学校一の嫌われ者が学校一の美少女を拾ったら

みどりぃ

60 志々伎春人

 作戦は成功した。
 これまでいくつも成功と言える体験をしてきた僕だけど、今回の成功は記憶にない程歓喜している自覚がある。

 なんせ高校入学からずっと望んできた光景を、これからは毎日見れるのだから。

「よぉ春人、そのニヤケ面はまだ続けるんだな」
「秋斗こそ、その仏頂面をどうにかしたらどうだい?」

 憎まれ口ともとれる会話を挨拶代わりにする親友。
 秋斗とこうして気兼ねなく学校生活を送る事ができるんだ。常に貼り付けた笑顔がうっかりニヤケたものになってるという指摘も気にならないさ。

「朝っぱらからじゃれあうなよなー。仲良しアピールかー?」
「「違うから」」

 嫌われ者だからと距離を取ろうとする秋斗を、こうして引っ張り出す作戦。
 それを最初に唱え、同時に最大の功労者である夏希は、その苦労や努力と喜びを感じさせない飄々とした態度で会話に混じる。

 僕達の前では悪戯っぽい笑みを頻繁に見せる彼女は、しかしやる気も波があるし言動も気分次第で簡単に翻すので僕でも読みにくい。
 だが、すぐに自分を切り捨てる秋斗や、つい全体を見すぎて思考に囚われる僕を、ここぞという時に誰よりも真剣に引っ張って突き進む真っ直ぐさがある。

「朝から3人でコントですか。すぐ私を置いてけぼりにしますよね。混ぜてください」
「いやコントじゃねぇから」
「というか混ざるのかい?」
「あはははっ!冬華かわいー!」

 そして今回の作戦を行える状況を作った人物である宇佐冬華。
 そもそも彼女がいなければ、秋斗を引っ張り出そうにも逃げられていただろう。
 あの頑固な秋斗の懐に入り込み、解きほぐした彼女には頭が上がらない。僕や夏希では出来なかった事だから。

 その4人で二学期の頭から一緒に行動するようになった。
 秋斗も観念したようで、大人しく会話に混じっている。 うんうん、最初はよく逃げようとしていた秋斗がこうなるのは愉快で仕方ないね。

「ねーねー志々伎くぅん。今日放課後遊びに行かなーい?」
「あ、良かったら大上くんもさ?」

 それにあたり一番の大きな変化と言えば、勿論秋斗の立場だ。
 二学期が始まって一カ月が経った今、最初にあった困惑も消え、ほとんどの生徒が秋斗への嫌悪感を捨て去った。
 勿論そうではない生徒も一定数いるし、嫌悪はせずとも積極的に話しかけない生徒もいる。
 しかし、中にはこうして積極的な生徒もいるくらいだ。 正直、作戦は予想以上に成功したと思う。

「や、俺はいいわ」
「えーつれないなー」
「あはは、ごめんね。僕も今日は遠慮しておくよ」
「あー志々伎くんまで……うぅ、また誘うから今度こそ遊ぼーね!」

 それでも秋斗は差し当たりない会話こそすれど、周りの生徒との距離を縮める気はないようにも見える。
 まぁ散々嫌われ者扱いされてきて、急に手のひら返しをされたからとすぐ仲良くするような男ではないのは分かっていたけどね。

 それでも大きな変化には違いない。
 残り1年半程だけど、待ちわびた高校生活を満喫してやろうと思う。

 しかし、変化は何もそれだけではない。
 そしてそれが、必ずしも良いものだけではない。

「志々伎さん!いい加減にしてくれ!」

 勢いよく教室の扉を開けると同時に響く声。
 いい加減にしてほしいのはこちらだと思いながら振り返ると、端正な顔立ちとスラリとした体躯、意思の強そうな瞳を持つ少年が僕を睨んでいた。

「また来たのかあいつー。ヒマすぎないかー?」
「聞くまでもないですよ。夏希、追い返しましょう。実力行使もやむを得ません」

 夏希と宇佐さんからは酷評されてるいるけど、教室の女子生徒からは悪感情は見られない。
 
「まぁた2世か……」

 理由は秋斗の呟きにある。
 2世というのは……僕としてはコメントに困るんだけど、僕の2世との事らしい。

 最近珍しく秋斗がグループ以外で会話をするようになった新聞部の子いわく、一年生の中で王子様扱いされている才色兼備の少年だとか。
 王子様とは言ったものの、主流の呼び名は『主人公』というものらしく、どこぞの創作物の主人公のような言動をとる事が多いとの事らしい。

 そんな彼は、どうやら僕に対抗意識を燃やしているようで。
 一学期までは存在すら知らなかったけど、二学期になってからは度々訪れている。

「えっと、脇谷くん。何の用かな?」

 とりあえず声をかけてみるも、彼はそれより先に秋斗をじっと睨んで黙り、秋斗は表情ひとつ変えずにそれを受け止める。
 しばしの沈黙の後、秋斗が動かない事を察してか、ようやく僕の方に視線を戻して口を開いた。

「いつも言ってますが……何故こんな男と一緒に居るんですか!志々伎さんらしくない。僕は認めません!」

 そう、これが毎回の彼の主張にして、二学期以降の変化のひとつ。

 要はーー計算してそういう立場を作っただけとはいえーー人気者だった僕が秋斗と居る事が認められず、僕に対して不満を抱える生徒が生まれた事だ。

 そういった生徒の中で最も直接的な言動をするのが彼、脇谷くんである。

「それに宇佐さんまで!貴女のような素敵な女性が何故こんな男と……!」

 そしてそれは僕に限らず、宇佐さんにも当てはまる変化でもある。
 もっとも、宇佐さんは僕と違って一学期から秋斗と話す場面が散見されたからか、僕ほど不満を抱える生徒は多くないようだけど。

「それは私の勝手です」

 それを毎回聞く耳持たずに切り捨てられる。
 毎回声をかけられてうんざりしていると吐き捨てる宇佐さんの冷たい視線に、追い返されるようにすごすごと帰るのがいつものパターンだ。

 しかし、どうやら今日は違ったようで。

「あぁ、可哀想に……僕が必ず助けてみせますから!」
『は?』

 会話にならない返事に、思わず僕達どころか教室中の生徒の声が揃った。
 誰もが目を丸くする中、脇谷くんは構わず続ける。

「聞きましたよ!大上に脅されてるんですよね……気付くのが遅くなってすいません。ですが、もう安心してください。お二人とも必ず助けます!」

 あぁ、なるほど。『主人公』という呼び名は、そういう意味か。
 これはあれだね、皮肉でつけられた色合いが強そうだ。

 などと考察していると、横から冷気と熱気がぶわりと舞った。

「……秋斗が、脅す……?」
「おい、あたしが脅されるだぁ?」

 宇佐さんと夏希だ。怒っちゃったようだ。
 
 止めるか悩み、一番適役である秋斗に視線をやると、口を押さえて机に突っ伏していた。おい笑ってんじゃない。お前烏丸くんといいほんと好きだなこういうヤツ。
 使えない親友から視線をきり、脇谷くんへと戻すと彼は顔を青くしていた。

「お前さー、前にも言ったろー?今度こそケンカ売ってるとみて良いんだよな?」

 特に夏希を見て。

 実は以前乗り込んできた際、脇谷くんは今日のように僕と宇佐さんだけでなく、夏希にも声をかけていた。
 確か、『何故こんな男と一緒に』『良い度胸だ一年坊主表出ろ一生の後悔ってもんを見せてやる』の一言で震えて帰っていったっけ?脇谷くん主人公にしてはメンタル弱くない?

 そんな訳で彼は以降訪れても夏希にだけは視線を向けなかったんだけど、今日になってまた虎の尾を踏んだ。
 しかし、いつもなら逃げ帰る頃の彼は、歯を憐むように2人を見るだけ。
 当然、それは2人の怒りに燃料を注ぎ込むだけだけど。

「よし、そのケンカ勝った」
「私もです」

 臨戦体勢に入った2人に、ようやく慌て始めた脇谷くんは慌てて口を開いた。

「い、良いですけど、それでしたら僕と大上との勝負に加わる形になりますよ?!」
「んん?俺?」

 ここでようやく笑いの余韻がおさまった秋斗が名前に反応して顔を上げた。
 心底面倒そうな秋斗に、脇谷くんはビシと指を刺して声高らかに叫ぶ。

「そうだ!お前のようなクズでは僕には勝てないだろうけどな!」
「マジかぁ。んじゃやめとくわ」
「なっ!に、逃げるのか!」
「おー。参りましたぁ」

 机に頬杖ついたままの秋斗に、脇谷くんは顔を赤くして叫ぶ。
 それにしても一気にドライになったなお前。めんどくさがりも大概にしろよ。

「くっ……だったら、宇佐さんと梅雨は僕がもらう!それを認めるんだな?!」
「「「あ?」」」

 親友達3つの声が揃った。随分とドスの効いた声に、脇谷くんが怯む。あ、内ひとつは僕だったなこれ。

「なんでそこで梅雨が出てきたんだよ?」
「決まってる!梅雨もお前が脅してるからだ!」
「はぁ?」

 不思議そうに、かつ剣呑な秋斗だけど……うん、流れは読めたかな。

 秋斗大好き人間の梅雨が、きっとそれを誰かに言ったんだろう。なんなら隠す気もなかっただろうし。
 そしてそれを悔しがった男子が、悪評のある秋斗とからめて『脅した』などと言い始めたんだろう。 それが広まり、連想ゲーム式に宇佐さんを筆頭に僕や夏希も同じ枠に入れられた、といったところかな。

「まぁいいや。で、勝負内容って何なんだよ?」
「ふん、図星をつかれて焦ってるな?まぁいいさ、逃げないならそれで「いいからはよ言え」

 脇谷くんの口上をぶった切る秋斗。お前ほんと飽きるの早いな。さっきまで楽しそうに眺めてたろ。

「ちっ、生意気な……勝負内容はバスケだ!」

 あー、球技か。それでも勝てるとは思うけど、秋斗の力が半減するのは痛いな。

「んで、それに勝ったらこっちに何のメリットがあんの?」
「メリットだと……そんなものがないと勝負も出来ないのか!」
「いやそりゃそうだろ」

 うん、分かってはいたけどこの2人は水と油だね。本当噛み合わないな。
 さて、どうしようかな。
――どうせなら色々とまとめて解決させたいところだね。

「……よし、それじゃあ負けたチームは勝った方の言う事を聞く、なんてのはどうだい?」
「は?おいおい春人、そりゃやりすぎじゃないか?」
「ふん、いいだろう!」

 よくある罰ゲームとはいえ、厄介でもある内容。
 渋面をつくる秋斗を無視して頷く脇谷くんに、続けて言葉を重ねる。

「で、どうせならゲーム内容にもルールを加えるね。まずチームは5人、必ず男女混合で割合は自由。そして3ポイントシュートを決めたら自分のチームの女性が一枚脱ぎ、2ポイントなら男子が一枚脱ぐ」
『は?』

 あはは、教室中の声が揃ったね。
 まぁ僕がこんな下世話なルールを組むなんて思いもしなかっただろうからね。

「勝負は今日の昼休憩、服装は今着ている制服でそのまま行う」
「お、おい春人?」
「ふ、ふざけるな!なんだそのルールは?!」

 まぁそうなるよね。でもこれが一番手っ取り早いんだよ。

「君が勝手に競技を決めたんだ。これくらいは聞いてもらうよ。ちなみに逃げたら不戦敗だからね」
「なっ……」
「構わないだろう?このルールはお互いに適用されるんだ。別に一方的に有利になるようなものではないよ」

 にこりと笑ってみせると、脇谷くんは押し黙り、そしてしばしの沈黙の末に怪訝そうにしつつも頷いた。

「よし、決定だ。チームは好きに組んでいいけど……もちろん、僕達の仲に文句を言う君なら、僕達に負けないような仲の良くて結束力のある素敵な仲間をつれてくるんだろうね」
「あ、当たり前だっ!僕達の仲を見せてやる!」
「あはは、楽しみにしてるよ」

 さて、仕込みはこれで良いかな。あとはこっちのチームだけど……

「秋斗、もちろん出てくれるよね」
「……まぁこれで出ないのもな。ただバスケは苦手だぞ?」
「分かってるさ」

 問題ないよ。秋斗の役割はもう決めてるからね。

「よーし、エロ春人くん。あたしも出てやるよー」
「あはは、その呼び名は二度と言わないでくれ。けど助かる。頼むよ、夏希」

 まぁ絶対に出てもらうつもりだったけどね。
 と言っても、梅雨が絡んだ時点で秋斗と夏希は絶対参戦しただろうけどさ。

「あの。私も出ていいですか?それなりにスポーツはできるつもりです」
「ありがとう。お願いするよ」

 そして宇佐さん、と。うん、ここまでは問題なく予定通りだね。
 さて、残る1人は思うように動いてくれるだろうか。

「………わ、わたし、も…」

 恐る恐る手を挙げたのは、根津さん。
 それに教室中の生徒や、特にクラスで根津さんとよく話している友人は目を丸くしている。

 まぁそうだろうね。 チームには秋斗が居る。その秋斗は宇佐さんをイジメるように彼女を騙していた事になってるんだから。

 でも、これが狙いであり、目論見通りでもある。

「うん、頼むよ」
「う、うんっ」
「お、おい……?」

 小声で訴えかける秋斗を視線で制する。
 これは秋斗がどうこうじゃなく、根津さん自身の問題だからね。彼女が決めたなら、その意思を邪魔させる気はない。

「さて、それじゃこのメンバーでいこう。よろしく頼むね」

 


「ば、バカな……」

 うん。まぁ言うまでもなく、勝ったね。

 愕然とした顔で僕を見る脇谷くんを、きっと性格の悪そうな笑みを浮かべてるだろう顔で見下ろす。

「あのルール、そーゆー事かよー。こいつ相変わらず性格悪いよなー」
「いや本当にな。俺でも正気疑うレベル」

 親友の幼馴染達から向けられる白い目がいっそ笑いを誘う。
 まぁそういう勝負にしたのは僕だし、目的もちゃんとあった訳だしね。

「うん、これで分かったかな?君のいう仲の良さと、僕達のそれはまるで違うんだって」
「っ!そ、それは……」
「別に否定はしてないよ?ただ仲の良さなんて人それぞれだ。君のそれを押し付けられる謂れはないってだけだよ」
 
 まずひとつは、僕達の仲に疑問や文句を言う人達への牽制。当然、脇谷くんを含む……というか矢面に立ってもらった。
 仲の良い友人やグループなんて、それぞれの好みでやってるんだ。それを外からわざわざ口出しされてもつまらないからね。

 言い返せずに歯を食いしばる脇谷くんに、言葉を重ねる。

「それに、僕に何を期待してるのかは知らないけど、僕は清廉潔白な人間じゃない。それはこの勝負でよく分かってくれたと思うけどね」

 次にこれ、僕のイメージの払拭。
 校内での発言力を高める為にこれまで過ごしてきたけど、目的を果たした今では『良い子で頼れる僕』のイメージは特に必要ない。

 もちろん便利だから基本はそれで構わないけど、程々にしてもらわないとすぐに人が寄ってきて秋斗達との時間も作りにくいからね。なので、少し払拭しておきたかったんだよ。

「それにしてもアレだな。この勝負、性格の悪さが決め手だな」
「だなー。同じ王子様扱いでも物語みたいな純粋王子様じゃないしなー、こっちの王子は」

 ほんとさっきから容赦なく言うね君達……。
まぁ言い方はともかく、そう見えるようにルールを追加したから仕方ないんだけどさ。

 女性が脱ぐ、なんて脇谷くんのような子が認められないのは分かってた。
 だから秋斗以外を全員ディフェンスに回して、ひたすらに内側の防御を固めて2ポイントをとらせないようにした。
 僕や夏希がいればそれも難しくないからね。宇佐さんが予想以上に動けたのも大きい。

 そしてこっちは最初に3ポイントシュートを一回決めておく。サクッと僕がやっときました。
 ちなみに宇佐さんが着ていたカーディガンを脱いでくれた。なので卑猥な雰囲気にはしてません。 あとは相手が2ポイントを2回決めないといけないと意識する相手を、先に述べたように止めるだけ。

 慌てた相手チームは脇谷くんの指示を無視して、3ポイントを放つようになる。
 それは脇谷くんの指示とは違う動きで、当然チームワークの和を乱すプレイだ。
 そんなチグハグな動きなら、秋斗の瞬発力があれば簡単に防げるからね。つまり、秋斗はひたすらに3ポイントを潰す仕事だ。

 結果、3対0。
 一応一回くらいは2ポイントを決められて良いように3ポイントを確保していたけど、これなら2ポイントでも良かったね。ごめんね宇佐さん。

「しかも妹まで使うんだからなぁ」
「それなー。さすがにドン引きだわー」
「でもわたしは役に立てて良かったよっ!」

 トドメに相手チームには梅雨を入れた。
 ラインで指示しておいたけど、どちらにせよ言い出す前に脇谷くんから声をかけられたようだけどね。

 とはいえ、別に手を抜かせたり自軍の邪魔をさせた訳ではない。
 あくまで3ポイントを撃たせないという意識を強めただけだ。明らかに脇谷くんは梅雨に好意がありそうだったからね。生意気にもね。
 梅雨に被害が及ぶような行動は避けたいと考えるだろうと思っての事だ。

 それにもし下卑た感情が先走って3ポイント狙いをしてくるようなら、その時点で試合はともかく勝負には勝った事になる。
 だってそうだろう?もともと仲の良さや友達との在り方を疑問視して勝負をしかけてしたんだ。それが我欲に負ける姿を見せれば、説得力なんて欠片も残りはしない。

「えへへ、アキくんと遊べて楽しかったぁ。ねぇ、今度2人でやろうよっ」
「えー……梅雨と球技はなぁ。俺ボコボコにされそうじゃん。ヤだ」
「むぅ、昔はたくさん遊んでくれたのにぃ!アキくんのケチ!でも好き!」

 そして梅雨を入れた最も大きな理由にして、3つ目の目的はこれ。
 梅雨が脅されてるなんて噂を消し去る為だ。
 もはや兄としては見てられないくらいに秋斗へと好意を全開にしてる梅雨の事だ。必ずこうなるとは思っていた。

 そしてこの梅雨の笑顔を見て、脅されていると考えるような人はいないだろう。
 見ていて恥ずかしいくらいに、幸せそうに笑ってるんだから。秋斗、誰を選ぶにせよ梅雨を泣かせたら容赦しないからな?

 そして最後の目的は。

「あ、あっきー、お疲れ!これタオルね」
「お、おお……ありがとな」

 根津さんを騙したという噂の軽減。
 こればかりは全て明らかにするのは根津さんの立場が悪くなるので控えていたけど、彼女が動くならありがたく承諾する気でいた。

 あとは宇佐さんが仲を取り持っただの、猪山くんが逮捕されて和解しただの、少しはマシな憶測から新しい噂が勝手に流れるだろう。もちろん、多少は操作させてもらうけどね。

「あと……ふ、冬華!」
「? どうしましたか、愛?」

 だから、さすがにこれは予想外だった。

「あの……っ、あの時は嫉妬して意地悪してごめんなさい!」
「いや、だからそれは許してますよ」
「そんで、あっきーも!わたしが嫉妬してやったのに、あっきーが騙したことにして助けてくて、そのせいで悪く言われてごめんなさい!」

 根津さんが、この場で全てを明らかにして、謝罪するなんて。

「ばっ、おま……!」
「いいの!……こうしたかったの。ちゃんとわたしの罪を、わたしが背負いたかったんだ。それで、その上で許してくれるなら、あっきー達とちゃんと仲良くなりたい」

 すかさず止めようとした秋斗を制して、静かに告げる。
 言ってはなんだが、騒がしくて我儘だった彼女のイメージを大きく変える程に。 今の彼女は美しく、真っ直ぐで、大人びて見えた。

「だから、改めて。ごめんなさい。そして、助けてくれて、ありがとうございました」

 これからの自分の学校生活をひっくり返しかねない発言にも関わらず、彼女の顔には一切の後悔も躊躇もなく。
 真剣に、ただ真っ直ぐに秋斗を見据えている。

 これには、秋斗も何も言えないな。
 秋斗も頭を乱暴に掻き、それから溜息ひとつ落として顔を上げた。

「気にすんな。謝罪と感謝、ちゃんと受け取ったわ。ま、これからよろしくな」
「っ!う、うんっ!や、うぅ、ありがとあっきー!」

 秋斗らしいぶっきらぼうで言葉短く、だからこそ本心だと伝わる言葉。
 それに根津さんは泣きそうな笑顔で頭を下げ、それから顔を隠すように秋斗の胸板に顔を押し付ける。

 それをむっとした梅雨や、微笑ましそうな宇佐さんが見ているが、邪魔する気はないらしく黙って見守っている。
 
 いやぁ……これには本当に驚かれたよ。やるね、根津さん。
 これからどう転ぶかは分からないけど、まぁ秋斗が受け入れたんだし僕や夏希も動くことになるだろうし、多分問題はないかな。最悪、新聞部の子も巻き込んで情報統制しよう。
 それに、これは正直大きなメリットがある。
 今もなお秋斗を嫌う生徒の大半の言い分は『根津を騙して宇佐をいじめた』というもの。
ほとんどの悪い噂は終業式で夏希が払拭した。その中でも残っていたのがコレだった。
 当然だ。根津さんの立場を悪くするからと秋斗自身が強く真相の公開を拒んだんだから。

 そしてここに集まったのは学校に残る秋斗をいまだに嫌う生徒が主だ。当然だよね、秋斗が新進気鋭の一年生相手に無様に負ける姿を見たかったろうから。
 それなのに、無様な姿どころか秋斗の悪い噂の最たるものが、むしろ秋斗の温情だったと見せつけられた訳だ。

 言い訳もしようもなく、根津さんを理由に陰口を叩く事は出来なくなる。
 それでも意固地に嫌う者は居るだろうけど、それこそ説得力に欠ける中身のない批判しか出来なくなるだろう。 そうすれば、むしろ周りから白い目で見られるのはどちらかなんて明白だ。

「いやはや、予定以上の結果だよ。一石三鳥が四鳥になったね」
「……あー、なるほどなー」
「……そういう事か。春人お前、こんないきなり持ち込まれた勝負にどんだけ色々ぶちこんでんだよ。いっそ怖いわ」

 僕の呟きで察したらしい幼馴染2人は、呆れたようなドン引きしたような目で見てくる。あれ、僕なりに良い結果を作ったのに悪感情ばっかりなのおかしくない?
 宇佐さんや根津さん、梅雨なんかは分かってないようできょとんとしてるけど、まぁ利用させてもらった立場だし……うん、沈黙は金かな。

「……梅雨、根津、お疲れさん。てかこいつだけは敵に回したくねーわー」
「本当になぁ」
「あはは、バカだね」

 何を言ってるんだか。僕が君達の敵になる訳がないだろう。
 それに終業式では夏希に引っ張ってもらう形だったからね。
 だったら。

「秋斗や夏希のフォローは僕の仕事だからね。世話の焼ける幼馴染達を持って大変だよ」
「はーー?えっらそーに」
「むしろ春人がやりすぎないように俺達が抑えてやってんだろうが。世話が焼けるのはどっちだよ」

 言葉とは裏腹にニヤニヤと笑う2人に、負けじと同じ顔を見せる。

 僕は確かに優秀な人間だ。天才と呼ばれ続けてきたし、それは否定しようのない事実。それを謙遜する方が失礼だ。
 だから、周りに人は多く集まった。
 けれど、誰もが僕の表面しか見なかった。

 求められる振る舞いをして、求められる結果を出し続け、気に入られようとする人達に愛想笑いをする。
 1人じゃなかったけど、独りだった。

 そんな僕を独りにしないでくれたのが、この2人だ。
 だったら。

「まぁ、これからもずっと面倒を見てあげるよ。感謝してくれて構わないよ」

 僕だって、出来る限りの力を持って2人を助けたい。
 感謝を込めて、2人に接したい。
 油断したらあっという間に先に進む2人と、対等でいたい。

 そして2人と、この先も。

 そんな想いを悪態に乗せて、僕は今日も親友達と笑う。


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