追放騎士のダンジョン探索記

ibis

18話

「──ケインお兄さん、今はどこに向かっているのでしょうか?」

 『第八区画』。服屋や雑貨屋が入り乱れる大通り。
 何故かケインとアクセルは、《紅の白兎ラビット》の三人と共に歩いていた。

「……俺のローブを買うだけだ。この前、魔剣を使って焼けたからな」
「まさか、“魔剣 レーヴァテイン”を使われたのですか?」
「あれは……! 兄さんの体に良くないから、使わないでって言ったのに……?」
「使ったのー?!」
「使わざるを得ない状況だったんだよ! 別にお前らとの約束を忘れたりしてるわけじゃねぇって!」

 ユキが右腕に、アメが左腕に。そしてハレが背中へと抱きついてくる。
 ギャーギャーと騒がしく歩く四人の姿は、だがどこか兄妹のようにも見えた。

「……あァ、そうだケイン」
「あ?! なんだ?!」
「シャルロットから、お前の魔剣については黙っておいてくれって言われたンだけどよォ……どういう意味かサッパリでなァ。なンでケインの魔剣の事ォ黙ってないといけないンだァ?」
「……それは……」

 ケインが顔を背け──アクセルの背筋に悪寒が走る。
 狼人ろうじん種との混血者ハーフである自分を、ともすれば狩らんとする兎人種の赤い瞳いあつ
 自分よりも幼い三人の放つ殺気に、アクセルは気圧されたように口を閉じ──だが張本人であるケインは言葉を続けた。

「簡単な話だ。俺は家族から命を狙われている。で、俺の魔剣は家族なら誰でも知っている。だからその魔剣が使われたって噂が立てば、家族はこの都市に俺を探しにくる。だから黙っててくれ──って事だ」
「ケインお兄さん」
「いいんだ。アクセルも俺と似たような境遇だからな。黙っておいてくれって頼んだ事を、そう簡単に他人に言ったりしないって。それに魔剣を見せた以上、ずっと隠してるわけにもいかないだろ」
「……そうですか」

 ヘラヘラと笑うケインに対し、三人の兎人種はどこか気まずそうに顔を背けた。
 ──命を狙われている?
 意味がわからない。アクセルと似たような境遇だと言っていたが、アクセルは家族に命を狙われたりはしていない。
 愕然とするアクセルに、ケインは問いを返した。

「アクセルは、ヴァルハードって家名に聞き覚えはあるか?」
「……いや、知らねェ」
「そうか……なら、『帝国 アグナス』って国は聞いた事あるか?」
「それァ知ってるゥ。皇帝っつー王様が治める、実力主義の戦闘大国ゥ……だったよなァ?」
「そうだ。ヴァルハードってのは、代々皇帝に仕える騎士の家系なんだ。産まれる子どもには特殊な【異能力】が引き継がれて、その【異能力】を使って皇帝に仕える……ヴァルハード家ってのは、そんな感じの家系なんだ」

 ──『帝国 アグナス』。
 『ダンジョン都市 クラウズヴィリオン』の近くに存在する、この都市にも負けないほどに大きな国だ。
 国政は徹底的な実力主義で、勝った者が正義で負けた者が悪……というほど。
 その圧倒的な武力を持って、昔は他国に戦争を吹っかけていたとの話だが、数十年前に『鬼族オーガ』の暮らす里と『森精族エルフ』暮らす里を襲撃し、見事に返り討ちに遭ってから、現在は大きな動きは見せていない。

「【異能力】ってのは遅くても12歳までには発現する。だが俺は12歳になっても引き継がれるはずの【異能力】が発現しなかった。【異能力】を引き継がないで産まれる子どもなんて、今までいなかったらしいからな。俺はヴァルハード家が始まっての唯一の汚点って呼ばれて、すぐに国から追放された。家宝として置かれていた、この二本の魔剣を押し付けられてな」
「……………」
「それからは国から俺の命を狙って刺客が襲って来た。どうにも俺って存在は、末代までの恥らしいからな。殺して無かった事にしたいんだと。まあ簡単に死ぬ気はなかったから、『土魔法』と『幻魔法』で適当に誤魔化しておいた。つっても、もし俺が生きてるって家族が知ったら……また、俺は命を狙われる。魔剣の事を黙っててくれってのは、ヴァルハード家の人間に俺が生きてる事を気づかれないようにするためだ。“魔剣 竜殺し”と“魔剣 レーヴァテイン”……ヴァルハード家の家宝を使う『探索者』がいるって噂が立てば、少なからず『帝国』人間は違和感を覚えるだろうからな」

 左腰に下げている二本の魔剣に視線を向け、ケインは忌々しそうに顔を歪めた。

「そんなわけで、アクセルには俺の魔剣の事を誰にも言わないでほしいんだ。お願いできるか?」
「そりゃ、そンな事ォ言われたら誰にも言えねェだろォ……」
「助かる。お礼と言っちゃなんだが、これからも一緒に『地界の迷宮ダンジョン』に行くか? まだこの都市に知り合いとかできてないだろ?」
「……いいのかァ?」
「もちろんだ。ただ、魔剣の事と俺の家名の事は誰にも言わないって約束してくれよ?」
「あァ。ンなら、これからもよろしく頼むぜェ」

 ようやく笑顔を見せたアクセルに、ケインも釣られて笑みを見せる。

「……あ……そうでした。ケインお兄さん、一つお伝えしておきたい事が」
「ん?」
「昨日、階級持ちの『探索者』による会議が行われたのです。その中で、ケインお兄さんが話題に出まして」

 右腕にくっ付くユキの言葉に、ケインは首を傾げる。

「俺の話題? なんだ、弱過ぎるからいよいよ『探索者』の資格を取り上げるってか?」
「違います、真面目な話なんです。怒りますよ」
「ごめんなさい」
「……一ヶ月後に行われる『大規模攻略ダイブ』に、ケインお兄さんを連れて行きたいとの事です。発案者はエクスカリオン=ゼナ・ナイツフォルティさんで、ケインお兄さんの返事を聞いて決めると言われていました」
「……俺を、『大規模攻略ダイブ』に? ナイツフォルティさんが?」
「はい。彼は、ケインお兄さんが過去に魔獣と遭遇した回数や、到達した階層まで把握していました。それに、ケインお兄さんの【異能力】についても知っている様子です。個人的には、彼はケインお兄さんに異様な興味を持っているかと。過去に彼との接点は?」
「ないと思うけど……昨日初めて会って話したくらいだし──あ、いや違うか。初めて会ったのは、魔獣化したフレア・ドレイクを討伐した時か。つっても、あの時はシャルロットがフレア・ドレイクを討伐したって説明したし……ナイツフォルティさんが俺に興味を持つような事は何も……」

 そこまで言って、昨日エクスカリオンに言われた言葉をふと思い出す。
 ──ボク個人としては、キミの事が気になっているからね。
 エクスカリオン本人にも、言われた。ケインの事が気になっていると。その理由は、最近の魔獣の撃破情報の中に、必ずケインとシャルロットがいるからだと。
 だが……それだけの理由で、ケインに興味を持つだろうか? 普通はケインではなく、魔獣を撃破したと伝えているシャルロットの方に興味が向くのでは?

「何か、心当たりが?」
「……いや。ナイツフォルティさん本人にも、俺が気になるとは言われたけど……興味を持たれるような事は何もないと思う」
「そうですか……何だかとても嫌な予感がします。お気をつけて」
「ああ、わざわざ教えてくれてありがとな」
「いえ、お礼を言われるような事では。それでは、私たちはこれで失礼します。アメ、ハレ、行きますよ。『探索者機関ギルド』から消化できていない探索者依頼クエストを頼まれていますからね」
「う、うん……」
「はーい! ケイン兄ちゃん、またねー!」
「おう。次突っ込んできたら本気で頭潰すからな」

 ケインの体から三人が離れ、『第一区画』へと消えていく。

「なァ、さっき言ってた『大規模攻略ダイブ』ってなンだァ?」
「階級持ちの『探索者』が、未到達の階層を攻略する事だ。まさか、俺が『大規模攻略ダイブ』に誘われるとは思わなかったけどな」
「行くのかァ?」
「絶対に行かない。死にたくないからな」

 フンと鼻を鳴らし、ケインは服屋を目指して歩き始める。

「……あァそういや、ケインって【異能力】を持ってたのかァ?」
「【異能力】?」
「さっきユキが言ってただろォ? エクスなンとかって奴はケインが【異能力】を持ってる事ォ知ってるとかァ」
「そういや言ってたな……あんまり【異能力】の事は言いたくないんだが……俺の【異能力】は【敏感肌】ってやつだ。文字通り、肌が敏感になる。取り分け俺は、手の触覚が敏感なんだ。前にサイクロプスを倒した時、俺が地面に手を付けてただろ? あれは手から感じる振動で、モンスターの大きさと重さ、来てる方向と距離を確認してたんだ」
「なるほどなァ。シャルロットは知ってンのかァ?」
「言ってない。こんなヘボい【異能力】なんて、あってないようなものだからな」

 ──【敏感肌】。
 ケインの説明した通り、肌の感覚──触覚と呼ばれる機能が鋭敏になる【異能力】だ。
 幼い頃に発現した【異能力】が、ヴァルハード家で引き継がれる【異能力】じゃないと知った時は絶望したが。

「ンなら、ユキが言ってた探索者依頼クエストってのァなンだァ?」
「都市に住んでる住人が、『探索者』に依頼を出す事だ。なんて言えばいいかな……『地界の迷宮ダンジョン』の副産物が欲しいとか、薬を作るのに必要な薬草を取ってきて欲しいとか、モンスターの素材が欲しいとか──『地界の迷宮ダンジョン』に行ったっきり帰ってこない人を探して欲しいとか。そんな感じで住民が『探索者』に依頼を出して、依頼を達成した時の報酬を話し合う。お互いが納得する依頼内容と報酬だったら、探索者依頼クエストが成立する、って感じだな」

 近くにあった服屋に入り、黒色の長いローブを手に取る。
 試着する事なく支払いを終え、すぐに黒いローブを身に付けた。

「『第五区画』で薬を買った後に行ってみるか? 口で説明するよりも実際に見た方がわかりやすいだろうしな」
「おォ」

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