追放騎士のダンジョン探索記

ibis

13話

 ──目が焼けた。
 濃霧の中でも圧倒的な光を放つ剣身を前に、シャルロットはそんな錯覚を覚えた。
 だが、全く目は痛くない。目が覚めるというか、自然と目に入って来るというか……なんとも不思議な光だ。
 そう思ったのも束の間。今度は全身を灼くような熱に、シャルロットの体から汗が噴き出す。
 ──熱い。暑い。この場にいるだけで、体が焦げて無くなってしまいそうなほど。

「……なン、だァ……アレァ……?!」

 ひたいから流れ出る汗を拭おうともせず、アクセルは驚愕に目を見開いた。
 ──朝焼け色の光を放つ、実体があるのかないのか不明な剣身。
 その場に存在するだけで、周りの全てを灼き尽くしてしまうその剣は、魔剣と呼ぶに相応しい。
 よく見ると、ケインの着ている服の右腕部分が焼けて無くなっていた。
 離れているシャルロットとアクセルですら、これほどの熱を感じているのに……実際にあの剣を持っているケインは──

「ふッ、ぐぅ──あああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」

 裂帛の雄叫びを上げ、ケインは魔剣を振り抜いた。
 その場で円を描くように回転し──魔剣から、斬撃が放たれる。
 否、斬撃ではない。伸びているのだ、眩い剣身が。
 朝焼け色の剣身は濃霧を裂き、優しい閃光と共にシャルロットの頭上を走り抜け──
 ──全身が焦げて無くなったかのような熱。
 一瞬、剣身が掠めたかと思ったが、シャルロットの体に異常はない。剣身は、ただ頭上を通り過ぎただけだ。
 ただ通り過ぎただけ──それに間違いはない。なのに、全身が燃えたかのような感覚。
 その威力は、見ての通りだった。

「グッ、ギ……」
「ギギッ……」
「ジジジッ、ギギギ……」

 ──アクセルが索敵した、十七匹の魔獣化トレント。
 その全てが、中部付近から真っ二つに斬り裂かれていた。
 そして──ボウッッ!! と魔獣化トレントの体が、朝焼け色の不思議な炎に包まれる。
 優しい光を放つ炎は、瞬く間に魔獣化トレントを灼き尽くし──その場に残ったのは、『探索者』三人だけだった。
 辺りの景色が再び濃霧に包まれ──ケインが地面に倒れ込み、シャルロットは我に返った。

「ケッ、ケイン!」

 【瞬歩】で距離を詰め、ケインの体を抱き起こす。
 ──ドロッと、ケインの口から大量の血が零れ落ちた。両目からも血涙が流れ出る。魔剣を持っていた右手は、肘辺りまで酷く爛れていた。
 手から抜け落ちた魔剣は、その輝きを失っている。そこにあるのは、何の変哲もない白銀の剣だ。

「何っ、これ……ちょ、ちょっとケイン! しっかりしなさい!」
「オイ! とりあえず『地界の迷宮ダンジョン』を出るぞォ!」
「で、でも、ケインが……」
「ヤベェのァ見りゃわかるッ! だがオレもお前も回復薬なンざ持ってねェだろォ?! とっとと『地界の迷宮ダンジョン』を出ねェとケインが死ぬぞォ! オレがケインを担ぐ、お前は出てくるモンスターをどうにかしろォ!」
「わ、わかったわ……」

 ──“魔剣 レーヴァテイン”。
 ケインの家に伝わる、家宝の一つ。
 曰く、その熱は全てを焼き殺す。曰く、その一振りは周りの全てを斬り燃やす。曰く、その閃きは見る者全てを魅力する。
 そして──曰く、その魔剣の熱は、使用者すらも蝕み焼き尽くす。

 森羅万象を焼き尽くすこの魔剣は、使用者の魔力を消費し、実体のない炎刃えんじんを出現させ、敵を殲滅する。
 その消費魔力は、一般人では到底足りない。無論、人より魔力が多いケインも例外ではない。
 だが、ケインは炎刃を出現させ、魔獣化トレントの群れを殲滅させるためにそれを振るった。
 ──問題だったのだ。

 魔力不足の状態でも、魔法を使用する事ができる。その際、己の生命力を消費して魔力を作り出し、魔法を使用する事になる。
 今のケインは──自身では到底足りない魔力を、己の生命力で補い、炎刃を振るったのだ。
 故に──死にかけている。

 そう。一度振るうだけで、死にかけるのだ。
 そのため、“魔剣 レーヴァテイン”は使えない魔剣と呼ばれ、家宝として置いてあるだけになっていたのだ。

「オイ! 上への階段はどっちだァ?!」
「こ、こっちよ! 私が先導するわ、あなたは後から付いてきなさい!」
「言われなくてもわかってらァッ!」

 落ちていた魔剣をケインの鞘に収め、ケインを背負い上げる。
 血が足りないと叫ぶ体を行使し、アクセルは細剣を片手に駆け出すシャルロットの背中を追いかけた。

─────────────────────

「──『エクス・ヒール』」

 『地界の迷宮ダンジョン』入口にある『探索者補助隊カバーズ』のテント前。
 エルファの手に淡い光が宿り──ケインの体を優しく包み込む。
 ケインの右腕の火傷がみるみる内に治り──元の右腕に戻った。
 濡れたハンカチで目元と口元を拭い、付着した血を拭き取る。
 テキパキとした動きで処置を終えたエルファは、満足したように息を吐いた。

「これで大丈夫です。消費した魔力や血液は戻ってませんから、今日一日は絶対に安静にしておいてくださいね。もしケインさんが探索に来ても、ここで追い返しちゃいますから」
「……ありがとう。助かったわ」
「いえそんな! ……けど……ケインさんがここまで怪我をするなんて、いつ振りでしょうか。何があったんですか?」
「……魔獣化したトレントに襲われたのよ。これから『探索者組合ギルド』に報告に行ってくるわ」
「魔獣が……わかりました。ケインさんはどうされます? 目が覚めるまでここで寝かせておきますか?」
「いえ、背負っていくわ。この子が」

 ため息混じりに、アクセルがケインを担ぎ上げた。
 エルファに礼を言い、二人は『探索者組合ギルド』に向かって歩き始める。
 その道中──アクセルは、シャルロットに問い掛けた。

「なァ」
「何かしら?」
「ケインが言ってた、口止めってのァ何だァ? よくわかンねェからずっと黙ってたンだけどよォ」
「賢明な判断ね。とりあえず、魔剣の事は黙っておきなさい。彼にも色々と事情があるみたいだから」
「その事情っての、お前は知らねェのかァ?」
「知っているわ。だけど……本人が隠している事を、そう簡単に言いふらすわけにもいかないでしょう。気になるのなら、本人に聞きなさい」

 冷たいシャルロットの返事に、アクセルは肩を竦めた。
 この女は強い。それこそ、自分以上に。
 強さには自信があった。ハーフだと言ってバカにしてくる『獣人族ワービースト』には、文字通りの鉄拳を食らわせてやった。大人が寄ってたかっても、自分には勝てなかった。
 なのに──今日の短い時間だけで、その慢心を完膚なきまでにへし折られた。
 自分よりも強い魔獣という存在がいた。そんな魔獣を三匹も倒す『人類族ウィズダム』がいた。
 そして──たった一撃で魔獣の群れを殲滅させた、自称戦えない『人類族ウィズダム』がいた。

「凹むなァ……軟弱で脆弱な『人類族ウィズダム』が、オレよりもつえェなンてよォ……」
「……あなたの動きは、悪くはないと思うわ。モンスターに対する戦い方を知れば、階級持ちの『探索者』になれると思う。もっとも、あなたが『探索者』として生計を立てるつもりなら、という話だけど」
「……階級持ち、ってなンだァ?」
「…………あなた、本当に資料をよく読んでないのね……」

 シャルロットの口から、呆れたようなため息が溢れる。
 仕方がないだろう。食べ物を買う金もないし宿泊する宿もない。『探索者』になってすぐに『地界の迷宮ダンジョン』に潜り、金になる物を探さなければならなかったのだから。そう息巻いていた結果、資料を斜め読みしてしまったのだが。

「階級持ちというのは、『探索者』の中でも突出した力を持つ者に与えられる称号よ。『金級ゴールド』、『銀級シルバー』、『銅級ブロンズ』の三つに分かれていて、『金級ゴールド』が最高位になるの。私も『銅級ブロンズ』の称号を『探索者組合ギルド』から与えられているわ」
「ケインも階級持ちって奴なのかァ?」
「ケインは違うわ。普通の『探索者』よ。と言っても、かなり変わった『探索者』なのだけど」

 首を傾げるアクセルに、シャルロットは説明を続ける。

「ケインは、十階層までしか探索をしない『探索者』なの。基本的にはモンスターとも戦おうとしないし、階層の端から端まで探索しないと満足しない……まあ、他の『探索者』からすれば組みづらい思考なのよ」
「へェ……つっても、今日は十六階層まで行ったじゃねェかァ」
「私が無理矢理連れ回しているから。色々と条件があって、私とケインはパーティーを組んでいるのよ」
「その条件ってのァ……ま、教える気ァねェよなァ」

 この条件というのは、ケインの魔剣を黙っていろというのに関係があるのだろう。
 何ともまあ、変な奴らだ。
 アクセルが見るに、ケインとシャルロットでは『探索者』としての実力に雲泥の差がある。もちろん、ケインは魔剣という不思議な力を持っているが……それもシャルロットには隠していた様子。事実、ケインが魔剣を使った時にシャルロットは驚愕していた。
 相手の事もよく知らないのに、よくパーティーとか組めるな──とか思っていると、シャルロットが歩みを止めた。合わせてアクセルも足を止める。

「──やっと見つけたぜ……テメェ、どこほっつき歩いてんだ?」
「……何か用かしら?」
「あ? 階級持ちの定例会議だっての。テメェ、まさか忘れてたってワケじゃぁねぇよな?」

 シャルロットに声を掛けて来たのは、短い茶髪に怪しい紫色の瞳を持つ『獣人族ワービースト』──ケインが以前“魔剣 竜殺し”を使った時に出会った『探索者』、『銀級シルバー』のアランレイズ・ウォルデナだった。
 苛立たしそうにポケットから紙を取り出し、シャルロットに差し出してくる。

「……明日なのね」
「階級持ちで知らねぇのはテメェだけだ。それもこれも、テメェが他の階級持ちと一緒に探索しようとしねぇからな。まだソイツと一緒にチマチマ『地界の迷宮ダンジョン』攻略してんのか? あ?」

 意識のないケインを見て、アランレイズは嘲笑を浮かべた。
 そして──ようやく今気づいたと言わんばかりに、アクセルに視線を向ける。

「……あ? あ? あぁぁぁぁ? どうにもくっせぇと思ったら、混血者ハーフかテメェ」
「……なンだテメェコラ、喧嘩売ってンのかオイあァ?」

 チンピラがチンピラに絡み始めた。
 メンチを切り合う二人は、今にもキスでも始めんと言わんばかりの超至近距離だ。だが、お互いに額に青筋を浮かべているのを見て、今から恋愛物語が始まると思う者は少ないだろう。

「あ? 喧嘩だ? 混血者ハーフが『獣人族ワービースト』になんて口の利き方してんだ? あ?」
「あ? ってさっきから何回も何回もうるせェンだよテメェ。なンだ、高貴な『獣人族ワービースト』様は同じ言葉を何回も繰り返し使う習性でもあるンですかァ? はっ、ヤる事ヤって繁殖する事しか考えてねェような下半身種族は、やっぱ言う事がわかりませンねェ?」
「クソガキテメェオイ──生きて帰れると思うなよ」
「そっくりそのまま、テメェに返すぜェ」

 アランレイズが拳を握り締める。
 対するアクセルも、【硬質化】でガチガチに固まった拳を構えた。
 だが──どちらも手を出さない。先に手を出したら、自分の方が頭が悪いと言っているようなものだからだ。

「……アクセル」
「なンだァ? 今ァこの勘違い野郎をぶっ潰すために頭使ってるからよォ、手短に言ってくれやァ」
「アランレイズ・ウォルデナ。『銀級シルバー』の『探索者』よ。あなたじゃ勝てないわ。先に絡んできたのはアランレイズだけど、悪い事は言わないから引きなさい」
「あァ? ……あァ」

 ──『銅級ブロンズ』のシャルロットと、『銀級シルバー』のアランレイズ。
 忠告と挑発に挟まれたアクセルは──大人しく【硬質化】を解き、拳を引いた。

「あ? なんだオイ、殴らねぇのか? ビビってんのか? あ? ここは人が多いからよ、場所を変えて──」
「アランレイズも、そこまでにしなさい。この子の対人戦の強さは私以上よ。この都市に来たのも今日。階級持ちになるのも時間の問題よ──今はまだ無名の『探索者』と戦って、負けたりしたら……あなた、この都市で生きていけないんじゃないのかしら?」
「…………チッ……」

 アランレイズがポケットに手を突っ込み、苛立たしそうに鋭く舌打ちした。
 当然、舌打ちの相手はアクセルだ。アクセルもアクセルで、嫌悪を剥き出しにしてアランレイズを睨み付けている。

「……テメェ、名前は」
「アクセル・イグナイトだァ……テメェはァ」
「アランレイズ・ウォルデナだ……次に会った時がテメェの命日だ。今の内にやりたい事やっときな」
「はっ、やっぱ下半身種族だなァ生粋の『獣人族ワービースト』様はよォ?! ヤりたい事ヤっときな、とかよく言えるなァ?! 四六時中ヤる事しか考えてねェ奴ァとっとと帰って女と遊ンでなァ!」
「テメェコラ……やっぱここで死んどくかクソガキ……!」

 衝突するチンピラ二人を引き離しながら、今日ほどケインがいたらと思う日はないと思うシャルロットであった。

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