追放騎士のダンジョン探索記

ibis

10話

 ──ケインとシャルロットが一緒に『地界の迷宮ダンジョン』に潜り始めて、三日が経過した。
 初日の魔獣化ダークウルフに遭遇して以降、ケインたちは魔獣に遭遇していない。
 ケインとしてはありがたい事この上ないのだが……どうやらシャルロットは物足りない様子。最近はケインの煙草を吸う量も増えていた。というか、いい加減自分で煙草を買え。

「──ん。来たわね、ケイン」
「まあ、今更だし」

 ──『地界の迷宮ダンジョン』前の門。そこに立っていたシャルロットから声をかけられ、ケインは片手を上げた。
 この三日で、階級持ちの『探索者』と『地界の迷宮ダンジョン』に潜る事にすっかり慣れてしまった。
 挨拶もそこそこに、ケインとシャルロットは並んで『地界の迷宮ダンジョン』に向かい始める。
 ──そこで、奇妙な光景を目にした。

「──だァから、オレァ『探索者』だっつってンだろォがァ! オレが『地界の迷宮ダンジョン』に入ンのに、何の問題があンだァ?! あァ?!」

 『探索者補助隊カバーズ』に絡む、一人の少年。
 炎のように揺らめく短髪に、熱い炎のような赤い眼。臀部から生える狼の尻尾を激しく振り乱している所を見るに、少年は『獣人族ワービースト』だろう。
 だが、頭頂部からは『獣人族ワービースト』の特徴である耳が生えていない。
 炎のように猛り狂う少年に、『探索者補助隊カバーズ』も困っている様子だ。

「で、ですので、18歳未満の『探索者』は、二人以上での探索が義務付けられているんです」
「あァ?! オレがガキに見えンのかァ?!」
「先ほどご自分で『探索証』をご提示されたではないですか!」

 『探索証』というのは、『探索者』の身分証のような物だ。
 それを『地界の迷宮ダンジョン』入口で『探索者補助隊カバーズ』に見せる事で、『探索者』たちは『地界の迷宮ダンジョン』に潜る事ができる。
 目の前の光景は……まあ、そういう事なのだろう。

「18歳未満が一人だったら入れねェなンざ、説明されなかったぞォ?!」
「最近の定例会議で決定した事ですから……もしかしたら、こちらの説明が不足していた可能性もありますが……」
「だったらテメェらの不手際だろォがァ!」
「しかし! 『探索者』ならば遵守事項は守っていただく義務があります!」

 ギャーギャーと押し問答を繰り広げる少年と『探索者補助隊カバーズ』の職員。
 よく見ると、職員の方はケインの知っている人物であった。というか、エルファだった。
 エルファもケインに気が付いたのだろう。視線をこちらに向けて助けてくれと訴えてくる。
 あまり気が進まないが──ケインは頭を掻き、少年に近づいた。

「何騒いでんだ?」
「あァ? ……なンだテメェ」
「ケインさん、この方が──」
「あー揉めてる理由は何となくわかってる。んで……お前、『探索者』になる時に遵守事項が書かれた資料を渡されただろ。ちゃんと見てないのか? 見たんなら、その中に記載されているはずだが」
「見っ──ては、ねェかもだけどよォ……」
「そもそも、説明不足は『探索者組合ギルド』の不手際であって、ここにいる『探索者補助隊カバーズ』の責任じゃないだろ。文句を言う相手を間違えてるんじゃないか?」

 ケインの言葉に、少年の尻尾がしゅんと項垂れる。
 少年が落ち着いたのを見て、エルファも肩から力を抜いた。

「ここでギャンギャン騒いだところで、何の意味もないぞ。探索者補助隊コイツらは『探索者組合ギルド』の指示に従って仕事をしてるだけだからな。お前が18歳未満だから『地界の迷宮ダンジョン』に入れないってのも、『探索者組合ギルド』が決めた事だろ。さっきも言ったが、遵守事項の説明不足は『探索者組合ギルド』の不手際。文句があるなら『探索者組合ギルド』に行って言え。こんな所でみっともなく騒ぐな、ガキンチョ」

 ──ゴオッと、何かが風を斬りながら迫る音。
 その音を認識した時──ケインの眼前には、少年の拳があった。
 そして──少年の喉元には、シャルロットの細剣の切っ先が突き付けられている。
 ケインの眼前で止まる拳と、少年の喉元の手前で静止する細剣──尋常ならざる速さであった事を示すように、辺りに風が吹き抜けた。

「──手を出すと言うのなら、こちらにだって考えがあるわ」
「ソイツがオレの事ォガキ呼ばわりすっからだろォがァ……! オレァ17歳だもうガキじゃねェ……!」
「ガキと呼ばれてカッとなっている所がガキっぽいのよ。ケインの言う通り、ここで押し問答をしてもあなたが一人で『地界の迷宮ダンジョン』に入る事はできない。どうしても入りたいのなら、他の『探索者』と一緒に潜るしかないわ。それができないなら、引き返しなさい。あなたのような子どもが一人でウロウロできるほど、『地界の迷宮ダンジョン』は甘くないのよ」

 シャルロットの冷たい言葉に、少年は苦虫を噛み潰したように表情を歪める。
 ゆっくりと拳を引き、大きくため息を吐いた。

「あァ……アンタ、悪かったなァ。確かに、アンタに文句を言うのァ間違ってたァ」
「い、いえ。『探索者組合ギルド』の不手際は『探索者補助隊カバーズ』の不手際でもありますから……」
「……ンで、とりあえず一緒に探索する仲間がいりゃァ、オレも『地界の迷宮ダンジョン』に入れンだなァ?」
「そうですね」
「はァ……了解だァ」

 どうしたものかと眉を寄せる少年が、腕を組んでその場を立ち去っていく──前に、ケインは少年を呼び止めた。

「ちょっと待て」
「あァ? なンだ、まだ何か言いてェ事でもあンのかァ?」
「いや、単純に質問。お前、なんで一人なんだ? まだ17歳だろ? 一人で『地界の迷宮ダンジョン』に入るような年齢じゃ──」
「この国に知り合いなンざいねェし、何より金がねェンだよォ。とりあえず、今日を乗り切るための金を稼がねェとヤベェ。つーワケで暇そうな『探索者』を探して来るゥ。アンタにも迷惑かけたなァ」

 ──ケインの脳裏に浮かぶ、とある『探索者』の顔。
 ケインが12歳の時に家を追い出され、流れるままにこの国に辿り着き──その『探索者』と出会った。その人から『探索者』にならないかと誘われ、『探索者』としてのノウハウを教えてもらったから、今のケインは生きている。
 だから──何となく、今度は自分の番だとケインは思った。

「お前さえ良ければ、俺たちと一緒に潜るか?」
「……はァ?」
「ちょっとケイン」
「いいじゃないか。色々と厳しい事を言ったけど、結局は『探索者組合ギルド』がちゃんと説明してないのが悪いんだし。ま、コイツもコイツで遵守事項をちゃんと見てないのも悪いが……17歳の子どもに、端から端まで読んで覚えろってのも酷な話だ。こうして会ったのも何かの縁だろうしな」
「……甘いのね」
「そうか? ま、俺と似たような境遇っぽいし、同情したのもあるけど」

 ケインの言葉に、少年は大きく目を見開いた。
 まさか、パーティーに誘われるなんて思ってもいなかった──と驚愕している様子だ。

「……いいのかァ?」
「お前さえ良ければな。エルファ、それならコイツが『地界の迷宮ダンジョン』に入っても問題ないだろ?」
「そ、そうですね。はい、問題ありません」
「だってさ。どうする?」

 悪ガキっぽく笑うケインに、呆れたように細剣を収めるシャルロット。
 そんな二人を交互に見た少年は──くはっ、と小さく吹き出した。

わりィな、正直かなり助かるぜェ。よろしく頼んでもいいかァ?」
「ああ。んじゃ、早速行くか──『地界の迷宮ダンジョン』」

 大きく伸びを一つ。ケインたち三人は『地界の迷宮ダンジョン』へと消えて行った。

─────────────────────

「──オレン名前はアクセル・イグナイトォ。【硬質化】っつー【異能力】を持ってるゥ」

 一階層を歩きながら、アクセルは自己紹介を続ける。

「一昨日までは『獣国 オーザスフィル』にいたンだが、どうにも暮らしづらくてよォ……国を出てこっちに来たってワケだァ」
「暮らしづらいって、なんで?」
「オレは『人類族ウィズダム』と『獣人族ワービースト』のハーフなンだよォ。『獣国』ってのァ徹底的な『獣人族ワービースト』至上主義だからなァ。オレに対する風当たりがつえェってワケだァ」

 ──なるほど。
 アクセルの臀部からは、赤い狼の尻尾が生えている。『獣人族ワービースト』の典型的な特徴だ。
 だが──尻尾を持つ『獣人族ワービースト』は、頭頂部から獣の耳が生えているのが普通。しかし、アクセルに獣の耳は見られない。
 おそらく、『人類族ウィズダム』と『獣人族ワービースト』の間に産まれたため、『獣人族ワービースト』の特徴を中途半端に受け継いだのだろう。

「魔法は使えるのか?」
「『炎魔法』が使えなくはねェが、細かな調整とかはしょうに合わねェ。ぶっぱなす方が楽だし、【硬質化】で拳固めて殴ンのが手っ取りばえェしなァ」
「なるほどな。なら、シャルロットと一緒に前衛を任せるか」
「つーか、お前らの名前も聞いてねェンだがァ……お前らは何ができるンだァ?」

 アクセルの疑問も当然だ。というか、自己紹介をしていなかった事に今更気づく。

「悪かったな、質問ばっかりして。俺はケイン、後衛担当だ。つっても戦闘はできないから、モンスターが出たら任せるぞ。『地界の迷宮ダンジョン』で見つけた副産物は、俺とお前で山分けの予定だから、そのつもりでいてくれ」
「……シャルロット・アルルヴィーゼよ。前衛を担当しているわ。パーティーに入った以上は、ケインの指示に従ってもらうから。ケインが進むと言ったら進む。退くと言ったら退く。それだけ守ってもらえれば問題ないわ」
「なんで俺がリーダーみたいになってんの?」
「パーティーを結成した時から決めている事でしょう? 逃走する際の判断はあなたに一任するって。実質的に、あなたがリーダーのようなものでしょう?」
「納得できねぇ……」

 シャルロットの言葉に、ケインはため息を吐いた。

「……戦闘ができねェのに、お前がリーダーなのかァ?」
「違う。戦闘の指揮はシャルロットの仕事だ。俺の仕事は、彼我の戦力差を見極めて、逃げるかどうかを決めるだけ。あとは副産物を回収する事と、『土魔法』と『幻魔法』で相手をおちょくる事。それぐらいだ」
「おちょくるってェ……まァいいかァ。パーティーに入れてもらったンだし、オレァ文句ねェよォ」
「ケイン、今日は何階層まで潜るつもり?」
「十五階層まで行って引き返す、予定ではそのつもりだ。『樹海地帯』から先に進む予定はないが……ま、状況を見ながらって感じだな」

 そこまで話して、ケインは歩みを止めて手の上に茶色の魔法陣を浮かべる。
 シャルロットがケインの前に立って細剣を抜き、アクセルがその隣に並んで獰猛に口元を歪めた。
 ──通路の先からゾロゾロと現れる昆虫型のモンスター。名前を、キラービートル。
 人ほどの大きさに、鉄板をも貫く鋭利な角。テカテカと光る青い外骨格は、剣や槍を簡単に弾き返す強靭さを持っている。ダークウルフと並ぶ、初心者殺しと呼ばれるモンスターだ。

「さて──お手並み拝見といかせてもらうぞ、アクセル」
「上等だァ」

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