学校一の嫌われ者が学校一の美少女を拾ったら
63 最終話 学校一の嫌われ者が学校一の美少女を拾ったら
「ねぇ秋斗、今日は私とどこか行く?それとも私と家に帰る?もしくは私と教室でゆっくりする?」
「なんで冬華と行動は確定なの?」
「あーっ!また冬華さんとイチャついてるっ!危険だよ!離れてアキくんっ!ほらこっち!わたしの胸に飛び込んで!早くっ!」
「いやまだ捕まりたくないんだけど」
何故こうなった。
「あっはははっ!あははははははっ!ひぃ、お腹いったー!」
「ぶっ、笑っちゃ悪い、ぶはっ、よ、夏希、くふっ」
「夏希笑うな。春人はいっそ笑え」
両腕を冬華と梅雨に掴まれ、目の前では幼馴染2人が顔が赤くなるくらい笑ってる。
いやホント何でこうなった?
梅雨が、耐えて温めて秘めた想いの告白。
夏希の、先を憂いての迷いを話した会話。
冬華の、純真無垢にして真っ直ぐな告白。
どれもが俺には眩しく、直視すら出来ないような想いの発露。
度々口にされた『恋愛初心者』という言葉も、あれらの言葉を聞いてしまえばただ口を噤んで認める他ないと思える。
何より、そんな情けない俺に、彼女達は俺の気持ちが決まるまで待つと言ってくれた。
未来なんて不確かで、曖昧で、時に恐ろしいものだ。それなのに、彼女達はその先で待つと言う。
なんて心の強い選択なんだろうか。
これまで父親との決別や、その時傷つけてしまった家族に負担にならないようにと1人で生きていけるよう力をつけてきたつもりだ。
でもいつからか自惚れていたとさえ思う。上手くやれていると。
しかし、どうやら俺は彼女達には勝てないらしい。そう、強く思わされた。
それをきっかけに、色々と考えるようになった。
主に自分自身の気持ちや感情について。
待ってくれるとは言ってくれたが、だからといって甘えてばかりはいられない。
もちろん焦って間違えたり、納得のいかない答えを出すつもりはない。
そんな中途半端な答えでは、彼女達の想いに失礼だし、何より自分自身許せない。
自分ともっと向き合い、彼女達とも向き合い、そしてちゃんと答えを出す。
そう思い、春人なんかには「最近ぼけっとしてるね。暇ならなにか勝負しよう」と心配される始末。いやこれ心配じゃなくてただのあいつの願望だわ。
だというのに、彼女達は考える時間なんてやらねぇよとばかりにこんな感じです。
あのね、あんな告白されてこっちも色々と思う事はあんのよ。年頃の男子高校生なんだよこちとら。
つまり普通に恥ずかしいし照れます。お前ら『恋愛初心者』って評したくせに容赦なくない?常に過剰攻撃とか耐えられないんですけど。
「ちょ、何やってんの冬華!ここ学校よ?!周りからめっちゃ見られてるって!」
「はい、そうですね。秋斗にアピールしつつ私も嬉しく更に牽制も兼ねた一石三鳥です」
「開き直ってるっ?!ちょ、あっきー!たまにはわたしも構うべきでしょ!」
「いや冬華止める話だったろ。なんでそうなるの?」
おまけに根津までそれっぽい発言を混ぜてくる。
いや俺の予想じゃ春人狙いだし俺の勘違いだとは思うけど……やべ、向き合うようになったうもりが、自意識過剰になってる?
「あー、梅雨ったらまた先輩のとこに来てたんだぁ。ほら、くっついてばっかだと先輩も困っちゃうよぉ?冬華先輩も離れて離れて」
面白がるだけの幼馴染2人とは違い、俺の心境を読む力を持ち、こうして俺の味方をしてくれるのは静だったりする。
割と楽しければ良い主義の静にしては意外だと思う。思うけど、
「むぅ、仕方ないなぁ。でも前よりも意識してくれてるのが分かって嬉しいよ、アキくん!」
「そうですね……秋斗の可愛いところも堪能しましたし」
「はいはい、満足そうで何よりですねぇ。では次はあたしが、っと」
「「あぁああっ!」」
思うけど、やっぱりこいつは小悪魔な後輩なワケで。
2人が離れたとほぼ同時に正面から抱きついてきた。 叫ぶ冬華と梅雨、いよいよ我慢しなくなって声をあげて笑う春人、むくれる根津にスマホで写真を撮る夏希。おい夏希待てこら。
え、俺?もうドギマギですわ。スマートな対応なんてできるか。そんなの春人の役割だろ。もうなんなの?もしかして新手のイジメ?
「むふふぅ、せんぱぁい。良い匂いですね、あたし好きですよぉ」
「わ、分かったから離れろ。いや離れてください」
「えへへぇ、力づくで無理矢理しないあたり、優しい先輩らしいですね。そこも評価高いですよぉ〜」
聞いちゃくれない。ほんっと俺の周りって人の話聞かないやつばっか。
「……ちょっと大上くん。そこで何をしてるのかしら?」
そんな中、透き通るような聞き心地の良い声が届く。
思わず聞き惚れそうになるも、しかし声に込められた冷たさに強制的に背筋が伸びた。
「あ、あの、先生?俺は見ての通り何もしてないんすよ……被害者です」
「ふぅん。そうなのかしら、伊虎さん?」
「いーえー?全部先輩が悪いですよぅ」
「ほんっとこの後輩は先輩を敬うことを知らないんだよなぁ」
一切の迷いも見せずに俺を切り捨てる小悪魔は、にんまりと楽しげに、しかし少し頬が染まってるせいか年不相応な色気を見せつつ俺から離れた。
……はぁ、なんか静まで勘違いさせるような真似を。うっかり惚れられてんのかと思っちゃいそうです。マジで自意識過剰になりそうで怖い。
「だそうよ、大上くん」
「いや、だからこれは」
「言い訳しないの。罰が重くなるわよ?」
「……すみませんでした」
なんか最近、先生もこういった時にちょっと当たりが強い気がする……
完成された美人の真顔って本当に威圧感あるよなぁ。いつか変な扉開かないか心配になってきたんですけど。
「よろしい。そうね、罰として……また、大上くんの手料理でも食べさせてもらおうかしら。とても美味しかったし」
「え、あ、そんなもんでいいんすか。全然良いっすよ、そんくらい」
ふぅ。どんな罰かと思いきや、この程度で良かったぁ。
なんか先生も嬉しそうににっこりと笑ってるし。てか完全な美人なのに、笑うと可愛いのって卑怯ですよ。
「え、ウソ、これって、そゆことっ?!」
「んー?いや多分まだ違うぞー?ま、そうなるとしたら、卒業してからだろー?」
「なるほどですねぇ……つまりぃ、在校中に仕留める必要があるって事ですかぁ」
「高山先生だけは相手にしたくないですからね。急いで息の根を止めないと」
「あわわ、冬華が本気だ……で、でも、わたしだって…」
なんか不穏な会話が聞こえるんですけど……あれ、闇討ちとかされるのかなこれ。なんか女子達に思い切り睨まれてるんだけど。怖い。
「ちょっとアキー?まーたなんかやらかしたの?いい加減にしなさいよ?」
「ね、姉さん!」
おぉ、さすが姉さん!助けに来てくれたのか。
最近よくクラスに顔を出すようになり、女子軍の攻撃に耐えるだけの俺を助けてくれたりしてくれてる。
持つべきものは姉ですわ。ほら、今日だって、
「ま、程々にしなさいよ?んじゃ春人、行くわよ」
「そうだね、わざわざ来てくれてありがとう、紅葉さん」
「いいわよ別に。で、今日はどこ連れてってくれんのよ」
「美味しいケーキがあるって店を聞いてね。今日はそこに行くつもりだよ」
うん、今日はダメみたいです。
最近春人がゴリゴリに押してるんだよなぁ。あまり顔に出さない姉さんだけど、俺からすれば嬉しそうなのは一目瞭然。
こりゃあれだな。時間の問題ってやつだ。いつ付き合ってもおかしくなさそう。
「じゃあね、秋斗。せいぜい狼狽えてなよ」
「うるっせ。またな春人、せいぜい頑張れ」
うんうん、春人くんったら良い笑顔だね。殴りたい、その笑顔。
いやぁ、あの2人が一緒に歩いてるとどこらかしこから湧き上がる悲鳴。阿鼻叫喚みたいなこの光景は、密かに俺の楽しみです。趣味悪いとか言わないで。
なんせ学校でも男女それぞれで一番有名な2人だしなぁ。 男女それぞれで好意を寄せてる生徒達が絶望した顔で喚く喚く。
それでも邪魔したり口出しされないのは、ひとえにあの2人の人徳だろう。 なにしろ俺なんか最近嫌がらせが再開したもんね。せっかく二学期からなくなってたのに。どっかに人徳落ちてねぇかな。
「……俺らも帰ろ」
「だなー。いやー、今日も楽しかったー」
「ホント楽しそうだな。良い笑顔が憎たらしいわ」
ほんと春人と夏希って良い性格してるわ。まぁお互いが遠慮もなく、言葉も選ばなくて良い関係だからこそなのは分かってるけど。
すると、夏希は不意にニヤついた表情を少し潜め、周りに聞こえないくらいの声で問いかけてきた。
「なぁ、秋斗はセンセーの事どう思ってんのー?あ、これ誤魔化したり嘘ついたら怒るからなー?」
「……なんで急にそんな事聞くんだよ?」
「んー……まぁ気になって?これまで慌しかったけど、やっと落ち着いてきたろー?それでなんか心境に変化でもあったかなーって」
「なんだそれ。まぁ……どうせ言うまで聞き出すんだろ?」
にしし、と笑う夏希の追求からは最終的には逃げられないワケで。 おまけに嘘も誤魔化しもバレるしなぁ。ほんとこういう時に幼馴染って厄介だわ。
「先生ね……まぁ恩師かな。尊敬してるし、感謝もしてる」
「ほっほー?で、女性としてはー?」
「はぁあ?女性としてぇ?何だそれ?」
「いーからいーから」
「はぁ……んなもん、とんでもない美人で、たまにかわいいってくらいしか」
何の質問だよこれ。まさかあれか?恋愛初心者の俺に練習問題とかそんなんか?
「え、マジ?かわいいとこ見せるのかーあのセンセー」
「まぁ極稀に。たまたま見る場面があったんだよ。ギャップえぐくて死ぬかと思った」
「へー……秋斗がねぇ。やっぱすげーなセンセー」
「はいはい。で、何の話だよこれ?」
「いーじゃんいーじゃん、たまにはさー。はい、次は根津なー?」
え、続くのこれ? 夏希は微笑みながら俺の答えを待つようにじっと見ている。 こういう時にニヤニヤとした悪戯っぽい笑顔ならいつものノリで誤魔化せるのに。相変わらずズルいヤツだ。
「ったく……根津かぁ。まぁよくいる女子高生なんじゃねぇの?俺が疎い分余計に恋愛とかについては鋭かったり理解が深いイメージはある」
いつぞやの夜。謝罪とともにもらった根津の言葉は、確かに今も俺の中にある。
俺はもちろん、浮いた話を聞かなかったーーというか実は一途だったワケだがーー幼馴染2人や梅雨、基本お断り一択の冬華とは違い、経験や感性が磨かれてるんだろう。
「ふーん。意外と高評価―?」
「どうだろ?まぁ口では素っ気ない感じだけど、何気に優しいとこもあるし面倒見も良さそうだしなぁ。付き合った相手は幸せになれるんじゃねぇの?」
「ふむふむ、なるほどなー。よし、次は静なー?」
「マジかよ……」
やっぱ続くんすね。だとは思ったけど、マジで何なのこれ。
「静か……ぶりっこ。あざとい。快楽主義っぽい悪戯猫。小悪魔」
「あー、うんうん。で?」
「で、って……はぁ。まぁ根はかなりお人好しだとは思うぞ。周りもよく見てるし、あえて道化になってるとこもあんだろうな。俺のやり方にたまに似てるし……まぁかわいい後輩だとは思う」
「あー、確かに似てるかもなー。そかそか、かわいい後輩かー。よし、次は梅雨な?」
「はいはい……」
いつまで続くの?いやまぁ流れからして冬華までだろうけどさぁ。
「まぁ梅雨についちゃ分かってるだろ?昔と違ってハイスペックになったのにいまだに甘えてくるかわいい妹分だ。夏希もそうだろ?」
「ま、そーだなー。たまに春人から奪いたくなるしなー」
「……何気にマジで猫っかわいがりだよな夏希は」
「いや秋斗も大概だからな?……で、そんな梅雨からの告白、どーだったよ?」
梅雨からの告白、か。
「……言葉なんかに収められる気はしねぇな」
「……そっか」
言葉に出来るようなもんじゃない。むしろどれほど言葉を尽くしても、言葉にしてしまう事で陳腐になってしまいそうな。
そんな、俺なんかにはもったいない、大きすぎる想いだったと思う。
「………よし、次なー」
「はいはい、冬華だろ?マイペース。地味に毒舌。料理上手。割と世間知らず」
「確かになー。そんでー?」
「……はぁ。まぁ、少なくとも俺は、あのマイペースに救われたよ。俺のやり方もすぐに見抜くようになったし、夏希とは違う意味で勝てる気がしないな。ある種の天敵だわ」
「くくっ、そーかそーか」
はぁ、やっと終わった。もう何なのこれ、変な疲れがたまったわ。
「で、夏希はー?」
「はぁ?家族と春人と並ぶ世界で一番信じれるかわいいおさな……っておい!」
「あはははっ!めっちゃ素直じゃん、ウケるー」
くっそ、油断した!うわ恥ずっ、何言ってんだ俺!
「っはー、笑ったー。まぁ安心しなー秋斗ぉ。世界一かわいい幼馴染はずっと一緒にいてやるからさー」
「中途半端にくっつけて詐称してんじゃねぇよ!」
さっき冬華について言ったけど、やっぱ一番勝てないのは夏希な気がする。 マジで一生こうやってバカしながらからかわれる未来が見えたわ。
「っし。ではでは秋斗くん?」
……お?なんだ?すげぇ嫌な予感がするんだけど。
「これ、なーんだ?」
「っ!おま、ちょ、嘘だろ!?」
すんごい良い笑顔で夏希が指でつまんでプラプラと振って見せてきたのは、伝家の宝刀ボイスレコーダー。
つまり、そういう事だろう。
「おいこら何録音してんだ!消せ!てかもうそれ壊す!」
「あーはっはっは!ばーか!秋斗にゃ無理だっての!」
そう言って夏希はさっとレコーダーを隠した。……女子高生にしては発育しすぎている、視界だけでも柔らかいだろうと分かる、双丘の隙間に。
「ほれほれー、どーしたー?手ぇ突っ込んで取り出さないのかぁー?」
「ぐっ……!ぐぬ、て、てんめっ……!」
眩しいまでの楽しそうな笑顔。良いよね?警察も許してくれるよね?渾身のデコピンくらい良いよね?
「まーまー落ち着けっての。悪用とかしないってー」
「……何のつもりだ?」
「いやな?ないとは思うけど、秋斗がズルズルも誰も選べなかったり、もしくは誰も選ばないとか言い出したら使おうかなって思ってさー」
ズルズルと選ばない、というつもりはない。
けど、確かに誰も選ばないというのは……正直言って、最初に思いついた方法でもある。
まぁ何故か話題にあがった先生、根津、静は置いといて、梅雨と冬華は……片方しか選べない以上、どちらかを傷つけることになるんだから。
だったら、俺を最低な男だったと見切りをつけて次に行けるよう、クズ男を振る舞って選ばない事も考えた。
しかし。
「……さすがにしねぇっての。そんな方法を使って良いようなもんじゃないだろ」
しかしだ。
あの告白も。これまでの2人への付き合いも。そんなつまらない方法で穢して良いようなものではない。
それくらい、恋愛初心者だと散々言われた俺にだって分かる。
「……そっかそっか。えらいぞー、秋斗ぉ」
「うるっせ。偉そうにすんなバーカ」
「はいはい、照れない照れない」
ぐ、バレてる。もうほんとヤダ。夏希がいじめる。おうち帰りたい。
「……あとはまぁ、あの3人に後悔しないように発破かけるため、だったりなー」
「んん?なんか言ったか?」
「べっつにー?大丈夫、多分これ使う事ないからさー。……さて、んじゃ今日は家帰るなー、また明日―」
「ん、お、おう。またな」
姉さん譲りの聴覚でも聞き取れなかったけど、なんか嫌な予感がしたような……まぁいいか。
気付けば随分と夏希と話し込んでいたらしく、それぞれの家に帰る別れ道まで来ていた。
夏希が先導する形で後ろを歩いていた梅雨達も挨拶だけ残してそれぞれの家路へとついていく。
そして残るのは、当然同居してる冬華だ。
「……で、何の話だったの?なんか大事な話みたいだったから皆んな邪魔しないようにしてたけど」
開口一番、冬華が問い詰めるようにじっと見つめてきた。
とは言え、話せるワケもなく。
「別に、近況報告みたいなもん。てか後ろが静かだと思ったら遠慮してたのか?」
「あ、誤魔化した。……まぁいいけど。うん、なんとなく入り辛い感じだったし。伊虎さんは聞き耳立ててたけど」
つまり梅雨や根津は空気を読んで静かにしていたと。静のヤツはまぁ、らしいっちゃらしいか。
「そうかい。てか変に疲れたわ、さっさと帰ろう」
「うん。……ねぇ、秋斗。ひとつ聞きたいんだけど、良い?」
夏希のせいで疲労困憊なんだけど……と言いたかったが、冬華の目があまりに真剣だったもんで、その言葉を飲み込んだ。
今日はなんなんだ、こんな話ばっかか。いや、夏希の雰囲気に冬華があてられたのかも知らない。
「……ん、何だ?」
「あの、ね。初めて会った時に、すごく優しくしてくれたよね」
「優しく、ねぇ」
少し迂遠な切り出し方だけど、何となく予想はついた。
「秋斗が優しいのはこの数ヶ月でよく分かった。けど、他の人達への優しさを見てて思ったんだけど、その……私に、最初から優しすぎた気がして」
まぁ、やっぱりその話だよなぁ。
よくぞまぁ見てるもんだと感心する。確かに、料理を条件としたとしても、部屋を提供するなんて普段ならしない。
「……もしかして、私がかわいいから?それとも、同情?」
あぁ、なるほど。
つまり、今冬華は不安、ないし心配なワケだ。
顔目当てで群がってきた周囲と俺が同じだったのか。それは、中身を見て欲しい冬華にとって少なくないショックがあるんだろう。
そして同情であれば……まぁ言うまでもないか。つまりは純粋に彼女自身へ向けた優しさに不純物が混じる事を心配してるんだろう。
が、こう言っちゃなんだが、全く関係ないワケで。
それに、正直隠すような大した話でもないしな。
「……俺、昔父親と揉めたって話があったろ?」
「えっ?あ、うん、倒したとか戯けて言ってたね」
「そう。でな、その時に、母さんと姉さんも、居たんだよ」
冬華が拉致された時にも改めて痛感したけど、今でもトラウマに近い形で俺の中に巣食ってる、女性への暴行。
そして、それを救おうとした末に見た、忘れもしない光景。
「その時の母さんと姉さんが俺を見る目は、親父に向けるものと同じだった」
怯えと、嫌悪。加えて未知な何かを見たようなそれは、今でも鮮明に覚えている。
その光景を首を振って脳から追い出すと、視界の端に辛そうな表情で口を噤む冬華が見えた。
「あぁいや、別に良いんだけどな。俺が間違えた結果だし、すぐに謝ってくれて和解もしてる。ほら、今だって仲良くやってんのは知ってるだろ?」
「……そう、ですね。すみません、気を遣わせて」
少し明るめに言ったが、よくまぁ気付くなぁ。なんか逆に気恥ずかしいから言わないで欲しいんだけど?
「で、学校でも色々あってな。その後すぐに春人や夏希、家族のおかげで持ち直したんだけど……その時だけは、マジで落ち込んだ」
「…………」
言葉を探すように、しかし見つからなかったのか俯く冬華に、言葉を続ける。
「で、その時に現れたのが冬華だ」
「…………………え?」
「あ、やっぱ覚えてねぇよなぁ」
「え、えっ、ええ、え?」
「言語能力どうした」
余程驚いたのか壊れたように繰り返す。歩く足も止まり、道の真ん中でぶつぶつ呟く不審者になってしまった彼女は、1分程で復活した。
「……まだ正直理解はできないけど、続けて」
「大丈夫なのかよそれ?……まぁもうほとんど言ってるんだけどな。その時に声かけてくれて、ちょっと話をして、冬華は帰ってったよ」
「はぇ?………え、それだけ?」
「ん、それだけ」
まぁ話の流れから、もうちょいなんかあると思ったんだろうなぁ。
けど。
「えぇ……なんかこう、傷つく秋斗を助けるとか……何してんの昔の私…」
「いや、マジで助かった」
「…………え?」
けど。
あの時。
世界がまるで俺の敵になったかのように思えた、あの時。
誰もが敵で、俺の味方なんていなく、そして自分自身も間違いを犯し、周りも自分も何もかも信じれず、全てを否定しようとした、あの時。
――ホントだもん。これからは私があなたの味方ですからね
あの言葉に、どれほど救われたか。
きっと彼女には想像出来ないだろう。いや、俺以外の誰であろうと、きっと分からないものなんだと思う。
嘘だと、欺瞞だと、同情だと。 そう、思わせない程に、疑わせない程に。
真っ直ぐに、少し強引に、そしてマイペースに紡がれた言葉。
ずっと、お礼を言いたかった。
彼女が俺のことなんて覚えてなくても、もし会えたら、少しでも力になろうと思っていた。
「……改めて、あの時はありがとう」
覚えてない彼女に伝えた所で自己満足でしかない。
そう思って伝えてこなかったし、今でもそれは変わらない。
でも、こうして伝える機会が出来たのなら、せめて言葉にさせて欲しい。
嘘偽りなく、彼女の目を真っ直ぐに見据えて、万感を込めて、伝える。
「本当に……ありがとう」
「え、ゃ、その……うぅ、はい…」
何故かわたわたと落ち着きなく手を動かし、顔を朱に染める彼女に、自然と頬がゆるむ。
……あぁ、なるほど。照れてるのか、と遅れて気付くあたり、やはり色々と俺は初心者なんだろう。
「……ふぅ、まぁ、役に立てたなら良かったですけど?ただ、そんな目で急に見つめるのは不意打ちだと思いますけど?卑怯だと思いますけど?」
敬語に戻ってる上に妙に語尾が上がってる彼女が微笑ましく、つい笑みが溢れる。
小さく笑った俺に、冬華は赤い顔で睨んできた。
「むぅ……というか、よく覚えてましたね?小さい頃と顔も変わってたでしょうし?てゆーかそれなら一年生の頃から話しかけるべきじゃないですか?」
先程と似た口調で詰めようとする彼女に、やはり込み上げるのは微笑ましさばかりで。
「嫌われてたからな。お礼言うのに迷惑かけるワケにはいかんだろ?……それに、分かるに決まってるだろ、ずっと会いたいと思ってたし、頭に焼き付いて忘れたくても忘れられなかったんだから。外歩いててもつい目で探したりもしてたなぁ」
あ。つい、話しすぎた気がする。
「……え?えっ?え、それって、ずっと?」
「………………まぁ」
「な、なんでそこで濁すの?!え、そうなの?小学生の頃から、ずっと?」
「……だから、そう言ってんだろ」
なんか急に気恥ずかしくなり口ごもってしまう。 なんだこれ、急に形勢逆転された気分だ。
「そ、そう、なんだ」
「ま、まぁ」
何やら彼女の方までそんな感じになり、余計に気恥ずかしくなる。
それでも何故か視線を外そうと思えず、口をもごもごさせたり両手の指を落ち着きなく絡ませては解く彼女を眺めていると。
「……秋斗、それ、何でなのか、分かる?」
どこか言いにくそうにも見える口調で、伺うように上目遣いで彼女は俺の視線に彼女のそれを絡ませてきた。
「さ、さぁ。理由なんてあんの?」
少し潤んだ瞳に声がうわずりそうになるのを渾身の力で抑え込み、どうにか言葉を返す。
次の瞬間、自分でも不思議なくらいうるさい心臓を労わるかのように、彼女は両手をそっと柔らかく俺の胸に添えた。
「それってきっと、恋、だよ?」
これまで生きてきて初めて見た、誰よりも綺麗で柔らかい笑顔で告げた彼女に、俺はしばらくその場に立ち尽くす事になるのだった。
だってまさか、学校一の嫌われ者が学校一の美少女を拾ったら、初恋の人だったなんて思いもしなかったんだから。
「なんで冬華と行動は確定なの?」
「あーっ!また冬華さんとイチャついてるっ!危険だよ!離れてアキくんっ!ほらこっち!わたしの胸に飛び込んで!早くっ!」
「いやまだ捕まりたくないんだけど」
何故こうなった。
「あっはははっ!あははははははっ!ひぃ、お腹いったー!」
「ぶっ、笑っちゃ悪い、ぶはっ、よ、夏希、くふっ」
「夏希笑うな。春人はいっそ笑え」
両腕を冬華と梅雨に掴まれ、目の前では幼馴染2人が顔が赤くなるくらい笑ってる。
いやホント何でこうなった?
梅雨が、耐えて温めて秘めた想いの告白。
夏希の、先を憂いての迷いを話した会話。
冬華の、純真無垢にして真っ直ぐな告白。
どれもが俺には眩しく、直視すら出来ないような想いの発露。
度々口にされた『恋愛初心者』という言葉も、あれらの言葉を聞いてしまえばただ口を噤んで認める他ないと思える。
何より、そんな情けない俺に、彼女達は俺の気持ちが決まるまで待つと言ってくれた。
未来なんて不確かで、曖昧で、時に恐ろしいものだ。それなのに、彼女達はその先で待つと言う。
なんて心の強い選択なんだろうか。
これまで父親との決別や、その時傷つけてしまった家族に負担にならないようにと1人で生きていけるよう力をつけてきたつもりだ。
でもいつからか自惚れていたとさえ思う。上手くやれていると。
しかし、どうやら俺は彼女達には勝てないらしい。そう、強く思わされた。
それをきっかけに、色々と考えるようになった。
主に自分自身の気持ちや感情について。
待ってくれるとは言ってくれたが、だからといって甘えてばかりはいられない。
もちろん焦って間違えたり、納得のいかない答えを出すつもりはない。
そんな中途半端な答えでは、彼女達の想いに失礼だし、何より自分自身許せない。
自分ともっと向き合い、彼女達とも向き合い、そしてちゃんと答えを出す。
そう思い、春人なんかには「最近ぼけっとしてるね。暇ならなにか勝負しよう」と心配される始末。いやこれ心配じゃなくてただのあいつの願望だわ。
だというのに、彼女達は考える時間なんてやらねぇよとばかりにこんな感じです。
あのね、あんな告白されてこっちも色々と思う事はあんのよ。年頃の男子高校生なんだよこちとら。
つまり普通に恥ずかしいし照れます。お前ら『恋愛初心者』って評したくせに容赦なくない?常に過剰攻撃とか耐えられないんですけど。
「ちょ、何やってんの冬華!ここ学校よ?!周りからめっちゃ見られてるって!」
「はい、そうですね。秋斗にアピールしつつ私も嬉しく更に牽制も兼ねた一石三鳥です」
「開き直ってるっ?!ちょ、あっきー!たまにはわたしも構うべきでしょ!」
「いや冬華止める話だったろ。なんでそうなるの?」
おまけに根津までそれっぽい発言を混ぜてくる。
いや俺の予想じゃ春人狙いだし俺の勘違いだとは思うけど……やべ、向き合うようになったうもりが、自意識過剰になってる?
「あー、梅雨ったらまた先輩のとこに来てたんだぁ。ほら、くっついてばっかだと先輩も困っちゃうよぉ?冬華先輩も離れて離れて」
面白がるだけの幼馴染2人とは違い、俺の心境を読む力を持ち、こうして俺の味方をしてくれるのは静だったりする。
割と楽しければ良い主義の静にしては意外だと思う。思うけど、
「むぅ、仕方ないなぁ。でも前よりも意識してくれてるのが分かって嬉しいよ、アキくん!」
「そうですね……秋斗の可愛いところも堪能しましたし」
「はいはい、満足そうで何よりですねぇ。では次はあたしが、っと」
「「あぁああっ!」」
思うけど、やっぱりこいつは小悪魔な後輩なワケで。
2人が離れたとほぼ同時に正面から抱きついてきた。 叫ぶ冬華と梅雨、いよいよ我慢しなくなって声をあげて笑う春人、むくれる根津にスマホで写真を撮る夏希。おい夏希待てこら。
え、俺?もうドギマギですわ。スマートな対応なんてできるか。そんなの春人の役割だろ。もうなんなの?もしかして新手のイジメ?
「むふふぅ、せんぱぁい。良い匂いですね、あたし好きですよぉ」
「わ、分かったから離れろ。いや離れてください」
「えへへぇ、力づくで無理矢理しないあたり、優しい先輩らしいですね。そこも評価高いですよぉ〜」
聞いちゃくれない。ほんっと俺の周りって人の話聞かないやつばっか。
「……ちょっと大上くん。そこで何をしてるのかしら?」
そんな中、透き通るような聞き心地の良い声が届く。
思わず聞き惚れそうになるも、しかし声に込められた冷たさに強制的に背筋が伸びた。
「あ、あの、先生?俺は見ての通り何もしてないんすよ……被害者です」
「ふぅん。そうなのかしら、伊虎さん?」
「いーえー?全部先輩が悪いですよぅ」
「ほんっとこの後輩は先輩を敬うことを知らないんだよなぁ」
一切の迷いも見せずに俺を切り捨てる小悪魔は、にんまりと楽しげに、しかし少し頬が染まってるせいか年不相応な色気を見せつつ俺から離れた。
……はぁ、なんか静まで勘違いさせるような真似を。うっかり惚れられてんのかと思っちゃいそうです。マジで自意識過剰になりそうで怖い。
「だそうよ、大上くん」
「いや、だからこれは」
「言い訳しないの。罰が重くなるわよ?」
「……すみませんでした」
なんか最近、先生もこういった時にちょっと当たりが強い気がする……
完成された美人の真顔って本当に威圧感あるよなぁ。いつか変な扉開かないか心配になってきたんですけど。
「よろしい。そうね、罰として……また、大上くんの手料理でも食べさせてもらおうかしら。とても美味しかったし」
「え、あ、そんなもんでいいんすか。全然良いっすよ、そんくらい」
ふぅ。どんな罰かと思いきや、この程度で良かったぁ。
なんか先生も嬉しそうににっこりと笑ってるし。てか完全な美人なのに、笑うと可愛いのって卑怯ですよ。
「え、ウソ、これって、そゆことっ?!」
「んー?いや多分まだ違うぞー?ま、そうなるとしたら、卒業してからだろー?」
「なるほどですねぇ……つまりぃ、在校中に仕留める必要があるって事ですかぁ」
「高山先生だけは相手にしたくないですからね。急いで息の根を止めないと」
「あわわ、冬華が本気だ……で、でも、わたしだって…」
なんか不穏な会話が聞こえるんですけど……あれ、闇討ちとかされるのかなこれ。なんか女子達に思い切り睨まれてるんだけど。怖い。
「ちょっとアキー?まーたなんかやらかしたの?いい加減にしなさいよ?」
「ね、姉さん!」
おぉ、さすが姉さん!助けに来てくれたのか。
最近よくクラスに顔を出すようになり、女子軍の攻撃に耐えるだけの俺を助けてくれたりしてくれてる。
持つべきものは姉ですわ。ほら、今日だって、
「ま、程々にしなさいよ?んじゃ春人、行くわよ」
「そうだね、わざわざ来てくれてありがとう、紅葉さん」
「いいわよ別に。で、今日はどこ連れてってくれんのよ」
「美味しいケーキがあるって店を聞いてね。今日はそこに行くつもりだよ」
うん、今日はダメみたいです。
最近春人がゴリゴリに押してるんだよなぁ。あまり顔に出さない姉さんだけど、俺からすれば嬉しそうなのは一目瞭然。
こりゃあれだな。時間の問題ってやつだ。いつ付き合ってもおかしくなさそう。
「じゃあね、秋斗。せいぜい狼狽えてなよ」
「うるっせ。またな春人、せいぜい頑張れ」
うんうん、春人くんったら良い笑顔だね。殴りたい、その笑顔。
いやぁ、あの2人が一緒に歩いてるとどこらかしこから湧き上がる悲鳴。阿鼻叫喚みたいなこの光景は、密かに俺の楽しみです。趣味悪いとか言わないで。
なんせ学校でも男女それぞれで一番有名な2人だしなぁ。 男女それぞれで好意を寄せてる生徒達が絶望した顔で喚く喚く。
それでも邪魔したり口出しされないのは、ひとえにあの2人の人徳だろう。 なにしろ俺なんか最近嫌がらせが再開したもんね。せっかく二学期からなくなってたのに。どっかに人徳落ちてねぇかな。
「……俺らも帰ろ」
「だなー。いやー、今日も楽しかったー」
「ホント楽しそうだな。良い笑顔が憎たらしいわ」
ほんと春人と夏希って良い性格してるわ。まぁお互いが遠慮もなく、言葉も選ばなくて良い関係だからこそなのは分かってるけど。
すると、夏希は不意にニヤついた表情を少し潜め、周りに聞こえないくらいの声で問いかけてきた。
「なぁ、秋斗はセンセーの事どう思ってんのー?あ、これ誤魔化したり嘘ついたら怒るからなー?」
「……なんで急にそんな事聞くんだよ?」
「んー……まぁ気になって?これまで慌しかったけど、やっと落ち着いてきたろー?それでなんか心境に変化でもあったかなーって」
「なんだそれ。まぁ……どうせ言うまで聞き出すんだろ?」
にしし、と笑う夏希の追求からは最終的には逃げられないワケで。 おまけに嘘も誤魔化しもバレるしなぁ。ほんとこういう時に幼馴染って厄介だわ。
「先生ね……まぁ恩師かな。尊敬してるし、感謝もしてる」
「ほっほー?で、女性としてはー?」
「はぁあ?女性としてぇ?何だそれ?」
「いーからいーから」
「はぁ……んなもん、とんでもない美人で、たまにかわいいってくらいしか」
何の質問だよこれ。まさかあれか?恋愛初心者の俺に練習問題とかそんなんか?
「え、マジ?かわいいとこ見せるのかーあのセンセー」
「まぁ極稀に。たまたま見る場面があったんだよ。ギャップえぐくて死ぬかと思った」
「へー……秋斗がねぇ。やっぱすげーなセンセー」
「はいはい。で、何の話だよこれ?」
「いーじゃんいーじゃん、たまにはさー。はい、次は根津なー?」
え、続くのこれ? 夏希は微笑みながら俺の答えを待つようにじっと見ている。 こういう時にニヤニヤとした悪戯っぽい笑顔ならいつものノリで誤魔化せるのに。相変わらずズルいヤツだ。
「ったく……根津かぁ。まぁよくいる女子高生なんじゃねぇの?俺が疎い分余計に恋愛とかについては鋭かったり理解が深いイメージはある」
いつぞやの夜。謝罪とともにもらった根津の言葉は、確かに今も俺の中にある。
俺はもちろん、浮いた話を聞かなかったーーというか実は一途だったワケだがーー幼馴染2人や梅雨、基本お断り一択の冬華とは違い、経験や感性が磨かれてるんだろう。
「ふーん。意外と高評価―?」
「どうだろ?まぁ口では素っ気ない感じだけど、何気に優しいとこもあるし面倒見も良さそうだしなぁ。付き合った相手は幸せになれるんじゃねぇの?」
「ふむふむ、なるほどなー。よし、次は静なー?」
「マジかよ……」
やっぱ続くんすね。だとは思ったけど、マジで何なのこれ。
「静か……ぶりっこ。あざとい。快楽主義っぽい悪戯猫。小悪魔」
「あー、うんうん。で?」
「で、って……はぁ。まぁ根はかなりお人好しだとは思うぞ。周りもよく見てるし、あえて道化になってるとこもあんだろうな。俺のやり方にたまに似てるし……まぁかわいい後輩だとは思う」
「あー、確かに似てるかもなー。そかそか、かわいい後輩かー。よし、次は梅雨な?」
「はいはい……」
いつまで続くの?いやまぁ流れからして冬華までだろうけどさぁ。
「まぁ梅雨についちゃ分かってるだろ?昔と違ってハイスペックになったのにいまだに甘えてくるかわいい妹分だ。夏希もそうだろ?」
「ま、そーだなー。たまに春人から奪いたくなるしなー」
「……何気にマジで猫っかわいがりだよな夏希は」
「いや秋斗も大概だからな?……で、そんな梅雨からの告白、どーだったよ?」
梅雨からの告白、か。
「……言葉なんかに収められる気はしねぇな」
「……そっか」
言葉に出来るようなもんじゃない。むしろどれほど言葉を尽くしても、言葉にしてしまう事で陳腐になってしまいそうな。
そんな、俺なんかにはもったいない、大きすぎる想いだったと思う。
「………よし、次なー」
「はいはい、冬華だろ?マイペース。地味に毒舌。料理上手。割と世間知らず」
「確かになー。そんでー?」
「……はぁ。まぁ、少なくとも俺は、あのマイペースに救われたよ。俺のやり方もすぐに見抜くようになったし、夏希とは違う意味で勝てる気がしないな。ある種の天敵だわ」
「くくっ、そーかそーか」
はぁ、やっと終わった。もう何なのこれ、変な疲れがたまったわ。
「で、夏希はー?」
「はぁ?家族と春人と並ぶ世界で一番信じれるかわいいおさな……っておい!」
「あはははっ!めっちゃ素直じゃん、ウケるー」
くっそ、油断した!うわ恥ずっ、何言ってんだ俺!
「っはー、笑ったー。まぁ安心しなー秋斗ぉ。世界一かわいい幼馴染はずっと一緒にいてやるからさー」
「中途半端にくっつけて詐称してんじゃねぇよ!」
さっき冬華について言ったけど、やっぱ一番勝てないのは夏希な気がする。 マジで一生こうやってバカしながらからかわれる未来が見えたわ。
「っし。ではでは秋斗くん?」
……お?なんだ?すげぇ嫌な予感がするんだけど。
「これ、なーんだ?」
「っ!おま、ちょ、嘘だろ!?」
すんごい良い笑顔で夏希が指でつまんでプラプラと振って見せてきたのは、伝家の宝刀ボイスレコーダー。
つまり、そういう事だろう。
「おいこら何録音してんだ!消せ!てかもうそれ壊す!」
「あーはっはっは!ばーか!秋斗にゃ無理だっての!」
そう言って夏希はさっとレコーダーを隠した。……女子高生にしては発育しすぎている、視界だけでも柔らかいだろうと分かる、双丘の隙間に。
「ほれほれー、どーしたー?手ぇ突っ込んで取り出さないのかぁー?」
「ぐっ……!ぐぬ、て、てんめっ……!」
眩しいまでの楽しそうな笑顔。良いよね?警察も許してくれるよね?渾身のデコピンくらい良いよね?
「まーまー落ち着けっての。悪用とかしないってー」
「……何のつもりだ?」
「いやな?ないとは思うけど、秋斗がズルズルも誰も選べなかったり、もしくは誰も選ばないとか言い出したら使おうかなって思ってさー」
ズルズルと選ばない、というつもりはない。
けど、確かに誰も選ばないというのは……正直言って、最初に思いついた方法でもある。
まぁ何故か話題にあがった先生、根津、静は置いといて、梅雨と冬華は……片方しか選べない以上、どちらかを傷つけることになるんだから。
だったら、俺を最低な男だったと見切りをつけて次に行けるよう、クズ男を振る舞って選ばない事も考えた。
しかし。
「……さすがにしねぇっての。そんな方法を使って良いようなもんじゃないだろ」
しかしだ。
あの告白も。これまでの2人への付き合いも。そんなつまらない方法で穢して良いようなものではない。
それくらい、恋愛初心者だと散々言われた俺にだって分かる。
「……そっかそっか。えらいぞー、秋斗ぉ」
「うるっせ。偉そうにすんなバーカ」
「はいはい、照れない照れない」
ぐ、バレてる。もうほんとヤダ。夏希がいじめる。おうち帰りたい。
「……あとはまぁ、あの3人に後悔しないように発破かけるため、だったりなー」
「んん?なんか言ったか?」
「べっつにー?大丈夫、多分これ使う事ないからさー。……さて、んじゃ今日は家帰るなー、また明日―」
「ん、お、おう。またな」
姉さん譲りの聴覚でも聞き取れなかったけど、なんか嫌な予感がしたような……まぁいいか。
気付けば随分と夏希と話し込んでいたらしく、それぞれの家に帰る別れ道まで来ていた。
夏希が先導する形で後ろを歩いていた梅雨達も挨拶だけ残してそれぞれの家路へとついていく。
そして残るのは、当然同居してる冬華だ。
「……で、何の話だったの?なんか大事な話みたいだったから皆んな邪魔しないようにしてたけど」
開口一番、冬華が問い詰めるようにじっと見つめてきた。
とは言え、話せるワケもなく。
「別に、近況報告みたいなもん。てか後ろが静かだと思ったら遠慮してたのか?」
「あ、誤魔化した。……まぁいいけど。うん、なんとなく入り辛い感じだったし。伊虎さんは聞き耳立ててたけど」
つまり梅雨や根津は空気を読んで静かにしていたと。静のヤツはまぁ、らしいっちゃらしいか。
「そうかい。てか変に疲れたわ、さっさと帰ろう」
「うん。……ねぇ、秋斗。ひとつ聞きたいんだけど、良い?」
夏希のせいで疲労困憊なんだけど……と言いたかったが、冬華の目があまりに真剣だったもんで、その言葉を飲み込んだ。
今日はなんなんだ、こんな話ばっかか。いや、夏希の雰囲気に冬華があてられたのかも知らない。
「……ん、何だ?」
「あの、ね。初めて会った時に、すごく優しくしてくれたよね」
「優しく、ねぇ」
少し迂遠な切り出し方だけど、何となく予想はついた。
「秋斗が優しいのはこの数ヶ月でよく分かった。けど、他の人達への優しさを見てて思ったんだけど、その……私に、最初から優しすぎた気がして」
まぁ、やっぱりその話だよなぁ。
よくぞまぁ見てるもんだと感心する。確かに、料理を条件としたとしても、部屋を提供するなんて普段ならしない。
「……もしかして、私がかわいいから?それとも、同情?」
あぁ、なるほど。
つまり、今冬華は不安、ないし心配なワケだ。
顔目当てで群がってきた周囲と俺が同じだったのか。それは、中身を見て欲しい冬華にとって少なくないショックがあるんだろう。
そして同情であれば……まぁ言うまでもないか。つまりは純粋に彼女自身へ向けた優しさに不純物が混じる事を心配してるんだろう。
が、こう言っちゃなんだが、全く関係ないワケで。
それに、正直隠すような大した話でもないしな。
「……俺、昔父親と揉めたって話があったろ?」
「えっ?あ、うん、倒したとか戯けて言ってたね」
「そう。でな、その時に、母さんと姉さんも、居たんだよ」
冬華が拉致された時にも改めて痛感したけど、今でもトラウマに近い形で俺の中に巣食ってる、女性への暴行。
そして、それを救おうとした末に見た、忘れもしない光景。
「その時の母さんと姉さんが俺を見る目は、親父に向けるものと同じだった」
怯えと、嫌悪。加えて未知な何かを見たようなそれは、今でも鮮明に覚えている。
その光景を首を振って脳から追い出すと、視界の端に辛そうな表情で口を噤む冬華が見えた。
「あぁいや、別に良いんだけどな。俺が間違えた結果だし、すぐに謝ってくれて和解もしてる。ほら、今だって仲良くやってんのは知ってるだろ?」
「……そう、ですね。すみません、気を遣わせて」
少し明るめに言ったが、よくまぁ気付くなぁ。なんか逆に気恥ずかしいから言わないで欲しいんだけど?
「で、学校でも色々あってな。その後すぐに春人や夏希、家族のおかげで持ち直したんだけど……その時だけは、マジで落ち込んだ」
「…………」
言葉を探すように、しかし見つからなかったのか俯く冬華に、言葉を続ける。
「で、その時に現れたのが冬華だ」
「…………………え?」
「あ、やっぱ覚えてねぇよなぁ」
「え、えっ、ええ、え?」
「言語能力どうした」
余程驚いたのか壊れたように繰り返す。歩く足も止まり、道の真ん中でぶつぶつ呟く不審者になってしまった彼女は、1分程で復活した。
「……まだ正直理解はできないけど、続けて」
「大丈夫なのかよそれ?……まぁもうほとんど言ってるんだけどな。その時に声かけてくれて、ちょっと話をして、冬華は帰ってったよ」
「はぇ?………え、それだけ?」
「ん、それだけ」
まぁ話の流れから、もうちょいなんかあると思ったんだろうなぁ。
けど。
「えぇ……なんかこう、傷つく秋斗を助けるとか……何してんの昔の私…」
「いや、マジで助かった」
「…………え?」
けど。
あの時。
世界がまるで俺の敵になったかのように思えた、あの時。
誰もが敵で、俺の味方なんていなく、そして自分自身も間違いを犯し、周りも自分も何もかも信じれず、全てを否定しようとした、あの時。
――ホントだもん。これからは私があなたの味方ですからね
あの言葉に、どれほど救われたか。
きっと彼女には想像出来ないだろう。いや、俺以外の誰であろうと、きっと分からないものなんだと思う。
嘘だと、欺瞞だと、同情だと。 そう、思わせない程に、疑わせない程に。
真っ直ぐに、少し強引に、そしてマイペースに紡がれた言葉。
ずっと、お礼を言いたかった。
彼女が俺のことなんて覚えてなくても、もし会えたら、少しでも力になろうと思っていた。
「……改めて、あの時はありがとう」
覚えてない彼女に伝えた所で自己満足でしかない。
そう思って伝えてこなかったし、今でもそれは変わらない。
でも、こうして伝える機会が出来たのなら、せめて言葉にさせて欲しい。
嘘偽りなく、彼女の目を真っ直ぐに見据えて、万感を込めて、伝える。
「本当に……ありがとう」
「え、ゃ、その……うぅ、はい…」
何故かわたわたと落ち着きなく手を動かし、顔を朱に染める彼女に、自然と頬がゆるむ。
……あぁ、なるほど。照れてるのか、と遅れて気付くあたり、やはり色々と俺は初心者なんだろう。
「……ふぅ、まぁ、役に立てたなら良かったですけど?ただ、そんな目で急に見つめるのは不意打ちだと思いますけど?卑怯だと思いますけど?」
敬語に戻ってる上に妙に語尾が上がってる彼女が微笑ましく、つい笑みが溢れる。
小さく笑った俺に、冬華は赤い顔で睨んできた。
「むぅ……というか、よく覚えてましたね?小さい頃と顔も変わってたでしょうし?てゆーかそれなら一年生の頃から話しかけるべきじゃないですか?」
先程と似た口調で詰めようとする彼女に、やはり込み上げるのは微笑ましさばかりで。
「嫌われてたからな。お礼言うのに迷惑かけるワケにはいかんだろ?……それに、分かるに決まってるだろ、ずっと会いたいと思ってたし、頭に焼き付いて忘れたくても忘れられなかったんだから。外歩いててもつい目で探したりもしてたなぁ」
あ。つい、話しすぎた気がする。
「……え?えっ?え、それって、ずっと?」
「………………まぁ」
「な、なんでそこで濁すの?!え、そうなの?小学生の頃から、ずっと?」
「……だから、そう言ってんだろ」
なんか急に気恥ずかしくなり口ごもってしまう。 なんだこれ、急に形勢逆転された気分だ。
「そ、そう、なんだ」
「ま、まぁ」
何やら彼女の方までそんな感じになり、余計に気恥ずかしくなる。
それでも何故か視線を外そうと思えず、口をもごもごさせたり両手の指を落ち着きなく絡ませては解く彼女を眺めていると。
「……秋斗、それ、何でなのか、分かる?」
どこか言いにくそうにも見える口調で、伺うように上目遣いで彼女は俺の視線に彼女のそれを絡ませてきた。
「さ、さぁ。理由なんてあんの?」
少し潤んだ瞳に声がうわずりそうになるのを渾身の力で抑え込み、どうにか言葉を返す。
次の瞬間、自分でも不思議なくらいうるさい心臓を労わるかのように、彼女は両手をそっと柔らかく俺の胸に添えた。
「それってきっと、恋、だよ?」
これまで生きてきて初めて見た、誰よりも綺麗で柔らかい笑顔で告げた彼女に、俺はしばらくその場に立ち尽くす事になるのだった。
だってまさか、学校一の嫌われ者が学校一の美少女を拾ったら、初恋の人だったなんて思いもしなかったんだから。
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