追放騎士のダンジョン探索記
9話
「──ふッ!」
「ガルゥアアアアアアアアッッ!!」
凄まじい速さで展開される攻防。
迫る牙を、爪を、シャルロットは細剣一本で弾き返している。
返す刃が魔獣化ダークウルフを襲い──身体中に傷を増やしながら、魔獣化ダークウルフが慌ててシャルロットとの距離を取った。
「逃がッ、さない──!」
シャルロットが細剣を連続で振り抜き──不可視の斬撃が放たれる。
野生の勘で避けようとするが、見えない攻撃を全て躱す事はできず、深い裂傷がいくつも刻まれた。
──よくまあ、不可視の斬撃を避けられるなぁ。
煙草を口に咥えるケインは、感心したようにため息と共に白い煙を吐き出した。
見えない攻撃を避けるなんて、普通ではあり得ない。魔獣化しているからこそできる危機察知能力だろう。ケインだったら為す術なく真っ二つになる事間違いなしだ。
「はあー……久々に戦った後の一服は、体に沁みるなぁ……『アースド・ホール』」
すっかり短くなってしまった煙草を地面で消し、慣れた様子で『土魔法』で拳ほどの大きさの穴を作り出す。
穴の中に煙草を放り捨て、背嚢から二本目の煙草を取り出し口に咥えた。
マッチに火を付け、煙草に移す。
火の消えたマッチを穴に投げ入れ、口から白い煙を吐き出した。
──この煙草という嗜好品は、微量ながら魔力が含まれている草で作られている。
それに火を付けて煙として体内に取り込む事で、魔力を回復する事ができるのだ。と言っても、かなり効率は悪いが。
「しッ、ぃぃぃ──ッ!」
鋭く息を吐きながら、シャルロットが魔獣化ダークウルフとの距離を詰める。
神速で突き出される細剣。魔獣化ダークウルフが強靭な顎で切っ先を受け止めた。空いている両爪でシャルロットを切り刻まんと構える。シャルロットが細剣を引き抜き、剛爪を弾き返した。そのまま細剣を振り下ろす。魔獣化ダークウルフの体を深く斬り裂いた。鮮血が飛び散る。振り下ろした細剣を、勢い良く振り上げた。今度は剛爪に阻まれる。
──スゴい戦闘だなぁ。
目の前の戦いを見ているケインは、どこか他人事のような感想を漏らした。
超腕利きの『探索者』が三人いれば、魔獣一匹をどうにか討伐できるか──そう言われている存在を、シャルロットは一人で完封している。
さすがは階級持ちの『探索者』。ダークウルフが魔獣化した程度では、苦戦はしても負ける事はないだろう。
「はあー……」
白い煙を吐き出し、体調を確認する。
少しずつではあるが、魔力が回復してきた。今なら立って歩けるだろう。久しぶりに大規模な魔法を使ったため、少し頭が痛いが……まあ、問題はない。
──ガキィンッッ!!
細剣と剛爪の接触する金属音が響き、ケインは戦いに視線を戻した。
魔獣化ダークウルフは満身創痍だ。決着はもうすぐだろう。
「──【瞬歩】」
シャルロットの姿が消え──魔獣化ダークウルフの前に現れる。かと思ったら、今度は背後に移動。振り向きざまに細剣を振り下ろした。
素早く横に飛び、魔獣化ダークウルフがシャルロットに飛び掛かる。
対するシャルロットは細剣を突き出し──慣れた様子で、魔獣化ダークウルフはその切っ先を牙で受け止めた。
「──拡散」
──カッと、細剣が眩い光に包まれる。
次の瞬間──細剣から風が吹き荒れた。
否。吹き荒れる、という生半可な規模ではない。
爆発とも言える風の暴力は、気絶しているダークウルフを吹き飛ばし──魔獣化ダークウルフの下顎を爆発四散させた。
「ゴァッ──」
「何度も受け止められると思わない事ね──『エンチャント・ウィンド』」
怯む魔獣化ダークウルフを前に、シャルロットは再び細剣に風を纏わせる。
そして、横一閃に細剣を振り抜いた。
不可視の風刃は魔獣化ダークウルフを斬り裂き──十階層の奥へと飛んでいく。
「……討伐完了」
細剣に付着した血を振るって飛ばし、鞘に収める。
クルリと振り返り、ケインに視線を向けた。
「終わったわ。立てそう?」
「問題ない」
煙草の火を消し、ケインがのっそりと立ち上がる。
「悪いが、今日はもう引き返そう。俺は魔力不足で歩くのもやっとだし、十階層に魔獣がいた事を『探索者組合』に報告しないと」
「そうね。時間も夜前だから、戻るのには賛成よ」
「んじゃ、戻るか。はー……疲れた」
大きく伸びを一つ。ケインとシャルロットは、出口に向かって歩き始めた。
─────────────────────
「──と言うわけで……乾杯」
「ああ、乾杯」
酒の入ったジョッキをぶつけ合い、中身を一気に飲み干す。
──『探索者組合』の近くにある、ひっそりとした酒場。ケインの行き付けとなっている憩いの場所だ。
ケインとシャルロットは、その店内に座っていた。
「ふぅ……あ、すいません。酒おかわり」
「私より歳下なのに、よく飲むわね」
「まあな。ってか、まさかいきなり飲みに行こうって言うとは思わなかったんだが」
「パーティーの結成祝いは必要でしょう? 今後も一緒に『地界の迷宮』に潜る事になるのだから、親睦は深めておかないと」
「……今後も、なぁ……」
シャルロットの言葉に、ケインはため息を吐きながら煙草を咥えた。
──頭が痛い。久しぶりに全力で魔法を行使したからだろう。
今日はシャルロットが一緒だったため、魔力不足になっても問題はなかったが……前まではモンスターに襲われない事を祈りながら、ズルズルと体を引き摺って『地界の迷宮』の入口に戻っていた。
これから先は、魔力不足になってもシャルロットがいるため、安心して『地界の迷宮』を出られるだろうが……その分、今日みたいにケインが戦う機会が増え、必然的に魔力不足になる事も多くなる。
「戦うのは苦手なんだがなぁ……」
「そう? どちらか的に言うなら、あなた戦える方じゃない?」
「そりゃ俺の事を過大評価し過ぎだ。大規模な幻を使うにしても、もう一本の魔剣を使うにしても、俺は魔力不足で動けなくなる。俺にできるのは、騙して欺いて逃げ回る事だけ。『幻魔法』じゃダメージも与えられないし、『土魔法』じゃ大したダメージにならない。間違いなくお荷物だからな」
白い煙を吐き出し、新しく届いた酒を流し込む。
「……煙草って、美味しいの?」
「別に美味しくはないぞ。吸うと少しだけ魔力が回復するし、気分が落ち着くから吸ってるだけだ」
「……………」
「吸ってみるか?」
興味深そうな表情のシャルロットに、ケインは煙草の入った箱とマッチを手渡した。
慣れない手付きでマッチに火を付け、反対側の手に持った煙草に押し当てる。
火が燃え移った煙草を口に咥え、煙を吸い込み──思い切り咳き込んだ。
「──げふッ?! げふっ、げほっ……何、これ……?! 喉が、熱い……?!」
「ふはっ! 勢い良く吸い過ぎだ。もうちょっとゆっくり吸え」
「わ、わかったわ……ぶふッ?! ごほっ、ごほっ!」
激しく咽せるシャルロットが、酒を一気に飲み干した。
近くにいた店員に追加の酒を注文し、涙目でケインを睨み付ける。
「なんで俺を睨むんだよ」
「あなた、嘘ついてないわよね……! これ、煙草に見せかけた別の何かじゃないわよね……!」
「正真正銘普通の煙草だぞ」
「なんであなた、これを普通に吸えるの……?!」
「ま、吸い慣れてないなら咽せるのが普通だ。んで……もう吸わないのか? なら、俺が貰うが……」
「……ううん。貰ったのだから、最後まで吸わせてもらうわ」
言いながら、再びタバコを口に咥え──苦い表情で煙を吐き出す。
シャルロットの顔に笑いを漏らしながら、ケインは酒を一気に飲み干した。
「ぷはっ……あ、すいません。酒を一つと、サラダとベーコンを」
シャルロットの酒を持ってきた店員に、追加の注文をお願いする。
お客が少ないからだろう。店員は手早くケインの注文した品を机に並べ置いた。
「……趣味が悪いわね。人の苦しむ姿で飲む酒は、そんなに美味しい?」
「まあな。かの有名な階級持ちの『探索者』が、煙草一本で苦しんでる姿なんざ、最高の肴だな」
「最低の性格ね」
「はっ。生き汚い俺にとっちゃ、聞き慣れた悪口だね」
サラダを取り分けながら、ケインはおどけたように肩を竦める。
どこか不満そうに頬を膨らまれるシャルロットは、取り分けられたサラダにがっついた。
「むぐっ……そう言えば、ずっと聞きたかったんだけど」
「んあ?」
「あなた、家名は? こっちで調べてもわからない事が多いのよ。『金級』以上にしか閲覧できない資料には、あなたの名前が載っているとエクスカリオンに聞いたのだけど……私は『銅級』だから。エクスカリオンに聞いても、答えてくれないし」
「……まあ、“魔剣 竜殺し”の事も言ってるし……今更っちゃ今更か」
酒を半分近く飲み干し、ケインは酒臭い口を開いた。
「俺の名前は、ケイン・ヴァルハード。聞き覚えはあるか?」
「……ヴァルハードという家名は、少しだけ。『帝国 アグナス』の皇帝に代々仕える、騎士の家系。産まれる子どもには、特殊な【異能力】が引き継がれる……だったかしら」
「その通り。俺はそこの三男坊で、上には兄が二人、下には妹が一人いるが……ま、今はいいか。そんな感じで、俺は有名な騎士の家系に産まれた」
白い煙を吐き出して、ケインは話を続ける。
「さっきシャルロットが言った通り、ヴァルハード家は親から子へ【異能力】を受け継ぎ、皇帝に仕える──そういう家系なんだ。だけど、どういう理由か俺には【異能力】が受け継がれなくてな。【異能力】ってのは遅くても十二歳までには発現する。だから俺は十二歳を迎えてすぐに、家を追い出された。この使えない二本の魔剣──家宝とか言われて、置いてあるだけだった魔剣を押し付けられて、俺は『帝国』を追い出された」
「追い出された、って……その後は?」
「この『ダンジョン都市 クラウズヴィリオン』に流れ着いた。とある『金級』の『探索者』のおかげでな。それから、俺は『探索者』として生計を立てている、ってわけ」
酒が入っているからか、ケインの独白は止まらない。
「前に、俺が生きている事がバレたら厄介な事になる、って話しただろ?」
「そうね」
「俺、家族に命を狙われてんだ。で、“魔剣 竜殺し”とかを使ってたら、家族にバレるから黙っててほしいってわけ」
「家族に、命を……?」
「ん。どうやら【異能力】を引き継げない子どもなんて、今までのヴァルハード家にはいなかったらしいからな。俺って存在はヴァルハード家の末代までの汚点らしい。それで、俺を殺して無かった事にしようって息巻いてる親父が、色んな刺客を送って来たんだよ。『帝国』を出てすぐだったな。『土魔法』と『幻魔法』でどうにか誤魔化したけど……俺が生きているって知ったら、また親父は刺客を送ってくるだろうな」
一人でゲラゲラと笑いながら、ケインはジョッキに残っている酒を一気に飲み干した。
店員に注文しながら、ケインはシャルロットに視線を向ける。
「ってのが、俺の過去だ。知りたい事は知れたか?」
「……まあ、ざっくりとは」
「くはっ、それは良かった。俺としても、シャルロットに隠し事をしてるのは気が気でなくてな。いつ背後から刺されるかと」
「そんな事はしないわよ?! あなた、私の事をなんだと思っているの?!」
「猪突猛進過ぎる『階級持ち』」
「スゴく不名誉な事を言われた気がするのだけど?!」
ジョッキを机上に叩き付けるシャルロットが、ケインの胸倉に掴み掛かった。どうやら、相当酒が入っているらしい。
そもそも、ケインはかなり酒を飲むのが早い。そんなケインに合わせて短時間で酒を二杯も飲んでいるのだ。酔わない奴はかなり酒に強いと言えるだろう。
加えて、シャルロットは酒を飲みながら煙草を吸っている。しかも、ケインの煙草だ。いつの間に二本目を取り出したのか、シャルロットの口に咥えられている煙草はかなり長い。
ケインの持論だが、酒が入った状態での喫煙は、かなり酔いが回る。シャルロットが酔っ払っているのも、ケインの煙草が原因だろう。
思いの外、楽しいと思える酒盛りは日付が変わるまで続いた。
「ガルゥアアアアアアアアッッ!!」
凄まじい速さで展開される攻防。
迫る牙を、爪を、シャルロットは細剣一本で弾き返している。
返す刃が魔獣化ダークウルフを襲い──身体中に傷を増やしながら、魔獣化ダークウルフが慌ててシャルロットとの距離を取った。
「逃がッ、さない──!」
シャルロットが細剣を連続で振り抜き──不可視の斬撃が放たれる。
野生の勘で避けようとするが、見えない攻撃を全て躱す事はできず、深い裂傷がいくつも刻まれた。
──よくまあ、不可視の斬撃を避けられるなぁ。
煙草を口に咥えるケインは、感心したようにため息と共に白い煙を吐き出した。
見えない攻撃を避けるなんて、普通ではあり得ない。魔獣化しているからこそできる危機察知能力だろう。ケインだったら為す術なく真っ二つになる事間違いなしだ。
「はあー……久々に戦った後の一服は、体に沁みるなぁ……『アースド・ホール』」
すっかり短くなってしまった煙草を地面で消し、慣れた様子で『土魔法』で拳ほどの大きさの穴を作り出す。
穴の中に煙草を放り捨て、背嚢から二本目の煙草を取り出し口に咥えた。
マッチに火を付け、煙草に移す。
火の消えたマッチを穴に投げ入れ、口から白い煙を吐き出した。
──この煙草という嗜好品は、微量ながら魔力が含まれている草で作られている。
それに火を付けて煙として体内に取り込む事で、魔力を回復する事ができるのだ。と言っても、かなり効率は悪いが。
「しッ、ぃぃぃ──ッ!」
鋭く息を吐きながら、シャルロットが魔獣化ダークウルフとの距離を詰める。
神速で突き出される細剣。魔獣化ダークウルフが強靭な顎で切っ先を受け止めた。空いている両爪でシャルロットを切り刻まんと構える。シャルロットが細剣を引き抜き、剛爪を弾き返した。そのまま細剣を振り下ろす。魔獣化ダークウルフの体を深く斬り裂いた。鮮血が飛び散る。振り下ろした細剣を、勢い良く振り上げた。今度は剛爪に阻まれる。
──スゴい戦闘だなぁ。
目の前の戦いを見ているケインは、どこか他人事のような感想を漏らした。
超腕利きの『探索者』が三人いれば、魔獣一匹をどうにか討伐できるか──そう言われている存在を、シャルロットは一人で完封している。
さすがは階級持ちの『探索者』。ダークウルフが魔獣化した程度では、苦戦はしても負ける事はないだろう。
「はあー……」
白い煙を吐き出し、体調を確認する。
少しずつではあるが、魔力が回復してきた。今なら立って歩けるだろう。久しぶりに大規模な魔法を使ったため、少し頭が痛いが……まあ、問題はない。
──ガキィンッッ!!
細剣と剛爪の接触する金属音が響き、ケインは戦いに視線を戻した。
魔獣化ダークウルフは満身創痍だ。決着はもうすぐだろう。
「──【瞬歩】」
シャルロットの姿が消え──魔獣化ダークウルフの前に現れる。かと思ったら、今度は背後に移動。振り向きざまに細剣を振り下ろした。
素早く横に飛び、魔獣化ダークウルフがシャルロットに飛び掛かる。
対するシャルロットは細剣を突き出し──慣れた様子で、魔獣化ダークウルフはその切っ先を牙で受け止めた。
「──拡散」
──カッと、細剣が眩い光に包まれる。
次の瞬間──細剣から風が吹き荒れた。
否。吹き荒れる、という生半可な規模ではない。
爆発とも言える風の暴力は、気絶しているダークウルフを吹き飛ばし──魔獣化ダークウルフの下顎を爆発四散させた。
「ゴァッ──」
「何度も受け止められると思わない事ね──『エンチャント・ウィンド』」
怯む魔獣化ダークウルフを前に、シャルロットは再び細剣に風を纏わせる。
そして、横一閃に細剣を振り抜いた。
不可視の風刃は魔獣化ダークウルフを斬り裂き──十階層の奥へと飛んでいく。
「……討伐完了」
細剣に付着した血を振るって飛ばし、鞘に収める。
クルリと振り返り、ケインに視線を向けた。
「終わったわ。立てそう?」
「問題ない」
煙草の火を消し、ケインがのっそりと立ち上がる。
「悪いが、今日はもう引き返そう。俺は魔力不足で歩くのもやっとだし、十階層に魔獣がいた事を『探索者組合』に報告しないと」
「そうね。時間も夜前だから、戻るのには賛成よ」
「んじゃ、戻るか。はー……疲れた」
大きく伸びを一つ。ケインとシャルロットは、出口に向かって歩き始めた。
─────────────────────
「──と言うわけで……乾杯」
「ああ、乾杯」
酒の入ったジョッキをぶつけ合い、中身を一気に飲み干す。
──『探索者組合』の近くにある、ひっそりとした酒場。ケインの行き付けとなっている憩いの場所だ。
ケインとシャルロットは、その店内に座っていた。
「ふぅ……あ、すいません。酒おかわり」
「私より歳下なのに、よく飲むわね」
「まあな。ってか、まさかいきなり飲みに行こうって言うとは思わなかったんだが」
「パーティーの結成祝いは必要でしょう? 今後も一緒に『地界の迷宮』に潜る事になるのだから、親睦は深めておかないと」
「……今後も、なぁ……」
シャルロットの言葉に、ケインはため息を吐きながら煙草を咥えた。
──頭が痛い。久しぶりに全力で魔法を行使したからだろう。
今日はシャルロットが一緒だったため、魔力不足になっても問題はなかったが……前まではモンスターに襲われない事を祈りながら、ズルズルと体を引き摺って『地界の迷宮』の入口に戻っていた。
これから先は、魔力不足になってもシャルロットがいるため、安心して『地界の迷宮』を出られるだろうが……その分、今日みたいにケインが戦う機会が増え、必然的に魔力不足になる事も多くなる。
「戦うのは苦手なんだがなぁ……」
「そう? どちらか的に言うなら、あなた戦える方じゃない?」
「そりゃ俺の事を過大評価し過ぎだ。大規模な幻を使うにしても、もう一本の魔剣を使うにしても、俺は魔力不足で動けなくなる。俺にできるのは、騙して欺いて逃げ回る事だけ。『幻魔法』じゃダメージも与えられないし、『土魔法』じゃ大したダメージにならない。間違いなくお荷物だからな」
白い煙を吐き出し、新しく届いた酒を流し込む。
「……煙草って、美味しいの?」
「別に美味しくはないぞ。吸うと少しだけ魔力が回復するし、気分が落ち着くから吸ってるだけだ」
「……………」
「吸ってみるか?」
興味深そうな表情のシャルロットに、ケインは煙草の入った箱とマッチを手渡した。
慣れない手付きでマッチに火を付け、反対側の手に持った煙草に押し当てる。
火が燃え移った煙草を口に咥え、煙を吸い込み──思い切り咳き込んだ。
「──げふッ?! げふっ、げほっ……何、これ……?! 喉が、熱い……?!」
「ふはっ! 勢い良く吸い過ぎだ。もうちょっとゆっくり吸え」
「わ、わかったわ……ぶふッ?! ごほっ、ごほっ!」
激しく咽せるシャルロットが、酒を一気に飲み干した。
近くにいた店員に追加の酒を注文し、涙目でケインを睨み付ける。
「なんで俺を睨むんだよ」
「あなた、嘘ついてないわよね……! これ、煙草に見せかけた別の何かじゃないわよね……!」
「正真正銘普通の煙草だぞ」
「なんであなた、これを普通に吸えるの……?!」
「ま、吸い慣れてないなら咽せるのが普通だ。んで……もう吸わないのか? なら、俺が貰うが……」
「……ううん。貰ったのだから、最後まで吸わせてもらうわ」
言いながら、再びタバコを口に咥え──苦い表情で煙を吐き出す。
シャルロットの顔に笑いを漏らしながら、ケインは酒を一気に飲み干した。
「ぷはっ……あ、すいません。酒を一つと、サラダとベーコンを」
シャルロットの酒を持ってきた店員に、追加の注文をお願いする。
お客が少ないからだろう。店員は手早くケインの注文した品を机に並べ置いた。
「……趣味が悪いわね。人の苦しむ姿で飲む酒は、そんなに美味しい?」
「まあな。かの有名な階級持ちの『探索者』が、煙草一本で苦しんでる姿なんざ、最高の肴だな」
「最低の性格ね」
「はっ。生き汚い俺にとっちゃ、聞き慣れた悪口だね」
サラダを取り分けながら、ケインはおどけたように肩を竦める。
どこか不満そうに頬を膨らまれるシャルロットは、取り分けられたサラダにがっついた。
「むぐっ……そう言えば、ずっと聞きたかったんだけど」
「んあ?」
「あなた、家名は? こっちで調べてもわからない事が多いのよ。『金級』以上にしか閲覧できない資料には、あなたの名前が載っているとエクスカリオンに聞いたのだけど……私は『銅級』だから。エクスカリオンに聞いても、答えてくれないし」
「……まあ、“魔剣 竜殺し”の事も言ってるし……今更っちゃ今更か」
酒を半分近く飲み干し、ケインは酒臭い口を開いた。
「俺の名前は、ケイン・ヴァルハード。聞き覚えはあるか?」
「……ヴァルハードという家名は、少しだけ。『帝国 アグナス』の皇帝に代々仕える、騎士の家系。産まれる子どもには、特殊な【異能力】が引き継がれる……だったかしら」
「その通り。俺はそこの三男坊で、上には兄が二人、下には妹が一人いるが……ま、今はいいか。そんな感じで、俺は有名な騎士の家系に産まれた」
白い煙を吐き出して、ケインは話を続ける。
「さっきシャルロットが言った通り、ヴァルハード家は親から子へ【異能力】を受け継ぎ、皇帝に仕える──そういう家系なんだ。だけど、どういう理由か俺には【異能力】が受け継がれなくてな。【異能力】ってのは遅くても十二歳までには発現する。だから俺は十二歳を迎えてすぐに、家を追い出された。この使えない二本の魔剣──家宝とか言われて、置いてあるだけだった魔剣を押し付けられて、俺は『帝国』を追い出された」
「追い出された、って……その後は?」
「この『ダンジョン都市 クラウズヴィリオン』に流れ着いた。とある『金級』の『探索者』のおかげでな。それから、俺は『探索者』として生計を立てている、ってわけ」
酒が入っているからか、ケインの独白は止まらない。
「前に、俺が生きている事がバレたら厄介な事になる、って話しただろ?」
「そうね」
「俺、家族に命を狙われてんだ。で、“魔剣 竜殺し”とかを使ってたら、家族にバレるから黙っててほしいってわけ」
「家族に、命を……?」
「ん。どうやら【異能力】を引き継げない子どもなんて、今までのヴァルハード家にはいなかったらしいからな。俺って存在はヴァルハード家の末代までの汚点らしい。それで、俺を殺して無かった事にしようって息巻いてる親父が、色んな刺客を送って来たんだよ。『帝国』を出てすぐだったな。『土魔法』と『幻魔法』でどうにか誤魔化したけど……俺が生きているって知ったら、また親父は刺客を送ってくるだろうな」
一人でゲラゲラと笑いながら、ケインはジョッキに残っている酒を一気に飲み干した。
店員に注文しながら、ケインはシャルロットに視線を向ける。
「ってのが、俺の過去だ。知りたい事は知れたか?」
「……まあ、ざっくりとは」
「くはっ、それは良かった。俺としても、シャルロットに隠し事をしてるのは気が気でなくてな。いつ背後から刺されるかと」
「そんな事はしないわよ?! あなた、私の事をなんだと思っているの?!」
「猪突猛進過ぎる『階級持ち』」
「スゴく不名誉な事を言われた気がするのだけど?!」
ジョッキを机上に叩き付けるシャルロットが、ケインの胸倉に掴み掛かった。どうやら、相当酒が入っているらしい。
そもそも、ケインはかなり酒を飲むのが早い。そんなケインに合わせて短時間で酒を二杯も飲んでいるのだ。酔わない奴はかなり酒に強いと言えるだろう。
加えて、シャルロットは酒を飲みながら煙草を吸っている。しかも、ケインの煙草だ。いつの間に二本目を取り出したのか、シャルロットの口に咥えられている煙草はかなり長い。
ケインの持論だが、酒が入った状態での喫煙は、かなり酔いが回る。シャルロットが酔っ払っているのも、ケインの煙草が原因だろう。
思いの外、楽しいと思える酒盛りは日付が変わるまで続いた。
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