追放騎士のダンジョン探索記

ibis

11話

 ──『地界の迷宮ダンジョン』十五階層。
 アクセル・イグナイトの力は、目を見張るものがあった。
 先ほど魔法の説明で、アクセルは『炎魔法』をぶっぱなすと言っていた。細かな調整を嫌っているとも言っていた。
 『炎魔法』には『バースト』と呼ばれる魔法が存在する。アクセルが言っていた通り、炎をぶっぱなす魔法だ。

「オッ──ラァッッ!!」

 アクセルが拳を振り下ろし──重々しい衝撃音と共に、『地界の迷宮ダンジョン』の床に蜘蛛の巣状の亀裂が走る。
 アクセルの拳と『地界の迷宮ダンジョン』の地面に挟まれたモンスターは──絶叫を上げる間もなく、頭部を爆散させた。
 ──アクセルは、『バースト』を己の推進力として使用していた。
 具体的に説明するならば──肘から炎を噴出し、勢いを付けて【硬質化】でガチガチに固まった拳でモンスターを殴殺している。
 遠く離れたモンスターには、足から炎を噴出して空を飛び、一気に距離を詰めて接近戦に持ち込んで殴り掛かっている。
 そして──どうやらアクセルは任意で自身の体を『獣人族ワービースト』に変身する事ができるようだ。
 頭頂部から生えた狼の耳をピクピクと動かし、安全を確認したアクセルが地面から拳を引き抜いた。

「ふン……口ほどにもねェなァ」
「便利だな、その耳。それでも音とか聞こえるのか?」
「これァ耳じゃねェ、『竜人族ドラゴニュート』の角みてェなもンだァ。これがあるとモンスターの気配とかを察知しやすくなるンだよォ。まァ、そういう器官だって認識してりゃァいいンじゃねェのかァ?」

 返り血をグシグシと拭い取るアクセルに、ケインは安心すると同時に恐怖を感じていた。
 ──『バースト』という短い詠唱をするだけで、アクセルは炎を噴出して自在に動き回る事ができる。
 加えて、アクセルの【硬質化】という能力。簡単に説明するならば、体を固くする【異能力】だ。自身の体ならばどこでも固くする事ができ、強度は鉄以上。熟練者ならば全身を固くする事ができると聞いた事があるが、どうやらアクセルは拳や足、頭部にしか【硬質化】を発動できないらしい。
 しかし、それでも充分に脅威だ。例えば、ケインが頭に剣を振るったのに合わせて、アクセルが頭に【硬質化】を発動すれば──ケインの攻撃を無効化する事ができる。アクセル自身、それを可能にする動体視力と反射神経を持っている。
 贔屓目無しに、アクセルという少年の実力は──『銅級ブロンズ』にも匹敵するだろう。
 そんな事を思いながら、ケインはシャルロットに近づいて声を掛けた。

「……シャルロット的に、アクセルをどう思う?」
「戦い方は対人特化って感じね。と言っても……その状態でも私並みの力があるし、モンスターに対する戦い方を知れば『銀級シルバー』になれるんじゃないかしら?」
「だよな……アイツ、強過ぎるよなぁ……」
「オイ、何コソコソ話してンだァ? ここ十五階層ってトコだろォ? 先に行くのかァ?」

 アクセルの言葉に、ケインは背嚢に付けている懐中時計へ目を向けた。
 ──アクセルという戦闘要員兼索敵要員がいるおかげで、普段ならば夕方前に終わる探索が、昼過ぎに終わっている。
 ならば、この先に進むのも悪くはない。
 ──アクセルという若者へ『地界の迷宮ダンジョン』の厳しさを教えるのに、十六階層を見せるのも良いだろう。

「つってもなぁ……十六階層かぁ……」
「この調子なら、十六階層とか余裕だろォ? とっとと階段を見つけて先に行く方がいいだろォ」
「……ま、いいや。なら行くか──魔境、十六階層に」

 ──魔境 十六階層。
 それは、『樹海地帯』を抜けた『探索者』を襲う、文字通りの魔境だ。
 魔境と呼ばれている理由は……十六階層に行けばわかるだろう。
 興奮した様子のアクセルを宥めながら、ケインたちは十六階層への階段を探し始めた。

─────────────────────

 ──『地界の迷宮ダンジョン』の十六階層から二十五階層までは、『濃霧地帯』と呼ばれる。
 その名の通り、階層全域を支配する濃い霧が原因で、視力がほとんど意味を成さないからだ。
 階層の構造は『洞窟階層』と同じだが、その濃い霧が原因で、『濃霧地帯』と名付けられている。
 そして──十六階層以降は、『地界の迷宮ダンジョン』内の魔力が格段に濃くなる。
 そうなれば必然、魔力の影響を受けた強力なモンスターがウヨウヨ徘徊しているわけだ。
 そう言った意味から、『濃霧地帯』以降は魔境と呼ばれている。

「スッゲェ霧だなァ……ほとんど何も見えねェじゃねェかァ」
「索敵はできそうか?」
「あァ、問題ねェ」
「なら、引き続き索敵を頼む。シャルロットも索敵を──なんでお前楽しそうなの?」
「あら、ごめんなさい。『濃霧地帯』は特訓するのに丁度いいから、『探索者』になったばかりの頃はよく来ていたの。出てくるモンスターもそれなりの強さだし、霧で索敵能力も鍛えられるし……そんな時を思い出して、つい懐かしくなって」

 ──何ともまあ、頼りになる『探索者』だ。
 『樹海地帯』でシャルロットの索敵能力に驚かされたが……視界が意味を為さない『濃霧地帯』で特訓をしていたのであれば納得だ。

「ケインは『濃霧地帯』に来た事はあるの?」
「今回で三回目だ。つっても、五年以上は前の事だからな。あの頃は金が無くて焦ってたから、遮二無二『地界の迷宮ダンジョン』の深くまで潜ってたけど……よく生きてたな、俺」
「……それは、一人でって話よね?」
「そりゃな。もちろん、戦う事なんてしてないぞ? 『幻魔法』で姿と足音と匂いを完全に消して、ひたすら副産物を回収していただけだし」
「あなた、本当に器用ね。『幻魔法』をそこまで極めた『魔法師ウィザード』なんて、そうそういないと思うのだけど」
「『幻魔法』の扱いなら負ける気がしないな。まあ逆に、俺には『幻魔法』と『土魔法』しかないけど」

 ヘラヘラと笑うケインに、また誤魔化されたとシャルロットはため息を吐いた。
 ──ケイン・ヴァルハードは、役に立たない上に変な信条を持った『探索者』と知られている。
 だが──この数日で、シャルロットはケインという『探索者』を理解しつつあった。
 ──戦わずに強い。それがケインだ。
 シャルロット自身、強さに自信があった。どんなに強いモンスター相手にも、安定した戦いができる──と、少し前までは思っていた。
 一昨日、ケインは酔っ払った時に言っていた。自分は最高でも三十一階層までしか潜った事がない、三十二階層はモンスターが強過ぎて普通に逃げた、と。
 そう──ケインは単独で、三十二階層まで潜っているのだ。
 シャルロットでさえ、『濃霧地帯』である二十五階層の先──『溶岩地帯』と呼ばれている二十六階層以降は、安全を期すために他の『探索者』と組む事を考える……なのに。
 ケインは、一人で『溶岩地帯』を三十二階層まで潜っている。三十一階層までならば、安全を確保しながら攻略している。
 ──戦う必要はない。できる限り戦闘を避け、騙せるモンスターは騙してやり過ごす。戦わなければいけない相手には、自身の持てる限りの力をぶつけて対処する。それができる『探索者』なのだ、ケインという男は。
 一体、どれだけの過去があれば──一人で『溶岩地帯』を三十二階層まで潜る事ができるのだろうか?

「……本当、人って見かけによらないわね」
「さっきから何言ってんだ? それより索敵の方は──」
「何か来てるなァ……デカい奴だァ……ケイン、どうするゥ?」
「デカい……十六階層以降なら、ある程度は絞れるか」

 言いながら、ケインは両手を地面に付けた。
 ──足音はある──振動的に二本足で一匹──大きいと言うよりはデブという感じ──十六階層以降で遭遇するモンスターで、これらに該当するのは一匹──
 地面から手を離し、ケインは手の上に茶色の魔法陣を浮かべた。

「初撃は俺に任せろ。その後は任せる」
「……えぇ、わかったわ」
「いや、今ので何がわかンだよォ……」

 シャルロットが素早く細剣を抜き、アクセルがため息を吐きながら拳を構えた。
 やがて響き始める、重圧的な振動を伴う足音。
 ──煌々と輝く単眼に、五メートルを超える巨躯。片手に持つ棍棒は、ケイン二人分くらいの大きさがある。あれで殴られたら即死だろう。
 サイクロプス──『濃霧地帯』以降で出現する強敵だ。
 ケインたち三人を見つけたサイクロプスは、雄叫びを上げて突っ込んでくる。

「さて──『アースド・ホール』」
「オオオオオォ──ォグァッ?!」

 棍棒を肩に担いで駆け出したサイクロプスが、勢い良く地面に倒れ込んだ。
 よく見ると、サイクロプスの足元に大きな穴が空いている。先ほどまではなかった穴だ。

「シャルロット! アクセル!」
「【瞬歩】!」
「【硬質化】ッ、『バースト』ォ!」

 シャルロットが一気に距離を潰し、サイクロプスの単独に細剣を突き刺した。
 痛みに悶えるサイクロプス──その頭に、アクセルの鉄拳が叩き込まれる。
 サイクロプスの頭部は一瞬で叩き潰され──辺りに血が飛び散った。

「さすがだな」
「ケインの魔法のおかげよ。サイクロプスなんて、普通はこんなに早く倒せないんだから」
「はン。普通のモンスターじゃ話になンねェなァ。オレもよく知らねェが、モンスターってのァ魔力の影響を受けて魔獣ってのになンだろォ? それが相手だったら、もう少し楽しめたかもなァ」
「あのなアクセル、魔獣ってのは本当にヤバい存在なんだぞ? 視界に入った獲物を殺す、死神みたいな存在だ。それを相手に楽しむとか、そんな思考は今すぐ捨てろ。長生きしたいならな」
「でも実際、最近は魔獣の目撃情報がないわね。私としても、もっと血が騒ぐような戦いがしたいのだけど」
「シャルロットまで……いや、お前は元々魔獣と戦いたいとは言ってたが……それが十六階層にもなったら──」

 バッと、ケインが身構える。
 シャルロットとアクセルは、急に立ち止まったケインに疑問を感じているようだが──それどころではない。
 ──数は複数。本能的に焦燥感を駆り立てるような殺気。ケインの直感が告げるに、この異様な殺気は魔獣。先ほどまでは、こんな殺気は無かった。ケインたちが十五階層への階段からそれなりに離れてから、ようやく殺気を見せ始めた。
 間違いない、この気配は──否。は全て魔獣だろう。

「ああもうっ、最悪だ……! 最悪過ぎるだろ……!」
「ケイン? どうし──」
が群れを成してるとかっ、普通は考えないだろうがッ……!」

 ケインが苛立たしに頭を掻き毟った──直後だった。
 ──ボゴッと、辺りの地面から何本もの木が生える。
 よく見ると、木には顔があった。その瞳を、爛々と赤紫色に輝かせている。
 魔獣化トレント──それだけならばシャルロットやアクセルがいる今、特段脅威ではない。
 だが──ケインの感じた複数の異様な殺気。おそらく、ボコボコと生えているトレント全てが魔獣化しているだろう。

「あァ? なンだこれァ?」
「トレント……しかも、見える範囲の全てが魔獣化している……これは、かなりマズいわね」
「言ってる場合かッ! 構えろ、来るぞッ!」

 ケインの言葉を合図に──魔獣化トレントの群れとの戦闘が始まった。

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