追放騎士のダンジョン探索記
5話
──意識が覚醒していく感覚に、ケインは安堵の感情に包まれた。
ああ……どうやら、無事にフレア・ドレイクを倒せたみたいだ。
手足を動かし、体の異常を確認する。
問題なく動かせる。どうやら、特に怪我をする事なく倒せたみたいだ。
怪我の確認を終えたケインは、ようやく瞳を開き──
「──あ、起きたみたいね。どう? どこか痛む所はない?」
ケインの視界に飛び込んできた金髪碧眼の女性が、安心したように表情を崩した。
──誰だコイツ。つーか今俺どうなってる?
たっぷり十秒使って現状の把握を終え──目の前の女性に、震えた声で問い掛けた。
「あ、あのー……アルルヴィーゼさん……? こ、これは……その……どういう、状況なんですかね……?」
──膝枕をされている。
十秒間の思考の末、その結論に至ったケインは──怯えたように体を細かく震わせる。
──シャルロット・アルルヴィーゼは、『探索者』の中でも有名な存在だ。
圧倒的な戦闘能力を持ちながら──その外見は、誰がどう見ても美しいと言う他ない。
そうした理由で、シャルロット・アルルヴィーゼという『探索者』は有名であった。
そんなシャルロット・アルルヴィーゼに、今自分は──膝枕をされている?
「もっ──うしわけありませんでしたぁッ?! アルルヴィーゼさんに、こんな苦行をっ……ど、どうすればいいですか?! 俺に何を希望ですか?! 魔剣ですか?! 魔道具ですかっ、魔石ですか?! ご希望の物を直ちに──」
「違う違う。あなたを担いで『探索者補助隊』の所に行くなんて無理だし、私も貧血で動くのも辛いから、あなたが起きるまで待っていたのよ」
慌てて体を跳ね起こすケインに、シャルロットはヒラヒラと顔前で手を振る。
……“魔剣 竜殺し”を使った後は、いつもこうなる。
今までは、自分が殺されるか魔剣を使うかの瀬戸際で、苦渋の策で魔剣を使い、目が覚めるまでモンスターに襲われないように祈りながら戦っていたのだが……起きていきなり『銅級』のシャルロットに膝枕されているというのは、それ以上に心臓に悪い。
「それで、えっと……俺に、何か……?」
ケインは座学に関しては頭一つバカの方に抜けているが、『地界の迷宮』内での事象に関しては頭一つ以上抜けている。
故に──ケインは気づいていた。
──貧血状態のシャルロットがケインを連れて『地界の迷宮』を抜けるのは不可能。それは嘘ではない。
だが──本心でもない。ケインが起きるまで待っていたのは、別の理由がある。
──何が望みだ? 何が欲しい? どんな見返りを求めている?
慌てふためくケインに──シャルロットは問い掛けた。
「あなた……何者なの? と言うか、まだ名前も聞いていなかったわね。名前を聞いて良いかしら?」
「……ケインです」
「ケイン……? ケイン……ああ、『二種魔法師』の」
「俺の事を知ってるんですか?」
「えぇ。と言うか、知らない『探索者』は少ないんじゃないのかしら? あなたの『探索者』としての在り方は、かなり異質だから」
「あー、まあ……その自信はありますね」
「……それで、あなたは何者なの?」
「何者かって聞かれても……死ぬのが怖くて安全な場所で必死に今日を生きようとしている、生き汚くてどうしようもない奴、と言う他ないですかね」
自虐的な苦笑を浮かべるケインの返答に──シャルロットは鋭く瞳を細めた。
──シャルロット・アルルヴィーゼにとって、ケインという存在は不可解の塊であった。
パーティーを組む事なく、一人で『地界の迷宮』に挑んでは副産物を回収し帰還する。パーティーを組まない理由は、ケインが十階層以降には進もうとしないため。強い『探索者』はさらに深い階層へ進もうとし、弱い『探索者』はそもそも十階層に辿り着く事すらできないから、ケインと『地界の迷宮』に潜るのは、どうにもやり辛いのだ。
さらに言えば、ケインが使えるのは『土魔法』と『幻魔法』。どちらも地味で使い道が限られており、最弱とも呼ばれる魔法だ。故に、最弱の魔法しか使えない変な信条を持った『探索者』とパーティーを組もうものなら──最悪パーティーの解散に繋がる。ケインもそれをわかっているから、パーティーを組もうとしない。
なのに──『探索者組合』の情報によると、過去に十四回、十一階層から上って来た魔獣に遭遇している。だがケインは傷一つ負う事なく無事に帰還している。それも単独で、だ。
──それが、どうにも不可解だったのだ。
「……質問の仕方が悪かったかしら? ──何者か、と聞いているのよ」
細剣を抜き、その切っ先をケインに向ける。
──階級持ちの『探索者』になると、色々な情報が手に入る。
それこそ──目の前のケインという、異質な『探索者』の情報も。
だが……今までに聞いていたケインという『探索者』の情報と、先ほど魔獣化フレア・ドレイクを簡単に斬り殺した情報は、当然一致しない。そもそも、魔獣化フレア・ドレイクに単独で勝つ事自体があり得ない。そんなの、普通では考えられない。
つまり──目の前の男は、普通ではない。
脅しのつもりで抜いた細剣だが、冗談のつもりは一切ない。
ケインも、その覇気を感じたのだろう。大きくため息を吐き──両手を上げた。
「……何者か、と聞かれても……生き汚い『探索者』と答える他ありません。それ以外の何者でもありませんから」
「フレア・ドレイクを倒せたのは?」
「俺の持っている魔剣の力です。ドラゴンとか竜とかが相手なら、この魔剣が勝手に戦ってくれますから。フレア・ドレイクを討伐できたのは、俺じゃなくて魔剣の力ですよ」
「あなたが魔剣を持っているなんて、聞いた事がないのだけど」
「隠してますから。普段は絶対に使わないようにしてるんです。今日は緊急事態だったので使いましたけど」
「……腰に下げているもう一つの剣も、魔剣なの?」
ケインが腰に下げている二本の剣。
剣士でもないケインが剣を持っている事が疑問であったが……それが魔剣だと言うのなら納得できる。だとすればもう一本の剣も、十中八九魔剣だろう。
「そうですね。これも魔剣です」
「どんな魔剣なの?」
「それは内緒です。答えられません」
「……何故?」
「俺にも色々と事情があるんです。だから、答えられないです」
聞く者を震え上がらせるような声音に、だが一歩も引く事なく答えるケイン。
──『銅級』のシャルロットは、その気になればいつでもケインを殺せる。貧血で立っているのがやっとの状態でも、苦も無く瞬殺できるだろう。
故に、ケインは全ての質問に正直に答えている。目の前の女性に嘘を吐く事は、それだけで死を意味するのだから。
「……その事情というのを教える気は?」
「まあ、軽くなら……俺はとある騎士の家に生まれて、俺には騎士としての才能がなかった。だから使えない家宝の魔剣を二本押し付けられて、家を追い出された。俺が生きている事が家にバレたら、色々と面倒な事になるからひっそりと『探索者』として生きてる──的な感じです」
「使えない……家宝の魔剣?」
「さっき見たと思いますけど、俺の“魔剣 竜殺し”は竜やドラゴンに対しては強いんです。ですが、それ以外には使えないんです。簡単に言うなら……竜とかドラゴン以外が相手の時に抜くと、めちゃくちゃ重くなったり何も斬れなくなるんです。もう一本の魔剣も、強力なんですけど何回も使えない性能でして……まあ、そんな魔剣ですよ」
──『銅級』のシャルロットの覇気を前に、だがケインに怯えた様子は全くない。
その理由はおそらく、先ほど話したもう一つの魔剣だろう。強力な性能だと言っていたが、シャルロットの覇気を前にしても落ち着き払っているのは──その魔剣が、シャルロットをも上回る力を持っているからだと思われる。
先ほど言っていた家庭の事と言い、二本の魔剣を持っていた事と言い……このケインという男は、他にも色々と隠している可能性が高い。
「……そう。悪かったわね、いきなり剣を向けて」
「いえ、アルルヴィーゼさんの疑問は当然ですから。えっと、それでその……アルルヴィーゼさんにお願いがあるんですが……」
「お願い?」
「俺の魔剣の事、黙っていてもらえませんか? それと、フレア・ドレイクを討伐したのも……アルルヴィーゼさんという事にしてもらえれば……」
首を傾げながら、シャルロットが細剣を鞘に収めた。
「どうして?」
「先ほども話した通り、俺が生きている事が家にバレたら、かなり面倒臭い事になるんですよ。俺の持っている魔剣も、家の人なら誰でもわかるので……」
「そう……別に構わないわよ」
「ほ、本当──」
「ただし、条件があるわ」
「じょ、条件ですか?」
シャルロットの言葉に、ケインは身を固めた。
──今度こそ、絶対に何か見返りを求められる。
魔剣か? 魔道具か? 魔石か? いや、ちょっと待て。そもそも見返りが一回とは限らない。これから毎日魔剣を持ってこい──とか言われる可能性だってある。
すぐさま最悪を想定するケイン──故に、直後に言われた言葉に固まってしまう。
「これから『地界の迷宮』に潜る時は、私と一緒に行く事。その条件を守ってくれるなら、あなたの事は黙っておくわ」
──ケインの体が、驚愕に硬直する。
数秒かけてようやく驚愕から抜け出し──だが言葉にはしっかりと驚きを乗せて、シャルロットに大声で問い返した。
「はっ──はあッ?! なんッ、ええ?! なんでですか?! アルルヴィ──はッ?! 一緒に?! 『地界の迷宮』に?! 俺と?! アルルヴィーゼさんが?! なんで?!」
「落ち着きなさい。私個人としては、あなたの──」
「──シャルロットッ! 見つけたぞッ! 総員、付近のモンスターを警戒ッ! 階級持ちはボクに続けッ! 魔獣化したフレア・ドレイクを警戒するぞッ!」
シャルロットの言葉を遮り、大声が響いた。
ケインはすぐに戦闘態勢に入り、シャルロットはどこか面倒臭そうにため息を吐き──二階層への階段がある通路から、ゾロゾロと『探索者』が現れる。
どこにでもいる『探索者』の有象無象──普段ならば警戒心を切らさないケインだが、シャルロットに近寄ってくる三人の『探索者』の姿を見て、思わず震える声を漏らした。
「……『銀級』 アランレイズ・ウォルデナ……『銀級』 ジャンヌ・ホープ……『金級』 エクスカリオン=ゼナ・ナイツフォルティ……」
──『探索者 銀級』。野犬のような短い茶髪を持ち、邪悪な紫色の瞳を輝かせる、頭頂部と臀部から生えた獅子の耳と獅子の尻尾を逆立たせる高身長の『獣人族』の青年──アランレイズ・ウォルデナ。
──『探索者 銀級』。褐色の肌で、ケインと同じ銀髪を長く伸ばし、炎のように燃える赤い瞳を揺らめかせる『黒森精族』の少女──ジャンヌ・ホープ。
そして──ケインの住む 『ダンジョン都市 クラウズヴィリオン』において二人しか存在しない『探索者 金級』にして、ケインと同じ『人類族』の金髪青瞳の少年──エクスカリオン=ゼナ・ナイツフォルティ。
ケインの呟きを聞いた三人は、だがそれぞれの性格を感じさせるように三者三様の返事を返した。
「──あぁ? なんだこのクソガキ?」
「もうアランさん。そんな話し方をしていてはいけないと何度も言っているではないですか」
「まあまあ、落ち着きなよジャンヌ。シャルロットもこうして無事だったんだから」
灰髪紫瞳の青年の言葉に、すぐさま銀髪赤瞳の女性が注意し、金髪青瞳の青年が場を収まる。
──『銀級』が二人に、『金級』が一人。
ケインが持ち得る全ての手段を使っても勝てないだろうと踏んでいた階級持ち『探索者』が──まさか、この場に三人も現れるとは。
「……あ? フレア・ドレイク死んでるじゃねぇか」
「あら、本当ですね」
「頭部と胴体を真っ二つ、か──シャルロット、これはキミがやったのかい?」
シャルロットに向けた問いかけに、だがケインの胸が詰まる。
──『探索者組合』の直属『探索者』とも言える階級持ちの発言は、他の『探索者』にも大きな影響を及ぼす。
この場でケインがフレア・ドレイクを倒した事が発覚すれば──と、ケインは体を震わせた。
最悪の想定を現実にするわけにはいかない。最悪の事態を招くわけにはいかない。
震えて凍っていた唇を開き、ケインはエクスカリオンの言葉を肯定しようとするが──それよりも早くシャルロットが頷いた。
「えぇ、そうよ。かなり苦戦する相手だったけど……一人でもどうにかなったわ」
「あぁ?! 何適当こいてんだてめぇ?! 魔獣化したフレア・ドレイクを相手にして、無傷で済むワケねぇだろぉ?!」
「この人が回復薬をくれたのよ。おかげであなたたちに無様な姿を晒さないで済んだわ」
「そうでしたか……まさか、シャルロットさんが魔獣化したフレア・ドレイクを一人で倒してしまうなんて……」
「たまたまよ。運良く一撃が通ったから、こうして倒せているけど」
どうやら、シャルロットはケインの要求を呑んでくれた様子。
シャルロットの話を聞き、アランレイズは残念そうにため息を吐き、ジャンヌは嬉しそうに笑みを深めた。
「はぁ……せっかく久々に骨のある奴と戦れると思ったのによぉ……」
「何を言っているんですかアランさん? モンスターも魔獣も、みんな骨はありますよ?」
「お前は黙ってろ」
「何でですか?!」
まるで漫才のようなやり取りを繰り広げるアランレイズとジャンヌ。
そんな二人の横を通り過ぎ、絶命したフレア・ドレイクの観察をしていたエクスカリオンがシャルロットに近づいた。
「……キミがそう言うのなら、信じるよ。だけど──これは、いつまでも通用しないからね。それだけは覚えておいてほしいかな」
「──っ……わかったわ」
「うん──引き上げるぞ! 魔獣化フレア・ドレイクはすでにシャルロット・アルルヴィーゼによって討伐済みと判明! 臨時討伐隊は、『地界の迷宮』を出た時点で解散とする!」
エクスカリオンの指揮に従い、『探索者』一行が二階層の階段のある方向へと向かい始める。
全員がその場からいなくなったのを確認し──エクスカリオンは、ケインの肩にポンと手を置いた。
「それじゃあ──また、どこかでね」
「──っ?!」
予想外の発言に、ケインはヒュッと喉を鳴らした。
そんなケインには目もくれず、エクスカリオンはにこやかな笑みを浮かべたままケインの前から歩き去っていった。
……また、どこかでね……?
「……ちょっと? ねぇ、ちょっと? 聞いてるの?」
「あっ、は、はい?! な、なんですか?!」
「驚き過ぎでしょう。まあ、エクスカリオンに気圧されるのはわかるけど──それより」
ズイッと、シャルロットがケインの顔を覗き込む。
──美しい金髪に、こちらをジッと見つめてくる綺麗な碧眼。近づいた拍子にシャルロットの髪が揺れ、花のような香りが鼻腔をくすぐった。
目の前にいるのは『探索者 銅級』であるが、それ以前に一人の女の子である──それを嫌にも認識させられ、思わずケインの顔が赤く染まった。
「私は条件を守ったから。あなたも守ってくれるわよね?」
「条、件……? ──あ」
先ほどケインはシャルロットに、自分の魔剣やフレア・ドレイクの死体について黙っておいてくれと言った。そして、シャルロットはその願いを叶えてくれた。
つまり──シャルロットの言っている事は、そういう事だ。
「明日の朝、『地界の迷宮』の前で待ってるから。また明日ね」
ヒラヒラと手を振り、呆然としたまま動かないケインを置いて、シャルロットは二階層の階段へと立ち去って行った。
ああ……どうやら、無事にフレア・ドレイクを倒せたみたいだ。
手足を動かし、体の異常を確認する。
問題なく動かせる。どうやら、特に怪我をする事なく倒せたみたいだ。
怪我の確認を終えたケインは、ようやく瞳を開き──
「──あ、起きたみたいね。どう? どこか痛む所はない?」
ケインの視界に飛び込んできた金髪碧眼の女性が、安心したように表情を崩した。
──誰だコイツ。つーか今俺どうなってる?
たっぷり十秒使って現状の把握を終え──目の前の女性に、震えた声で問い掛けた。
「あ、あのー……アルルヴィーゼさん……? こ、これは……その……どういう、状況なんですかね……?」
──膝枕をされている。
十秒間の思考の末、その結論に至ったケインは──怯えたように体を細かく震わせる。
──シャルロット・アルルヴィーゼは、『探索者』の中でも有名な存在だ。
圧倒的な戦闘能力を持ちながら──その外見は、誰がどう見ても美しいと言う他ない。
そうした理由で、シャルロット・アルルヴィーゼという『探索者』は有名であった。
そんなシャルロット・アルルヴィーゼに、今自分は──膝枕をされている?
「もっ──うしわけありませんでしたぁッ?! アルルヴィーゼさんに、こんな苦行をっ……ど、どうすればいいですか?! 俺に何を希望ですか?! 魔剣ですか?! 魔道具ですかっ、魔石ですか?! ご希望の物を直ちに──」
「違う違う。あなたを担いで『探索者補助隊』の所に行くなんて無理だし、私も貧血で動くのも辛いから、あなたが起きるまで待っていたのよ」
慌てて体を跳ね起こすケインに、シャルロットはヒラヒラと顔前で手を振る。
……“魔剣 竜殺し”を使った後は、いつもこうなる。
今までは、自分が殺されるか魔剣を使うかの瀬戸際で、苦渋の策で魔剣を使い、目が覚めるまでモンスターに襲われないように祈りながら戦っていたのだが……起きていきなり『銅級』のシャルロットに膝枕されているというのは、それ以上に心臓に悪い。
「それで、えっと……俺に、何か……?」
ケインは座学に関しては頭一つバカの方に抜けているが、『地界の迷宮』内での事象に関しては頭一つ以上抜けている。
故に──ケインは気づいていた。
──貧血状態のシャルロットがケインを連れて『地界の迷宮』を抜けるのは不可能。それは嘘ではない。
だが──本心でもない。ケインが起きるまで待っていたのは、別の理由がある。
──何が望みだ? 何が欲しい? どんな見返りを求めている?
慌てふためくケインに──シャルロットは問い掛けた。
「あなた……何者なの? と言うか、まだ名前も聞いていなかったわね。名前を聞いて良いかしら?」
「……ケインです」
「ケイン……? ケイン……ああ、『二種魔法師』の」
「俺の事を知ってるんですか?」
「えぇ。と言うか、知らない『探索者』は少ないんじゃないのかしら? あなたの『探索者』としての在り方は、かなり異質だから」
「あー、まあ……その自信はありますね」
「……それで、あなたは何者なの?」
「何者かって聞かれても……死ぬのが怖くて安全な場所で必死に今日を生きようとしている、生き汚くてどうしようもない奴、と言う他ないですかね」
自虐的な苦笑を浮かべるケインの返答に──シャルロットは鋭く瞳を細めた。
──シャルロット・アルルヴィーゼにとって、ケインという存在は不可解の塊であった。
パーティーを組む事なく、一人で『地界の迷宮』に挑んでは副産物を回収し帰還する。パーティーを組まない理由は、ケインが十階層以降には進もうとしないため。強い『探索者』はさらに深い階層へ進もうとし、弱い『探索者』はそもそも十階層に辿り着く事すらできないから、ケインと『地界の迷宮』に潜るのは、どうにもやり辛いのだ。
さらに言えば、ケインが使えるのは『土魔法』と『幻魔法』。どちらも地味で使い道が限られており、最弱とも呼ばれる魔法だ。故に、最弱の魔法しか使えない変な信条を持った『探索者』とパーティーを組もうものなら──最悪パーティーの解散に繋がる。ケインもそれをわかっているから、パーティーを組もうとしない。
なのに──『探索者組合』の情報によると、過去に十四回、十一階層から上って来た魔獣に遭遇している。だがケインは傷一つ負う事なく無事に帰還している。それも単独で、だ。
──それが、どうにも不可解だったのだ。
「……質問の仕方が悪かったかしら? ──何者か、と聞いているのよ」
細剣を抜き、その切っ先をケインに向ける。
──階級持ちの『探索者』になると、色々な情報が手に入る。
それこそ──目の前のケインという、異質な『探索者』の情報も。
だが……今までに聞いていたケインという『探索者』の情報と、先ほど魔獣化フレア・ドレイクを簡単に斬り殺した情報は、当然一致しない。そもそも、魔獣化フレア・ドレイクに単独で勝つ事自体があり得ない。そんなの、普通では考えられない。
つまり──目の前の男は、普通ではない。
脅しのつもりで抜いた細剣だが、冗談のつもりは一切ない。
ケインも、その覇気を感じたのだろう。大きくため息を吐き──両手を上げた。
「……何者か、と聞かれても……生き汚い『探索者』と答える他ありません。それ以外の何者でもありませんから」
「フレア・ドレイクを倒せたのは?」
「俺の持っている魔剣の力です。ドラゴンとか竜とかが相手なら、この魔剣が勝手に戦ってくれますから。フレア・ドレイクを討伐できたのは、俺じゃなくて魔剣の力ですよ」
「あなたが魔剣を持っているなんて、聞いた事がないのだけど」
「隠してますから。普段は絶対に使わないようにしてるんです。今日は緊急事態だったので使いましたけど」
「……腰に下げているもう一つの剣も、魔剣なの?」
ケインが腰に下げている二本の剣。
剣士でもないケインが剣を持っている事が疑問であったが……それが魔剣だと言うのなら納得できる。だとすればもう一本の剣も、十中八九魔剣だろう。
「そうですね。これも魔剣です」
「どんな魔剣なの?」
「それは内緒です。答えられません」
「……何故?」
「俺にも色々と事情があるんです。だから、答えられないです」
聞く者を震え上がらせるような声音に、だが一歩も引く事なく答えるケイン。
──『銅級』のシャルロットは、その気になればいつでもケインを殺せる。貧血で立っているのがやっとの状態でも、苦も無く瞬殺できるだろう。
故に、ケインは全ての質問に正直に答えている。目の前の女性に嘘を吐く事は、それだけで死を意味するのだから。
「……その事情というのを教える気は?」
「まあ、軽くなら……俺はとある騎士の家に生まれて、俺には騎士としての才能がなかった。だから使えない家宝の魔剣を二本押し付けられて、家を追い出された。俺が生きている事が家にバレたら、色々と面倒な事になるからひっそりと『探索者』として生きてる──的な感じです」
「使えない……家宝の魔剣?」
「さっき見たと思いますけど、俺の“魔剣 竜殺し”は竜やドラゴンに対しては強いんです。ですが、それ以外には使えないんです。簡単に言うなら……竜とかドラゴン以外が相手の時に抜くと、めちゃくちゃ重くなったり何も斬れなくなるんです。もう一本の魔剣も、強力なんですけど何回も使えない性能でして……まあ、そんな魔剣ですよ」
──『銅級』のシャルロットの覇気を前に、だがケインに怯えた様子は全くない。
その理由はおそらく、先ほど話したもう一つの魔剣だろう。強力な性能だと言っていたが、シャルロットの覇気を前にしても落ち着き払っているのは──その魔剣が、シャルロットをも上回る力を持っているからだと思われる。
先ほど言っていた家庭の事と言い、二本の魔剣を持っていた事と言い……このケインという男は、他にも色々と隠している可能性が高い。
「……そう。悪かったわね、いきなり剣を向けて」
「いえ、アルルヴィーゼさんの疑問は当然ですから。えっと、それでその……アルルヴィーゼさんにお願いがあるんですが……」
「お願い?」
「俺の魔剣の事、黙っていてもらえませんか? それと、フレア・ドレイクを討伐したのも……アルルヴィーゼさんという事にしてもらえれば……」
首を傾げながら、シャルロットが細剣を鞘に収めた。
「どうして?」
「先ほども話した通り、俺が生きている事が家にバレたら、かなり面倒臭い事になるんですよ。俺の持っている魔剣も、家の人なら誰でもわかるので……」
「そう……別に構わないわよ」
「ほ、本当──」
「ただし、条件があるわ」
「じょ、条件ですか?」
シャルロットの言葉に、ケインは身を固めた。
──今度こそ、絶対に何か見返りを求められる。
魔剣か? 魔道具か? 魔石か? いや、ちょっと待て。そもそも見返りが一回とは限らない。これから毎日魔剣を持ってこい──とか言われる可能性だってある。
すぐさま最悪を想定するケイン──故に、直後に言われた言葉に固まってしまう。
「これから『地界の迷宮』に潜る時は、私と一緒に行く事。その条件を守ってくれるなら、あなたの事は黙っておくわ」
──ケインの体が、驚愕に硬直する。
数秒かけてようやく驚愕から抜け出し──だが言葉にはしっかりと驚きを乗せて、シャルロットに大声で問い返した。
「はっ──はあッ?! なんッ、ええ?! なんでですか?! アルルヴィ──はッ?! 一緒に?! 『地界の迷宮』に?! 俺と?! アルルヴィーゼさんが?! なんで?!」
「落ち着きなさい。私個人としては、あなたの──」
「──シャルロットッ! 見つけたぞッ! 総員、付近のモンスターを警戒ッ! 階級持ちはボクに続けッ! 魔獣化したフレア・ドレイクを警戒するぞッ!」
シャルロットの言葉を遮り、大声が響いた。
ケインはすぐに戦闘態勢に入り、シャルロットはどこか面倒臭そうにため息を吐き──二階層への階段がある通路から、ゾロゾロと『探索者』が現れる。
どこにでもいる『探索者』の有象無象──普段ならば警戒心を切らさないケインだが、シャルロットに近寄ってくる三人の『探索者』の姿を見て、思わず震える声を漏らした。
「……『銀級』 アランレイズ・ウォルデナ……『銀級』 ジャンヌ・ホープ……『金級』 エクスカリオン=ゼナ・ナイツフォルティ……」
──『探索者 銀級』。野犬のような短い茶髪を持ち、邪悪な紫色の瞳を輝かせる、頭頂部と臀部から生えた獅子の耳と獅子の尻尾を逆立たせる高身長の『獣人族』の青年──アランレイズ・ウォルデナ。
──『探索者 銀級』。褐色の肌で、ケインと同じ銀髪を長く伸ばし、炎のように燃える赤い瞳を揺らめかせる『黒森精族』の少女──ジャンヌ・ホープ。
そして──ケインの住む 『ダンジョン都市 クラウズヴィリオン』において二人しか存在しない『探索者 金級』にして、ケインと同じ『人類族』の金髪青瞳の少年──エクスカリオン=ゼナ・ナイツフォルティ。
ケインの呟きを聞いた三人は、だがそれぞれの性格を感じさせるように三者三様の返事を返した。
「──あぁ? なんだこのクソガキ?」
「もうアランさん。そんな話し方をしていてはいけないと何度も言っているではないですか」
「まあまあ、落ち着きなよジャンヌ。シャルロットもこうして無事だったんだから」
灰髪紫瞳の青年の言葉に、すぐさま銀髪赤瞳の女性が注意し、金髪青瞳の青年が場を収まる。
──『銀級』が二人に、『金級』が一人。
ケインが持ち得る全ての手段を使っても勝てないだろうと踏んでいた階級持ち『探索者』が──まさか、この場に三人も現れるとは。
「……あ? フレア・ドレイク死んでるじゃねぇか」
「あら、本当ですね」
「頭部と胴体を真っ二つ、か──シャルロット、これはキミがやったのかい?」
シャルロットに向けた問いかけに、だがケインの胸が詰まる。
──『探索者組合』の直属『探索者』とも言える階級持ちの発言は、他の『探索者』にも大きな影響を及ぼす。
この場でケインがフレア・ドレイクを倒した事が発覚すれば──と、ケインは体を震わせた。
最悪の想定を現実にするわけにはいかない。最悪の事態を招くわけにはいかない。
震えて凍っていた唇を開き、ケインはエクスカリオンの言葉を肯定しようとするが──それよりも早くシャルロットが頷いた。
「えぇ、そうよ。かなり苦戦する相手だったけど……一人でもどうにかなったわ」
「あぁ?! 何適当こいてんだてめぇ?! 魔獣化したフレア・ドレイクを相手にして、無傷で済むワケねぇだろぉ?!」
「この人が回復薬をくれたのよ。おかげであなたたちに無様な姿を晒さないで済んだわ」
「そうでしたか……まさか、シャルロットさんが魔獣化したフレア・ドレイクを一人で倒してしまうなんて……」
「たまたまよ。運良く一撃が通ったから、こうして倒せているけど」
どうやら、シャルロットはケインの要求を呑んでくれた様子。
シャルロットの話を聞き、アランレイズは残念そうにため息を吐き、ジャンヌは嬉しそうに笑みを深めた。
「はぁ……せっかく久々に骨のある奴と戦れると思ったのによぉ……」
「何を言っているんですかアランさん? モンスターも魔獣も、みんな骨はありますよ?」
「お前は黙ってろ」
「何でですか?!」
まるで漫才のようなやり取りを繰り広げるアランレイズとジャンヌ。
そんな二人の横を通り過ぎ、絶命したフレア・ドレイクの観察をしていたエクスカリオンがシャルロットに近づいた。
「……キミがそう言うのなら、信じるよ。だけど──これは、いつまでも通用しないからね。それだけは覚えておいてほしいかな」
「──っ……わかったわ」
「うん──引き上げるぞ! 魔獣化フレア・ドレイクはすでにシャルロット・アルルヴィーゼによって討伐済みと判明! 臨時討伐隊は、『地界の迷宮』を出た時点で解散とする!」
エクスカリオンの指揮に従い、『探索者』一行が二階層の階段のある方向へと向かい始める。
全員がその場からいなくなったのを確認し──エクスカリオンは、ケインの肩にポンと手を置いた。
「それじゃあ──また、どこかでね」
「──っ?!」
予想外の発言に、ケインはヒュッと喉を鳴らした。
そんなケインには目もくれず、エクスカリオンはにこやかな笑みを浮かべたままケインの前から歩き去っていった。
……また、どこかでね……?
「……ちょっと? ねぇ、ちょっと? 聞いてるの?」
「あっ、は、はい?! な、なんですか?!」
「驚き過ぎでしょう。まあ、エクスカリオンに気圧されるのはわかるけど──それより」
ズイッと、シャルロットがケインの顔を覗き込む。
──美しい金髪に、こちらをジッと見つめてくる綺麗な碧眼。近づいた拍子にシャルロットの髪が揺れ、花のような香りが鼻腔をくすぐった。
目の前にいるのは『探索者 銅級』であるが、それ以前に一人の女の子である──それを嫌にも認識させられ、思わずケインの顔が赤く染まった。
「私は条件を守ったから。あなたも守ってくれるわよね?」
「条、件……? ──あ」
先ほどケインはシャルロットに、自分の魔剣やフレア・ドレイクの死体について黙っておいてくれと言った。そして、シャルロットはその願いを叶えてくれた。
つまり──シャルロットの言っている事は、そういう事だ。
「明日の朝、『地界の迷宮』の前で待ってるから。また明日ね」
ヒラヒラと手を振り、呆然としたまま動かないケインを置いて、シャルロットは二階層の階段へと立ち去って行った。
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