追放騎士のダンジョン探索記
1話
──『地界の迷宮』。
それは、地下深くへと続く洞窟の呼び名。
『地界の迷宮』の中は濃密な魔力で溢れており──この中に遺された剣は『魔剣』へと、普通の道具は『魔道具』へと、ただの石が『魔石』へと変貌を遂げ、それらを狙う『探索者』たちが一攫千金を夢見て『地界の迷宮』に潜っている。
だが、『地界の迷宮』にはモンスターが棲息しているため、『地界の迷宮』の探索は命懸けになるのだ。
「──っと……『魔石』じゃん、ラッキー。このサイズだったら、金貨十枚くらいになるか?」
足下に落ちていた赤色の石を拾い上げた少年が、口の端を笑みの形に歪めた。
──短い銀色の髪に、水のように深い青色の瞳。膝下まである白色のローブに身を包み、左腰に二本の剣をぶら下げているその姿は、一目で『探索者』である事がわかる。
──ケイン。『地界の迷宮』での拾い物で生計を立てている『探索者』だ。
「最近はパーティーを組んだ『探索者』が『地界の迷宮』の上層を探索しているからな……こうして拾える『魔石』が残っているだけでもありがたい」
「──おっ。なんだ、ケインか」
背後から聞こえた声に、ケインはのっそりとした動きで振り返った。
そこには──見覚えのある『探索者』の姿が。
「おー、久しぶりだな。この前臨時パーティーを組んだ時以来だから……2ヶ月ぶりくらいか?」
「だな。まだソロで『地界の迷宮』に潜ってるのか?」
「まあな。つっても、俺は低階層で金になる物を拾ってるだけだし、そんなに危険でもないだろ」
「そうかもな──って、言いたい所だが……最近、妙な噂を聞いてな」
「妙な噂?」
眉を寄せる男の言葉に、ケインは首を傾げて先を促した。
──スッと、男がケインに手を差し出した。
手を組まないか? という意味ではない。
差し出された手の意味を理解したケインは、ため息を吐いて背嚢の中から緑色の液体が入った瓶を取り出した。
「チッ……仮にも一回パーティーを組んだ仲だろうに……」
「悪いな、オレたちも『地界の迷宮』で生きるために必死なんでね」
ケインから瓶を受け取った男は、悪びれた様子もなく瓶を自身の背嚢に仕舞い込んだ。
──情報料というやつだ。
『地界の迷宮』において、情報とは文字通り生死を左右する。
他の『探索者』に有益な情報は渡したくないだろうし、逆に命の危機に直結する情報は、他の『探索者』を蹴落とす手段にもなる。
故に──『地界の迷宮』の攻略は、情報戦と言う『探索者』もいる。
その点で言えば、目の前の男は対価さえ払えば自分の持ってる情報を教えてくれる。ケインにとっては接しやすい『探索者』だ。
「それで? 貴重な回復薬を譲ったんだ。それなりに有益な情報なんだろうな?」
「有益かどうかはわからんが──どうやら、四階層に魔獣が出たらしい」
「はっ……は? 四階層に魔獣が……?」
──魔獣。
それは『地界の迷宮』の濃密な魔力の影響を受けたモンスターが進化した姿。
『地界の迷宮』は下層へ潜れば潜るほど魔力が濃くなるため、上層には強いモンスターは発生しないし、魔獣なんて発生する確率はかなり低い……のだが。
「……そうか。わざわざありがとな」
「おう、気をつけろよ。一度でもパーティーを組んだ奴が死んだら、夢見が悪いからな」
「ああ」
手を振り、『地界の迷宮』の奥へと消えて行く『探索者』一行。その姿を見送り、ケインはその場で腕を組んだ。
──現在ケインがいるのは、『地界の迷宮』の二階層。腰に下げている二本の剣を使いこなせないケインでも、余裕を持って探索ができる階層だ。
しかし……四階層で魔獣が出たという情報を聞いた今、話は変わってくる。
「……まあ『魔石』も拾えたし、今日は引き上げるか──って、わけにもいかないよな」
うーんと大きく背伸びをし──ケインは、近づいて来る気配に意識を向けた。
ケインの背後側にある通路──そこから、五匹のモンスターが現れる。
「……ま、安全確保もせずに『地界の迷宮』の中でお喋りしてたら──こうなるよな」
幼い子どもほどの体格だが、その体の色は緑。頭からは短く歪な角が生えており、手には死んだ『探索者』から盗んだと思われる武器が握られている。
ゴブリン──『地界の迷宮』の上層に棲息するモンスターだ。
一対一で戦うのであれば、多少の武器の心得がある者なら苦戦はしても負ける事はないだろう──というのが、ゴブリンの評価だ。というか、ぶっちゃけザコだ。
だが──ゴブリンは複数の個体で纏まって行動する習性を持っている。
「ゴブァッ、ゴブアアアアアアアッッ!!」
先頭にいたゴブリンが、ケインを見て雄叫びを上げた。
──仲間を呼んでいる。
時間を掛ければ、数の暴力で攻められるだろう。
鋭く舌打ちを一つ。ケインは腰に下げていた剣を抜く──事なく、右手をゴブリンの群れに向けた。
「──『アースド・ナックル』ッ!」
ケインが大声で叫び──『地界の迷宮』の地面が隆起する。
──先頭のゴブリンに認識できたのは、そこまでだった。
「ゴギッ──」
突如現れた土の拳が、ゴブリンの体を打ち抜いた。
その土拳の大きさ、ケインの約二倍。
自分よりも三倍近く大きな拳に殴打されたゴブリンは、当然耐えるはずもなく──全身から血を噴き出しながら、後ろにいたゴブリンを巻き込んで吹き飛んでいく。
それを見た残るゴブリンが、一斉にケインへ襲い掛かろうとするが──
「悪いが、逃げさせてもらうぜ──『アースド・ウォール』ッ!」
再び地面が隆起し──ゴブリンの群れが現れた通路を、完全に塞いでしまう。これでもう、先ほどのゴブリンの群れはケインに近づけない。
いつもならば、ゴブリン程度簡単に討伐してしまうのだが──あの『探索者』の情報が確かなら、この付近の階層には魔獣がウロついている。ならば、無闇に戦闘して物音を立てるのは、得策とは言えない。
最初にモンスターの気配を察知した時にケインが攻撃を仕掛けなかったのも、相手が魔獣や自分では太刀打ちできないモンスターだった場合、返り討ちにされるからだ。
「さて……隠れるか」
先ほどのゴブリンの雄叫びに反応して、この階層にいるゴブリンが集まって来るだろう。
であれば、魔獣がいると聞いた今、戦闘は避けるべきだ。
しかし──この付近に身を隠す場所なんて見当たらない。
ならば、どこに隠れるのか──と。
「──『イリュージョン』」
ケインが何かを呟いた──直後、ケインの姿が薄くなった。
──この世界には、魔法と呼ばれる不思議な力が存在する。
ケインが使えるのは、大地を操る『土魔法』と、五感に作用する『幻魔法』の二つ。
二種類の魔法を使えるケインは『二種魔法師』と呼ばれ、かなり稀少な存在である──のだが。
『土魔法』も『幻魔法』も、この世界では弱小と呼ばれるハズレ魔法。
故に、稀少な『二種魔法師』であるはずのケインは──他の『探索者』から、弱小『探索者』と呼ばれていた。
そんなケインとパーティーを組みたがる物好きもいないため──こうして一人で『地界の迷宮』に潜っているのだ。
「……本当、俺って何もないよなぁ……」
そんな言葉を残し、ケインの姿は幻のように消え失せた。
─────────────────────
──早朝。まだ日も昇り出し始めた時間帯。
無事に寝床へ着き、翌朝を迎えたケインは──大きくため息を吐いた。
「──さて……どうしたもんかなぁ……」
ここ一年近くお世話になっている安宿の小さな部屋の中。体勢を変えベッドに腰掛けるケインは、着け慣れた装備品を手に取りながら難しい表情を浮かべていた。
──困った。かなり困った。
昨日の夜、この安宿に戻る前に『探索者組合』に寄って話を聞いた所、四階層に魔獣がいるという情報はどうやら事実らしい。
魔獣の強さは、超腕利きの探索者三人で魔獣一匹をどうにか倒せるか、というレベルだ。
ケインなんかが魔獣に遭遇すれば──間違いなく殺される。万に一つも勝つ可能性はない。
今のケインは、『地界の迷宮』の十階層なら単独でも余裕を持って探索できる実力を持っている。
そして──これまで魔獣が目撃されていたのは、十一階層以降。
だが──今回、四階層で魔獣が発見された。
今までは十階層以内で行動していたが──それが制限される、という事だ。
「……金、どうやって稼ぐかなぁ……」
今のケインの稼ぎは、『地界の迷宮』の副産物を回収し、できるだけ高値で売り捌く事。
他の『探索者』とパーティーを組めず、家族からも見放されたケインは──『探索者』としてじゃないと、生きていけないのだ。
「俺一人が『地界の迷宮』に潜っても、他のパーティーに横取りされたら最悪殺されるしなぁ……」
──『探索者』は生き汚い。
ケインなんかよりもよっぽど酷い境遇の奴なんていくらでもいる。
そう、それこそ──『地界の迷宮』の副産物を持ち帰った『探索者』を襲い、金を稼ごうとする奴だっている。
魔法師としてはそれなりに戦えるケインであるが──近距離での戦闘は、人間相手ならばともかく、モンスター相手では間違いなく素人『探索者』以下。
地界の迷宮の探索で多少なりとも消耗した所を、他の『探索者』に狙われたら──ゾクッと、ケインは体を震わせた。
「……ははっ……」
──死にたくない。死ぬのは嫌だ。
それが『探索者 ケイン』の根底にある、いわば原動力だ。
他の『探索者』から蔑まされても、家族から見放されても──それでも、死にたくない。
死にたくないから、上層でチマチマと『地界の迷宮』の副産物を回収して──必死に今日を生きている。
「はははっ……」
その乾いた笑いは、一体誰に向けたものなのか。自分を蔑む『探索者』か、自分を追い出した家族か、それとも──それでも無様に生きようとしている自分の生き汚なさか。
なんであれ──気持ちの良い笑いではない。
「ははっ──はぁ…………真面目に考えるか」
第一に考えるべきは──自分の稼ぎだ。
『探索者』として生計を立てている今──他に稼ぐ方法があるか?
──ない。
ベテラン『探索者』が捨て置いた副産物でも、新人『探索者』が見逃してしまうような小さな副産物でも──ケインにとっては生命線なのだ。
これから『探索者』以外の生き方を考えろと言われても、そんなに簡単には出てこない。
なら──魔獣を倒す? もしくは逃げる?
どちらも無理だ。
魔獣は化物。多少の学がある者ならば、誰でも知っている。魔獣は死神で、出会ったならば死を受け入れるしかない──とも言われている。
「……俺なんかが考えても、どうしようもないか」
元々、どうしようもないような人間だ。
有名な騎士の家系に生まれ、剣の才能を持っていなかった。十六歳の時に家宝として置かれてしまっている使えない魔剣二本を押し付けられ、家を追い出された。魔法師としての才能があったのに、使えない二種類の魔法しか使えない。それ故、他の『探索者』から蔑まれてパーティーも組んでもらえない──ああ、どうしようもなく終わってしまっている人間だ。
それでも、そうだとしても──と、死を拒んで必死に足掻き、生きようとしている。それが自分だ。
「……そうだ。生きるためには手段を選ばない──それが俺だ」
暗い感情を青い瞳に宿し、すっかり着け慣れた二本の剣を左腰にぶら下げ、ケインは安宿の部屋を出た。
──まさか今日、自分の考えを根底から覆すような人物と出会うとは思いもせずに。
それは、地下深くへと続く洞窟の呼び名。
『地界の迷宮』の中は濃密な魔力で溢れており──この中に遺された剣は『魔剣』へと、普通の道具は『魔道具』へと、ただの石が『魔石』へと変貌を遂げ、それらを狙う『探索者』たちが一攫千金を夢見て『地界の迷宮』に潜っている。
だが、『地界の迷宮』にはモンスターが棲息しているため、『地界の迷宮』の探索は命懸けになるのだ。
「──っと……『魔石』じゃん、ラッキー。このサイズだったら、金貨十枚くらいになるか?」
足下に落ちていた赤色の石を拾い上げた少年が、口の端を笑みの形に歪めた。
──短い銀色の髪に、水のように深い青色の瞳。膝下まである白色のローブに身を包み、左腰に二本の剣をぶら下げているその姿は、一目で『探索者』である事がわかる。
──ケイン。『地界の迷宮』での拾い物で生計を立てている『探索者』だ。
「最近はパーティーを組んだ『探索者』が『地界の迷宮』の上層を探索しているからな……こうして拾える『魔石』が残っているだけでもありがたい」
「──おっ。なんだ、ケインか」
背後から聞こえた声に、ケインはのっそりとした動きで振り返った。
そこには──見覚えのある『探索者』の姿が。
「おー、久しぶりだな。この前臨時パーティーを組んだ時以来だから……2ヶ月ぶりくらいか?」
「だな。まだソロで『地界の迷宮』に潜ってるのか?」
「まあな。つっても、俺は低階層で金になる物を拾ってるだけだし、そんなに危険でもないだろ」
「そうかもな──って、言いたい所だが……最近、妙な噂を聞いてな」
「妙な噂?」
眉を寄せる男の言葉に、ケインは首を傾げて先を促した。
──スッと、男がケインに手を差し出した。
手を組まないか? という意味ではない。
差し出された手の意味を理解したケインは、ため息を吐いて背嚢の中から緑色の液体が入った瓶を取り出した。
「チッ……仮にも一回パーティーを組んだ仲だろうに……」
「悪いな、オレたちも『地界の迷宮』で生きるために必死なんでね」
ケインから瓶を受け取った男は、悪びれた様子もなく瓶を自身の背嚢に仕舞い込んだ。
──情報料というやつだ。
『地界の迷宮』において、情報とは文字通り生死を左右する。
他の『探索者』に有益な情報は渡したくないだろうし、逆に命の危機に直結する情報は、他の『探索者』を蹴落とす手段にもなる。
故に──『地界の迷宮』の攻略は、情報戦と言う『探索者』もいる。
その点で言えば、目の前の男は対価さえ払えば自分の持ってる情報を教えてくれる。ケインにとっては接しやすい『探索者』だ。
「それで? 貴重な回復薬を譲ったんだ。それなりに有益な情報なんだろうな?」
「有益かどうかはわからんが──どうやら、四階層に魔獣が出たらしい」
「はっ……は? 四階層に魔獣が……?」
──魔獣。
それは『地界の迷宮』の濃密な魔力の影響を受けたモンスターが進化した姿。
『地界の迷宮』は下層へ潜れば潜るほど魔力が濃くなるため、上層には強いモンスターは発生しないし、魔獣なんて発生する確率はかなり低い……のだが。
「……そうか。わざわざありがとな」
「おう、気をつけろよ。一度でもパーティーを組んだ奴が死んだら、夢見が悪いからな」
「ああ」
手を振り、『地界の迷宮』の奥へと消えて行く『探索者』一行。その姿を見送り、ケインはその場で腕を組んだ。
──現在ケインがいるのは、『地界の迷宮』の二階層。腰に下げている二本の剣を使いこなせないケインでも、余裕を持って探索ができる階層だ。
しかし……四階層で魔獣が出たという情報を聞いた今、話は変わってくる。
「……まあ『魔石』も拾えたし、今日は引き上げるか──って、わけにもいかないよな」
うーんと大きく背伸びをし──ケインは、近づいて来る気配に意識を向けた。
ケインの背後側にある通路──そこから、五匹のモンスターが現れる。
「……ま、安全確保もせずに『地界の迷宮』の中でお喋りしてたら──こうなるよな」
幼い子どもほどの体格だが、その体の色は緑。頭からは短く歪な角が生えており、手には死んだ『探索者』から盗んだと思われる武器が握られている。
ゴブリン──『地界の迷宮』の上層に棲息するモンスターだ。
一対一で戦うのであれば、多少の武器の心得がある者なら苦戦はしても負ける事はないだろう──というのが、ゴブリンの評価だ。というか、ぶっちゃけザコだ。
だが──ゴブリンは複数の個体で纏まって行動する習性を持っている。
「ゴブァッ、ゴブアアアアアアアッッ!!」
先頭にいたゴブリンが、ケインを見て雄叫びを上げた。
──仲間を呼んでいる。
時間を掛ければ、数の暴力で攻められるだろう。
鋭く舌打ちを一つ。ケインは腰に下げていた剣を抜く──事なく、右手をゴブリンの群れに向けた。
「──『アースド・ナックル』ッ!」
ケインが大声で叫び──『地界の迷宮』の地面が隆起する。
──先頭のゴブリンに認識できたのは、そこまでだった。
「ゴギッ──」
突如現れた土の拳が、ゴブリンの体を打ち抜いた。
その土拳の大きさ、ケインの約二倍。
自分よりも三倍近く大きな拳に殴打されたゴブリンは、当然耐えるはずもなく──全身から血を噴き出しながら、後ろにいたゴブリンを巻き込んで吹き飛んでいく。
それを見た残るゴブリンが、一斉にケインへ襲い掛かろうとするが──
「悪いが、逃げさせてもらうぜ──『アースド・ウォール』ッ!」
再び地面が隆起し──ゴブリンの群れが現れた通路を、完全に塞いでしまう。これでもう、先ほどのゴブリンの群れはケインに近づけない。
いつもならば、ゴブリン程度簡単に討伐してしまうのだが──あの『探索者』の情報が確かなら、この付近の階層には魔獣がウロついている。ならば、無闇に戦闘して物音を立てるのは、得策とは言えない。
最初にモンスターの気配を察知した時にケインが攻撃を仕掛けなかったのも、相手が魔獣や自分では太刀打ちできないモンスターだった場合、返り討ちにされるからだ。
「さて……隠れるか」
先ほどのゴブリンの雄叫びに反応して、この階層にいるゴブリンが集まって来るだろう。
であれば、魔獣がいると聞いた今、戦闘は避けるべきだ。
しかし──この付近に身を隠す場所なんて見当たらない。
ならば、どこに隠れるのか──と。
「──『イリュージョン』」
ケインが何かを呟いた──直後、ケインの姿が薄くなった。
──この世界には、魔法と呼ばれる不思議な力が存在する。
ケインが使えるのは、大地を操る『土魔法』と、五感に作用する『幻魔法』の二つ。
二種類の魔法を使えるケインは『二種魔法師』と呼ばれ、かなり稀少な存在である──のだが。
『土魔法』も『幻魔法』も、この世界では弱小と呼ばれるハズレ魔法。
故に、稀少な『二種魔法師』であるはずのケインは──他の『探索者』から、弱小『探索者』と呼ばれていた。
そんなケインとパーティーを組みたがる物好きもいないため──こうして一人で『地界の迷宮』に潜っているのだ。
「……本当、俺って何もないよなぁ……」
そんな言葉を残し、ケインの姿は幻のように消え失せた。
─────────────────────
──早朝。まだ日も昇り出し始めた時間帯。
無事に寝床へ着き、翌朝を迎えたケインは──大きくため息を吐いた。
「──さて……どうしたもんかなぁ……」
ここ一年近くお世話になっている安宿の小さな部屋の中。体勢を変えベッドに腰掛けるケインは、着け慣れた装備品を手に取りながら難しい表情を浮かべていた。
──困った。かなり困った。
昨日の夜、この安宿に戻る前に『探索者組合』に寄って話を聞いた所、四階層に魔獣がいるという情報はどうやら事実らしい。
魔獣の強さは、超腕利きの探索者三人で魔獣一匹をどうにか倒せるか、というレベルだ。
ケインなんかが魔獣に遭遇すれば──間違いなく殺される。万に一つも勝つ可能性はない。
今のケインは、『地界の迷宮』の十階層なら単独でも余裕を持って探索できる実力を持っている。
そして──これまで魔獣が目撃されていたのは、十一階層以降。
だが──今回、四階層で魔獣が発見された。
今までは十階層以内で行動していたが──それが制限される、という事だ。
「……金、どうやって稼ぐかなぁ……」
今のケインの稼ぎは、『地界の迷宮』の副産物を回収し、できるだけ高値で売り捌く事。
他の『探索者』とパーティーを組めず、家族からも見放されたケインは──『探索者』としてじゃないと、生きていけないのだ。
「俺一人が『地界の迷宮』に潜っても、他のパーティーに横取りされたら最悪殺されるしなぁ……」
──『探索者』は生き汚い。
ケインなんかよりもよっぽど酷い境遇の奴なんていくらでもいる。
そう、それこそ──『地界の迷宮』の副産物を持ち帰った『探索者』を襲い、金を稼ごうとする奴だっている。
魔法師としてはそれなりに戦えるケインであるが──近距離での戦闘は、人間相手ならばともかく、モンスター相手では間違いなく素人『探索者』以下。
地界の迷宮の探索で多少なりとも消耗した所を、他の『探索者』に狙われたら──ゾクッと、ケインは体を震わせた。
「……ははっ……」
──死にたくない。死ぬのは嫌だ。
それが『探索者 ケイン』の根底にある、いわば原動力だ。
他の『探索者』から蔑まされても、家族から見放されても──それでも、死にたくない。
死にたくないから、上層でチマチマと『地界の迷宮』の副産物を回収して──必死に今日を生きている。
「はははっ……」
その乾いた笑いは、一体誰に向けたものなのか。自分を蔑む『探索者』か、自分を追い出した家族か、それとも──それでも無様に生きようとしている自分の生き汚なさか。
なんであれ──気持ちの良い笑いではない。
「ははっ──はぁ…………真面目に考えるか」
第一に考えるべきは──自分の稼ぎだ。
『探索者』として生計を立てている今──他に稼ぐ方法があるか?
──ない。
ベテラン『探索者』が捨て置いた副産物でも、新人『探索者』が見逃してしまうような小さな副産物でも──ケインにとっては生命線なのだ。
これから『探索者』以外の生き方を考えろと言われても、そんなに簡単には出てこない。
なら──魔獣を倒す? もしくは逃げる?
どちらも無理だ。
魔獣は化物。多少の学がある者ならば、誰でも知っている。魔獣は死神で、出会ったならば死を受け入れるしかない──とも言われている。
「……俺なんかが考えても、どうしようもないか」
元々、どうしようもないような人間だ。
有名な騎士の家系に生まれ、剣の才能を持っていなかった。十六歳の時に家宝として置かれてしまっている使えない魔剣二本を押し付けられ、家を追い出された。魔法師としての才能があったのに、使えない二種類の魔法しか使えない。それ故、他の『探索者』から蔑まれてパーティーも組んでもらえない──ああ、どうしようもなく終わってしまっている人間だ。
それでも、そうだとしても──と、死を拒んで必死に足掻き、生きようとしている。それが自分だ。
「……そうだ。生きるためには手段を選ばない──それが俺だ」
暗い感情を青い瞳に宿し、すっかり着け慣れた二本の剣を左腰にぶら下げ、ケインは安宿の部屋を出た。
──まさか今日、自分の考えを根底から覆すような人物と出会うとは思いもせずに。
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