追放騎士のダンジョン探索記

ibis

23話

「──おい、ソフィアを出せ」
「し、しかし! リーダーへの接見は、事前に報告をいただいた上でのみ──」
「いいから、ソフィアを出せって言ってんだろ」

 ──ケインとアクセルは、《女戦士の園アマゾネス》の生活拠点ホーム前にいた。
 『第九区画』にある《女戦士の園アマゾネス》の生活拠点ホームはかなり大きい。豪邸のようだ。それこそ、シャルロットが寝泊まりしている階級持ちの生活拠点ホームと同じくらいの大きさだ。
 ケインに絡まれる女性は、突然リーダーに合わせろと言ってくるケインに困惑している様子だ。だが、決して引こうとはしない。

「……最後の忠告だ。ソフィアに、会わせろ。俺はソフィアと顔見知りだ。ここで断ってお前が後々どうなるか──考えたらわかるだろ」

 ケインの言葉に、女性は思い切り顔を引き攣らせる。

「うっ──し、しかし! あなたのように予約なしに訪ねてくるような人を通すわけにはいきません! どうしてもここを通りたければ、私を倒してから行くのです!」

 本当にパーティーリーダーの知り合いか、それとも適当に言っているだけの者か──二つを天秤にかけた女性は、だが後者の考えを信じて持っていた槍を構えた。
 偉いなこの子。ケインが嘘を言っているか天秤に掛けた結果、ケインたちは敵だと判断して槍を向けている。間違えたとしたら、この子には罰が与えられるだろうに。
 健気だなぁ。いい子だなぁ。頑張ってるなぁ。
 ──だがこっちにも余裕はない。

「……なら、無理矢理にでも押し通らせてもらうぞ?」
「──その必要はないねぇ」

 ケインが『幻魔法』を、アクセルが『炎魔法』を使って強行突破しようとして──生活拠点ホームからソフィアが出て来た。
 否、ソフィアだけではない。リンゼや他の《女戦士の園アマゾネス》のメンバーも出て来ている。
 あっという間に周りを囲まれるケインとアクセル。この状況でも異様に落ち着いているケインと、慌てて拳を固めるアクセルを交互に見て、ソフィアは右手に持っていたノコギリのような歪な大剣を肩に担ぎ上げ、左手に持っていた布に包まれた物体をこちらに突き出した。

「アンタの目的は、コイツだろう?」

 バッと布切れが風で飛び──銅竜人の少女が現れる。
 ケインを見た銅竜人の少女は、力任せにソフィアの手から逃れようと暴れるが、全く歯が立っていない。
 ──銅竜人の少女の瞳に、涙が見えた。

「ああ。人が予約してた奴隷を勝手に持って行きやがって。ふざけんなよ」
「……へーぇ? 敬語はやめたのかい?」
「使う相手を選ぶのは俺の自由だろ。俺が考えた結果、お前は敬語を使うに値しない『探索者』だと判断したまでだ。いいからその『竜人族ドラゴニュート』を渡せ。元々俺が予約していた子だ。さっき店にも行って、お前が無理矢理連れて行ったって話も聞いている。んで、お前が支払った額よりも高い金額を払った。あの店の店主から、俺に所有権があると言ってもらっている。俺はただ、自分の物を取り戻しに来ただけだ」

 百人以上の《女戦士の園アマゾネス》に囲まれ、だがケインは一切臆した様子もなくソフィアを正面から睨み付ける。

「……いいだろう。ただし条件がある」
「あ? 条件だ?」
「あの『竜人族ドラゴニュート』を手に入れた場所を誰にも言わない事。それだけだ」
「はっ、嫌だね。お前らの悪事は、全部尾ひれ付けて『探索者組合ギルド』に報告してやるよ──覚悟しろよ《女戦士の園アマゾネス》、俺は久しぶりに怒ってるからな」

 憤慨している様子のケインは、ビシッと右手の人差し指をソフィアに突きつけた。

「そもそもの話だ。その子は奴隷になりたくてなったわけじゃない。なのに、奴隷として販売所にいた。昨日から違和感はあったが、それを見て確信した」
「……確信だって?」
「ああ──その子、攫って来た子だろ」

 ザワッと、周りの《女戦士の園アマゾネス》がざわめき立つ。

「よーく考えれば、あの店に奴隷になりたくてなったわけじゃない奴が収容されている場所、ってのがある事自体おかしいんだ。奴隷ってのはそもそも、お金が足りなかったり借金を払いきれないから身売りしてお金をもらう──そういう制度だ。普通、奴隷になるのは自分の意思。だが、望んで奴隷になったわけじゃない子がいる。そんなの、普通のじゃあり得ない。さて、これはなんでだ?」
「……………」
「答えは単純、攫って来たから。昨日の昼、その子の他にも違和感ばっかりの奴隷が多くいた。『獣人族ワービースト』の妖狐種、『高位森精族ハイエルフ』、虹の鱗の『水鱗族マーメイド』、レプラコーンの『妖精族フェアリー』。どいつもこいつも、普通に生活してりゃなかなか見る事のできない高貴な種族ばっかりだった。まあ、その四種族は全員奴隷になる覚悟を決めた目だったからな。四人の奴隷は、何かしらの事情があったんだと俺も理解している。例えば、そうだな──」

 ニイッと、ケインは口の端を歪ませる。

「貴族様がお遊びで伴侶以外の人と性行為して産まれた子、とかな?」

 ──ソフィアの顔が曇る。
 それを見逃さず、ケインは身振り手振りを使って続けた。

「伴侶以外と交わって産まれた子どもが、まさか高貴な貴族様である自分の血を濃く受け継いで産まれてしまった! 妖狐種の特徴である狐の耳と尻尾が生えてしまった! 『高位森精族ハイエルフ』の顔に刻まれる刻印を受け継いでしまった! 極々一部にしか見られない高位貴族の証である虹色の鱗の『水鱗族マーメイド』になってしまった! 背中から生える『妖精族フェアリー』特有の羽がレプラコーンを意味する金色だった! 不倫したのが男であっても女であっても、そのままにすればいつかバレて極刑が下る可能性がある! 隠蔽しなくてはならない! ──だからそんな子どもを持つ親に、奴隷商は声を掛けた。お前に高貴な種族を奴隷として連れて来いと言われた奴隷商はな」

 そうだな──

「その子を奴隷として買う! いなくなった理由は『探索者』になりたいと言って国を出たからとでも言えばいい! そう言われた親は、奴隷商に子どもを売ってしまう! 子どもには、借金があるからとか貴族として存続していくため! ──とか言ってな」
「アンタ……」
「それを健気に受け取める子ども! いつかはまた両親と再会できると信じて! このパーティーで娼婦として日々を過ごす事になる! ま、他の奴らはそんな感じの理由で奴隷になって、ここに来たって思えば理解はできる──でも、それじゃあその子が奴隷になった理由がわからないよな?」

 激しく振っていた手を下ろし、ケインはソフィアの左手に抱えられている銅竜人の『竜人族ドラゴニュート』へ視線を向けた。

「聞いた話じゃ、その子は孤児らしいな。両親が亡くなっていると聞いた。だが、自分で身売りをして奴隷になったわけじゃない。って事はつまり──高貴な種族の子どもが孤児だから、攫っても不審に思う奴がいない。お前に高貴な種族を奴隷として連れて来いと言われ、欲を掻いた結果、奴隷商はその子を攫った。だからその子はここにいる──ってな感じでどうだ?」
「……アンタ、何者だい? それを誰から聞いた?」
「俺はケイン、ただの『探索者』だ。んでもって、誰から聞いた情報でもない。これは俺の都合のいい推察だ。それで、俺の推察はあっているかな、《女戦士の園アマゾネス》のリーダー様?」
「……そうだねぇ、概ね正解とでも言っておこうかねぇ」

 左手の『竜人族ドラゴニュート』の少女を近くにいた女性に預け、ソフィアは肩に担いでいた大剣を地面に下ろした。

「アタシは確かに、高貴な種族を狙って奴隷としてここに連れて来いと行った。娼婦として客の目を引くためにねぇ。それは間違いない。だけど……まさか孤児の子を攫って来るとは、アタシも思わなかったねぇ……」
「なら、その子をこっちに渡せ」
「無理だねぇ──アンタが『探索者組合ギルド』にこの奴隷たちについて報告するってんなら、逃がすわけないだろう?」

 大剣の切っ先をケインに向け、ソフィアはひたいに青筋を浮かべる。
 対するケインは、ヘラヘラとした様子を崩す事なく怒りを乗せた声を放った。

「そりゃそうだろうな。他国から高貴な身分の種族を騙して連れて来る。その銅竜人の子に至っては人攫いをして。しかも俺の予約も無理矢理なかった事にしている。そもそも他国から奴隷を連れて来るなら『探索者組合ギルド』の審査が必要。だがお前らはそれすらも違法に無視している──もろもろ俺が尾ひれはひれ付けて報告すりゃ、お前ら《女戦士の園アマゾネス》は『探索者』としてしばらくは活動休止、ともすれば『探索証』を剥奪、最悪国外追放だ」
「よくわかってるじゃないか」
「だからこうして、正面から殴り込みに来てんだよ」

 ピキッと、ケインのひたいにも青筋が浮かんだ。
 ケインの視線の先には、涙を流す銅竜人が映っている。

「徹底的にお前らを叩き潰して、二度とこんな事ができないようにしてやるつもりだから、俺らはここにいるんだよ。お前ら、まさかまだ自分らがどうにか助かるとでも思ってんのか? ──俺は怒ってんだ。子どもを泣かせるお前を、これ以上にないほど壊滅させてやりたいって思ってんだ」
「『人類族ウィズダム』一人と混血者ハーフ一人──たった二人で、この人数をどうにかできると思ってるのかい?」

 ソフィアの言葉に、ケインは鼻で笑った。
 どうにかできる? 思っているわけないだろ。だからこそ、ケインは二人ではなく、三人目をこの場に連れて来たのだから。
 ──ケインは、奴隷商の店を出てからずっと見られている。より正確に言うならば、アクセルと合流してからだ。それも、並々ならぬ強者に。
 ケインの持つ【敏感肌】だから気づくような視線だ。他の奴らが気づかないのも無理はない。
 スッと、ケインは銅竜人の少女から視線を逸らした。
 近くにある建物──その屋根上へと。
 屋根上にいた人物はケインの視線に気づいたのか、ため息を吐くような仕草を見せてその姿を消した。

「誰が、二人しかいないって? もうちょっと肌の感覚磨いてから言いな、バカ共が」

 ──ケインの目の前に、【瞬歩】を使用して現れた女性が立っていた。
 この場にいる全員が、驚愕に目を剥く。驚いていないのはケインだけだろう。
 長い金髪を揺らす女性は、腰に下げている細剣を抜き放ち、碧眼を細めてその切っ先をソフィアへと向けた。

「──話は聞いていたわ、《女戦士の園アマゾネス》リーダー、ソフィア・オルヴェルグ。この件は、私が責任を持って『探索者組合ギルド』に報告するから」
「しっ、シャルロット・アルルヴィーゼ……?!」

 突如現れたシャルロットに、ソフィアも他の面々も困惑している様子だ。アクセルでさえ、驚きに固まってしまっている。
 ──ケインが奴隷商の店を出た後。どこからかわからないが、ケインはずっと視線を感じていた。
 《女戦士の園アマゾネス》の生活拠点ホームの前に来ても、視線は途切れる事なくケインたちに付いてきていた。それに、この視線は何度も味わった事があるので知っていた。
 そう──ケインは、シャルロットがこの一連の騒動を見ている事を、確信していた。
 だからこそ、身振り手振り大声を使って、離れているシャルロットに声が聞こえるようにしていたのだ。

「それで……あなたたち、何に首を突っ込んでいるのよ……」
「悪いな、どうしても見過ごせなくて」
「い、いやちげェンだァ! ケインじゃなくて、元々はオレが──」
「何にせよ、話は終わってから聞くわ。あの人、このまま私たちを逃がすつもりはないみたいだし」

 大剣を握り直すソフィア。両足の鞘から二本の短剣を抜くリンゼ。各々の武器を構える《女戦士の園アマゾネス》。
 相手は百人以上。対するこちらは、三人のみ。

「シャルロット、階級なしアマゾネスの相手を任せられるか? アイツとリンゼは、俺たちがどうにかする」
「……大丈夫なの?」
「ああ。あの女、一発ぶん殴ってやらないと気が済まない。アクセルも、リンゼにやられっぱなしじゃ終われないだろ」
「当然だァ……!」
「そう……わかったわ。ただし、私が危険だと判断したら割って入るから」
「了解だ」
「あァ!」

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