ちょっとHぃショートショート

双樹\u3000一

実在

ドンッとぶつかられた
大学へ行く地下鉄のホームで いきなり後ろからぶつかられた
3限目の授業で駅は人も多くない
思わず転びかけたくらいの衝撃でヒールだったら転がっていただろう
ぶつかったのは若い男だったが立ち止まりもせず チラリと振り向いた顔が笑った猫の顔だった
怒るよりその事に頭が止まった
気がついたら乗る筈の列車は出ていて待ち合わせに少しだけ遅れた

お待たせ

と声を掛けても 理恵は怒ったのか スマホから目を上げない

理恵ったら ゴメンって

と肩を揺すると

わっ びっっくりしたっ いつ来たの

いつ って声掛けたよ
一本 乗り遅れたのよ
授業 始まるよ 行こ

その日は散々で根に持った理恵に度々 無視された

次の日は2枠あった授業は休講の上 レポート提出の掲示ありでレポート作成後も部屋を出ないまま 家で過ごした

次の日は1限目からの授業で ラッシュを覚悟で駅へ走ったが不思議なほどスムーズに大学まで着いた
キャンパスでも誰からも声も掛からず講義時間ギリギリに講義室に滑り込んだ
はあはあ 息を荒らげているのに誰からも振り向かれず注意もされない 笑われもしない
さすがにおかしいと思い始めたけれど講義は始まっている
あとで理恵を探そうと思って講義に身を入れた
気がついたら講義が終わっていた
いや 講義室に独りでいた
人の気配がキャンパスからも消えていた
だが なんだろう
何かが動いているような感覚が消えない
講義室の窓からキャンパスを見下ろしていると雲が晴れて陽射しが差した
影だ
影だけが動いている
キャンパスに見えない学生たちの影が行き交ったいる

何 何故 どうして

窓を開けて 叫んでみたが あるはずの声の反響も反射も無く 無反響室にいる様な違和感だけがある
目の端で何かが動いたような気がしてそちらを見たが何かの影が横切っただけ

影だけがチラチラする街を家まで帰ったけれど誰の姿も見なかった 影以外は

何週間か何ヶ月か 独りで過ごしてお腹も空かず喉も渇かず自分以外の皆が消えたのでは無く自分がおかしくなったのだ と結論した
雨も降るし風も吹く
夜も夜明けもある
街は動いている 人が見えないのは自分がそちら側に居ない所為なのだと

最初は自棄になり 街を裸で彷徨ったりそのまま他人の家に入り込んだりしたがやがて飽きた
自分の家に帰って今までの生活を独りで繰り返した
大学へ行き 家に帰りご飯を食べ(食べても身体にも食べ物にも増減無し)眠る振りをし…

そのうち チラチラと姿が見えている人がいるのに気がついた
なんだろう 実体と中身が微妙にずれていて どうも本人が気が付いていない様子
ハッと思ったのが駅でぶつかった男の様子だった
あれは私の存在感を盗んで行ったんだ

なら

私にもやれない事はないに違いない
私は遠去かりつつある中年の婦人に向かって駆け出した
恐らく 自分の顔がチェシャ猫のように大きく口を開けて笑っているのを感じながら

コメント

コメントを書く

「その他」の人気作品

書籍化作品