学校一の嫌われ者が学校一の美少女を拾ったら
62 宇佐冬華
ほのかに香る、彼の匂い。
一人暮らしにしては広い、彼の部屋。
晴れた日に降った、悪意の雨に濡れた私。
父がいなくなって友人もなくして、茫然と歩くだけの私。
そんな私を助けてくれた、学校一の嫌われ者の彼。
容姿のおかげでちやほやされた私を、面倒くさそうに助けてくれた彼。
そんな彼との、二人暮らし。
お世話になる身で申し訳ないけど、やっぱり幸せな私もいる。
彼に拾われてから、私は唄うように日々を謳歌してる。
「ねぇ秋斗、何してるの?」
そんな彼は、よくパソコンとにらめっこしてる。
わたしをおいて、パソコンばっかり。
少し嫉妬しちゃうけど、頑張ってる姿を見るのも好き。
「ねぇ秋斗、何してるの?」
無視なのか聞こえていないのか、返事をしてくれない。
寂しいからか悔しいからか、あえて同じ言葉をもう一度投げつけてみる。
「……仕事だよ」
目も合わせずに、ぶっきらぼうに言う。
一見冷たいそんな彼の態度は、不思議とイヤじゃないんだ。
「ふぅん。何のお仕事?」
仕事をしてるのは、知ってるよ?
いつも邪魔しないように、我慢してたもん。
「動画編集」
おざなりに呟く彼の目は、真剣に画面をにらんでる。
左手は気だるげに頬杖ついてるのに、右手は忙しくなくあっちこっちと働き者だ。
「焼肉の時に夏希が言ってた仕事も、動画編集?」
なんとなく聞かなかった事を、今更に聞いてみる。
きっとあの時と違って、今ならちゃんと答えてくれる気がしたから。
「いや、夏希は動画配信の方」
彼の手が、するりと顎とマウスから離れる。
両手をわちゃわちゃ動かして、キーボードをくすぐるみたいに叩く。
「そうなんだ。夏希かわいいし明るいし、人気出そう」
彼の真剣な目は、学校ではなかなか見れないレアシーン。
いっつも眠そうで気だるげな彼の目が、こうして鋭くなってるとドキっとする。
「まぁ人気だな。カツラ被ってるからか意外とバレてないけど」
そう言って、彼はターンとキーボードを叩く。
これで終わりだって主張するようなそれは、ちょっとカッコつけてるみたいで微笑ましい。
うーんと手を天井に伸ばして、目を細める。
そして再び開かれた目は、やっぱりいつもの気だるげな目。
こっちの目も好きだけど、もうちょっと見てたかったから、ちょっぴり残念。
「……なぁ冬華」
やっとパソコンから、私へと視線を動かしてくれた。
待ってたはずなのに、いつも心臓は小さく跳ねる。
「な、何?晩御飯のリクエスト?」
こればっかりは、なかなか慣れてくれない。
鋭い形に形どられた目から覗く、眠たげな瞳の奥にある優しさ。
どうしよう、彼の真剣な目を覗こうと近づきすぎたかな。
この距離だと、顔がちょっと赤いのがバレるかも。
「違うって。あのさ……冬華、お前も動画やる?」
そんなふわふわしちゃってる私に、彼はとっても彼らしいリアリストな発言。
むぅ、そこはちょっとくらい、ドキドキするような事を言ってくれても良いのに。
でも待って私、そんな事言ってる場合じゃないよね。
あんまりさらっと言われたけど、これってとっても大事なお話だよね。
「動画……?私がですか?」
「敬語に戻ってんぞ?」
そう小さく笑って、鋭く形どられた目がふんわりと柔らかくなる。
あぁもう、真剣な話をしたいんじゃないのかな?
そんな目で見られたら、ドキドキしちゃってそれどころじゃないよ。
「……真剣な話だと思って、かしこまったのに」
なので、ちょっと拗ねたフリなんかしちゃったり。
ドキドキがおさまるまでの時間稼ぎを、本音に混ぜて拗ねてみる。
「悪かったって。いや実際そんな構えるような話じゃないんだけどな」
そんな私の気持ちを見抜いてるのか、謝ってるはずなのに目は笑ってる。
くっそう、これじゃ心臓が全然落ち着いてくれないよ。
「いやな?編集なら俺、配信なら夏希がいるし」
あっ待って、まだ落ち着けてないのに。
えっとえっと、これってつまり、あれだよね。
「……教えてくれるの?」
父と離れ、私にお金の余裕はない。
そんな私に、方法を示してくれてるんだ。
ぶっきらぼうに、なんでもないように。
そんな彼の口調は、きっとお世話になってる私に気負わせまいとする為。
「まぁ、気が向いたら」
「お願いします」
もはや食い気味に、頭を下げる。
勢い余っちゃったけど、本当に嬉しくて、どんどんお辞儀が深くなる。
「お、おう、そっか。やる気だな、ってどこまで下げんの。うわ体柔らかっ」
嬉しくて嬉しくて、感謝を込めたお辞儀。
ごめんなさい、実は途中から秋斗の反応が楽しくて調子乗って下げちゃってた。
「で、どっちがしたい?」
「両方は、ダメ?」
編集は絶対したいな、秋斗に教えてほしいもん。
理由が不純とか、言わないでね?
でもそれだけじゃない、こうして手を伸ばしてくれる優しさが、嬉しくて。
でもね、大好きな夏希とも関わりたくて。
「いや、いいんじゃ?てかアリかもな」
「ほんと?」
嬉しいな。嬉しくて、顔が緩んじゃう。
私だって、不純な理由ばっかりじゃないもん。
配信者で頑張ったら、その内夏希とコラボとかで恩返し出来るかなって。
「編集は依頼するより自分でやった方がコスト抑えれるしな」
むぅ、やっぱり彼は、どこまでもリアリストだ。
でもそれが普通な訳だけどね、お仕事だもん。
「じゃあ、お願いします」
「おー。夏希にも聞いとくわ。まぁオーケー出るだろうよ」
あれ、意外。
もう話を通してるか、もしくは夏希の提案かと思ったのに。
「……えへへ」
あ、ついに緩んじゃった。
でもこれって、秋斗が考えて言ってくれたって事だよね?
うん、仕方ないよ。こんなの緩んじゃうって。
「何笑ってんだよ。稼げるかは冬華次第だぞ?」
そうじゃないもん、秋斗のばか。
ほんっとに秋斗は鈍感で、そして優しいんだから。
ほのかに香る、彼の匂い。
ここに住ませてもらって、やっと慣れてきた。
そんな彼の香りは、私にとっては優しさの匂い。
「うん、頑張るね。よし、今日の晩御飯は気合い入れる」
「マジ?楽しみにしとくわ」
一人暮らしにしては広い、彼の部屋。
拾ってもらって狭くしちゃって、ごめんなさい。
でもね、自信を持って言える事があるの。
交換条件の料理のこと、もう秋斗は手放せないでしょ?
胃袋は、しっかり掴ませてもらったよ。
こんなワガママな女を置いた、秋斗の自業自得だよ。
「そう言えば、今日夏希の様子がおかしかったんだよな」
ドキリと、さっきまでとは違う音が鳴る。
どうしよう、夏希に気を揉ませてしまったかな。
とっても素敵な女の子、つい憧れちゃうくらい、かっこいい彼女。
私の好きな人の、誰よりも近くにいる女の子で、誰よりも彼を想ってる女の子。
そんな彼女と、きっと今日、少し近づけた。
素敵な彼女と、もっと仲良くなりたくて、一歩踏み込んだ。
私はワガママで、きっと本当なら敵になるはずの彼女とも、仲良くなりたくて。
「……そう、なんだ」
ごめんなさい、悲しませたりはしたくなかったの。
ごめんなさい、悩んで欲しいわけじゃなかったの。
あれは私の、ただのワガママ。
あれは私の、ただの決意表明。
そして貴女と、より仲良くなる為に通るべき道。
「あー、心配すんな。多分もう大丈夫だから」
決めたはずの覚悟が揺らぐのを、必死に我慢していたら。
やっぱりなんでもないように、彼はさらりと言ってのける。
「そう、なの?」
「そ。なーんか悩んでんのかな?とはちょっと前から思ってたけど、今日は分かりやすかったんだよ」
それは、私のせい。
悩んでたのに気付けたのは、同じ人を好きだから。
そこに踏み込んだのは、私のワガママ。
「春人も気付いててな。んで、俺と春人でユーモアとウィットに富んだ話で和ませたワケ」
「……それ、絶対いつものおバカな会話でしょ」
ユーモアとウィットなんて、そんなのあなた達に必要ないんだから。
本音を飾らぬ関係で、本音を隠しても伝わる関係。
だから結局行き着くのは、聞いてて呆れるくらいにおバカな会話。
でも、それが羨ましい。
そんな会話で、全てが伝わる関係が。
いくらワガママな私でも、否応なく理解できちゃう。
この3人の関係に、割って入る事は出来ないんだって。
出来ないし、したくない。
そこは、3人だけの大切な場所。
羨ましいし、眩しい。
完成された、本当の絆。
「バレたか。まぁとにかく、なんか吹っ切れたっぽい」
なんともおざなりで、適当な言い方。
分かってても、夏希が好きな私としては、ちょっとムッとしちゃう程。
でも、良かった。
やっぱり3人は、揺るがない。
どんな吹っ切れ方をしたのかは、分からない。
でも、そんなのは関係ないの。
きっと夏希は、秋斗と恋人になるか悩んでた。
だから、気付いて欲しかった。
だから、少し意地悪してお尻に火をつけちゃった。
だって、すっごく今更なんだもん。
例え恋人になろうとも、3人の距離は変わらない。
幼馴染同士じゃなくなっても、築かれた関係は揺るがない。
この3人は、恋人同士の2人と1人になんてならない。
残された志々伎さんが頑張るからとか、そんなんじゃない。
そんな世間一般でありがちな、そんな次元にいるとでも思ってるのかな?
秋斗が戦って、志々伎さんが守って、そんな2人を導く夏希。
どんな時も、何があっても、3人が3人ともお互いに手を伸ばし合ってる。
そんな関係なのにさ、例え誰か1人が手を伸ばし損ねても、他の2人がその手を無理矢理でもつかむに決まってる。
例え夏希が揺らいでも、秋斗も志々伎さんも手を伸ばすことをやめない。
世間一般が3人のことを『恋人同士とそれにくっつく1人』だと言ったとしても、それを秋斗と志々伎さんは頷いたりしない。
秋斗はきっと、屁理屈だったり斜め上な理論をこねくり回して、どんな方法でも世間一般の意見と戦うんだ。
志々伎さんはきっと、恋人同士の2人にも負けない仲の親友だと、さも当然のように胸をはって誰も文句が言えないくらい真っ向から守るんだ。
そして夏希は、最初は仮に揺らいでも、そんな2人を見て決意するの。
そして結局、夏希がそんな問題や頑張る2人を軽々飛び越えて、3人一緒に進む道に導くんだ。
「うん、良かった。さすが夏希だね」
「あぁ、さすがだよな、ほんと」
なんてかっこいいんだろう。なんて眩しいんだろう。
そんな3人と関われたことは、私の自慢だ。
そんな夏希と友達になれて、心から嬉しく思う。
そんな秋斗を好きになった自分を、誇らしく思える。
「ねぇ、秋斗。好きだよ」
だから、私は甘えちゃうんだ。
だって、私はワガママだから。
目をまんまるにする彼は、とってもかわいい。
私もよくかわいいと言われるけど、私的には今の秋斗の方がかわいいなぁ。
「好き。すごく好き。大好き。世界で一番、秋斗が好き」
あ、どうしよ、顔熱くなってきた。
絶対真っ赤になってるよね。うわ、恥ずかしいな。
頭がふわふわしちゃう。
ふわふわして、言葉がちゃんと並んでくれない。
「すっごく辛い時、助けてくれてありがとう」
晴れた日に降った、悪意の雨に濡れた私。
そんな私を、あなたは拾ってくれた。
「私のイジメから、助けてくれてありがとう」
八方美人だった私は、人に囲まれてた。
その人達がみんな去っていって、孤独になった私に寄り添ってくれた。
関わると目をつけられちゃうような、面倒ばかり抱える私を、貴方はなんでもないように助けてくれた。
「私を1人にしないでくれて、ありがとう」
父が消えた事と重なり、茫然と歩くだけの私。
そんな私を、部屋に置いてくれて、1人にしないでくれた。
きっと知らないよね?置いてくれた最初の日の夜、嬉しくてベッドで泣いてたなんて。
きっと知らないよね?盗難を疑われる私を、迷わず違うと言われた時に、ときめいちゃったなんて。
「そんな底抜けに優しいあなたが、好きです」
私なんかの為に、バレー大会で優勝までして。
私なんかの為に、不良達の戦ってくれて。
私なんかの為に、あんなに勉強して一位までとってくれて。
どこまでも優しい、そんなあなたが好きなの。
「3人の関係を戦ってでも守るあなたは、とってもかっこいいよ」
3人の内の1人である秋斗を欲しがるのは、私のワガママ。
でも同時に、それ以上に信じてるの。
こんな事じゃ、3人の関係は揺らがないって。
「自分を犠牲にしちゃうあなたを、今度は私が守りたいの」
自分への悪意を、飄々と受け止める秋斗は、見ていて悲しい。
悪意に慣れきった彼は、きっと痛みに慣れたと思ってる。
でもね、違うの。
それは怪我も過ぎれば痛みを感じないように、すでに酷くボロボロになってるだけ。
傷ついても癒そうとせず、もっと傷ついて、麻痺して、ボロボロのまま戦ってる。
そんなあなたを、守りたい。
夏希と志々伎さんのおかげで、その方法は簡単には使わなくなるだろうけど。
でも夏希でも志々伎さんでも手に負えない壁を前にしたら、きっと最後に秋斗は使う。
それしかないと判断したら、彼は迷わず身を投げうって戦ってしまう。
そんなあなたを、守りたいの。
「今は守られてばっかりで、頼ってばっかりの私だけど」
でも。
「私も、頑張るから。好きなの。好きだから、戦うよ?好きだから、守りたいの」
あ、もうダメ。
言葉が、ぐちゃぐちゃだ。
視界まで、歪んできた。
「好き、っく。あなたと一緒に、ひぐっ、一緒に、いたい」
泣くのだけは、我慢したかったのに。
「ぅっ……、えぐっ、っ……え?」
あったかい。
ゴツゴツしてるのに、不思議と安心できる。
え、あれ、これ、抱きしめ……
「ぅえ?あ、え、あき、あき?」
「っふ、あははっ、何語だよそれ」
「ぃや、え、だって」
「あ、やっぱダメか。悪い、離すわ」
や、待って、お願い。
「や、やだ……はなしちゃ、だめ」
「ん……」
あ、ぎゅってしてくれた。あったかい……えへへ。
どれくらい経ったんだろう。
はい、えぇ、うん、落ち着きました。
あぁああああぁあああ……!
は、恥ずかしい……っ!
どうしよ、顔あっついよぅ。
でも、まだぎゅっとしてくれてるの嬉しいな。えへへ。
おかげで顔緩みきってるから、余計離れられないけど。
何これ、ダメだ。ダメになる。
中毒性ありだよ。用法容量守らないとダメだよ。
落ち着いたし、離れないとだよね。
話はまだ終わってないし。
でも、うん、その……あとちょっとだけ。
10秒、いや1分だけ、いや5分……い、1時間とかダメかなぁ?
「……冬華?」
「……はぁい」
えぇん、やっぱダメだよね。
うん、分かってる。ほんとだよ、嘘じゃないよ?
「……おい、離せって」
「………あとちょい」
ごめんなさい、無理。ちゅ、中毒性がぁ……
でも、うん。ここまで。
ここからが、私の戦いの始まりだから。
「……ふぅ。よし、ありがと秋斗。フッていいよ」
「あぁ……あぁ?!」
「あれ?フるでしょ?そのくらい分かるよ」
うん、分かってる。これは本当に本当。
「だって、どうせ秋斗だもん。同じくらい好きって気持ちがないからってフるよね?待たせとくのは可哀想だとか申し訳ないとか言って」
だって彼はまだ『自分の恋愛』というものに触れたばかり。
そんな彼が、私達の熱量と同じだけの恋愛感情を持てる訳がない。もちろん、信頼や友情とか、別の感情でなら話は別だけど。
「だから、フッていいの。じゃないと、秋斗が気にするでしょ?急いで答えなきゃって。そんな気持ちにさせたい訳じゃないの」
好きだから応えてほしい。それは当然だ。
でも、その為に相手を苦しませたり悩ませるのなら話は別。
「てもね、私はワガママだから言うね?……フられたからって、諦めたりしないよ」
うん、私ってほんとワガママ。
反省も後悔もしてないけど、申し訳ないとは本当に思ってます。
「だから、覚悟してね、秋斗」
でも、ここからが戦いだから。
私はこれでもかと笑って、宣戦布告してやるんだ。
「……はぁ。ほんと、何で俺の周りの女子って、こうも強いのばっかなんだ…」
秋斗は参ったとばかりに両手をあげる。ふふん、どうだっ!
というか秋斗、分かってないのかな?
周りが強いのって、あなたが強くて厄介だから、私達も強くならざるを得ないんだよ。
「えへへ、恋する女の子はね、強いんだよ?」
「……オーバーキルだろ、降参だ降参」
顔を赤くする秋斗をもっと見たくて、抱きついてずっと好き好き言った私は悪くない。かわいい秋斗が悪いんだ。
最後に折れたのか、秋斗が諦めたように頭をくしゃくしゃと撫でたのは反則。
つい真っ赤になって逃げちゃった。むぅ、秋斗に対抗策がバレちゃった。
これからこんな夜な夜な攻防が繰り広げられるようになる事を、秋斗は気付いてるのかな?
私はワガママだからね。
秋斗、逃げられると思うな。覚悟しろ。
「秋斗、好き」
「あぁああもう分かったからやめてください!なんて言えば分かんねぇんだよこれ!」
「大好きっ」
「おぉっと風呂入ってきまぁす!」
えへへ、慌てる秋斗がちょっとクセになっちゃってるのは秘密です。
でも許してね?
私は近い内に、きっと負けるから。
誰よりも貴方を想う彼女に、私はまだまだ勝てないから。
でも諦めない。
だってここからが、本当の戦いなんだから。
一人暮らしにしては広い、彼の部屋。
晴れた日に降った、悪意の雨に濡れた私。
父がいなくなって友人もなくして、茫然と歩くだけの私。
そんな私を助けてくれた、学校一の嫌われ者の彼。
容姿のおかげでちやほやされた私を、面倒くさそうに助けてくれた彼。
そんな彼との、二人暮らし。
お世話になる身で申し訳ないけど、やっぱり幸せな私もいる。
彼に拾われてから、私は唄うように日々を謳歌してる。
「ねぇ秋斗、何してるの?」
そんな彼は、よくパソコンとにらめっこしてる。
わたしをおいて、パソコンばっかり。
少し嫉妬しちゃうけど、頑張ってる姿を見るのも好き。
「ねぇ秋斗、何してるの?」
無視なのか聞こえていないのか、返事をしてくれない。
寂しいからか悔しいからか、あえて同じ言葉をもう一度投げつけてみる。
「……仕事だよ」
目も合わせずに、ぶっきらぼうに言う。
一見冷たいそんな彼の態度は、不思議とイヤじゃないんだ。
「ふぅん。何のお仕事?」
仕事をしてるのは、知ってるよ?
いつも邪魔しないように、我慢してたもん。
「動画編集」
おざなりに呟く彼の目は、真剣に画面をにらんでる。
左手は気だるげに頬杖ついてるのに、右手は忙しくなくあっちこっちと働き者だ。
「焼肉の時に夏希が言ってた仕事も、動画編集?」
なんとなく聞かなかった事を、今更に聞いてみる。
きっとあの時と違って、今ならちゃんと答えてくれる気がしたから。
「いや、夏希は動画配信の方」
彼の手が、するりと顎とマウスから離れる。
両手をわちゃわちゃ動かして、キーボードをくすぐるみたいに叩く。
「そうなんだ。夏希かわいいし明るいし、人気出そう」
彼の真剣な目は、学校ではなかなか見れないレアシーン。
いっつも眠そうで気だるげな彼の目が、こうして鋭くなってるとドキっとする。
「まぁ人気だな。カツラ被ってるからか意外とバレてないけど」
そう言って、彼はターンとキーボードを叩く。
これで終わりだって主張するようなそれは、ちょっとカッコつけてるみたいで微笑ましい。
うーんと手を天井に伸ばして、目を細める。
そして再び開かれた目は、やっぱりいつもの気だるげな目。
こっちの目も好きだけど、もうちょっと見てたかったから、ちょっぴり残念。
「……なぁ冬華」
やっとパソコンから、私へと視線を動かしてくれた。
待ってたはずなのに、いつも心臓は小さく跳ねる。
「な、何?晩御飯のリクエスト?」
こればっかりは、なかなか慣れてくれない。
鋭い形に形どられた目から覗く、眠たげな瞳の奥にある優しさ。
どうしよう、彼の真剣な目を覗こうと近づきすぎたかな。
この距離だと、顔がちょっと赤いのがバレるかも。
「違うって。あのさ……冬華、お前も動画やる?」
そんなふわふわしちゃってる私に、彼はとっても彼らしいリアリストな発言。
むぅ、そこはちょっとくらい、ドキドキするような事を言ってくれても良いのに。
でも待って私、そんな事言ってる場合じゃないよね。
あんまりさらっと言われたけど、これってとっても大事なお話だよね。
「動画……?私がですか?」
「敬語に戻ってんぞ?」
そう小さく笑って、鋭く形どられた目がふんわりと柔らかくなる。
あぁもう、真剣な話をしたいんじゃないのかな?
そんな目で見られたら、ドキドキしちゃってそれどころじゃないよ。
「……真剣な話だと思って、かしこまったのに」
なので、ちょっと拗ねたフリなんかしちゃったり。
ドキドキがおさまるまでの時間稼ぎを、本音に混ぜて拗ねてみる。
「悪かったって。いや実際そんな構えるような話じゃないんだけどな」
そんな私の気持ちを見抜いてるのか、謝ってるはずなのに目は笑ってる。
くっそう、これじゃ心臓が全然落ち着いてくれないよ。
「いやな?編集なら俺、配信なら夏希がいるし」
あっ待って、まだ落ち着けてないのに。
えっとえっと、これってつまり、あれだよね。
「……教えてくれるの?」
父と離れ、私にお金の余裕はない。
そんな私に、方法を示してくれてるんだ。
ぶっきらぼうに、なんでもないように。
そんな彼の口調は、きっとお世話になってる私に気負わせまいとする為。
「まぁ、気が向いたら」
「お願いします」
もはや食い気味に、頭を下げる。
勢い余っちゃったけど、本当に嬉しくて、どんどんお辞儀が深くなる。
「お、おう、そっか。やる気だな、ってどこまで下げんの。うわ体柔らかっ」
嬉しくて嬉しくて、感謝を込めたお辞儀。
ごめんなさい、実は途中から秋斗の反応が楽しくて調子乗って下げちゃってた。
「で、どっちがしたい?」
「両方は、ダメ?」
編集は絶対したいな、秋斗に教えてほしいもん。
理由が不純とか、言わないでね?
でもそれだけじゃない、こうして手を伸ばしてくれる優しさが、嬉しくて。
でもね、大好きな夏希とも関わりたくて。
「いや、いいんじゃ?てかアリかもな」
「ほんと?」
嬉しいな。嬉しくて、顔が緩んじゃう。
私だって、不純な理由ばっかりじゃないもん。
配信者で頑張ったら、その内夏希とコラボとかで恩返し出来るかなって。
「編集は依頼するより自分でやった方がコスト抑えれるしな」
むぅ、やっぱり彼は、どこまでもリアリストだ。
でもそれが普通な訳だけどね、お仕事だもん。
「じゃあ、お願いします」
「おー。夏希にも聞いとくわ。まぁオーケー出るだろうよ」
あれ、意外。
もう話を通してるか、もしくは夏希の提案かと思ったのに。
「……えへへ」
あ、ついに緩んじゃった。
でもこれって、秋斗が考えて言ってくれたって事だよね?
うん、仕方ないよ。こんなの緩んじゃうって。
「何笑ってんだよ。稼げるかは冬華次第だぞ?」
そうじゃないもん、秋斗のばか。
ほんっとに秋斗は鈍感で、そして優しいんだから。
ほのかに香る、彼の匂い。
ここに住ませてもらって、やっと慣れてきた。
そんな彼の香りは、私にとっては優しさの匂い。
「うん、頑張るね。よし、今日の晩御飯は気合い入れる」
「マジ?楽しみにしとくわ」
一人暮らしにしては広い、彼の部屋。
拾ってもらって狭くしちゃって、ごめんなさい。
でもね、自信を持って言える事があるの。
交換条件の料理のこと、もう秋斗は手放せないでしょ?
胃袋は、しっかり掴ませてもらったよ。
こんなワガママな女を置いた、秋斗の自業自得だよ。
「そう言えば、今日夏希の様子がおかしかったんだよな」
ドキリと、さっきまでとは違う音が鳴る。
どうしよう、夏希に気を揉ませてしまったかな。
とっても素敵な女の子、つい憧れちゃうくらい、かっこいい彼女。
私の好きな人の、誰よりも近くにいる女の子で、誰よりも彼を想ってる女の子。
そんな彼女と、きっと今日、少し近づけた。
素敵な彼女と、もっと仲良くなりたくて、一歩踏み込んだ。
私はワガママで、きっと本当なら敵になるはずの彼女とも、仲良くなりたくて。
「……そう、なんだ」
ごめんなさい、悲しませたりはしたくなかったの。
ごめんなさい、悩んで欲しいわけじゃなかったの。
あれは私の、ただのワガママ。
あれは私の、ただの決意表明。
そして貴女と、より仲良くなる為に通るべき道。
「あー、心配すんな。多分もう大丈夫だから」
決めたはずの覚悟が揺らぐのを、必死に我慢していたら。
やっぱりなんでもないように、彼はさらりと言ってのける。
「そう、なの?」
「そ。なーんか悩んでんのかな?とはちょっと前から思ってたけど、今日は分かりやすかったんだよ」
それは、私のせい。
悩んでたのに気付けたのは、同じ人を好きだから。
そこに踏み込んだのは、私のワガママ。
「春人も気付いててな。んで、俺と春人でユーモアとウィットに富んだ話で和ませたワケ」
「……それ、絶対いつものおバカな会話でしょ」
ユーモアとウィットなんて、そんなのあなた達に必要ないんだから。
本音を飾らぬ関係で、本音を隠しても伝わる関係。
だから結局行き着くのは、聞いてて呆れるくらいにおバカな会話。
でも、それが羨ましい。
そんな会話で、全てが伝わる関係が。
いくらワガママな私でも、否応なく理解できちゃう。
この3人の関係に、割って入る事は出来ないんだって。
出来ないし、したくない。
そこは、3人だけの大切な場所。
羨ましいし、眩しい。
完成された、本当の絆。
「バレたか。まぁとにかく、なんか吹っ切れたっぽい」
なんともおざなりで、適当な言い方。
分かってても、夏希が好きな私としては、ちょっとムッとしちゃう程。
でも、良かった。
やっぱり3人は、揺るがない。
どんな吹っ切れ方をしたのかは、分からない。
でも、そんなのは関係ないの。
きっと夏希は、秋斗と恋人になるか悩んでた。
だから、気付いて欲しかった。
だから、少し意地悪してお尻に火をつけちゃった。
だって、すっごく今更なんだもん。
例え恋人になろうとも、3人の距離は変わらない。
幼馴染同士じゃなくなっても、築かれた関係は揺るがない。
この3人は、恋人同士の2人と1人になんてならない。
残された志々伎さんが頑張るからとか、そんなんじゃない。
そんな世間一般でありがちな、そんな次元にいるとでも思ってるのかな?
秋斗が戦って、志々伎さんが守って、そんな2人を導く夏希。
どんな時も、何があっても、3人が3人ともお互いに手を伸ばし合ってる。
そんな関係なのにさ、例え誰か1人が手を伸ばし損ねても、他の2人がその手を無理矢理でもつかむに決まってる。
例え夏希が揺らいでも、秋斗も志々伎さんも手を伸ばすことをやめない。
世間一般が3人のことを『恋人同士とそれにくっつく1人』だと言ったとしても、それを秋斗と志々伎さんは頷いたりしない。
秋斗はきっと、屁理屈だったり斜め上な理論をこねくり回して、どんな方法でも世間一般の意見と戦うんだ。
志々伎さんはきっと、恋人同士の2人にも負けない仲の親友だと、さも当然のように胸をはって誰も文句が言えないくらい真っ向から守るんだ。
そして夏希は、最初は仮に揺らいでも、そんな2人を見て決意するの。
そして結局、夏希がそんな問題や頑張る2人を軽々飛び越えて、3人一緒に進む道に導くんだ。
「うん、良かった。さすが夏希だね」
「あぁ、さすがだよな、ほんと」
なんてかっこいいんだろう。なんて眩しいんだろう。
そんな3人と関われたことは、私の自慢だ。
そんな夏希と友達になれて、心から嬉しく思う。
そんな秋斗を好きになった自分を、誇らしく思える。
「ねぇ、秋斗。好きだよ」
だから、私は甘えちゃうんだ。
だって、私はワガママだから。
目をまんまるにする彼は、とってもかわいい。
私もよくかわいいと言われるけど、私的には今の秋斗の方がかわいいなぁ。
「好き。すごく好き。大好き。世界で一番、秋斗が好き」
あ、どうしよ、顔熱くなってきた。
絶対真っ赤になってるよね。うわ、恥ずかしいな。
頭がふわふわしちゃう。
ふわふわして、言葉がちゃんと並んでくれない。
「すっごく辛い時、助けてくれてありがとう」
晴れた日に降った、悪意の雨に濡れた私。
そんな私を、あなたは拾ってくれた。
「私のイジメから、助けてくれてありがとう」
八方美人だった私は、人に囲まれてた。
その人達がみんな去っていって、孤独になった私に寄り添ってくれた。
関わると目をつけられちゃうような、面倒ばかり抱える私を、貴方はなんでもないように助けてくれた。
「私を1人にしないでくれて、ありがとう」
父が消えた事と重なり、茫然と歩くだけの私。
そんな私を、部屋に置いてくれて、1人にしないでくれた。
きっと知らないよね?置いてくれた最初の日の夜、嬉しくてベッドで泣いてたなんて。
きっと知らないよね?盗難を疑われる私を、迷わず違うと言われた時に、ときめいちゃったなんて。
「そんな底抜けに優しいあなたが、好きです」
私なんかの為に、バレー大会で優勝までして。
私なんかの為に、不良達の戦ってくれて。
私なんかの為に、あんなに勉強して一位までとってくれて。
どこまでも優しい、そんなあなたが好きなの。
「3人の関係を戦ってでも守るあなたは、とってもかっこいいよ」
3人の内の1人である秋斗を欲しがるのは、私のワガママ。
でも同時に、それ以上に信じてるの。
こんな事じゃ、3人の関係は揺らがないって。
「自分を犠牲にしちゃうあなたを、今度は私が守りたいの」
自分への悪意を、飄々と受け止める秋斗は、見ていて悲しい。
悪意に慣れきった彼は、きっと痛みに慣れたと思ってる。
でもね、違うの。
それは怪我も過ぎれば痛みを感じないように、すでに酷くボロボロになってるだけ。
傷ついても癒そうとせず、もっと傷ついて、麻痺して、ボロボロのまま戦ってる。
そんなあなたを、守りたい。
夏希と志々伎さんのおかげで、その方法は簡単には使わなくなるだろうけど。
でも夏希でも志々伎さんでも手に負えない壁を前にしたら、きっと最後に秋斗は使う。
それしかないと判断したら、彼は迷わず身を投げうって戦ってしまう。
そんなあなたを、守りたいの。
「今は守られてばっかりで、頼ってばっかりの私だけど」
でも。
「私も、頑張るから。好きなの。好きだから、戦うよ?好きだから、守りたいの」
あ、もうダメ。
言葉が、ぐちゃぐちゃだ。
視界まで、歪んできた。
「好き、っく。あなたと一緒に、ひぐっ、一緒に、いたい」
泣くのだけは、我慢したかったのに。
「ぅっ……、えぐっ、っ……え?」
あったかい。
ゴツゴツしてるのに、不思議と安心できる。
え、あれ、これ、抱きしめ……
「ぅえ?あ、え、あき、あき?」
「っふ、あははっ、何語だよそれ」
「ぃや、え、だって」
「あ、やっぱダメか。悪い、離すわ」
や、待って、お願い。
「や、やだ……はなしちゃ、だめ」
「ん……」
あ、ぎゅってしてくれた。あったかい……えへへ。
どれくらい経ったんだろう。
はい、えぇ、うん、落ち着きました。
あぁああああぁあああ……!
は、恥ずかしい……っ!
どうしよ、顔あっついよぅ。
でも、まだぎゅっとしてくれてるの嬉しいな。えへへ。
おかげで顔緩みきってるから、余計離れられないけど。
何これ、ダメだ。ダメになる。
中毒性ありだよ。用法容量守らないとダメだよ。
落ち着いたし、離れないとだよね。
話はまだ終わってないし。
でも、うん、その……あとちょっとだけ。
10秒、いや1分だけ、いや5分……い、1時間とかダメかなぁ?
「……冬華?」
「……はぁい」
えぇん、やっぱダメだよね。
うん、分かってる。ほんとだよ、嘘じゃないよ?
「……おい、離せって」
「………あとちょい」
ごめんなさい、無理。ちゅ、中毒性がぁ……
でも、うん。ここまで。
ここからが、私の戦いの始まりだから。
「……ふぅ。よし、ありがと秋斗。フッていいよ」
「あぁ……あぁ?!」
「あれ?フるでしょ?そのくらい分かるよ」
うん、分かってる。これは本当に本当。
「だって、どうせ秋斗だもん。同じくらい好きって気持ちがないからってフるよね?待たせとくのは可哀想だとか申し訳ないとか言って」
だって彼はまだ『自分の恋愛』というものに触れたばかり。
そんな彼が、私達の熱量と同じだけの恋愛感情を持てる訳がない。もちろん、信頼や友情とか、別の感情でなら話は別だけど。
「だから、フッていいの。じゃないと、秋斗が気にするでしょ?急いで答えなきゃって。そんな気持ちにさせたい訳じゃないの」
好きだから応えてほしい。それは当然だ。
でも、その為に相手を苦しませたり悩ませるのなら話は別。
「てもね、私はワガママだから言うね?……フられたからって、諦めたりしないよ」
うん、私ってほんとワガママ。
反省も後悔もしてないけど、申し訳ないとは本当に思ってます。
「だから、覚悟してね、秋斗」
でも、ここからが戦いだから。
私はこれでもかと笑って、宣戦布告してやるんだ。
「……はぁ。ほんと、何で俺の周りの女子って、こうも強いのばっかなんだ…」
秋斗は参ったとばかりに両手をあげる。ふふん、どうだっ!
というか秋斗、分かってないのかな?
周りが強いのって、あなたが強くて厄介だから、私達も強くならざるを得ないんだよ。
「えへへ、恋する女の子はね、強いんだよ?」
「……オーバーキルだろ、降参だ降参」
顔を赤くする秋斗をもっと見たくて、抱きついてずっと好き好き言った私は悪くない。かわいい秋斗が悪いんだ。
最後に折れたのか、秋斗が諦めたように頭をくしゃくしゃと撫でたのは反則。
つい真っ赤になって逃げちゃった。むぅ、秋斗に対抗策がバレちゃった。
これからこんな夜な夜な攻防が繰り広げられるようになる事を、秋斗は気付いてるのかな?
私はワガママだからね。
秋斗、逃げられると思うな。覚悟しろ。
「秋斗、好き」
「あぁああもう分かったからやめてください!なんて言えば分かんねぇんだよこれ!」
「大好きっ」
「おぉっと風呂入ってきまぁす!」
えへへ、慌てる秋斗がちょっとクセになっちゃってるのは秘密です。
でも許してね?
私は近い内に、きっと負けるから。
誰よりも貴方を想う彼女に、私はまだまだ勝てないから。
でも諦めない。
だってここからが、本当の戦いなんだから。
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