追放騎士のダンジョン探索記

ibis

7話

 ──『地界の迷宮ダンジョン』の九階層。
 鬱蒼と生い茂る草木を斬り分けながら、シャルロットがスイスイと前へ進んでいく。
 一方のケインは──『地界の迷宮ダンジョン』の副産物やら回復薬やら探索道具が入った背嚢を持っており、付いて行くだけで精一杯の様子。
 それだけではない。これだけ草木が好き放題に生えて視界の悪い状況。いつモンスターが飛び出して来るかわからない。警戒心を切らしてはならない。それなのにシャルロットはどんどん十階層の階段を探して進んでいく。
 普段のケインは辺りの警戒をしながらゆっくりと探索するため、今のシャルロットのハイペースな探索はかなり肉体と精神に負担が掛かっていた。

「──ん」
「ガアアッ──アオッ……ォォ……」

 近くにあった茂みから飛び出してくる、二足歩行の狼のようなモンスター──その名を、コボルト。次の瞬間には、その額に細剣の先端が突き刺さっていた。と思ったら、いつの間にか引き抜かれていた。コボルトの額から血が噴き出す。
 目にも止まらぬ早業に、コボルトは飛び出した勢いのまま地面を転がった。ピクピクと痙攣している姿を見るに、まだ生きているらしい。
 と言っても、残り数秒の命だ。わざわざとどめを刺す必要もない──そう言わんばかりに、シャルロットは探索を再開する。

「はっ、はぁ……! はぁ……!」

 シャルロットの歩くスピードは早くない。むしろ、ケインに合わせて幾分か落としている。チラチラとこちらを伺う様子から、それは明らかだ。
 それでも──と、ケインは心の中で舌打ちした。
 ──なんてデタラメな探索なんだ。
 警戒も索敵もあったものじゃない。草木を斬って道を作り、襲いくるモンスターを正面から叩き斬る。モンスターとの戦闘を避け、可能な限り環境に紛れて行動するケインとは、真逆の探索方法だった。
 おかげでケインはヘトヘトだ。いつモンスターに襲われるのかと気が気でならない。こんなスピードで探索なんてしないから、思っている以上に体力を消耗している。九階層の環境が樹海だという点も、ケインが大幅に体力を消耗している理由の一つだろう。というか、シンプルに背嚢が重たい。生きるために必要な道具や『地界の迷宮ダンジョン』の副産物が入っているため手放せないが、今ばかりは背嚢の重さに苛立ちを感じていた。

「ん──」

 ピタッと、シャルロットが歩みを止めた。
 急にどうしたんだ──同じくケインも足を止める。
 そして──勢いよく振り返ったシャルロットが、ケインに向かって刺突を放った。
 ──え、死ぬ──?

「グギッ──ォォォ……」

 細剣による刺突はケインの真横を貫き──背後から聞こえる呻き声。
 慌てて振り返ると、そこには額を貫かれた別のコボルトの姿があった。

「大丈夫かしら?」
「あ、ああ……悪い、助かった」
「どういたしまして。それより……疲れてる? 少し休憩した方がいい?」
「ま、まだ平気だ。休憩は、十階層に行ってからでいい」
「そう……わかったわ」

 クルリと身を返し、探索に戻るシャルロット。
 ──違う。
 シャルロットは、探索も索敵もしている。だからこそ、飛び出してきたコボルトを先手で沈め、ケインの背後にいたコボルトに気づいた。
 ケインが時間をかけておこなっている索敵を、シャルロットは一瞬で終わらせているのだ。それも、こうして十階層への階段を探しながら。
 一体、どれだけの修羅場を潜れば、そこまでの境地に至れるのか──想像もつかない努力と鍛錬の気配に、ケインは思わず身震いした。
 ──やはり、階級持ちはイカれている。
 その事実を再認識し、ケインは気合いを入れ直して背嚢に付けている懐中時計に目を向けた。
 時刻は夕方前。このペースなら休憩を挟んだとしても、十五階層まではいける。そこから引き返せば、日付が変わる前に『地界の迷宮ダンジョン』に抜け出せるだろう。

「ん──」

 何かに気づいたのか、シャルロットが再び歩みを止めた。
 またモンスターか──反射的に身構えるケインだったが、シャルロットの視線の先を見て安心したように肩から力を抜いた。

「十階層への階段ね」
「やっとか……なかなか見つからなかったな」
「これだけ視界が悪いから、それも仕方がないわね。『樹海地帯』と呼ばれるだけあるわ」

 ──『地界の迷宮ダンジョン』の階層には、様々な名称が付けられている。
 一階層から五階層までは『洞窟地帯』と呼ばれている。その名の通り、洞窟のような階層が続くからだ。
 六階層から十五階層までは『樹海地帯』と呼ばれている。全ての階層に草や木が生い茂っているため、モンスターに気づきにくいのが特徴だ。
 十階層への階段を下りながら──ふと、ケインは違和感に気づいた。

「…………?」
「ケイン? どうかした?」
「いや……なんか……」

 ──嫌な感じがする。
 ケインの危機感センサーが警鐘を鳴らしている。『幻魔法』を使わずに十階層に下りれば、すぐにに見つかってしまう。
 そう──これまでの探索でも何度か感じた、全身を襲う痛いほどの殺気。シャルロットも殺気に気が付いたのだろう。細剣を握る手に力を込めた。

「……ケイン、手出しは不要よ」
「わかってる。俺なんかが手助けしようとしたら、逆にシャルロットの邪魔になるだろ。その代わり、任せるからな」
「えぇ」

 ケインとシャルロットが十階層に下りた──直後だった。
 ──遠くから響く、禍々しく甲高い雄叫び。
 それと同時、辺りから軽い足音が近づいて来る。
 近くの茂みが揺れ──飛び出して来るモンスターが、シャルロットに襲い掛かった。

「──しぃッ!」

 体勢を低くするシャルロットの刺突が、モンスターの喉元を貫く。
 ──ダークウルフ。黒色の体毛と血色に輝く四つの瞳が特徴的な狼型のモンスターだ。ゴブリンと同じく群れを作るという習性を持つが、強さはゴブリン程度とは比べ物にならない。『樹海地帯』で目撃される事が多く、その強さは新米『探索者』殺しとも言われている。
 まさか、聞こえる足音全てがダークウルフか──それだけでもケインにとっては充分に脅威だが、それだけじゃない。
 ──樹海の奥から感じる、焦燥感を駆り立てる気配。コイツが殺気の正体だ。

「……なるほどね。部下に狩りを任せて、自分は後方で待機……と言ったところかしら。面倒臭いわね──全員殺して、親玉を引きり出してやるわ」

 そう言って、シャルロットが不敵な笑みを見せた──それが合図だったかのように、辺り一面から一斉にダークウルフの群れが飛び出した。

「──『エンチャント・ウィンド』」

 ──ゴウッと、シャルロットの細剣が暴風に包まれる。
 その場で回転するようにして細剣を振り抜き──細剣から不可視の斬撃が放たれた。
 辺りの木々ごと、迫るダークウルフを真っ二つに斬り裂き、斬撃を避けたダークウルフを風圧で吹き飛ばす。
 そして──十階層の奥へ、細剣を振り下ろした。
 樹海の奥へと飛んでいく斬撃──と、シャルロットが顔を歪めて舌打ちし、細剣の先端を正面に向ける。

「避けてるんじゃッ、ないわよ──ッ!」

 鋭く踏み込み、高速の刺突を放つ。
 ──ガキィンッッ!!
 耳を突くような甲高い金属音が響き──は、ケインたちの前に姿を現した。
 見た目はダークウルフと全く同じだが、体の大きさはケインよりも大きい。目の色は魔獣化している事を主張する赤紫色で、その強靭な顎がシャルロットの刺突を受け止めていた。
 ──魔獣化ダークウルフだ。
 グルンッ! と勢いよく縦回転してシャルロットの細剣を弾き──回転の勢いのまま、シャルロットに食らい掛かる。

「し、ぃ──ッ!」
「ガルルァアアアアアアアッッッ!!!」

 ──ガギャオンッ。
 歪な金属音と共に、火花が散る。
 高速で振るわれるシャルロットの細剣を、だが同じく魔獣化ダークウルフが高速で弾き返した──それも、牙や爪で。
 尋常ならざる速さで展開される攻防。援護しようとしても、邪魔になるだけだろう。

「……なら、俺にできるのは──」

 今のところ、戦いは互角。魔法や【異能力】というアドバンテージがあるため、シャルロットの方がやや優勢にも見える。
 だが──

「グルルルル……!」
「ガルッ、ルァァァァ……!」

 ──シャルロットと魔獣化ダークウルフが、一対一で戦うのならの話だ。
 どうやら、先ほどシャルロットが倒したのが全てではなかったらしい。続々とダークウルフが集まり始める。
 さて……どうする?
 ケインでは魔獣化ダークウルフには勝てない。というか、一撃も与えられないだろう。ならば、魔獣化ダークウルフの相手はシャルロットに任せるしかない。
 そうなれば……今のケインにできる事は──

「ダークウルフの注意を引いて、シャルロットが戦いやすくする……!」

 シャルロットが殺されれば、その次はケインが殺される。
 ダークウルフは嗅覚も聴覚も優れたモンスターだ。いくら『幻魔法』を使っても逃げ切れない可能性が高い。
 ならば、少しでもシャルロットが勝つ可能性を上げるため、そして自分が死なないために──ダークウルフの群れは、ケインが相手をするしかない。
 こうなったら以上は、仕方がない。

「──まさか、いきなり魔獣と戦えるなんてね。願ったり叶ったりだわ」
「そりゃお前にとってはな。俺からすればただの地獄だっての」

 ケインが手のひらの上に茶色の魔法陣を浮かべ、シャルロットが細剣を構え直した。

「──魔獣化したダークウルフは任せる」
「えぇ。その代わり、取り巻きは頼んだわよ」

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