追放騎士のダンジョン探索記
21話
「──銅竜人の『竜人族』? いや、ウチには入ってないな」
「そうか……わかった、ありがとう」
ペコリと頭を下げ、小さな店を後にする。
──これで十店舗目。銅竜人の少女どころか、他に見かけた奴隷の情報すら手に入らない。
ケインはため息を漏らし、次の店を探して歩き始めた。
「──あっちの方で、娼婦が暴れてるらしいぞ」
「暴れるって言葉が出てくるって事は……」
「ま、ソフィアさんかリンゼさんだろうな」
「こえー……」
「相手は若い『獣人族』らしいな」
「って事はリンゼさんの方か」
「ソフィアさんは『人類族』にしか興味ないからな」
通りを歩く五人組の『探索者』の声を聞き、ケインは眉を寄せた。
──アクセルだ。アイツ、もう娼婦に目を付けられたのか。
しかも、相手がリンゼ……まあ、アクセルなら大丈夫だろう。多分。
「つっても……人を探すのに、頭数が減るのは参ったな……」
奴隷商の店を見つけ、しらみつぶしに銅竜人を探す。
アクセルと二人でも『第九区画』にある奴隷店を全て回るのは不可能だったが……アクセルが動けないとなると、なおさら回れる店の数が減る。
今日中に見つけるのは無理だな──そう思いながら、ケインは近くに奴隷販売店に入った。
「……いらっしゃい」
「銅竜人の奴隷が欲しい。いるか?」
「……情報が早いな。どこで聞いた?」
予想外の返答に、ケインは一瞬硬直してしまう。
「い、いるのか?」
「……なんだ、知ってて聞いてきたわけじゃないのか?」
「ほ、他にも『妖精族』のレプラコーンとか、『高位森精族』は……?」
「……いるぞ。それより答えろボウズ、どこでその情報を知った?」
「……昼間に、奴隷が入ってくるのを見ただけだ。ここで売ってるとかは知らなかった」
「そうか……何にせよ、あの銅竜人にはこっちも困ってんだ。ギャーギャー泣き喚いてうるせぇのなんの。もうすぐお得意様が来るから、買うんならとっとと買いな」
「……実物を見てからでもいいか?」
「ああ。付いて来な」
──マジかよ。こんないきなり見つけられるなんて。
驚愕を隠せないまま、店の奥へと向かう店主に続く。
──昼間に見た『高位森精族』がいた。その横にある檻に入っているのは、虹の鱗の『水鱗族』。少し歩くと、『妖精族』のレプラコーンと、『獣人族』の妖狐種が一緒の檻に入れられていた。
だが──『竜人族』の少女だけが、見つからない。
一体どこにいるのだろうか……そんな事を考えながら、さらに奥へと案内され──奥の部屋への扉を通り抜けた瞬間、強烈な異臭がケインの鼻を襲った。
──錆びた鉄の臭いや、腐った肉の臭いが混ざりあっており……この場にいるだけで、クラクラしてくる。
「なん、の……臭いだ……?!」
「こっちの部屋は、暴れたりする問題奴隷とか、自分で望んで奴隷になった奴以外──望まずに奴隷になった奴を入れる場所でな。奴隷になるなら死んだ方がいいっつって自殺する奴が多いんだ」
「自殺……?!」
「ああ……お前が探してるのは、あの『竜人族』だろ?
「──うー……! うー……!」
部屋の中には、巨大な檻に閉じ込められている銅竜人の少女がいた。というか、この場所には少女以外の奴隷がいない。全員自殺したという事だろう。
手足を頑丈な手錠で拘束して動けないようにされており、さらには口に鉄製の猿轡を噛まされている。
少女は店主の顔を見て顔を歪め──隣にいるケインに気づき、ハッとしたように銅色の目を見開いた。
「聞いた話じゃ、コイツは両親が亡くなっているんだと。んで、奴隷になったらしい」
「この子が自分で身売りしたって事か?」
「そこまでは知らん、詳細は伏せられていたからな」
「……どういう事だ?」
「俺にもよくわからん。俺は他国から送られて来た奴隷を買い取って、固定客に売っているだけだからな。コイツらにどんな理由があって奴隷になっているのかは知らん」
店主の話を聞きながら、ケインは檻越しに少女の前に膝を突いた。
キョトンとした顔でこちらを見る少女に、声を低くして問い掛ける。
「お前は、自分で奴隷になったわけじゃないんだな?」
コクン、と少女が首を縦に振る。
……このまま見て見ぬふりをすれば、この子は娼婦として買われるのだろう。
どうすればいい……?
「……望んで奴隷になってないなら、解放してあげたらどうなんだ?」
「頼れる人もいない。職もない。住む所もない。金すらない。なのに、外に放り出せと? 奴隷を売買している俺が言うのもなんだが、さすがにそれは人として終わってんだろ」
この男なりに色々と考えてるんだな──そんな事を思いながら、ケインは少女を正面から見据えた。
……師匠なら、こういう時どうするだろうか。
あの人の事だ。困ってる子どもがいるなら助けてやれ、と笑いながら言うだろう。
あの人に影響されてこの信条を貫くようになってから、なんか貧乏くじばっかり引いている気がする。
だけど──目の前にいるのは、困っている子どもだ。
俺は師匠に救ってもらった。ならば、次は俺の番だ。俺が子どもを救う番だ。
ケインの青い瞳と少女の銅色の瞳が交差し合い──ケインは優しい笑みを見せた。
「……大丈夫。そこから出してやるから」
「…………!」
少女が大きく目を見開く。
膝を払いながら立ち上がり、背後にいる店主へ視線を向けた。
「……それは、コイツを買うって事でいいのか?」
「さすがにタダでってのは──」
「無理だ。望んで奴隷になってない奴でも、こっちは一応商売だからな」
「なら、いくらなんだ?」
「珍しい銅竜人、女、まだこの奴隷の情報を出していない……最低でも百万ゼルだな」
「高ぇな……わかった。明日の朝、金を持ってまたここに来る。それまで、この子が売られないようにしててくれ」
「予約料も追加、と……いいだろう。昼過ぎまでに来なかったら、コイツは売るからな」
「ああ」
もう一度少女に笑顔を見せ、ケインが店主と共に部屋を後にする。
──最低でも、百万ゼル。
ふざけんな、俺の貯金の半分が持っていかれるじゃねぇか。
ああクソ、最悪だ……怪我をして探索ができなくなった時のために、お金は貯めておきたかったのに。
つーか買うなら普通アクセルだろ。なんで俺が買ってんだよ。そういやアイツ金持ってなかったな、クソが。
舌打ちを漏らすケイン。それとは裏腹に、顔には苦笑が浮かんでいた。
──これで良かったんですよね、師匠。
ケインの脳裏に、バカ笑いをして褒めてくれる『竜人族』の姿が思い浮かぶ。
──百万も払って奴隷を買った?! どんな高級奴隷だよ! どうせエロい事に使うんだろ?! 数年見ない間にとんだエロガキになりやがったな! そう言って、乱暴に頭を撫でてくれる事だろう。
「ん──やっと来たかい。待たせてくれたねぇ」
受付に戻ると──そこには、女性がいた。
額から生える二本の黒い角。背中まで伸びた桃色の髪に、鋭い金色の三白眼。体には最低限の布切れしか纏っておらず、豊満な体を惜し気もなく晒している。
ケインよりも身長の高い『鬼族』の女性は、腕を組んで豊満な胸を押し上げ、不機嫌そうに店主を睨み付けた。
「……すいません、ソフィアさん。客が来てたもので」
「ふぅん……アンタ、ここらで見ない顔だねぇ。『探索者』かい?」
「……はい、そうです」
「へーぇ。名前は?」
「ケインです……あなたは、『銅級』のソフィア・オルヴェルグさんですね」
「お、アタシの事を知ってんのかい。んなら話は早いね」
襟元を掴まれ、グイッと体を引き寄せられる。
「可愛い顔じゃないか、唆るねぇ。ひ弱そうで軟弱そう……アタシの好みの顔してるねぇ。だから『人類族』を食うのはやめられない」
「……そりゃ、どうも」
「この後どうだい? ここでの買い物が終わった後、アタシと一夜を過ごす気はないかい?」
「申し訳ないですけど、先を急いでいるんで」
「連れないねぇ。ま、今日はアタシも買い物に来てるし、アンタと遊ぶのはまた今度にするよ」
ソフィアの手を振り払い、ケインが店を出て行った。
店の前でポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認する。
──もうすぐ日付が変わる。そろそろ宿に戻るか。
懐中時計を仕舞い、ケインは『第九区画』を歩き始めた。
─────────────────────
「それで、今日入荷した商品は?」
「こちらです」
店主の男に案内され、ソフィアは店の奥へ足を踏み入れる。
新たに増えた奴隷を見て、ソフィアの顔に獰猛な笑みが浮かんだ。
「へーぇ……『高位森精族』に『獣人族』の妖狐種。それに虹の鱗の『水鱗族』……おや、レプラコーンの『妖精族』までいるじゃないかい。アイツらもいい仕事してくれるねぇ」
「……全員買い取りって事でいいんですかね?」
「そうだねぇ……今日届いた奴隷は、これで全部かい?」
「そうですね」
小さな鍵を持ち、店主の男が檻を開けようとする。
その場にしゃがんで錠穴に鍵を差し込もうと──して。
──ガシャンッと、男の顔面が檻に押し付けられた。
グリグリと後頭部を靴裏で踏まれる感覚に、男は苦しそうな声を漏らす。
「な、にを……?!」
「嘘吐くんじゃないよ。まだいるだろう?」
「ふ、ぐぅ……います、が……既に、予約済みで……」
「ソイツも買っていく。どこにいるんだい?」
「奥の、部屋に……」
「奥の部屋……へーぇ。望まずに奴隷になった奴か、問題奴隷ってわけかい」
男の後頭部から足をどけ、慣れた様子で奥の部屋へと進んでいく。
鉄製の扉を蹴破り、中にいた少女を見て金色の三白眼をさらに細めた。
「『竜人族』……しかも銅竜人かい」
「っ……」
「いいね、アンタ。『竜人族』の娼婦がいなくて困っていたんだ」
鉄製の檻を両手で握り──ギギギッと鈍い音を立てて、鉄格子が歪んだ。
少女の手足を拘束している手錠。それに付いている鎖を引きちぎり、少女を抱え上げた。
「コイツも気に入った。全員買い取るよ」
「し、しかし……」
「なんだい──文句あるのかい?」
「っ──い、え……そういう、わけでは……しかし、ソイツは望んで奴隷になっているわけではないみたいで……娼婦には向かないかも知れませんよ……?」
「関係ないさ。時間をかけてじっくり教育してやる」
少女を抱えて受付へと戻るソフィアに、男は深いため息を吐いた。
次々に檻の鍵を解錠し、中にいる奴隷たちを連れて自分も受付へと戻る。
「五百万ゼルです」
「いつも通り、後払いで頼むよ」
「あの……ソフィアさん、質問してもいいでしょうか?」
「なんだい?」
「この奴隷たちは、どこから連れて来たんですか? その銅竜人なんて、望んで奴隷になったわけじゃないのに……」
「……さあねぇ。アタシはとある業者に奴隷を連れて来てくれって依頼してるだけだからねぇ。コイツらがどこから来たのかなんて、アタシの知った事じゃないさ」
言い残し、ソフィアが店を後にする。
残された男は──深いため息を吐き、近くにあった椅子に腰掛けて呟いた。
「あのボウズに、謝らねぇとな……」
「そうか……わかった、ありがとう」
ペコリと頭を下げ、小さな店を後にする。
──これで十店舗目。銅竜人の少女どころか、他に見かけた奴隷の情報すら手に入らない。
ケインはため息を漏らし、次の店を探して歩き始めた。
「──あっちの方で、娼婦が暴れてるらしいぞ」
「暴れるって言葉が出てくるって事は……」
「ま、ソフィアさんかリンゼさんだろうな」
「こえー……」
「相手は若い『獣人族』らしいな」
「って事はリンゼさんの方か」
「ソフィアさんは『人類族』にしか興味ないからな」
通りを歩く五人組の『探索者』の声を聞き、ケインは眉を寄せた。
──アクセルだ。アイツ、もう娼婦に目を付けられたのか。
しかも、相手がリンゼ……まあ、アクセルなら大丈夫だろう。多分。
「つっても……人を探すのに、頭数が減るのは参ったな……」
奴隷商の店を見つけ、しらみつぶしに銅竜人を探す。
アクセルと二人でも『第九区画』にある奴隷店を全て回るのは不可能だったが……アクセルが動けないとなると、なおさら回れる店の数が減る。
今日中に見つけるのは無理だな──そう思いながら、ケインは近くに奴隷販売店に入った。
「……いらっしゃい」
「銅竜人の奴隷が欲しい。いるか?」
「……情報が早いな。どこで聞いた?」
予想外の返答に、ケインは一瞬硬直してしまう。
「い、いるのか?」
「……なんだ、知ってて聞いてきたわけじゃないのか?」
「ほ、他にも『妖精族』のレプラコーンとか、『高位森精族』は……?」
「……いるぞ。それより答えろボウズ、どこでその情報を知った?」
「……昼間に、奴隷が入ってくるのを見ただけだ。ここで売ってるとかは知らなかった」
「そうか……何にせよ、あの銅竜人にはこっちも困ってんだ。ギャーギャー泣き喚いてうるせぇのなんの。もうすぐお得意様が来るから、買うんならとっとと買いな」
「……実物を見てからでもいいか?」
「ああ。付いて来な」
──マジかよ。こんないきなり見つけられるなんて。
驚愕を隠せないまま、店の奥へと向かう店主に続く。
──昼間に見た『高位森精族』がいた。その横にある檻に入っているのは、虹の鱗の『水鱗族』。少し歩くと、『妖精族』のレプラコーンと、『獣人族』の妖狐種が一緒の檻に入れられていた。
だが──『竜人族』の少女だけが、見つからない。
一体どこにいるのだろうか……そんな事を考えながら、さらに奥へと案内され──奥の部屋への扉を通り抜けた瞬間、強烈な異臭がケインの鼻を襲った。
──錆びた鉄の臭いや、腐った肉の臭いが混ざりあっており……この場にいるだけで、クラクラしてくる。
「なん、の……臭いだ……?!」
「こっちの部屋は、暴れたりする問題奴隷とか、自分で望んで奴隷になった奴以外──望まずに奴隷になった奴を入れる場所でな。奴隷になるなら死んだ方がいいっつって自殺する奴が多いんだ」
「自殺……?!」
「ああ……お前が探してるのは、あの『竜人族』だろ?
「──うー……! うー……!」
部屋の中には、巨大な檻に閉じ込められている銅竜人の少女がいた。というか、この場所には少女以外の奴隷がいない。全員自殺したという事だろう。
手足を頑丈な手錠で拘束して動けないようにされており、さらには口に鉄製の猿轡を噛まされている。
少女は店主の顔を見て顔を歪め──隣にいるケインに気づき、ハッとしたように銅色の目を見開いた。
「聞いた話じゃ、コイツは両親が亡くなっているんだと。んで、奴隷になったらしい」
「この子が自分で身売りしたって事か?」
「そこまでは知らん、詳細は伏せられていたからな」
「……どういう事だ?」
「俺にもよくわからん。俺は他国から送られて来た奴隷を買い取って、固定客に売っているだけだからな。コイツらにどんな理由があって奴隷になっているのかは知らん」
店主の話を聞きながら、ケインは檻越しに少女の前に膝を突いた。
キョトンとした顔でこちらを見る少女に、声を低くして問い掛ける。
「お前は、自分で奴隷になったわけじゃないんだな?」
コクン、と少女が首を縦に振る。
……このまま見て見ぬふりをすれば、この子は娼婦として買われるのだろう。
どうすればいい……?
「……望んで奴隷になってないなら、解放してあげたらどうなんだ?」
「頼れる人もいない。職もない。住む所もない。金すらない。なのに、外に放り出せと? 奴隷を売買している俺が言うのもなんだが、さすがにそれは人として終わってんだろ」
この男なりに色々と考えてるんだな──そんな事を思いながら、ケインは少女を正面から見据えた。
……師匠なら、こういう時どうするだろうか。
あの人の事だ。困ってる子どもがいるなら助けてやれ、と笑いながら言うだろう。
あの人に影響されてこの信条を貫くようになってから、なんか貧乏くじばっかり引いている気がする。
だけど──目の前にいるのは、困っている子どもだ。
俺は師匠に救ってもらった。ならば、次は俺の番だ。俺が子どもを救う番だ。
ケインの青い瞳と少女の銅色の瞳が交差し合い──ケインは優しい笑みを見せた。
「……大丈夫。そこから出してやるから」
「…………!」
少女が大きく目を見開く。
膝を払いながら立ち上がり、背後にいる店主へ視線を向けた。
「……それは、コイツを買うって事でいいのか?」
「さすがにタダでってのは──」
「無理だ。望んで奴隷になってない奴でも、こっちは一応商売だからな」
「なら、いくらなんだ?」
「珍しい銅竜人、女、まだこの奴隷の情報を出していない……最低でも百万ゼルだな」
「高ぇな……わかった。明日の朝、金を持ってまたここに来る。それまで、この子が売られないようにしててくれ」
「予約料も追加、と……いいだろう。昼過ぎまでに来なかったら、コイツは売るからな」
「ああ」
もう一度少女に笑顔を見せ、ケインが店主と共に部屋を後にする。
──最低でも、百万ゼル。
ふざけんな、俺の貯金の半分が持っていかれるじゃねぇか。
ああクソ、最悪だ……怪我をして探索ができなくなった時のために、お金は貯めておきたかったのに。
つーか買うなら普通アクセルだろ。なんで俺が買ってんだよ。そういやアイツ金持ってなかったな、クソが。
舌打ちを漏らすケイン。それとは裏腹に、顔には苦笑が浮かんでいた。
──これで良かったんですよね、師匠。
ケインの脳裏に、バカ笑いをして褒めてくれる『竜人族』の姿が思い浮かぶ。
──百万も払って奴隷を買った?! どんな高級奴隷だよ! どうせエロい事に使うんだろ?! 数年見ない間にとんだエロガキになりやがったな! そう言って、乱暴に頭を撫でてくれる事だろう。
「ん──やっと来たかい。待たせてくれたねぇ」
受付に戻ると──そこには、女性がいた。
額から生える二本の黒い角。背中まで伸びた桃色の髪に、鋭い金色の三白眼。体には最低限の布切れしか纏っておらず、豊満な体を惜し気もなく晒している。
ケインよりも身長の高い『鬼族』の女性は、腕を組んで豊満な胸を押し上げ、不機嫌そうに店主を睨み付けた。
「……すいません、ソフィアさん。客が来てたもので」
「ふぅん……アンタ、ここらで見ない顔だねぇ。『探索者』かい?」
「……はい、そうです」
「へーぇ。名前は?」
「ケインです……あなたは、『銅級』のソフィア・オルヴェルグさんですね」
「お、アタシの事を知ってんのかい。んなら話は早いね」
襟元を掴まれ、グイッと体を引き寄せられる。
「可愛い顔じゃないか、唆るねぇ。ひ弱そうで軟弱そう……アタシの好みの顔してるねぇ。だから『人類族』を食うのはやめられない」
「……そりゃ、どうも」
「この後どうだい? ここでの買い物が終わった後、アタシと一夜を過ごす気はないかい?」
「申し訳ないですけど、先を急いでいるんで」
「連れないねぇ。ま、今日はアタシも買い物に来てるし、アンタと遊ぶのはまた今度にするよ」
ソフィアの手を振り払い、ケインが店を出て行った。
店の前でポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認する。
──もうすぐ日付が変わる。そろそろ宿に戻るか。
懐中時計を仕舞い、ケインは『第九区画』を歩き始めた。
─────────────────────
「それで、今日入荷した商品は?」
「こちらです」
店主の男に案内され、ソフィアは店の奥へ足を踏み入れる。
新たに増えた奴隷を見て、ソフィアの顔に獰猛な笑みが浮かんだ。
「へーぇ……『高位森精族』に『獣人族』の妖狐種。それに虹の鱗の『水鱗族』……おや、レプラコーンの『妖精族』までいるじゃないかい。アイツらもいい仕事してくれるねぇ」
「……全員買い取りって事でいいんですかね?」
「そうだねぇ……今日届いた奴隷は、これで全部かい?」
「そうですね」
小さな鍵を持ち、店主の男が檻を開けようとする。
その場にしゃがんで錠穴に鍵を差し込もうと──して。
──ガシャンッと、男の顔面が檻に押し付けられた。
グリグリと後頭部を靴裏で踏まれる感覚に、男は苦しそうな声を漏らす。
「な、にを……?!」
「嘘吐くんじゃないよ。まだいるだろう?」
「ふ、ぐぅ……います、が……既に、予約済みで……」
「ソイツも買っていく。どこにいるんだい?」
「奥の、部屋に……」
「奥の部屋……へーぇ。望まずに奴隷になった奴か、問題奴隷ってわけかい」
男の後頭部から足をどけ、慣れた様子で奥の部屋へと進んでいく。
鉄製の扉を蹴破り、中にいた少女を見て金色の三白眼をさらに細めた。
「『竜人族』……しかも銅竜人かい」
「っ……」
「いいね、アンタ。『竜人族』の娼婦がいなくて困っていたんだ」
鉄製の檻を両手で握り──ギギギッと鈍い音を立てて、鉄格子が歪んだ。
少女の手足を拘束している手錠。それに付いている鎖を引きちぎり、少女を抱え上げた。
「コイツも気に入った。全員買い取るよ」
「し、しかし……」
「なんだい──文句あるのかい?」
「っ──い、え……そういう、わけでは……しかし、ソイツは望んで奴隷になっているわけではないみたいで……娼婦には向かないかも知れませんよ……?」
「関係ないさ。時間をかけてじっくり教育してやる」
少女を抱えて受付へと戻るソフィアに、男は深いため息を吐いた。
次々に檻の鍵を解錠し、中にいる奴隷たちを連れて自分も受付へと戻る。
「五百万ゼルです」
「いつも通り、後払いで頼むよ」
「あの……ソフィアさん、質問してもいいでしょうか?」
「なんだい?」
「この奴隷たちは、どこから連れて来たんですか? その銅竜人なんて、望んで奴隷になったわけじゃないのに……」
「……さあねぇ。アタシはとある業者に奴隷を連れて来てくれって依頼してるだけだからねぇ。コイツらがどこから来たのかなんて、アタシの知った事じゃないさ」
言い残し、ソフィアが店を後にする。
残された男は──深いため息を吐き、近くにあった椅子に腰掛けて呟いた。
「あのボウズに、謝らねぇとな……」
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