追放騎士のダンジョン探索記
15話
「──それじゃあ、階級持ちによる定例会議を始めようか。立会人兼書記は『探索者組合』の職員──を、いつもならお願いするんだけど、どうやら『探索者組合』の職員は今の時期忙しいみたいだから、今回は『探索者補助隊』のエルファ・ドーンズさんにお願いするよ」
「え、エルファ・ドーンズです。今日はよろしくお願いします」
──階級持ちの生活拠点にある、それなりの大きさの会議室。
シャルロットたち階級持ちは、そこに集められていた。
「今日集まってもらったのは……『銅級』が五人に、『銀級』がニ人。『金級』はボク一人だけか」
「バハムートのオッサン、今まで一度も階級持ちの定例会議に来た事ねぇよな」
「もう、アランさん! 『金級』の方をおっさん呼びしてはいけませんよ?!」
「まあまあ……他に来ていない『銅級』は四人、『銀級』はニ人。そして『金級』一人だけど……全員、四十五階層の『安全階層』にいると見ていいのかな?」
「い、いえ、『銅級』のソフィア・オルヴェルグさんとリンゼ・アーヴァさんは仕事の都合で来れないとの報告を受けています。『銀級』のクラヴィ・マスカレードさんは……どこにいるのか不明です。その他の方々は、みな『安全階層』にいる事を確認しています」
「よし、なら始めようか──我々階級持ちによる会議を」
円卓に腰掛けるエクスカリオンが、ゆっくりと卓上に肘を付けた。
その場にいる階級持ち全員の顔を見回し──アランレイズとジャンヌ、シャルロット以外の階級持ちは背筋を伸ばす。
「それじゃあ、『銀級』から近況報告をお願いできるかな」
「オレの方は何もねぇ。最近この都市に来た混血者が目障りだって事ぐれぇだな」
「ジャンヌの方は?」
「無視かよ……」
「私の方も、特に報告するような事はないですね。あ、でも! いつもは一人で探索しているシャルロットさんが、最近はお弟子さんを見つけたようで! 一人で探索していないようでとってもとっても安心しています!」
にこやかに笑うジャンヌの言葉に──ケインの事だ、とエルファは確信する。
しかし──何故ケインとシャルロットが一緒に探索しているのかは謎だが。
「……次は『銅級』だね。シャルロットから頼めるかな?」
「どうして私からなのかわからないけれど……ジャンヌの言った通り、最近は『魔法師』と一緒に探索をしているわ。と言っても、特別に強いわけではないし、この場で話すような事ではないと思うのだけど」
「そうかい? ボク個人としては、非常に気になるな──単独で『地界の迷宮』攻略をしていたキミの、初めての弟子の事なんて」
「……そう? 期待しているような話はできないのだけど……前に魔獣化したフレア・ドレイクを討伐した時に、たまたまその場にいた『探索者』よ。強くなりたいって言って折れなかったから、私の方が折れてしまったの」
──嘘だ。
シャルロットの言葉に、エルファは真っ先に心の中で返事を返した。
あのケインが、強くなりたい? そんな事は言わない。今日を生きるのに必死な男だ、ケインという『探索者』は。罷り間違っても、そんな事を言うはずがない。
「なるほど。他の『銅級』は? 何か報告はあるかな?」
エクスカリオンの言葉に、シャルロット以外の『銅級』は黙って顔を背けた。
「うん、特になさそうだね。それじゃあ、一ヶ月後に迫っている『大規模攻略』の話に移ろうか」
──ピリッと、空気が張り詰める。
それも当然だ。今エクスカリオンが口にした言葉は、階級持ちの自分たちですら命を落としかねないのだから。
──『大規模攻略』。それは、階級持ちの『探索者』がまだ見ぬ階層を攻略する事。
期間は最低でも一ヶ月以上。攻略中に死んでしまった『探索者』は数知れず。何が起こるかわからない『地界の迷宮』の、その先へと挑む半月に一度の大規模な探索。
現在攻略しているのは、六十五階層──次は、六十六階層からだ。
「と言っても、『安全階層』の維持に人員を割かれている今、そこまで深くを探索するつもりはない。目標は七十階層、無理そうなら引き上げる。その予定だよ」
「あぁ? そりゃこの銅級共と足並み揃えたらって話だろ? つーかそもそも、『大規模探索』にコイツら必要ねぇだろ。オレら三人だけで充分だっての」
「……今回ばかりは、アランさんに同意ですね。単独で四十階層まで探索した、魔獣を一人で討伐できる、特殊な魔法や【異能力】が使える──それらは、階級持ちとして当然の条件です。しかし、我々『銀級』と『銅級』は、いささか戦力の差があり過ぎるかと。エクス、今回は『銅級』の方々と『大規模攻略』を行うのは考え直した方が良いと思います」
──『銅級』は力不足だという言葉に、だが誰も反論ができない。
この場にいる『銅級』全員が『銀級』一人に襲い掛かったとしても──おそらく、一撃も与えられずに返り討ちとなる。それほどまでにデタラメな存在なのだ、『銀級』という『探索者』は。
「そうだね。酷な話だけど、ボクもそう思う。というわけで、今回の『大規模攻略』にはボクたち三人と──シャルロットの弟子にも来てもらおうと思う」
「……私の弟子?」
「うん。キミの弟子というのは、強くなりたいと言っているんだろう? 『大規模攻略』に参加すれば、何者よりも早く成長できると思うんだけど」
「……そ、うね……それは、そうだけど……」
「弟子を一人にするのが不安ならば、キミも一緒に来てもらって構わない。ボク個人の意見としては、キミの実力は『銀級』にも匹敵するだろうから。キミが弟子をカバーすれば問題ないと思うな」
──コイツ、ケインを『大規模攻略』に連れて行くつもりだ。
だが何故だ? ケインの家名の事も、シャルロットは何一つとしてエクスカリオンを伝えてはいない。
なのに──何故、ケインを『大規模攻略』に連れて行こうとする? 理由が不明だ。
「あの……質問、いいですか?」
「うん、何かな?」
「アルルヴィーゼさんの弟子──ケインさんのことですよね? あの人の実力では、『大規模攻略』は厳しいかと思うのですが……」
「──あ? なんだテメェ。エクスに反論する気かオイコラ」
「ひぃ?! い、いえ! そ、そのような事は!」
「まあ、そう思うのも当然だよね。彼は『土魔法』と『幻魔法』しか使えない『人類族』だ。どうやら調べた所だと【異能力】も持っているみたいだけど、戦闘では全く役に立たないようだし。力不足も良い所──だけど彼は、十四回も魔獣から逃げ切っている。それも単独で、だ」
──階級持ちの面々が一斉に騒めき立つ。
それもそうだ。魔獣とは死神、遭遇してしまったならば死を覚悟するしかない──と言われている存在だ。
ある者は命を懸け、ある者は勇気を振り絞り、ある者は逃げる事が叶わず戦いを余儀なくされ、ある者は持てる全てをぶつけ──この場にいる『探索者』は、そうして階級持ちという称号を与えられた。
なのに──そんな魔獣から、十四回も逃げ延びた? それも、大した魔法や【異能力】を持っていない『人類族』が?
「はっ──あぁ?! 階級持ちですらねぇクソザコ『探索者』が、十四回も魔獣と遭遇して生きてんのか?! あり得ねぇだろ?!」
「あらあらまあまあ……あの子、そんなに強かったのですね……」
驚きに目を剥くアランレイズが、机を叩きながら立ち上がる。
頬に手を当てるジャンヌが、その顔から笑みを消した。
「……だからと言って、いきなり彼を『大規模攻略』に連れて行くのはどうかと思うわ。間違いなく、彼は死ぬわよ」
「単独で三十一階層まで潜っている実力者だ。そこまで心配する必要はないと思うけどな」
「『土魔法』と『幻魔法』しか使えねぇ奴がッ、一人で三十一階層まで攻略してるだと……?! いやあり得ねぇだろッ?!」
「そう、あり得ないんだ。だからこそ、彼を『大規模攻略』に連れて行って、その強さを実際に見てみたい。というわけだからシャルロット、君の弟子にも聞いておいてくれ。できるだけ良い返事を期待してるよ」
「……彼が断ったら、どうするの?」
「その時は諦めるさ。無理矢理連れて行く事はできないからね」
──そうだ。そもそも、ケインにはこの誘いに乗る必要はない。
ケインが断れば、エクスカリオンの思惑は根底から崩れる。
あの安全第一の『探索者』が、この誘いを了承するはずがない。
──なのに、どうにも不安が消えない。
「とりあえず、今回の定例会議はこれで終了にしようかな。アランとジャンヌ、一ヶ月後の『大規模攻略』の準備をしておいてくれ」
「……あぁ」
「はい」
「シャルロットは、弟子への声かけを頼むよ」
「……わかったわ。返事には期待しない方がいいと思うけれど」
「あはは」
エクスカリオンの言葉を締めに、階級持ちたちは部屋を出て行く。
少し遅れて退室するエルファに、シャルロットは近づいて声を掛けた。
「ちょっといいかしら?」
「え? あ、はい」
エルファを連れ出し、生活拠点を出る。
困惑した様子のエルファが、不思議そうにシャルロットに問いかけた。
「あ、あの……何かご用ですか?」
「……あなた、ケインについてどう思う?」
「えっ──え?! ケインさんをっ、どう思うって……そ、それは、その……」
「聞き方が悪かったわね。ケインは強いと思う?」
一瞬で顔を真っ赤にするエルファに、シャルロットは言葉を変えて再度問い掛ける。
……この子、ケインに惚れているのか。
今の反応を見れば、誰だってわかる。ともすれば、ケイン本人にも恋心がバレているのではないだろうか?
「……ケインさんは、強くはないです。モンスターと戦うのも避けてますし、今でこそ安定して探索をしていますが、昔は何度も何度もボロボロになって帰還していましたから」
「そうよね……」
「でも、ケインさんは自分の弱さをわかってます。わかってて、それを受け入れる強さを持っています。だから……自分にできる事とできない事をわかっていて、それを割り切っているケインさんは、そういう意味では強いです」
弱いけど強い。
己にできる事とできない事を若くして理解し、できる事のみを鍛えて磨いた。
故に、彼は『土魔法』と『幻魔法』を鍛え上げ、己の索敵能力を磨き上げた。
そう──己は強くなれないと割り切って。
「『探索者』の方は、みんな意気揚々と『地界の迷宮』に潜っています。自分は死なないと、殺されないと自信を持って」
「……………」
「朝会った『探索者』が、永遠に帰って来ない……そんな事は、何度もありました。だけど、ケインさんは違います。嫌々『地界の迷宮』に潜って、ヘラヘラと笑って帰還する。そんな方なんです、ケインさんは。どれだけ血迷ったとしても、『大規模攻略』に参加するような方ではありません。ですから、シャルロットさんが心配するような事にはならないかと。エクスカリオンさんは、どうやらケインさんに固執しているみたいですが……ケインさんが断れば、『大規模攻略』に参加する事もないと思います」
「……エクスカリオンが、何か良からぬ事……それこそ、ケインを無理矢理『大規模攻略』に連れて行くような事はないと?」
「あれだけの大勢の前で、断られたら諦めると明言したんです。断られたのに無理矢理連れて行くような事があれば、それこそエクスカリオンとしては望まない結果なのでは?」
こちらの聞きたい事を、全て理由を付けて答えてくれる。
予想以上に頭の回るエルファの言葉に、シャルロットは少し安心したように肩から力を抜いた。
「……そうね。ケインと付き合いの長いあなたが言うのなら、それを信じるわ」
「その……質問になるんですけど、シャルロットさんはなんでケインさんと一緒に探索をされているんですか?」
「……………」
エルファの質問に、シャルロットは沈黙を返す。
数秒ほど考えるように眉を寄せ──ビシッと、指先をエルファに突きつけた。
「……………」
「え、と……シャルロットさん? これは、その……どういう……?」
「負けないから」
「え?」
「私がケインとパーティーを組んでいる理由が聞きたいんでしょう? その返答よ。負けないから」
それだけを言い残し、シャルロットは金髪を翻して生活拠点へと引き返して行く。
ポツンと残されたエルファは、胸に手を当てて呟いた。
「……とんでもない人が、強敵になっちゃったなぁ……」
「え、エルファ・ドーンズです。今日はよろしくお願いします」
──階級持ちの生活拠点にある、それなりの大きさの会議室。
シャルロットたち階級持ちは、そこに集められていた。
「今日集まってもらったのは……『銅級』が五人に、『銀級』がニ人。『金級』はボク一人だけか」
「バハムートのオッサン、今まで一度も階級持ちの定例会議に来た事ねぇよな」
「もう、アランさん! 『金級』の方をおっさん呼びしてはいけませんよ?!」
「まあまあ……他に来ていない『銅級』は四人、『銀級』はニ人。そして『金級』一人だけど……全員、四十五階層の『安全階層』にいると見ていいのかな?」
「い、いえ、『銅級』のソフィア・オルヴェルグさんとリンゼ・アーヴァさんは仕事の都合で来れないとの報告を受けています。『銀級』のクラヴィ・マスカレードさんは……どこにいるのか不明です。その他の方々は、みな『安全階層』にいる事を確認しています」
「よし、なら始めようか──我々階級持ちによる会議を」
円卓に腰掛けるエクスカリオンが、ゆっくりと卓上に肘を付けた。
その場にいる階級持ち全員の顔を見回し──アランレイズとジャンヌ、シャルロット以外の階級持ちは背筋を伸ばす。
「それじゃあ、『銀級』から近況報告をお願いできるかな」
「オレの方は何もねぇ。最近この都市に来た混血者が目障りだって事ぐれぇだな」
「ジャンヌの方は?」
「無視かよ……」
「私の方も、特に報告するような事はないですね。あ、でも! いつもは一人で探索しているシャルロットさんが、最近はお弟子さんを見つけたようで! 一人で探索していないようでとってもとっても安心しています!」
にこやかに笑うジャンヌの言葉に──ケインの事だ、とエルファは確信する。
しかし──何故ケインとシャルロットが一緒に探索しているのかは謎だが。
「……次は『銅級』だね。シャルロットから頼めるかな?」
「どうして私からなのかわからないけれど……ジャンヌの言った通り、最近は『魔法師』と一緒に探索をしているわ。と言っても、特別に強いわけではないし、この場で話すような事ではないと思うのだけど」
「そうかい? ボク個人としては、非常に気になるな──単独で『地界の迷宮』攻略をしていたキミの、初めての弟子の事なんて」
「……そう? 期待しているような話はできないのだけど……前に魔獣化したフレア・ドレイクを討伐した時に、たまたまその場にいた『探索者』よ。強くなりたいって言って折れなかったから、私の方が折れてしまったの」
──嘘だ。
シャルロットの言葉に、エルファは真っ先に心の中で返事を返した。
あのケインが、強くなりたい? そんな事は言わない。今日を生きるのに必死な男だ、ケインという『探索者』は。罷り間違っても、そんな事を言うはずがない。
「なるほど。他の『銅級』は? 何か報告はあるかな?」
エクスカリオンの言葉に、シャルロット以外の『銅級』は黙って顔を背けた。
「うん、特になさそうだね。それじゃあ、一ヶ月後に迫っている『大規模攻略』の話に移ろうか」
──ピリッと、空気が張り詰める。
それも当然だ。今エクスカリオンが口にした言葉は、階級持ちの自分たちですら命を落としかねないのだから。
──『大規模攻略』。それは、階級持ちの『探索者』がまだ見ぬ階層を攻略する事。
期間は最低でも一ヶ月以上。攻略中に死んでしまった『探索者』は数知れず。何が起こるかわからない『地界の迷宮』の、その先へと挑む半月に一度の大規模な探索。
現在攻略しているのは、六十五階層──次は、六十六階層からだ。
「と言っても、『安全階層』の維持に人員を割かれている今、そこまで深くを探索するつもりはない。目標は七十階層、無理そうなら引き上げる。その予定だよ」
「あぁ? そりゃこの銅級共と足並み揃えたらって話だろ? つーかそもそも、『大規模探索』にコイツら必要ねぇだろ。オレら三人だけで充分だっての」
「……今回ばかりは、アランさんに同意ですね。単独で四十階層まで探索した、魔獣を一人で討伐できる、特殊な魔法や【異能力】が使える──それらは、階級持ちとして当然の条件です。しかし、我々『銀級』と『銅級』は、いささか戦力の差があり過ぎるかと。エクス、今回は『銅級』の方々と『大規模攻略』を行うのは考え直した方が良いと思います」
──『銅級』は力不足だという言葉に、だが誰も反論ができない。
この場にいる『銅級』全員が『銀級』一人に襲い掛かったとしても──おそらく、一撃も与えられずに返り討ちとなる。それほどまでにデタラメな存在なのだ、『銀級』という『探索者』は。
「そうだね。酷な話だけど、ボクもそう思う。というわけで、今回の『大規模攻略』にはボクたち三人と──シャルロットの弟子にも来てもらおうと思う」
「……私の弟子?」
「うん。キミの弟子というのは、強くなりたいと言っているんだろう? 『大規模攻略』に参加すれば、何者よりも早く成長できると思うんだけど」
「……そ、うね……それは、そうだけど……」
「弟子を一人にするのが不安ならば、キミも一緒に来てもらって構わない。ボク個人の意見としては、キミの実力は『銀級』にも匹敵するだろうから。キミが弟子をカバーすれば問題ないと思うな」
──コイツ、ケインを『大規模攻略』に連れて行くつもりだ。
だが何故だ? ケインの家名の事も、シャルロットは何一つとしてエクスカリオンを伝えてはいない。
なのに──何故、ケインを『大規模攻略』に連れて行こうとする? 理由が不明だ。
「あの……質問、いいですか?」
「うん、何かな?」
「アルルヴィーゼさんの弟子──ケインさんのことですよね? あの人の実力では、『大規模攻略』は厳しいかと思うのですが……」
「──あ? なんだテメェ。エクスに反論する気かオイコラ」
「ひぃ?! い、いえ! そ、そのような事は!」
「まあ、そう思うのも当然だよね。彼は『土魔法』と『幻魔法』しか使えない『人類族』だ。どうやら調べた所だと【異能力】も持っているみたいだけど、戦闘では全く役に立たないようだし。力不足も良い所──だけど彼は、十四回も魔獣から逃げ切っている。それも単独で、だ」
──階級持ちの面々が一斉に騒めき立つ。
それもそうだ。魔獣とは死神、遭遇してしまったならば死を覚悟するしかない──と言われている存在だ。
ある者は命を懸け、ある者は勇気を振り絞り、ある者は逃げる事が叶わず戦いを余儀なくされ、ある者は持てる全てをぶつけ──この場にいる『探索者』は、そうして階級持ちという称号を与えられた。
なのに──そんな魔獣から、十四回も逃げ延びた? それも、大した魔法や【異能力】を持っていない『人類族』が?
「はっ──あぁ?! 階級持ちですらねぇクソザコ『探索者』が、十四回も魔獣と遭遇して生きてんのか?! あり得ねぇだろ?!」
「あらあらまあまあ……あの子、そんなに強かったのですね……」
驚きに目を剥くアランレイズが、机を叩きながら立ち上がる。
頬に手を当てるジャンヌが、その顔から笑みを消した。
「……だからと言って、いきなり彼を『大規模攻略』に連れて行くのはどうかと思うわ。間違いなく、彼は死ぬわよ」
「単独で三十一階層まで潜っている実力者だ。そこまで心配する必要はないと思うけどな」
「『土魔法』と『幻魔法』しか使えねぇ奴がッ、一人で三十一階層まで攻略してるだと……?! いやあり得ねぇだろッ?!」
「そう、あり得ないんだ。だからこそ、彼を『大規模攻略』に連れて行って、その強さを実際に見てみたい。というわけだからシャルロット、君の弟子にも聞いておいてくれ。できるだけ良い返事を期待してるよ」
「……彼が断ったら、どうするの?」
「その時は諦めるさ。無理矢理連れて行く事はできないからね」
──そうだ。そもそも、ケインにはこの誘いに乗る必要はない。
ケインが断れば、エクスカリオンの思惑は根底から崩れる。
あの安全第一の『探索者』が、この誘いを了承するはずがない。
──なのに、どうにも不安が消えない。
「とりあえず、今回の定例会議はこれで終了にしようかな。アランとジャンヌ、一ヶ月後の『大規模攻略』の準備をしておいてくれ」
「……あぁ」
「はい」
「シャルロットは、弟子への声かけを頼むよ」
「……わかったわ。返事には期待しない方がいいと思うけれど」
「あはは」
エクスカリオンの言葉を締めに、階級持ちたちは部屋を出て行く。
少し遅れて退室するエルファに、シャルロットは近づいて声を掛けた。
「ちょっといいかしら?」
「え? あ、はい」
エルファを連れ出し、生活拠点を出る。
困惑した様子のエルファが、不思議そうにシャルロットに問いかけた。
「あ、あの……何かご用ですか?」
「……あなた、ケインについてどう思う?」
「えっ──え?! ケインさんをっ、どう思うって……そ、それは、その……」
「聞き方が悪かったわね。ケインは強いと思う?」
一瞬で顔を真っ赤にするエルファに、シャルロットは言葉を変えて再度問い掛ける。
……この子、ケインに惚れているのか。
今の反応を見れば、誰だってわかる。ともすれば、ケイン本人にも恋心がバレているのではないだろうか?
「……ケインさんは、強くはないです。モンスターと戦うのも避けてますし、今でこそ安定して探索をしていますが、昔は何度も何度もボロボロになって帰還していましたから」
「そうよね……」
「でも、ケインさんは自分の弱さをわかってます。わかってて、それを受け入れる強さを持っています。だから……自分にできる事とできない事をわかっていて、それを割り切っているケインさんは、そういう意味では強いです」
弱いけど強い。
己にできる事とできない事を若くして理解し、できる事のみを鍛えて磨いた。
故に、彼は『土魔法』と『幻魔法』を鍛え上げ、己の索敵能力を磨き上げた。
そう──己は強くなれないと割り切って。
「『探索者』の方は、みんな意気揚々と『地界の迷宮』に潜っています。自分は死なないと、殺されないと自信を持って」
「……………」
「朝会った『探索者』が、永遠に帰って来ない……そんな事は、何度もありました。だけど、ケインさんは違います。嫌々『地界の迷宮』に潜って、ヘラヘラと笑って帰還する。そんな方なんです、ケインさんは。どれだけ血迷ったとしても、『大規模攻略』に参加するような方ではありません。ですから、シャルロットさんが心配するような事にはならないかと。エクスカリオンさんは、どうやらケインさんに固執しているみたいですが……ケインさんが断れば、『大規模攻略』に参加する事もないと思います」
「……エクスカリオンが、何か良からぬ事……それこそ、ケインを無理矢理『大規模攻略』に連れて行くような事はないと?」
「あれだけの大勢の前で、断られたら諦めると明言したんです。断られたのに無理矢理連れて行くような事があれば、それこそエクスカリオンとしては望まない結果なのでは?」
こちらの聞きたい事を、全て理由を付けて答えてくれる。
予想以上に頭の回るエルファの言葉に、シャルロットは少し安心したように肩から力を抜いた。
「……そうね。ケインと付き合いの長いあなたが言うのなら、それを信じるわ」
「その……質問になるんですけど、シャルロットさんはなんでケインさんと一緒に探索をされているんですか?」
「……………」
エルファの質問に、シャルロットは沈黙を返す。
数秒ほど考えるように眉を寄せ──ビシッと、指先をエルファに突きつけた。
「……………」
「え、と……シャルロットさん? これは、その……どういう……?」
「負けないから」
「え?」
「私がケインとパーティーを組んでいる理由が聞きたいんでしょう? その返答よ。負けないから」
それだけを言い残し、シャルロットは金髪を翻して生活拠点へと引き返して行く。
ポツンと残されたエルファは、胸に手を当てて呟いた。
「……とんでもない人が、強敵になっちゃったなぁ……」
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