無崎くんは恐すぎる ~~見た目だけヤクザな無能男子高校生の無自覚な無双神話~~

閃幽零×祝@自作したセンエースの漫画版(12話以降)をBOOTHで販売中

10話 交渉。


 10話 交渉。

 上品の全身が冷や汗に包まれる。
 一瞬で血の気が引いた。
 ずっと眠っていた『生存本能の最奥部』が飛び起きて、
 ノドを嗄(か)らさんばかりに悲鳴を上げている。

(ま、間違いない……あの悪魔は私を殺しにきた)

 恐怖に体が震える。
 絶望に支配される。

(こ、殺されて……たまるか!!)

 防衛本能に火がつくと同時!
 上品は地面を蹴る!

 なりふり構わず、黒き刀身が煌(きら)めく『147ギロのムービングストレートブレード』を強く握りしめて、無崎の首をはねようと踏み込んだ。
 刀身が正中線に沿って二つに分かれて、その間を、バチバチとした電流が走る。

 ――殺れる!
 そう思ったが、
 しかし、

 キュィイン!
 っと、ギガロ粒子の弾ける音がして、
 その直後、

「ここにボクがいるのに、センセーの首に刃が届くとでも?」

 ニタニタと笑っている佐々波の声が耳をつく。

 短剣一本で上品の刀を受けとめた佐々波。
 佐々波御用達のプロ級武装野究カード『141ギロのツーシームブレード』。
 鮮やかな深紅の小刀。
 歪な形状をしている狂気のナイフ。
 防御力に優れた、ギガロ・バリアの耐久値が高いストレートブレード。

 その奥にいる無崎は、いきなり斬りかかられていながら、しかし、わずかも動ずる事なく、どこまでも不敵かつ不遜(ふそん)に、上品を嘲謔(ちょうぎゃく)したままでいた。

 凛とした仁王立ちで、この空間の王として完璧に君臨している。

 ――と、はた目には見えているのだが、
 実際のところ、無崎の心中では、

(ぇ、えぇえええええ? な、何、なに、なに?! どういうこと? なんで、上品さんは、俺に切りかかってきたの? はぁあああああ?!)

 あまりの超展開ぶりに、歪んだ笑顔のまま固まってしまっているだけなのだが、はた目には『不敵に大局を見通しているよう』にしか見えない。

 その『不動を超越した豪儀(ごうぎ)極まりない佇(たたず)まい』に中(あ)てられた上品は、

(か、勝てへん。勝てる訳がない!)

 力量差に愕然(がくぜん)とする。
 彼我の実力差を一瞬で理解し、肉体の芯が凍えた。

 反射的なバックステップで、
 わずかに距離を取りつつ、

(どうにかして逃げへんと、確実に殺される。Mマシンは諦めるしかない)

 上品は、悔しそうにギリギリと奥歯をかみしめてから、

「ぃ、いきなり切りかかっといて、何を言うとんのやぁ思うやろうけど……交渉させてくれへんか? 話を聞いてほしいんや」

 上品の提案に、佐々波は、虫をいたぶるような笑みを浮かべて、

「ふぅん。提案っすか。内容によっては聞いてあげなくもないっすよ。で、なんすか?」

「ここは見逃してくれへんか? 代わりに、甲子園級……いや、プロ級の野究カードを5……10枚ほど献上するから」

「くく。破格の条件じゃないっすか。殺しちゃったら、所有している野究カードが消滅しちゃうから、その提案、ボクとしては、是非とも受けたいところっすねぇ」

「じゃ、じゃあ――」

「けど、まあ、いつだって、『最終決断』を下すのは、ボクじゃないんでねぇ」

 そこで、佐々波は、チラっと無崎を見て、

「どうするっすか、センセー?」

 ((ど、どうするもクソも、何が何だか分からないんだけど? ねぇ、佐々波、上品さんは、どうして俺に切りかかってきたんだ? 俺、なんもしてないよね?

「うーん、そうっすねぇ」

 ((直後に、『きりかかってきた事を謝っている』っていうのが、さらに訳わかんない。上品さんって、もしかして情緒不安定系女子? ま、まあ、なんにせよ、現場が散らかりすぎて、俺では、もはや、どうしようもないから、お前に全部任せる。人間関係が良い感じにまとまるよう、後は全て頼んだよ、佐々波!

「イエス・ユア・マジェスティ! (了解しました、偉大なる我が王!)」

 まるで、皇帝の側近。
 あるいは、敬虔(けいけん)な神の使徒。
 右手を胸にあて、エレガントに頭を下げながらの宣言。
 ――それを見て、無崎は、

(? な、なにやってんだ、こいつ。……ほんと、常時、よく分からんやつだなぁ。……まあいいや。佐々波のちょっとした奇行は、今に始まったことじゃないし。……そういえば、小学生の時も、ちょいちょい、よく分からん事をやっていたよなぁ)

 と、テキトーに流した。
 佐々波の奇行の全てを流し、テキトーに許してきたがゆえに、無崎の現状がある。

 『佐々波(名状しがたい姉や母のようなもの)』に、
 『あとのことすべて』を任せた無崎は、
 『税金問題を前にした小学生』ぐらいの勢いで、
 思考を完璧に放棄して、ボーっとしはじめる。

 ――そんな、佐々波と無崎の様子を目の当たりにした上品は、

(やっぱり佐々波は無崎の手下みたいやな。それも、無理やり従わせとんのやなく、心底からの忠誠を誓わせとる。ぁ、あの放逸的(ほういつてき)で猫より気ままなトリックスターの佐々波を、あそこまで従順な配下にできるだけの圧倒的な支配力……想像するだけでも、おぞましい……)

 無崎に対する警戒心が限界なく膨らんでいく。

 底知れない恐怖に顔を歪ませている上品の元に、
 佐々波がツカツカと、足取り軽く近づいてきた。

 上品は、反射的に黒刀を構える。
 そんな彼女に、佐々波は、余裕を崩さず、
 ニタニタ顔を強めて、

「センセーの御言葉を伝えるっす。――無意味な抵抗はやめておけ。貴様の話を聞いてやる。申してみぃ」

 と、アホなAIよりも酷い翻訳をかましてみせた。
 原文が一ミリも残っていないので、翻訳という言葉を使うべきではない気がするが。

 とにもかくにも、佐々波は、
 場を荒らすために、全力で、
 無崎の『虚像』を翻訳していく。


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