追放騎士のダンジョン探索記

ibis

6話

 ──昼過ぎの『地界の迷宮ダンジョン』前。
 いつもよりかなり遅く『地界の迷宮ダンジョン』に来たケインだが──そこにいた女性を見つけて、魂が抜け落ちてしまうではないかと思うほど深く長いため息を吐いた。

「──来たわね。随分と遅いじゃない」
「……なんでいるんですか……」

 長い金髪を揺らしながら近づいてくる女性の姿に、ケインは再び大きくため息を吐いた。
 まさか、本当にケインと共に『地界の迷宮ダンジョン』へ行くつもりだったとは──と、そこまで考えて、ケインはとある疑問に気が付いた。

「あの……いつからここにいたんですか? 集合時間も朝からってしか決めてなかったですよね?」
「早朝からよ」
「……お待たせして、すいません」
「いいのよ。こうして来てくれたのだから」

 にこやかに笑い、女性はクルリときびすを返して『地界の迷宮ダンジョン』に向かっていく。
 諦めたように肩を落とし、ケインが女性の後を追いかける──直前、『探索者補助隊カバーズ』のテントから飛び出して来た女性に呼び止められた。

「ケインさんっ、こんにちは!」
「エルファか……悪い、もう『地界の迷宮ダンジョン』に行くから」
「え? ど、どうしたんですかケインさん? 元気がない──と言うよりは、なんだか困っているように見えますけど……?」
「……ちょっとな」

 いつもならエルファと軽く話をした後、『地界の迷宮ダンジョン』に向かうケインだが、今日はどうにもそんな気分にはなれない。
 重い足取りで『地界の迷宮ダンジョン』に向かうケインの姿に、エルファは思わず問い掛けた。

「ほ、本当に大丈夫ですか? 今日ばかりは、他の『探索者』と一緒に『地界の迷宮ダンジョン』に潜った方が良いんじゃないですか?」
「大丈夫大丈夫、今日は一人じゃないから。そのせいで、こうして困ってるんだけどな……」
「えっ──」

 ケインの向かう先──そこには、ケインを待つようにして腕を組んで足を止めている女性がいた。
 ──『探索者 銅級ブロンズ』、シャルロット・アルルヴィーゼ。
 『銅級ブロンズ』の女性はケインと一言二言会話した後、並んで『地界の迷宮ダンジョン』に続くの階段を下って行く。
 その背中を見送り──エルファは驚愕に震える声を漏らした。

「『銅級ブロンズ』のシャルロット・アルルヴィーゼさんが、ケインさんと一緒に『地界の迷宮ダンジョン』へ……?! な、何がどうなって……?!」

 慌てふためくエルファの疑問に、だが答える者は誰もいない。
 その場で固まるエルファが驚愕から抜け出せたのは、それから数分後の事であった。

─────────────────────

「──あの……アルルヴィーゼさん」

 『地界の迷宮ダンジョン』の四階層。
 モンスターの群れを瞬く間に殲滅したシャルロットに、ケインは恐る恐る声を掛けた。
 細剣を振るって付着した血を飛ばしながら、シャルロットがゆっくりと振り返る。

「何かしら?」
「いや、なんで俺なんかと『地界の迷宮ダンジョン』に潜ろうなんて思ったんですか? こう言っちゃなんですが、アルルヴィーゼさんならもっと良い『探索者』とパーティーを組めたんじゃ?」

 ──当然の疑問だ。
 低階層でチマチマと日銭を稼いでいるケインと違い、シャルロットは『地界の迷宮ダンジョン』攻略の先駆者である階級持ち。シャルロットがお金を稼ぐために『地界の迷宮ダンジョン』に潜っているのなら、ケインとパーティーを組む理由もわからなくはないが、どうやらそれも違う様子。
 一体、何の目的があってケインとパーティーを組んでいるのか──ケインにはその理由がわからなかった。
 一方のシャルロットは、ケインの問い掛けに沈黙を返し──細剣を鞘に収めて口を開く。

「……別に、大した理由なんてないわ」
「なら、なんで……?」
「あなたと一緒に行動すれば、安全に『地界の迷宮ダンジョン』を攻略できると思ったからよ」

 意味のわからぬ理由に、ケインは首を傾げる。

「あなた、過去に十四回も魔獣と遭遇して、全て無傷で生還しているわよね? そんなの、普通じゃあり得ないわ」
「……それは、まあ。最初から戦う気がなくて逃げる一択の作戦で『幻魔法』を使えば、誰にでもできると思いますけど」
「私って、勝てない相手にも勝負を仕掛けてしまう性格みたいなのよ。これまで三十回以上魔獣に遭遇したけど、勝てたのは七回だけ。それ以外は魔獣に殺されかけたわ。当時は他の階級持ちとパーティーを組んでいたから、こうして死なずに済んでいるのだけど……このままじゃ魔獣に勝てないと思って、強くなるために一人で『地界の迷宮ダンジョン』に潜るようになったの」

 ──なるほど。
 階級持ちの『探索者』は、基本的に他の階級持ちと共に『地界の迷宮ダンジョン』攻略に臨む。
 そんな階級持ちの中で、シャルロットは唯一単独で『地界の迷宮ダンジョン』に挑む階級持ちの『探索者』であった。
 それがどうにも違和感だったのだが……どうやら、周りに頼らず強くなるために、単独で探索していたらしい。
 さすが、階級持ちの『探索者』は考える事がスパルタだな──と、ケインは苦笑を漏らした。

「だけど、強敵に遭遇した時でも後先考えずに突っ込んでしまうから……強くはなりたいけど、死ぬのは嫌。だからあなたに協力してもらう事にしたの」
「そこで俺を選ぶ理由がわからないんですがね……」
「あなた、魔獣から逃走するのは得意でしょう? 私が魔獣と戦って勝てそうにない時は、あなたのこれまでの逃走経験と『幻魔法』を頼らせてもらうわ」
「それは過大評価ですよ。俺だって魔獣から逃げるのに失敗した事は何回もあります。全部たまたま偶然どうにかなっただけです。そもそも、魔獣と遭遇した時に俺は間違いなく足手纏いになります。だから──」
「悪いけど、これは決定事項よ。約束したわよね? これからあなたが『地界の迷宮ダンジョン』に潜る時は、私と一緒に行く事って。魔剣の事やあなたの家の事を黙っておいて欲しいのなら──私が強くなるために、力を貸しなさい」

 ズイッと、シャルロットがケインに顔を近づける。その頬は、どこか薄らと赤く染まっているように見えた。
 ──ケインに拒否権は存在しない。
 ケインが生きている事が家にバレたら──魔獣と戦うよりも厄介な事になる。
 ならば、シャルロットに従うしかない。

「……わかりました。その代わり──」
「わかっているわ。あなたの家庭や魔剣については絶対に誰にも言わない。約束だから」
「ならいいんですけど……」
「それと、『地界の迷宮ダンジョン』攻略中に見つけた副産物は、全部あなたの所有にしていいわ」
「え……いいんですか?」
「もちろん。かなり無理を言っている自信があるもの。それ相応の対価は必要でしょう?」

 ──『地界の迷宮ダンジョン』攻略中に見つけた副産物が、全て自分の取り分になる。
 これはかなり──いや、めちゃくちゃ嬉しい。
 『地界の迷宮ダンジョン』の十一階層以降は、それまでのモンスターとは強さのレベルが変わる。
 並の『探索者』ならば間違いなく命を落とし、中堅の『探索者』でも生きて帰れる保証はない──そう言われ始めるのが十一階層から。故に、ケインは安全な十階層以内で副産物を回収していた。
 だが──シャルロット・アルルヴィーゼという最強の『探索者』が仲間になった今、十一階層以降でも苦戦する事はないだろう。それに、モンスターが強力になる十一階層以降で副産物を回収しながら動ける『探索者』は限られるため、十階層までとは比べ物にならないほど副産物が落ちていると考えられる。
 その副産物を──全て自分の取り分にして良いと言った。

「……そういう条件であれば、喜んで。俺なんかの力で良ければですけど」
「私がお願いしているのよ。これで文句はないかしら?」
「はい。と言うより、アルルヴィーゼさんよりも俺の方がかなり得をしているような気もしますけど……」
「いいのよ──これから嫌というほど魔獣と相対してもらうんだから、先行投資はしっかりしておかないと」

 ──やっぱり喜ぶのは早かっただろうか。
 先ほどシャルロットは言っていた。勝てない相手にも勝負を仕掛けてしまう性格、と。強敵に遭遇した時でも後先考えずに突っ込んでしまう、と。イノシシかこの女は。なんで考えるよりも先に殺そうとするんだ。
 まあ、それはともかく……これから先は、今までのように魔獣から逃げるのではなく、シャルロットと共に魔獣と戦う事になる。魔獣を見つけたら即逃走するのではなく、シャルロットと魔獣の戦力を見極めて逃走するか否かを判断しなければならない。
 昨日はたまたま魔獣化フレア・ドレイクが相手だったため、“魔剣 竜殺し”の力で討伐する事ができたが──もしもシャルロットでも敵わず、ケインの持つ二本の魔剣でもどうにもできない魔獣が相手になったら?
 否、そんな魔獣を相手にする日がいつかは来る。シャルロットが強くなるために、魔獣と戦い続ける限りは。考えるだけで胃に穴が空きそうだ。

「……………」
「ちょっと。なんでこの世の終わりみたいな顔になってるのよ」
「い、いや……これからを想像したら、なんか軽く絶望しまして……」
「……それと、もう一つ。これからパーティーとして一緒に戦う上で──」
「ま、まだ何かあるんですか?! これ以上はもう勘弁してください! まだ死にたくないんです!」
「安心しなさい、別に大した事じゃないわ」
「……? でしたら、何を……?」

 すっかり怯えてしまった様子のケインに、シャルロットはビシッと人差し指を向けた。

「それよ」
「そ、それってなんです?」
「だから、いつまで敬語で話すつもりよ。それと、アルルヴィーゼって呼ばないで。可愛くないから好きじゃないのよ、家名で呼ばれるの」
「えっ、えぇ……? でも、アルル──」

 ──ヒュオッ、という風を斬る音。
 それを認識した時には──ケインの喉元に、細剣の切っ先が突き付けられていた。
 一拍遅れて辺りに吹き荒れる、高速抜剣のよいん
 何故、シャルロットがいきなり細剣を抜いたか──つまり、そういう事なのだろう。

「……シャルロットさん」
「さんも付けなくていいわ」
「……シャルロット」
「えぇ、何かしら?」
「シャルロットって俺よりも年上じゃなかっ──」
「女性に年齢の話を振るの?」

 鋭く目を細めるシャルロットの言葉に、ケインはどうすりゃいいんだよとため息を吐いた。
 ちなみにケインは21歳。シャルロットは22歳である。

「そもそも『地界の迷宮ダンジョン』内において、年齢なんて一切意味がないんだから。命を預け合う仲間同士、それ以上もそれ以下もないでしょう」
「そうは言ってもですね──あーいやわかりましたわかりました! わかりっ──わかったって言ってんだろ?! ちょっとずつ剣を近づけてくるな! 刺さる刺さる!」

 いつまでも敬語を崩さないケインに痺れを切らしたのだろう。シャルロットの細剣が少しずつケインの喉元に迫る。
 思わず声を荒らげるケインに満足したのか、シャルロットは微笑を浮かべて細剣を収めた。
 そして──その手をケインに差し出した。

「それじゃ、改めて──よろしくお願いするわね、ケイン」
「……ああ。命がいくつあっても足りなさそうだから、できるだけ短い付き合いでよろしく頼む」

 諦めたように苦笑を漏らし、ケインはシャルロットの手を握り返した。

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