純な腕力ならばアクセルの方が上だ。リンゼは短剣を弾かれて体勢を崩した。
相手の見せた隙に、アクセルは反射的に拳を振るおうとして──止める。
体勢を崩していたはずのリンゼは、だが簡単に立て直し、茶色の瞳を不思議そうに見開いた。
「……へー? ふーん?」
「あァ?」
「昨日のキミなら、喜んで飛び付いてた隙だと思ったんだけどなー。もー、読み違いとかヘコむじゃーん」
「はン。昨日のオレより今日のオレは強ェ。昨日の戦法は今日のオレには通用しねェって事だァ」
「よくわかんないけど──シャルロットがいるのにウチ手加減とかできないから。殺す気で行くよ?」
「上等だテメェ……!」
ふらり、とリンゼが体を揺らし──その姿が消えた。
直後、アクセルの目の前に現れる。
ギリギリで反応し、突き出される緋色の短剣を弾き返した。続いて迫る蒼色の短剣による袈裟斬りを、大きく上体を逸らして回避する。
勢いを殺さずそのまま宙返りし、足を振り抜いた。
──サマーソルトキック。
視界外からリンゼの下顎を狙う一撃は、だが寸前で避けられてしまう。
くるくると曲芸のような動きで体勢を立て直し、アクセルは舌打ちを漏らした。
「テメェ……今のァ【瞬歩】って奴だなァ?」
「せーいかーい。よく知ってるねー?」
「あァ、シャルロットが使ってるからなァ」
「なるほどねー……じゃ、これはどうかな? ──『エンチャント・ブリザード』」
短剣を構え直すリンゼが、呟くように詠唱し──リンゼの持つ蒼色の短剣から凄まじい冷気が放たれ始め、剣身が薄い氷で覆われる。
『氷魔法』──だが、魔法としての相性ならばアクセルの方が有利だ。
あんな薄い氷なんて、『バースト』の余波でも溶かせる──
「それと──『エンチャント・バーニング』」
──ボウッ! と、リンゼの持つ緋色の短剣が炎に包まれた。
『炎魔法』──『森精族』との混血者であるリンゼは、『二種魔法師』だったようだ。
予想外の魔法を前に、だがアクセルは不思議そうに眉を寄せた。
──『炎魔法』なんて使ったら、『氷魔法』が溶けてしまうだろうに。
アクセルの予想通り、蒼色の短剣を覆う薄い氷が溶け──ない。
「魔法の相性なら有利だー、って思ったかな? ざーんねん──ウチ、こう見えても『銅級』だからさ。そんなヤワな魔法じゃないんだな、これが」
──そうだ。
目の前にいるのは、シャルロットと同じ『銅級』の階級を与えられた『探索者』。
『探索者』としては、自分よりも遥か高みにいる存在なのだ。
故に──アクセルは、大きく息を吐いて全身から力を抜く。
──『探索者』としては自分よりも上。それは重々承知している。
だが──それは、モンスターを相手に戦う『探索者』としてだ。人間を相手に戦う事は無視した話だ。
「……どーしたの? 急にヤる気なくしちゃった?」
「あァいやァ……そういうワケじゃねェ……ちっと、気持ちを入れ替えてたトコだァ」
グッと、固く拳を握り締める。目の前の女性を射殺さんほどに鋭く視線を向ける。
先ほどまでの獰猛な雰囲気を消したアクセルは、静かに拳を眼前に持ち上げた。
「オレは『探索者』になったからなァ、『獣国』での戦り方はしねェようにって思ってたが──やめだァ。相手は『銅級』サマだからなァ。もう出し惜しみはしねェ、ぶっ潰してやるよォ」
「なに? 手を抜いてたって言いたいの?」
「違ェ。あの銅竜人を救うだの《女戦士の園》を敵に回すだの、まどろっこしいのはもうやめだァ──こっからは喧嘩だァ。大義名分も正義も関係ねェ。テメェとオレ、一対一の喧嘩だァ」
──アクセルの雰囲気が変わった。
先ほどまでの獣のような獰猛な気配が消え──ただ純粋に強さを求める武人のような覇気を放ち始める。
拳を【硬質化】で硬め直すアクセルを前に、リンゼは口を閉じて身を低くして構えた。
──先に攻撃を仕掛けたのは、リンゼだった。
一歩、二歩、三歩アクセルへと歩み寄り──【瞬歩】で距離をゼロにして、炎の短剣を振り下ろした。
──ジリリッと、アクセルの髪が焼ける音。
素早く身を屈め、リンゼの一撃を躱したアクセルは、真下から勢いを付けてアッパーを放った。
──ガキィンッッ!! と、氷の短剣が横から閃き、アクセルの拳の軌道が変えられる。
リンゼの顔面の真横を打ち抜いた拳は──肘付近まで、冷たく凍結していた。
なるほど。『氷魔法』で覆われた短剣に触れると、凍らされるのか。
「うざってェなァ! 『バースト』ォッ!」
右拳から炎を噴出し、纏わり付く氷を無理矢理蒸発させる。
上着が前腕付近まで燃えて散ったが、仕方がない。凍って壊死するよりはマシだ。
「どんどん行くよ──『アイス・ジャベリン』!」
「邪魔くせェなァ『バースト』ォッ!」
虚空に青白い魔法陣が浮かび上がり──魔法陣から、氷で作られた槍が放たれる。
対するアクセルは、炎を噴出しながら拳を振り抜く。
氷の槍は瞬く間に溶け消え──炎を突っ切って、リンゼが鋭く踏み込んだ。
「ああッ!」
「うるァッ!」
瞬時に拳を硬質化させ、迫る短剣を弾こうと──して、氷の短剣という事に気づき、拳を引っ込めて体で回避する。
地面を転がるアクセルは、使い慣れた短い魔法を詠唱した。
「『バースト』ッッ!!」
爪先から炎を噴出し、凄まじい勢いの後ろ回し蹴りが放たれる。
リンゼの顔面を狙う踵は──だが【瞬歩】によって躱され、アクセルは苛立ったように履いていた靴を脱ぎ捨てた。
「え?」
そのまま靴下を脱ぎ捨て、履いていたズボンを地面に投げ置く。
来ていた上着を腰巻きのようにして巻き付け、シャツを脱いで上裸に裸足の姿となった。
「えっ、え? 何? 急に服なんて脱いで──もしかして、ウチに抱かれる気になったの?!」
「いや違ェ──」
「やーんもうだいたーん! こんなに人目があるのに、こんなに情熱的に迫って来てくれるなんて! で、でも……ウチ、恥ずかしいけど……い・い・よ?」
「うるせェ頭かち割るぞハレンチ女ァ?! オレが魔法を使うと服とか靴とかが燃えるから脱いだだけだってのォ!」
アクセルが後ろ回し蹴りを放った時、爪先から炎が噴出したため、靴の先が焼けてしまったのだ。先ほど氷の槍を溶かした時も、アクセルの身につけている上位の右腕部分が前腕付近まで焼けて散ってしまった。
そう──アクセルの魔法は、着ている服を燃やしてしまうのだ。故に、アクセルは服を脱いだ。服を着たまま戦いを続ければ、戦いが終わった後に着る服が無くなるからだ。
「えーつまんなーい……こんなに情熱的に迫って来たのは、キミが初めてなのになー」
「迫ってねェよぶン殴るぞテメェ?!」
「もーう──なら、続けるね」
「かかって来いや『バースト』ォッ!」
【瞬歩】で距離を詰めてくる相手に、アクセルは炎を噴出する鉄拳を以て対抗する。
炎の短剣は弾く。氷の短剣は避ける。それらに紛れて放たれる蹴撃は鉄拳を振るって跳ね返す、それが無理なら体を使って躱す。
なるほど、強い。さすがは『銅級』。多数のモンスターに襲われた時のために、いくつもの迎撃方法を身に付けているのだろう。事実、新たな攻撃手段が次々にアクセルを襲って来る。
だが──
「オレァモンスターじゃねェからなァ!」
迫る蹴りを掴む。力任せにぶん投げた。リンゼを地面へと叩き付ける。リンゼの顔が苦痛に歪んだ。
──やはり。今の一撃を、リンゼは【瞬歩】で避けなかった。否、避けられなかったという表現の方が正しいだろう。
【瞬歩】という【異能力】は、足の裏が何かに触れていないと発動ができない。事実、今アクセルはリンゼの足首を掴んでいた。投げられるリンゼは、足が地面等に付いていなかった。だから逃げられなかった。
『──私の【瞬歩】は、思っているほど便利な【異能力】じゃないのよ』
慌てた様子でアクセルから距離を取るリンゼを見ながら、魔獣化トレントとの戦闘で動けなくなったケインを背負う自分にシャルロットは続ける。
『そもそも、これは足の裏が何かに触れていないと発動ができないのよ。地面と認識した物体を蹴って、何よりも速く移動する【異能力】だから。それに、最大でも十メートルしか瞬間移動ができない。と言っても、過去最高に【瞬歩】を極めた熟練者が十メートルしか距離を縮められなかったというだけで、実際にはもっと距離を伸ばせる可能性はあるのだけど……私はね、自惚れじゃないけどそれなりに【瞬歩】を極めていると思うわ。それでも八メートルしか瞬間移動できない。この【異能力】を使える人は基本的に一メートルか二メートルしか瞬間移動ができないと思っていいわ。だから、あまり私に期待しないでね?』
迫るモンスターを細剣一本で蹴散らすシャルロットの姿に、アクセルは感銘を受けた。
それと同時に、己の無力さを呪った。
──『人類族』。それは他のどの種族にも劣る種族。軟弱で脆弱で、ともすれば種族間での戦争が起きた時には真っ先に死ぬと思われている種族。
その『人類族』の女性が、自分よりも強かった。
自称戦えない『人類族』が、たったの一撃で魔獣化したトレントの群れを殲滅した。
──強くなりたい。
アクセルは、ただひたすらにそう思った。
強くなって、魔獣を倒したい。もっと強くなって、自称戦えない『人類族』の男性を守りたい。さらに強くなって、金髪碧眼の『人類族』の女性の隣に並び立ちたい。
だから──その強さを、間近で見たい。
それだけだった。
アクセル・イグナイトがケインと共に行動をしている理由は、それが理由であった。
「……………」
「う、ぐっ……やるねー……!」
短剣を構え直すリンゼには目もくれず、アクセルは一人の男へ視線を向けた。
──おそらくリンゼもよりも強いであろう『銅級』の『探索者』。それを相手に、無傷で立ち回る『人類族』の男性。
──自分は、何をしてる?
男性が戦っている『銅級』の『探索者』よりも弱いであろう相手に、こんなにも手こずって。自分のワガママに付き合ってくれる『人類族』の男性が、敵のリーダーと一人で戦っておきながら無傷で。
ああ──自分は一体、何をしているんだ。
「──ッ!」
唇を噛み締める。自分は迷惑ばかり掛けていると再認識する。
すうっと大きく息を吸い込み、深く吐き出す。拳を固めて、目の前のタイマン相手を真っ直ぐに見据える。
──強くなりたい。強くならなければならない。強く在らないと『人類族』の二人と共に行動する事すら自分は許せない。
「──悪ィけどなァ」
「ん?」
「もう時間を掛けるつもりはねェ──オレの持てる力で、テメェをぶっ飛ばしてやるよォ」
拳を握り固めるアクセルは、『銅級』の少女へと歩み寄った。
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