追放騎士のダンジョン探索記

ibis

20話

 ──通りを桃色に照らす、明るい照明。
 そこかしこで、短い布切れを纏った女性が媚びた声で客引きをおこなっている。
 何より──混血者ハーフである自分の鼻を突くような何種類もの香水の匂いに、アクセルは思い切り顔をしかめた。
 これが『第九区画』──ケインが肉欲通りと呼んだ場所か。

「アクセル、大丈夫か?」
「……あァ、問題ねェ。行こうぜケイン」

 ケインは『第九区画』に行く奴隷を商品と言っていた。
 そして、一緒に煙草を吸っていた『探索者』は報告しない上、新しい商品が並ぶのは新鮮だとも言っていた。
 考える余地もない──この『第九区画』が肉欲通りと呼ばれているように、娼婦として売られるのだろう。

「ケイン、とっとと行こうぜェ」
「……大丈夫なら、いいんだけどな」

 ケインと並び、アクセルは『第九区画』を歩き始める。
 ケインが黒いローブを買うと言って『第八区画』に寄った時、こっそりとアクセルは『第九区画』を見ていた。
 その時は──人の気配も、こうして通りを照らす照明もなかった。
 だが、実際にこうして歩いた事により、ここは夜にこそ本格化する場所なのだとアクセルは痛感した。

「とりあえず、今後の方針を説明するぞ」
「あァ」
「お前はこのまま、人身売買に関わってそうな店に入って銅竜人の『竜人族ドラゴニュート』の話を聞き出せ。俺は反対側の端から片っ端に聞いて行く」

 言いながら、ケインはポケットに突っ込んでいた手を引き出して中身をアクセルに投げ渡した。
 ──懐中時計と小さな魔石。
 使用用途が一切不明な二つを渡され、アクセルは首を傾げた。

「その時計が日を跨ぐまでがタイムリミットだ。懐中時計が日を跨いだら、宿に戻れ。俺も予備に持っている懐中時計が日を跨いだら宿に戻る。魔石の方は、俺の事を考えて強く念じれば通話ができる魔石──音響石ってやつだ。もし銅竜人の『竜人族ドラゴニュート』が見つかったら、それを使って居場所を伝えろ。いいな?」
「……あァ、わかったァ」
「なら、ここからは別行動だ。そこらの女に取って食われんなよ」

 言い終わるや、ケインが足早にその場を立ち去って行く。
 騒がしい喧騒の波に突っ込んでいき──あっという間にその姿が見えなくなった。
 ……自分のわがままに、ここまでの準備をして付き合ってくれるなんて。
 バシッと頬を叩き、アクセルは気合を入れ直す。
 ──感謝も、謝罪も、全てがうまく行った後に取っておけ。
 見えなくなった背中でそう語っていたケインに、アクセルは獰猛に顔を歪ませる。
 ──上等。
 迷惑ばっかりかけてはいられない。一秒、一瞬でも早く少女を見つけて、ケインに伝えなければ。
 闘争心を燃やすアクセルは、意気揚々と『第九区画』を歩き始め──

「わっ──可愛いー!」
「ねぇボク、いくつなのかな? ここには成人してないコが入っちゃダメなのよ?」
「そんなオバさん放ってお姉さんと遊ばない?」
「未成年の男の子なんていつ振りだろ?! ね、最初は私でいいでしょ?!」
「はあ?! いいわけないでしょ!」
「若い男の匂いがするー」
「あ、可愛い子がいるじゃなーい!」
「ねぇどこの子? っていうか何歳? 成人してるようには見えないなー」
「ここにいるのを黙っておいて欲しかったら──」
「もう、これだから年増って面倒だよね。すーぐ脅して若い男に食いつくんだから」
「誰が年増よ! 私はまだ23だっての!」

 ──あっという間に、娼婦に囲まれて頭を撫で回されていた。
 好き勝手に手足を引っ張る娼婦たちに、アクセルは『炎魔法』を使おうとして──やめる。先ほどから、何度も同じ事を繰り返していた。
 ──『地精族ドワーフ』と『鬼族オーガ』の混血者ハーフの女性。『森精族エルフ』と『人類族ウィズダム』の混血者ハーフの少女。『獣人族ワービースト』と『人類族ウィズダム』の混血者ハーフの女性。
 周りに集まる全員が、混血者ハーフだった。
 ──アクセルが思い立ったように家出をしなければ、そう遠くない未来、自分はあの奴隷たちの中にいたのだろう。
 先ほどまで宿屋で思い描いていた事が、現実となってアクセルの目の前に現れる。
 ──このひとたちは、俺のあり得た未来なのしれない。
 そう思うと、握った拳を振るえなかった。

「やーん、可愛いー! 勇気出してここに来たのかな、ボク?」
「もう襲いたい……! 襲っていいわよね……!」
「待てってオバさん」
「ねーえ! 最初だけだから私でいいでしょ?!」
「ダメだって言ってるでしょ! 私が襲う!」
「ああもうダメ!」
「若い男を前に我慢なんて無理!」
「もう──だったら!」
「アタシたちのパーティー理念に則って」
「ソフィアさんの前々からの指示通り」
「狙った獲物おとこが被ったなら」
「先に声を掛けた、なんて綺麗事は必要ない」

 ピタッと、全身を引っ張る握力が止まる。
 その隙を突き、アクセルは女性たちの拘束を振り解いて距離を取った。
 ──ギラッと、女性たちの目が輝く。ともすれば自分が喰われるのではないかという視線いあつに、アクセルは無意識の内に手のひらを地面に向けていた。
 そして──女性たちが、一斉にアクセルへと飛び掛かった。

「「「「「早いもの勝ちっ!」」」」」
「『バースト』ォッ?!」

 炎を地面に噴出し、アクセルは夜空へと舞い上がる。
 そのまま噴出を続け、近くにあった建物の屋根へと着地した。

「なンっ、だよココォ……?! 『地界の迷宮ダンジョン』のモンスターよりヤベェじゃねェかァ……?!」
「──そりゃーそうだよ。ここにいる全員、若い男が大好きな『探索者』だからね」

 ──スタッと、自分の背後に着地する音。

「キミ、ココに来るのは初めて? なら知らないかもだけど、ここでは力が全てだからね。強い男に弱い女は逆らえない、客を選ぶ事はできない。でも逆に、強い女に弱い男は逆らえない──無理矢理襲って犯しちゃうからさー。だから、ウチが目を付けちゃったキミは、逃げても追いかけて捕まえちゃうから」

 振り返ったアクセルは拳を握り、固まった。
 先ほど自分を引っ張っていた女性だ。『森精族エルフ』と『地精族ドワーフ』の混血者ハーフという、絶対に許されざる二種族の血を引く者だ。
 『森精族エルフ』よりも短く尖った耳を見せながら、『地精族ドワーフ』特有の褐色肌を惜しげもなく晒す金髪茶瞳の少女は、どこか楽しそうに──否。嬉しそうに笑う。

「キミも混血者ハーフだよね? その感じ……『獣人族ワービースト』の特徴だけが部分的に引き継がれてるから、『獣人族ワービースト』と『人類族ウィズダム』の混血者ハーフかな?」
「……あァ、オレァ『人類族ウィズダム』と『獣人族ワービースト』の混血者ハーフだァ」
「やっぱり! ウチも『森精族エルフ』と『地精族ドワーフ』の混血者ハーフでさー。もう大変な人生だったわけよ! 混血者ハーフのキミならわかるでしょ?」

 ──ああ、わかる。わかるに決まっている。
 自分よりも過酷な因果を背負う血筋──『森精族エルフ』と『地精族ドワーフ』は、お互いが視界に入った瞬間に殺し合うような不倶戴天の種族仲だ。
 その間に産まれた女性は、存在する事すら許されざる混血者ハーフだ。
 目の前の女性が、そんな因果を背負うハーフであり──それでも生き延び、こうして他の娼婦が付いて来れない屋根の上にいるという事実だけを受け入れ、アクセルは拳に【硬質化】を発動させる。

「ふーん? ウチに勝てる気なんだー? 血の気の多いオスは、ウチも好きだよ? 屈服させた時の快感が気持ちいいからねー」
「うるせェ……テメェ、どう考えても銅級シャルロットレベルにつえェだろうがァ……ッ!」

 アクセルが拳を固めた瞬間に、女性が殺気を放ち始めた。
 その殺気の濃さ──シャルロットと比べても引けを取らない。
 つまり、目の前の女性は──『第九区画』に向かう途中でケインから聞いた、二人の女性の内の一人に間違いない。

『──『第九区画』は、《女戦士の園アマゾネス》っていうパーティーの縄張りだ。この都市最大規模のパーティーで、『第九区画』にいる娼婦の全員が《女戦士の園アマゾネス》の『探索者』。中でも、ソフィアっていう奴とリンゼっていう奴は『銅級ブロンズ』の『探索者』だ。お前は若いからな、もしかしたら取って食われるかも知れない。もしこの二人に目を付けられたら、真っ先に逃げろ』

 ケインに言われた事を思い出し、アクセルは高質化した拳をさらに硬く握り締める。

「シャルロットかー……ウチが目の前にいるのに、他の女の名前を出さないでほしいなー?」

 どこか悲しそうに眉をひそめ──次の瞬間には、右足に付けている鞘から短剣を抜いた。
 緋色の短剣を握る女性は、獲物アクセルを前に名乗りを上げる。

「ウチはリンゼ! リンゼ・アーヴァ!」
「……アクセル・イグナイトォ」
「アクセルくんだね! るってなったら、ウチ手加減できないからね! 終わったら襲うから!」
「抜かせクソアマァ──こっちだって手ェ抜く気ァねェってのォ」
「やんっ、これって相思相愛?! うそ、ウチのダンナここでできちゃう?!」
「何をどう履き違えたらそうなンだァッ?!」

 昼間にユキの言葉に振り回されていたケインの気持ちが少しわかった気がする──そんな事を思いながら、アクセルは迫る短剣に拳を振り抜いた。
 ガキィンッ! という甲高い金属音が響き──短剣を弾かれて驚いているリンゼに、炎を噴出して追撃を狙う。

「うわ──あっはははははははは! っはぁッ!」
「『バースト』ォッ!」

 ──ガギャリギャッ!
 高速で振るわれる短剣を、高速の鉄拳で弾き返す。
 弾くのが間に合わなければ、炎を噴出して躱す。躱すのが間に合わなければ、体を使って避ける。
 いける、いける。『銅級ブロンズ』の『探索者』を相手に、自分は戦えている。
 突き出される短剣を素早く身を屈めて避け、足払い。
 アクセルの足が直撃し、リンゼが体勢を崩す。足払いの勢いのままその場で回転し、回し蹴りを放った。

「──もー、足ぐせ悪いんだから」

 ──シュルッと。
 アクセルの足に、リンゼの腕が絡まる。
 そして──グイッと、アクセルの体が力任せに引っ張られた。片足を上げている体勢のままリンゼに抱き止められる。

「でもまー、そのくらい元気な方が可愛いね。と言っても、こっちにも営業時間があるから──手早く終わらせちゃうね?」

 ──ゾクッと、アクセルの背筋に寒気が走る。
 ヌメッとした何かが頬を撫でる。リンゼの足がアクセルの下半身に絡み付く。貧相な胸が体に押し当てられる。
 カッと頭が熱くなるのを感じ、思わずアクセルは叫んだ。

「テメェッ──『バースト』ォッ!」

 リンゼに持たれている足から、高火力の炎を噴出。
 爆発するようにして拘束を振り解き、アクセルは屋根の上を転がった。

「はァッ、はァッ……! 何、舐めてンだテメェ……ッ!」
「ちょっと味見しただけじゃーん。そんなに怒らないでよー」

 ゴシゴシと頬に付いた水気を拭い取り、すぐに両手を硬質化させる。

「もー……仕方ないなー」
「あァ?」
「ちょっと本気でるから、簡単に負けてもヘコまないでよねー?」

 左足に付けている鞘から、蒼色の短剣を抜く。
 緋色と蒼色。二本の短剣を握るリンゼ──その体から、尋常ならざる殺気が放たれ始めた。

「さっ、続けよっか!」
「クソアマァ……ッ!」

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