追放騎士のダンジョン探索記
8話
「──『アースド・ナックル』ッ!」
ケインが力強く地面を踏み込み、詠唱。
ボゴッと地面が隆起し──土で作られた拳が現れる。
ダークウルフの群れに迫る土の拳は──だがあっさりと躱され、ダークウルフの群れがケインに迫った。
──注意を引く事は成功。あとは、死なないように相手をすればいい。
「ったく……戦うのは専門外なんだがな──『アースド・ドール』」
再び地面が盛り上がり──現れたのは、ケインと同じくらいの大きさの土で作られた人形。
当然、そんな人形には目もくれず、ダークウルフはケインに飛び掛かる。
「──『イリュージョン』、『フェイク・サウンド』」
──フッと、ケインの姿が消えた。
ダークウルフの一撃は空を斬り、すぐに体勢を立て直して再び襲い掛かろうとするが──
「──あ? 何驚いてんだ?」
「お前らにとっちゃ、取るに足らないザコ『探索者』が増えただけだろ?」
「よかったな、的が増えたぞ? 狙いたい放題だな」
突如聞こえた複数人の声に、ダークウルフの群れは低く唸って辺りを見回した。
──呆れたような表情のケインが、自嘲気味な苦笑を見せるケインが、どこかバカにしたように笑うケインが。背嚢を投げ捨てるケインが。肩を回しているケインが。ケインが、ケインが、ケインが、ケインがケインがケインがケインが──
「何も難しい事じゃない」
「土の人形を『幻魔法』で俺そっくりにしているだけさ」
「ほら、噛み付いたら本物かどうかわかるぞ?」
「つっても、間違えたら土を食う事になるけどな」
ダークウルフの群れをも上回る数のケインが、一斉にゲラゲラと笑い声を上げた。
──どこからどう見てもケインだ。それに、本物だけではなく全員が話している。視覚や聴覚では、本物か偽物かを見分けるのは不可能。
ならば──と、ダークウルフの群れは鼻を鳴らし始めた。
「おっと──『フェイク・スメル』」
──『幻魔法』とは、五感に作用する特殊な魔法だ。
ケインが愛用している、他者の視覚に影響を与える魔法──『イリュージョン』の他にも、聴覚に影響を与える『フェイク・サウンド』や、嗅覚に影響を与える『フェイク・スメル』。味覚や触覚にも影響を与える魔法も存在する。
今ケインは『土魔法』で人形を作り出し、『幻魔法』で姿や声、そして匂いを与えた──それにより、ダークウルフが姿を消したケインを見つけるのは、ほぼ不可能となった。
「さて──本物の俺を見つけられるかな?」
──突如、一匹のダークウルフの足元が盛り上がる。
真下から飛び出してきた土の拳がダークウルフを殴り飛ばし──だが致命傷には至っていないのか、ダークウルフはすぐに立ち上がった。
──魔法は詠唱をする事で術式を確立させ、その術式に魔力を流す事により効果を発揮する。
だが──今、ケインの詠唱は聞こえなかった。つまり、詠唱せずに魔法を使用した。あり得ない。魔力と密接な関係にある『森精族』や『妖精族』ならば可能な者もいなくはないが、ただの『人類族』であるケインには無理だ。
もしも、『人類族』の身で無詠唱ができるのであれば──階級持ちの『探索者』と認定されていてもおかしくない。
一体、ケインは何者なんだ──戦いを横目で見ていたシャルロットの体に戦慄が走る。
「くはっ、驚いたか? 驚いたよな?」
「どうだ? 取るに足らないザコと思っていた奴から一撃もらった気分は?」
「早く俺を見つけないと、このままジワジワやられるぞ?」
──ゲラゲラゲラゲラ。
ケインたちの笑い声に反応するように、辺りの地面がボコボコと隆起した。
──尋常ならざる数の土拳が、『地界の迷宮』の天井に向かって伸びていく。
避けたとしても、その先で新たな土拳が放たれる。そもそも、これだけの連撃を避けるなんて不可能に近い。いや、ケインがこれだけの数の魔法を一度に使えている事がおかしい。
何がどうなって──そんな事を考えるシャルロットは、ふと何かに気づいたかのように目を見開いた。
──地面から打ち上がる土の拳。避け損ねたダークウルフ。その腹部に土の拳が突き刺さり、そのまますり抜けた。
「あっ──くそ」
「もうちょっと騙すつもりだったが……ま、バレちまったならしょうがねぇ」
「お前らが必死に避けてた『土魔法』は、ただの『幻魔法』だったってわけさ」
「当たっても痛くも痒くもねぇ、触れることすらできねぇただの幻──それを必死に避けてたお前らの姿は、なかなかに滑稽だったぜ?」
──ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!
同じ顔の男たちが、同じ声音で同じような笑い声を上げる。
なんとも悪寒を誘う異様な光景に──ダークウルフの群れだけでなく、シャルロットと魔獣化したダークウルフも気圧されたように身を固めた。
その硬直は、致命的な隙。
足元の地面が隆起し、土の拳が撃ち出される。
体をすり抜けるはずの攻撃は──だが鈍い打撃音が響き、ダークウルフの群れが空中を舞った。
「は? 何油断してんだ?」
「まさか、まだ俺が『幻魔法』を使うとでも思ってたのか?」
「どんだけ頭の中お花畑なんだよ」
「まあでも、もしかしたら次は『幻魔法』かも知れないな?」
「食らってみたら『土魔法』か『幻魔法』かわかるぞ? 試しに動かないでいたらどうだ?」
──ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラッッ!!
そんな事を言っている間に、ケインの分身はさらに人数を増やしていく。
これ以上、数を増やしてはいけない。
本能的に危機を察知したダークウルフの群れが、手当たり次第に近くのケインに噛み付く。ボロボロと音を立てて崩れ落ちた。ただの土くれ、偽物だ。
「ふはっ、残念ハズレだ」
「土の味はどうだ? 『地界の迷宮』の土だから、魔力も豊富だろ?」
「いっぱい食べたら、お前らも魔獣になれるかもな?」
「いくらでも食っていいぞ? ここから無料で食べ放題だからな」
──『地界の迷宮』内に、下卑た笑い声が反響する。
そして──ピタッと、笑い声が止まった。
一斉に真顔になる男たち──その内の一人が、人差し指を真上へ向ける。
「──準備完了だ」
「いやー、助かったぜ。正直、いつバレるかとヒヤヒヤしてたんだ」
「ま、知性のないモンスター共じゃ、気づくのは無理だろうがな」
「目の前の獲物を狩るのに全力を尽くした結果、周りの変化に気づかない──だからこうなる」
ケインたちの言葉を聞いたからか、頭上から感じる死の気配を感じたからか、あるいは本能か。
ダークウルフの群れだけでなく、シャルロットも危機を察知して上空を見上げた。
──『地界の迷宮』の上空に浮かぶ、白く輝く巨大な魔法陣。
まるで十階層の全てを見下ろすようにして存在しているそれは、突如高速回転を始めた。
「何驚いてんだ? まさか、俺が『土魔法』と『幻魔法』しか使えないとでも思っていたのか?」
「残念だったな──俺、三種類の魔法が使えるんだわ」
「お前らの敗因は、たった一つ──」
「俺という弱者を侮り過ぎた。シャルロットという階級持ちの強者に気を取られ過ぎた」
「最初の一撃で俺を殺せてりゃ、こうはならなかっただろうな」
「だが──攻撃は外れ、お前らは俺を見失った」
「まあ、モンスターのお前らには何言っても伝わらないと思うが」
「んじゃ、そういうわけで──」
「『光魔法』、『ホーリー・レイン』」
──巨大な魔法陣から、光の雨が降り注ぐ。
文字通り光速で迫る光の雨──よくよく見れば、雨ではなく剣だ。
光速で降り迫る光の剣は、的確にダークウルフの群れを貫き、瞬く間に辺り一面を更地に変える。
心臓を貫かれ、首を切断され、手足を斬り離され──様々な状態で絶命しているダークウルフの群れ。
まさか、ケインが『三種魔法師』だったとは──そんな事を考えるシャルロットは耳に、パンッ! という乾いた音が響いた。
「──はい、終わり」
──景色が一変する。
大量のケイン、天へと伸びる土の拳、上空に浮かんでいた白い魔法陣──全てが消え失せる。更地となった『地界の迷宮』の床も、元の状態に戻っていた。
そして──柏手を打った状態のケインのみが残される。
絶命していたはずのダークウルフの群れも、切断された箇所が元に戻っている。どうやら気絶しているようだ。
魔獣化ダークウルフと距離を取り、シャルロットはケインの隣に並び立った。
「どういう事? あなた、『三種魔法師』なの?」
「は? ……あー、幻が言ってたやつか。違う違う。俺は『土魔法』と『幻魔法』しか使えない。さっきの『光魔法』は、俺の『幻魔法』でそれっぽく見せてただけだ。ダークウルフが気絶してるのも、『幻魔法』の『フェイク・ペイン』で気絶するくらいの痛みを与えただけ。ダメージは全くない」
「でも……あなた、無詠唱で……」
「あれは『フェイク・サウンド』で俺の声を消してただけだ。聞こえてないだけで普通に詠唱してたぞ」
その場にドカッと腰を下ろすケイン。その表情は険しく、疲弊している事がわかる。
──『幻魔法』をあれだけ巧みに操る技量。
ベテラン『魔法師』でも、あれだけ自在に操るのは難しいだろう。
魔法の扱いに関してならば、ケインは『銅級』並とも言える。使える魔法が『土魔法』と『幻魔法』なので、こうしてチマチマ日銭を稼いでいるのだろうが。
それでも──ダークウルフの群れを一斉に気絶させるほどの魔法。
その力があれば、十階層以降でも探索ができるのではないか?
「……あれだけの力があるのなら、もっと深くの階層でも探索できるんじゃないの?」
「シャルロットの言いたい事はわかる。けど、この戦法はかなり魔力を使うんだよ。正直、魔力不足でもう立っているのも辛い。一日一回の戦法なんだ」
言いながら、ケインは背負っていた背嚢を地面に置き、その中から一本の茶色の棒とマッチを取り出した。
慣れた手付きでマッチに火を付け、その火を茶色の棒に移す。
茶色の棒を口に咥えて息を吸い込み、白い煙を吐き出した。煙草と呼ばれる、東の国『ジパング』発祥の嗜好品だ。
「はぁ……とりあえず、俺の仕事はここまでだ。ダークウルフ共が目を覚ます前に、とっとと討伐してくれよ?」
「……えぇ。色々と聞きたい事はあるけれど、外に出てからにするわ。『エンチャント・ウィンド』」
シャルロットの細剣が風に包まれ──その切っ先を、魔獣化ダークウルフに向けた。
「さあ──続けましょうか」
ケインが力強く地面を踏み込み、詠唱。
ボゴッと地面が隆起し──土で作られた拳が現れる。
ダークウルフの群れに迫る土の拳は──だがあっさりと躱され、ダークウルフの群れがケインに迫った。
──注意を引く事は成功。あとは、死なないように相手をすればいい。
「ったく……戦うのは専門外なんだがな──『アースド・ドール』」
再び地面が盛り上がり──現れたのは、ケインと同じくらいの大きさの土で作られた人形。
当然、そんな人形には目もくれず、ダークウルフはケインに飛び掛かる。
「──『イリュージョン』、『フェイク・サウンド』」
──フッと、ケインの姿が消えた。
ダークウルフの一撃は空を斬り、すぐに体勢を立て直して再び襲い掛かろうとするが──
「──あ? 何驚いてんだ?」
「お前らにとっちゃ、取るに足らないザコ『探索者』が増えただけだろ?」
「よかったな、的が増えたぞ? 狙いたい放題だな」
突如聞こえた複数人の声に、ダークウルフの群れは低く唸って辺りを見回した。
──呆れたような表情のケインが、自嘲気味な苦笑を見せるケインが、どこかバカにしたように笑うケインが。背嚢を投げ捨てるケインが。肩を回しているケインが。ケインが、ケインが、ケインが、ケインがケインがケインがケインが──
「何も難しい事じゃない」
「土の人形を『幻魔法』で俺そっくりにしているだけさ」
「ほら、噛み付いたら本物かどうかわかるぞ?」
「つっても、間違えたら土を食う事になるけどな」
ダークウルフの群れをも上回る数のケインが、一斉にゲラゲラと笑い声を上げた。
──どこからどう見てもケインだ。それに、本物だけではなく全員が話している。視覚や聴覚では、本物か偽物かを見分けるのは不可能。
ならば──と、ダークウルフの群れは鼻を鳴らし始めた。
「おっと──『フェイク・スメル』」
──『幻魔法』とは、五感に作用する特殊な魔法だ。
ケインが愛用している、他者の視覚に影響を与える魔法──『イリュージョン』の他にも、聴覚に影響を与える『フェイク・サウンド』や、嗅覚に影響を与える『フェイク・スメル』。味覚や触覚にも影響を与える魔法も存在する。
今ケインは『土魔法』で人形を作り出し、『幻魔法』で姿や声、そして匂いを与えた──それにより、ダークウルフが姿を消したケインを見つけるのは、ほぼ不可能となった。
「さて──本物の俺を見つけられるかな?」
──突如、一匹のダークウルフの足元が盛り上がる。
真下から飛び出してきた土の拳がダークウルフを殴り飛ばし──だが致命傷には至っていないのか、ダークウルフはすぐに立ち上がった。
──魔法は詠唱をする事で術式を確立させ、その術式に魔力を流す事により効果を発揮する。
だが──今、ケインの詠唱は聞こえなかった。つまり、詠唱せずに魔法を使用した。あり得ない。魔力と密接な関係にある『森精族』や『妖精族』ならば可能な者もいなくはないが、ただの『人類族』であるケインには無理だ。
もしも、『人類族』の身で無詠唱ができるのであれば──階級持ちの『探索者』と認定されていてもおかしくない。
一体、ケインは何者なんだ──戦いを横目で見ていたシャルロットの体に戦慄が走る。
「くはっ、驚いたか? 驚いたよな?」
「どうだ? 取るに足らないザコと思っていた奴から一撃もらった気分は?」
「早く俺を見つけないと、このままジワジワやられるぞ?」
──ゲラゲラゲラゲラ。
ケインたちの笑い声に反応するように、辺りの地面がボコボコと隆起した。
──尋常ならざる数の土拳が、『地界の迷宮』の天井に向かって伸びていく。
避けたとしても、その先で新たな土拳が放たれる。そもそも、これだけの連撃を避けるなんて不可能に近い。いや、ケインがこれだけの数の魔法を一度に使えている事がおかしい。
何がどうなって──そんな事を考えるシャルロットは、ふと何かに気づいたかのように目を見開いた。
──地面から打ち上がる土の拳。避け損ねたダークウルフ。その腹部に土の拳が突き刺さり、そのまますり抜けた。
「あっ──くそ」
「もうちょっと騙すつもりだったが……ま、バレちまったならしょうがねぇ」
「お前らが必死に避けてた『土魔法』は、ただの『幻魔法』だったってわけさ」
「当たっても痛くも痒くもねぇ、触れることすらできねぇただの幻──それを必死に避けてたお前らの姿は、なかなかに滑稽だったぜ?」
──ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!
同じ顔の男たちが、同じ声音で同じような笑い声を上げる。
なんとも悪寒を誘う異様な光景に──ダークウルフの群れだけでなく、シャルロットと魔獣化したダークウルフも気圧されたように身を固めた。
その硬直は、致命的な隙。
足元の地面が隆起し、土の拳が撃ち出される。
体をすり抜けるはずの攻撃は──だが鈍い打撃音が響き、ダークウルフの群れが空中を舞った。
「は? 何油断してんだ?」
「まさか、まだ俺が『幻魔法』を使うとでも思ってたのか?」
「どんだけ頭の中お花畑なんだよ」
「まあでも、もしかしたら次は『幻魔法』かも知れないな?」
「食らってみたら『土魔法』か『幻魔法』かわかるぞ? 試しに動かないでいたらどうだ?」
──ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラッッ!!
そんな事を言っている間に、ケインの分身はさらに人数を増やしていく。
これ以上、数を増やしてはいけない。
本能的に危機を察知したダークウルフの群れが、手当たり次第に近くのケインに噛み付く。ボロボロと音を立てて崩れ落ちた。ただの土くれ、偽物だ。
「ふはっ、残念ハズレだ」
「土の味はどうだ? 『地界の迷宮』の土だから、魔力も豊富だろ?」
「いっぱい食べたら、お前らも魔獣になれるかもな?」
「いくらでも食っていいぞ? ここから無料で食べ放題だからな」
──『地界の迷宮』内に、下卑た笑い声が反響する。
そして──ピタッと、笑い声が止まった。
一斉に真顔になる男たち──その内の一人が、人差し指を真上へ向ける。
「──準備完了だ」
「いやー、助かったぜ。正直、いつバレるかとヒヤヒヤしてたんだ」
「ま、知性のないモンスター共じゃ、気づくのは無理だろうがな」
「目の前の獲物を狩るのに全力を尽くした結果、周りの変化に気づかない──だからこうなる」
ケインたちの言葉を聞いたからか、頭上から感じる死の気配を感じたからか、あるいは本能か。
ダークウルフの群れだけでなく、シャルロットも危機を察知して上空を見上げた。
──『地界の迷宮』の上空に浮かぶ、白く輝く巨大な魔法陣。
まるで十階層の全てを見下ろすようにして存在しているそれは、突如高速回転を始めた。
「何驚いてんだ? まさか、俺が『土魔法』と『幻魔法』しか使えないとでも思っていたのか?」
「残念だったな──俺、三種類の魔法が使えるんだわ」
「お前らの敗因は、たった一つ──」
「俺という弱者を侮り過ぎた。シャルロットという階級持ちの強者に気を取られ過ぎた」
「最初の一撃で俺を殺せてりゃ、こうはならなかっただろうな」
「だが──攻撃は外れ、お前らは俺を見失った」
「まあ、モンスターのお前らには何言っても伝わらないと思うが」
「んじゃ、そういうわけで──」
「『光魔法』、『ホーリー・レイン』」
──巨大な魔法陣から、光の雨が降り注ぐ。
文字通り光速で迫る光の雨──よくよく見れば、雨ではなく剣だ。
光速で降り迫る光の剣は、的確にダークウルフの群れを貫き、瞬く間に辺り一面を更地に変える。
心臓を貫かれ、首を切断され、手足を斬り離され──様々な状態で絶命しているダークウルフの群れ。
まさか、ケインが『三種魔法師』だったとは──そんな事を考えるシャルロットは耳に、パンッ! という乾いた音が響いた。
「──はい、終わり」
──景色が一変する。
大量のケイン、天へと伸びる土の拳、上空に浮かんでいた白い魔法陣──全てが消え失せる。更地となった『地界の迷宮』の床も、元の状態に戻っていた。
そして──柏手を打った状態のケインのみが残される。
絶命していたはずのダークウルフの群れも、切断された箇所が元に戻っている。どうやら気絶しているようだ。
魔獣化ダークウルフと距離を取り、シャルロットはケインの隣に並び立った。
「どういう事? あなた、『三種魔法師』なの?」
「は? ……あー、幻が言ってたやつか。違う違う。俺は『土魔法』と『幻魔法』しか使えない。さっきの『光魔法』は、俺の『幻魔法』でそれっぽく見せてただけだ。ダークウルフが気絶してるのも、『幻魔法』の『フェイク・ペイン』で気絶するくらいの痛みを与えただけ。ダメージは全くない」
「でも……あなた、無詠唱で……」
「あれは『フェイク・サウンド』で俺の声を消してただけだ。聞こえてないだけで普通に詠唱してたぞ」
その場にドカッと腰を下ろすケイン。その表情は険しく、疲弊している事がわかる。
──『幻魔法』をあれだけ巧みに操る技量。
ベテラン『魔法師』でも、あれだけ自在に操るのは難しいだろう。
魔法の扱いに関してならば、ケインは『銅級』並とも言える。使える魔法が『土魔法』と『幻魔法』なので、こうしてチマチマ日銭を稼いでいるのだろうが。
それでも──ダークウルフの群れを一斉に気絶させるほどの魔法。
その力があれば、十階層以降でも探索ができるのではないか?
「……あれだけの力があるのなら、もっと深くの階層でも探索できるんじゃないの?」
「シャルロットの言いたい事はわかる。けど、この戦法はかなり魔力を使うんだよ。正直、魔力不足でもう立っているのも辛い。一日一回の戦法なんだ」
言いながら、ケインは背負っていた背嚢を地面に置き、その中から一本の茶色の棒とマッチを取り出した。
慣れた手付きでマッチに火を付け、その火を茶色の棒に移す。
茶色の棒を口に咥えて息を吸い込み、白い煙を吐き出した。煙草と呼ばれる、東の国『ジパング』発祥の嗜好品だ。
「はぁ……とりあえず、俺の仕事はここまでだ。ダークウルフ共が目を覚ます前に、とっとと討伐してくれよ?」
「……えぇ。色々と聞きたい事はあるけれど、外に出てからにするわ。『エンチャント・ウィンド』」
シャルロットの細剣が風に包まれ──その切っ先を、魔獣化ダークウルフに向けた。
「さあ──続けましょうか」
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